SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

In-situ XAFSによるMo-Bi系複合酸化物の酸化還元挙動解析
Redox Behavior Analysis of Multicomponent Bismuth Molybdate Catalyst by Using In-situ XAFS

DOI:10.18957/rr.4.2.263
2013B1520 / BL14B2

東口 光晴a, 松野 信也a, 吉田 淳b

Mitsuharu Higashiguchia, Shinya Matsunoa, Jun Yoshidab

 

a旭化成株式会社, b旭化成ケミカルズ株式会社

aAsahi Kasei Corporation, bAsahi Kasei Chemicals Corporation

 

Abstract

 Mo-Bi系複合酸化物触媒中のFeの役割を明確にするため、反応ガス中でのin-situ XAFS測定を行った。Fe-K吸収端、Bi-LIII吸収端のシフトから、酸化還元に伴う価数変化を見積もることにより、BiとFeの酸化還元挙動に相関があること、メタクロレイン生成量とBiの還元量が相関することが分かった。この結果から、Biは主触媒、Feは酸素輸送を担う助触媒として働いていると推測された。


キーワード: Mo-Bi系触媒、工業触媒、in-situ XAFS


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背景と研究目的:

 複数の無機構成元素からなる複合酸化物は、化合物の安定性、高温条件での構造変化、及び選択酸化作用などの機能を有し、産業上利用価値の高い材料である。低級オレフィンの部分酸化やアンモ酸化触媒として用いられるMo-Bi系複合酸化物触媒は、基礎化学品として重要なメタクリル酸メチルやアクリロニトリル等の製造に使用されている。この触媒系は、多数の元素添加が触媒活性の向上に繋がるため、各元素が最終生成物である複合酸化物形成に与える影響を明確にすることが、優れた触媒設計に繋がると期待される。触媒性能の向上による反応収率の向上は、企業利益だけでなく、ナフサ蒸留成分の利用にも直結しているため、石油資源の有効活用という観点からも重要である。

 Mo-Bi系複合酸化物触媒は、複数の結晶相から構成され、さらに各元素がそれぞれの結晶相に相溶する複雑な構造をなしている。触媒性能は、各結晶相中の構成元素が協同して機能発現していると推定されるため、そのメカニズム解明のためには、結晶相由来の長距離秩序と、相溶・置換による局所的な化学状態を精密に決定していく必要がある[1][2]

 これまで、筆者らは主に未反応触媒の高分解能X線回折(X-ray diffraction:XRD)やX線吸収微細構造(X-ray absorbance fine structure:XAFS)測定により、触媒を構成する各結晶相と相溶元素の化学状態解析を行ってきた[3][4]。しかし、実際の触媒の機能発現は、反応ガス中の高温条件下で起こるため、反応過程で生成すると推測される活性種の化学状態と、その酸化還元に寄与する各元素の役割は上記の解析による知見からの推測に頼らざるを得ず、決定的な機能解明と、それを元にした新規触媒開発へ直結していないことが現状であった。そこで今回、実際に反応ガス雰囲気下でXAFS測定を行い、各元素が実際に酸化還元されている場の中で、化学状態をどのように変化させ機能を発現させているか明確にするために実験を行った。

 Mo-Bi系複合酸化物触媒では、多数の元素が協同的に機能発現に寄与するが、今回は、まず添加元素の中でも活性に大きく寄与するFeに着目した。Feの添加は、活性の劇的な向上につながるが、過剰な添加は、燃焼触媒である酸化鉄(Fe2O3)の増加につながり選択率を悪化させる。そのため、高性能触媒の開発では、酸化還元の繰り返し過程において、結晶相中でFeが安定に存在し続けるよう設計することが重要である。Mo-Bi系複合酸化物触媒の反応サイトは、隣接したMo-O-Biサイトと推測されるが、これら活性サイトの酸化還元と協同して、Feがどのような役割を果たしているかは明らかではない。今回の解析を通じて、Feの役割を明確にし、新規触媒開発にフィードバックさせていきたいと考えている。

 

実験:

 XAFS測定は、産業利用IIビームラインBL14B2にて行った。反応ガス雰囲気下での測定は、BL14B2既設のガス供給排気装置を使用した。触媒反応は450 °Cで行い、還元ガスとしてイソブチレン0.2%(Heベース)、酸化ガスとして酸素20%(Heベース)を用いた。温度及びガスフロー条件は、以下の通りである。

    1. 20 °C → 450 °C(10 °C/min) He:100 cm3/min

    2. 450°C ‐ 30 min i-C4H8-0.2%(Heベース):100 cm3/min(還元)

    3. 450°C ‐ 30 min O2:20 cm3/min + He:80 cm3/min(酸化)

    4. 450°C ‐ 30 min i-C4H8-0.2%(Heベース):100 cm3/min(再還元)

 

 各元素における酸化還元挙動の相関を解析するために、モデル試料の組成比を、各測定波長において同一の試料で測定できるようにBi2Mo3Fe3Oxとして調製した。そのため、触媒性能は犠牲になるが、各波長でじゅうぶんなXAFS強度が得られ、かつ、同一のフロー条件で酸化還元速度の議論が可能になった。測定は、Si(111)-2結晶分光器を用い、Fe-K吸収端(7110 eV)、Bi-LIII吸収端(13420 eV)にて、透過法のQ-XAFSにより行った。1スペクトルの取得時間は、各吸収端共に約1分である。反応後生成したガスは、反応セル直後にBL14B2既設のガス分析装置(ファイファーバキューム社製四重極質量分析計(オムニスター))を設置し、リアルタイムでモニタリングを行った。実験では、計画にあったMo-K吸収端の測定も行ったが、データ取得時間に対し緩やかな還元は観測されたものの、反応ガスの切り替えに伴った吸収端シフトが顕著に見られなかったことから、本成果集では議論しない。

 

結果および考察:

 Fig.1に、in-situ XAFSの一例として、ガスフロー条件2の還元過程のスペクトル重ね書きを示した。Fig.1-(1)がFe-K吸収端、Fig.1-(2)がBi-LIII吸収端である。Bi-LIII吸収端の変化は、小さいことから、挿入図として拡大を記載した。いずれの図も赤から青へと時間が経過している。まず、Fig.1-(1)のFe-K吸収端の7120 eV付近に注目すると、時間とともに低エネルギー側へシフトしていることから還元が進んでいることが分かる。スペクトルの時間変化に注目すると赤→緑までは、連続的な変化が起こっているが、緑→青は、スペクトルが重なっており、ある化学状態以降は、それ以上還元が進まないと考えられる。ここから、安定なFeの還元状態が存在することが示唆される。また、7125 eV、7150 eV付近には等吸収点が観測されており、還元過程は、ある化学状態から別の化学状態へ2成分間の変化であると推測された。次にFig.1-(2)のBi-LIII吸収端に注目すると、僅かではあるが、低エネルギー側へのシフトが見られ、還元が起こっていることが確認された。

Fig.1 (1) Fe-K吸収端 還元過程のスペクトル変化 (赤→青)

   (2) Bi-LIII吸収端 還元過程のスペクトル変化 (赤→青) 挿入図は拡大

 

 Fig.2-(1)、Fig.2-(3)に、Fig.1のFe-K吸収端、Bi-LIII吸収端の還元過程に対応する、EXAFS振動より得た動径構造関数を示す。Fig.1と同様に赤から青へと時間が経過している。Fig.2-(2)、Fig.2-(4)に、典型的な例として還元過程前後のEXAFS振動関数を示した。動径構造関数導出のためのフーリエ変換の波数域は、図内に台形型の領域として示した(点線)。還元が進むにつれ、Fe-K吸収端、Bi-LIII吸収端共に、最隣接酸素に対応するピークの減少が観測されていることから還元による化学状態の変化は、少なくとも最隣接酸素が還元ガスのイソブチレンの影響で減少する反応であることを示唆している。

Fig.2 (1) Fe-K吸収端 還元過程の動径構造関数 (赤→青)

   (2) Feの還元初期、還元後のEXAFS振動

   (3) Bi-LIII吸収端 還元過程の動径構造関数 (赤→青)

   (4) Biの還元初期、還元後のEXAFS振動

 

 Fig.3に、(1)Fe-K吸収端の吸収端シフトの時間変化、(2)Bi-LIII吸収端の吸収端シフトの時間変化、また、イソブチレンが部分酸化され、(3)生成したメタクロレインの親イオン(m/Z=70:質量電荷比、m:イオンの質量、Z:電荷数)の四重極質量分析計によるイオン電流の時間変化を重ね書きとして示した。各フロー条件は、各色の帯として示している。吸収端の位置は、スペクトル規格化後のエッジジャンプの強度0.5となるエネルギーで定義した。まず、Fe-K吸収端、Bi-LIII吸収端共に還元条件下で低エネルギー側へ、酸化条件下で高エネルギー側へシフトしていることから、各フロー条件下で価数変化によるケミカルシフトが観測されていると考えられる。

Fig.3 (1) Fe-K吸収端の吸収端シフトの時間変化

   (2) Bi-LIII吸収端の吸収端シフトの時間変化

   (3) m/Z=70(メタクロレイン親イオン)のイオン電流の時間変化

    (ガスフロー過程をそろえて表示させた。)

 

 ここで、まず初めのガスフロー条件2の還元過程に注目する。Fe-K吸収端の低エネルギー側シフトは、ガス切り替え後急激に起こっている。その後、ある還元状態へと推移しそこでシフトは止まる。一方、Bi-LIII吸収端シフト値は、Fe-K吸収端シフトが一定となった後に始まることが分かる。この時のm/Z=70のイオン電流値の変化に注目すると、指数関数的に減少していることから急激に触媒が失活していることが分かる。この失活の挙動は、Bi-LIII吸収端シフトと相関している。以上のことにより以下のことが推測される。

 

    1. 活性点はBiであり、Biの還元とともに触媒の失活が始まる。

    2. Feは、Biへ酸素を供給する助触媒として働いていると推測され、一定の還元状態に

     還元されるまで、Biへ酸素を供給するため、Biの還元は起こらない。

    3. Feが一定の還元状態になると、Biへの酸素輸送ができなくなり、Biの還元が始まる。

 

 また、吸収端シフト量に注目すると、同一反応時間で、Fe-K吸収端では、1.5 eV程度シフトしているのに対し、Bi-LIII吸収端は、0.2 eV程度である。また、同実験内に行った、標準試料測定よる吸収端測定では、Fe箔(Fe-0価)とFe2O3(Fe-3価)間の吸収端エネルギー差が4.1 eV、Bi粉(Bi-0価)とBi2O3(Bi-3価)間の吸収端エネルギー差が5.5 eVであった。吸収端が価数に対し、線形にシフトすると仮定すると、反応前後で平均価数としてFeは1.1価、Biは0.1価還元されたと推測され、Biの還元量は、Feと比較して小さい。その理由は、活性点と還元を受けるBiは、ごく一部であるためと推測される。Biの活性点が少ないことに関しては、今回用いた試料が、触媒として最適組成ではなく、各吸収端を同一のガスフロー条件で観察するためのモデル組成であったためと推測される。

 次に、ガスフロー条件3の酸化過程に注目する。Fe-K吸収端、Bi-LIII吸収端共に高エネルギー側へシフトする状況から、各々の元素で酸化が起こっている。酸化速度は、Bi-LIII吸収端は、すぐに還元前のエネルギーに戻るのに対し、Fe-K吸収端は、緩やかに戻っている。再酸化条件下で、Biが瞬時に酸化される理由として、もともと還元量が少ないことに加え、再酸化により、Feが少し酸化されると助触媒能が復活し、速やかにFeサイトからBiサイトへ酸素が輸送される効果があるからではないかと推測している。また、Feの吸収端シフトが遅いことから、Fe-Bi間の酸素輸送より、Fe-Fe間の酸素輸送が再酸化過程の律速段階になっていると推測される。

 以上の考察より、活性点とその近傍の化学状態は、従来推測されている活性点Biサイトと助触媒Feサイトが隣接する構造であることを支持している。今回測定した試料は、モデル組成であったため、Bi活性点が少なく、性能の低い触媒となっている可能性が高いが、実際の高性能触媒でもBiサイトと助触媒Feサイトが多数隣接する構造となっており、その頻度が高くなっているのではないかと推測される。

 

今後の課題:

 今回の解析により、BiとFe間の酸化還元挙動に相関があることが分かり、反応下の触媒のモデル構築にこの手法が有用であることを確認することができた。今後は、実機の触媒組成での測定を試み、次世代触媒開発の知見を得たい。

 

参考文献:

[1] 松浦郁也, 触媒 21(6), 409-417, (1979)

[2] 諸岡良彦, 最近の化学工学 42 21世紀を目指した触媒開発と化学工学,

      化学工学会編, 平成2年11月10日発行 P60

[3] 東口光晴 他, 兵庫県ビームライン年報・成果集, 3, 3-6 (2014)

[4] 東口光晴 他, 兵庫県ビームライン年報・成果集, 4, 3-7 (2015) 

 

ⒸJASRI

 

(Received: August 11, 2015; Early edition: April 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)