Volume4 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
超小角X線散乱によるエマルション粘着剤の構造解析;エマルション粒子のトルエンによる膨潤挙動の解明
Structural Studies on Emulsion Adhesives Using Ultra-Small Angle X-ray Scattering Technique; Smelling Behaviors of Emulsion Particles by Toluene Solutions
日東電工株式会社
Nitto Denko Corporation
- Abstract
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アクリル系エマルション粘着剤の増粘メカニズムを明らかとするため、超小角X線散乱法によるエマルション粒子の構造解析を試みている。以前の課題実験(課題番号2012B1512)で行ったエマルション粒子の形状因子の評価により、使用しているエマルション粒子の粒径は130 nmで粒子径の分布も小さいことが分かっている。このエマルション粒子のトルエンによる膨潤挙動を詳細に調べ、トルエン添加により粒子径が130 nmから190 nmにまで大きくなることが分かった。散乱強度の変化はトルエンによる膨潤によりエマルション粒子内の電子密度が小さくなると仮定した計算で再現できた。
キーワード: エマルション、超小角X線散乱、トルエン膨潤
背景と研究目的:
アクリル系粘着剤は安価でかつ、透明性、耐熱性、耐候性が高いなど優れた特性をもつため、液晶パネルや携帯電話、自動車などに広く使用されている。アクリル系粘着剤の代表的な重合方法としては溶液重合がある。しかしながら製造工程で大量の有機溶剤を使用しなければならず、環境への負荷が大きいという課題を抱えている。そのため重合プロセスとして溶剤を全く使わないUV重合やエマルション重合が注目されている。ただエマルション重合では界面活性剤を使用するため耐水性や耐湿性に劣る。また粘着力そのものも高くしにくいなど根本的な課題がある。そこでエマルション粒子およびその凝集構造の解析が重要となる。なぜならたとえば一次粒子径がどのくらいで分布がどの程度あるのか、凝集した時にどのようなパッキング構造をとるのかといった知見が剥離力を制御する時に重要になるからである。そこで我々は超小角X線散乱法(USAXS)によりエマルション粒子の構造について詳細に調べている。
過去の課題(課題番号2012B1512)における検討でブチルアクリレートをベースポリマーとしたエマルション粘着剤の希薄水溶液(1 wt%)のUSAXS実験を実施し、粒子の形状因子を評価し、130 nm程度の粒子径で粒子径分布も比較的小さいことが分かった。さらに実用的にエマルション水溶液の調整のために種々行われている操作がエマルション粒子の構造にどのような影響を与えているのかについても調べている。課題番号2013A1793の課題では、トルエン添加により溶液の調整をした場合に粒子にどのような影響があるのかを調べた。トルエンを添加することにより、増粘効果があることが分かっているが、なぜ増粘するのか分かっていないからである。その結果、十分な量のトルエンを水溶液に添加することでエマルション粒子径が130 nmから190 nm程度にまで増加することが分かり、エマルション粒子がトルエンで膨潤していることが分かった。今回の実験ではトルエン添加量を変えていった時の粒子径の増加の割合などのさらに詳細なトルエンによるエマルション粒子の膨潤挙動について調べた。
実験:
実験はSPring-8 BL19B2を用い、コラーゲンで校正したカメラ長は約42 mで、使用したX線のエネルギーは18 keVであった。検出器はPILATUS-2Mを用いた。入射X線の試料位置でのサイズは水平方向が0.4 mmで垂直方向が0.25 mmであった。ポリブチルアクリレートを主成分としたエマルション粘着剤原液を水により希釈した試料を用意した。用意した水溶液濃度は、前回の実験の結果を受けてポリマー濃度で1 wt%である。入射X線のエネルギーから試料の線吸収係数を計算し、6 mmのセル長をもつステンレス製のセルを作製した。X線の透過窓には20 μm厚の石英ガラスを用いた。トルエンによるエマルション粒子の膨潤挙動の解析のため、さらに1 wt%水溶液に適量のトルエンを滴下し撹拌した後、測定に供した。
それぞれの水溶液の散乱データから透過率を考慮して、水の散乱をバックグラウンドとして差し引いた。得られた2次元の散乱パターンを1次元化して1次元散乱プロファイルを得た。
結果および考察:
図1には1 wt%のエマルション10 gに対して図中に示した量だけトルエンを添加した試料の散乱プロファイルをまとめて示した。粒子径の算出は、球の散乱関数を仮定し散乱プロファイルを計算して実験的に求めた散乱プロファイルにフィッティングさせることにより行った[1]。添加前の粒子径はこれまで報告しているように約130 nm程度であった。添加量が0.095 g以上ではトルエン添加量に応じて散乱プロファイルが小角側にシフトしていくとともに、散乱強度が大きくなっていくのが分かる。トルエン添加によりエマルションの粒子径が大きくなり、水との電子密度差が大きくなると思われる。図2にはトルエン添加量に対するエマルション粒子径の変化を示す。トルエン添加の初期に急激に粒子径が増加するが、0.25 g程度を越えると緩やかな増加に変わることが分かった。約1.2 gのトルエン添加では、前回行った実験として、過剰にトルエンを添加した試料でみられたように約190 nmにまで膨潤した。これ以上の添加では粒子径に大きな変化は起こらず、水溶液からトルエンが分離し始めるので、飽和トルエン量に達したと思われる。
図1. 1 wt%のポリブチルアクリレートエマルション水溶液10 gに対して
トルエンを添加していったときの散乱強度の発展
図2. 1 wt%のポリブチルアクリレートエマルション水溶液10 gに対して
トルエンを添加していったときのエマルション粒子径の変化
一方、0.009 gから0.049 gまでのトルエン添加では、添加前に比べて散乱強度が低下している。結果として0.025 gのトルエン添加では散乱強度が初期に比べて1/10になっている。バルクの密度を元に水、トルエン、ポリブチルアクリレートの電子密度を計算した結果、エマルション粒子がトルエンによって膨潤し電子密度を下げ、まわりの水の電子密度とほぼ等しくなったことにより散乱強度がほぼなくなると考えられる。さらに膨潤が進むと水よりも電子密度が低下するので逆に水との電子密度差が大きくなって散乱強度が再び増加すると考えられる。粒子径が大きくなった分はトルエンが入ったと仮定し、ポリブチルアクリレートの体積分率と電子密度をそれぞれVB、eE、トルエンの体積分率と電子密度をVT、eTとした時、次式によって膨潤後のエマルションの電子密度eEを求められると仮定した。
これを用いて散乱強度の変化を求めた。ここでSは適当なスケール因子で、Vはエマルションの体積、eWは水の電子密度である。これを使うと散乱強度の変化をほぼ説明できた(図3)。
図3. 1 wt%のポリブチルアクリレートエマルション水溶液10 gに対して
トルエンを添加していったときの散乱強度変化
今後の課題:
今後実際の粘着剤として使われているような凝集系でのトルエン膨潤挙動などをさらに詳細に調べていき、たとえばトルエン添加による膨潤によって粒子間相互作用が大きくなるなど、増粘メカニズムに関わる因子を明らかにしたい。
今回、コア・シェル型エマルションの検討も行った。シェル部のみ選択的に膨潤させるシクロヘキサンによる膨潤実験を試みたが、解析できるデータを得ることができなかった。再度実験系を見直し、コア部シェル部の厚みなどの定量的な構造情報が得られるように検討する。
参考文献:
[1] Small-Angle X-ray Scattering, Glatter, O., Kratky, O.,Ed, Academic Press, New York, 1982.
ⒸJASRI
(Received: January 22, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)