SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

イオン液体ナノ薄膜の単結晶基板上における吸着挙動
Structural Characterization for Ionic Liquid Nano Layers Adsorbed on Single Crystal Substrates

DOI:10.18957/rr.4.2.279
2014B1631 / BL46XU

大橋 昇a, 丸山 伸伍a, 渡邉 光a, 山内 美保a, 宮寺 哲彦b, 松本 祐司a

Noboru Ohashia, Shingo Maruyamaa, Ko Watanabea, Miho Yamauchia, Tetsuhiko Miyaderab, Yuji Matsumotoa


a東北大学 工学研究科, b(独)産業技術総合研究所

aSchool of Engineering, Tohoku University, bNational Institute of Advanced Industrial Science and Technology (AIST).


Abstract

 イオン液体1-ethyl-3-methylimidazolium hexafluorophosphate [emim][PF6]のナノ薄膜に対し、温度可変微小角入射広角X線散乱(GIWAXS)による測定を行った。その結果、[emim][PF6]の膜厚8 nmをしきい値として、結晶化する事が明らかとなった。これは、[emim][PF6]が8 nm以下で擬似液体層として存在する事を示唆する。また、硬X線光電子分光測定(HAXPES)により、イオン液体1-octyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide [omim][NTf2]を介した真空蒸着法により成膜されたペンタセン単結晶薄膜へのイオン液体吸着挙動を調べた。その結果、イオン液体は主に基板/ペンタセン結晶界面に浸透して存在する事が明らかとなった。


キーワード: GIWAXS、HAXPES、イオン液体、[emim][PF6]、[omim][NTf2]、ペンタセン


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背景と研究目的:

 様々な電子デバイスに利用されている電解液は常に揮発による劣化が問題となるが、この揮発による劣化を解決する次世代電解液としてイオン液体が注目を集めている。イオン液体は室温で液体状態の塩で、10−8 Pa程度の低い蒸気圧を持ち、イオン伝導性を示す。このことから、電解液を利用する各種デバイスの安定性を大幅に向上させることが期待されている。その上、イオン液体電解液をゲート絶縁体として用いると、固液界面に作る1分子の厚さ程度の電気二重層を形成し、わずか数Vの印加で容易にMV/cmオーダーの高電界を誘起できる。加えて、イオン液体分子が分解しない限りほとんどリーク電流は発生しない。

 これらの電子デバイスにおいて、電極/電解液界面は性能を左右する重要な要素である。例えば、リチウムイオン電池では電極へのリチウムイオン吸着の効率が電池のエネルギー密度を左右すると言われている。また、電気二重層トランジスタでは、イオン液体の界面吸着構造の違いが誘起できるキャリア密度に直接影響する。よって、イオン液体をこれらの電子デバイス利用するためには、固体/イオン液体界面での吸着挙動を理解する必要がある。しかし、イオン液体を電解液として利用するために、各種イオン液体のイオン伝導度などバルクの物性は盛んに調べられているが、固体/イオン液体界面の挙動はまだ明らかとなっていない。

 これまで我々は、イオン液体を利用して、電気化学測定[1]、有機単結晶薄膜の作製[2–6]、トランジスタの動作[7]等を行い、固体/イオン液体界面の挙動を明らかにすべく研究を進めてきた。現在我々は、イオン液体を単結晶固体表面上にナノスケールで吸着させることで、界面近傍のイオン液体を直接的に観察できるのではないかと考えている。そこで、SPring-8の放射光を利用した温度可変微小角入射広角X線散乱(GIWAXS)測定、および深さ分解能をもつ硬X線光電子分光測定(HAXPES)を試みた。GIWAXSを用いてイオン液体界面構造の温度依存性および膜厚依存性を調べた。イオン液体の相転移温度をまたいで測定することで、吸着構造の安定性や緩和に関する知見を得ることを試みた。また、非破壊で観測できるHAXPESにより、イオン液体を介した真空蒸着法により作製された有機結晶に吸着した、イオン液体の挙動を明らかにしようとした。



図1. (a)使用したイオン液体の分子構造。(b)測定試料の断面構造。X線は紙面垂直方向に入射。


実験手法(BL46XU にて実施):

GIWAXS

 測定試料はイオン液体1-ethyl-3-methylimidazolium hexafluorophosphate [emim][PF6]である(図1a)。図1bに試料の断面構造を示す。15 mm×5 mm(厚さ0.5 mm)のサファイア基板を使用した。この基板表面には厚さ数nmのイオン液体、1-ethyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide[emim][NTf2]が均一に塗布されている。これは、真空蒸着により製膜した[emim][PF6]との濡れ性を改善し、液膜化を促進するためである。作製方法であるが、イオン液体を予め塗布しておき、真空加熱により過剰なイオン液体を除去することで、[emim][NTf2]ナノ薄膜を形成した。この基板上に、[emim][PF6]を赤外レーザ加熱蒸着により非破壊かつnm オーダーの精度で製膜した[8]。図1bに示す通り、1枚の基板上で連続的に0 nmから30 nmまで膜厚を傾斜させている。後述するが、X線のビームサイズは幅100 μmで、傾斜幅8 mmより十分小さい。特定膜厚の[emim][PF6]にのみX線を照射可能である。

 GIWAXSで用いたX線エネルギーは12.39 keV(波長0.1 nm)、ビームサイズは高さ10 μm、幅100 μmである。X線入射角はサファイア基板の臨界角以下の0.18 °で、膜厚勾配に対し垂直に入射した。測定はHUBER社製多軸ゴニオメーターにXYステージを取り付け、さらに独自開発したペルチェ加熱冷却ステージをもつ簡易型チャンバーを使用して行った。検出器は2次元検出器PILATUSを使用し、受光側にはダイレクトビームストッパーのみ取り付けた。測定はHeガス雰囲気にて行い、温度範囲は−20 °C–80 °Cとした。


HAXPES

 有機半導体ペンタセンの単結晶に付着した、残留イオン液体の測定を行った。真空中にてイオン液体1-octyl-3-methylimidazolium bis(trifluoromethylsulfonyl)imide [omim][NTf2]の蒸着膜を形成し、そこへペンタセンを蒸着することで、[omim][NTf2]液中にペンタセン単結晶を析出させた(図2b)[6]。結晶析出後は超純水への浸漬により洗浄を行い、余分なイオン液体は除去した。このとき、有機結晶にはイオン液体が残留し、また不揮発性のため自然に除去されることは無い。ペンタセン由来のC1sとイオン液体由来のN1s、O1sに対する光電子検出角度(TOA)依存性を測定することで、ペンタセン結晶中のイオン液体分布を調べた。また、N1sピークの強度比から、アニオン[NTf2]とカチオン[omim]のスタッキングを調べた。なお、ピーク信号のフィッティングを行う際は、非弾性散乱の効果を考慮してShirley法によるバックグラウンド除去を行った。

 入射X線のビームサイズは0.25 mm×0.02 mm、X線エネルギーは7943.1 eVで、金基板の仕事関数により運動エネルギーを7939 eVに較正した。パスエネルギーは200 eV、スリット幅は0.5 mmであった。TOAは15 °,30 °,45 °,80 °の4種類で、測定したピークは、C1s、O1s、N1s、Ti2pの4種類である。中和銃は使用していなかった。なお、測定室の真空度は7.9−6 Paであった。


結果および考察:

GIWAXS

 図3aに、GIWAXS測定の室温における[emim][PF6]膜厚依存性を示す。イオン液体の結晶化に由来すると考えられるピークが複数観察された。GIWAXSのデータを1次元プロファイルに変換したものが図3bである。図3bより、[emim][PF6]の膜厚が8 nm以上になると結晶化が起きることが明らかとなった。この結果は、10 nmを超えるイオン液体ナノ薄膜では、イオン伝導が低下するという結果と矛盾しない(イオン液体は、固相より液相の方が高い導電率を持つ)。これは、膜厚8 nm以下では擬似液体層として存在し、厚膜化により結晶化する事を強く示唆する。これまで、我々の所有するいわゆるラボ系の装置ではX線の出力が弱く、厚さ数nmのイオン液体界面の解析は不可能であった。今回の結果は大きな進展と言える。



図2. (a)使用したイオン液体の分子構造(b)測定試料の断面構造。導電性を確保するため、基板にNb:TiO2 (110) (Nb:0.5 wt%)を使用。基板には[omim][NTf2]ナノ薄膜が予め塗布されている。



図3. (a)冷却前に室温で測定された0–30 nmの各点におけるGIWAXSパターンおよび、

(b)χ方向に積分した1次元プロファイル。測定は室温で行った。


 次に、各イオン液体膜厚における構造の温度依存性(温度範囲:−20 °C–80 °C程度)を測定した。しかし、実験で用いたペルチェ冷却加熱チャンバーにおいて、冷却時にチャンバー内もしくはHeガスの水分除去が不完全だったため結露が発生し、水分由来のピークが現れたため、温度依存性の結果が信頼できるものではなかった。今後、水分を完全に除去した実験を再度行う必要がある。


HAXPES

 はじめに、イオン液体分布の推定法を説明する。HAXPESのピーク信号強度は、測定元素が表面から深く潜るほど減衰し、さらにTOA依存性は深さにより異なる。従って、材料固有の信号に対しTOA依存性を取ることで、材料ごとの相対位置が検出可能である。HAXPESにおける信号強度の深さ依存性は、I = I0 exp(−d / λ)の式から求めた。



図4. (a)計算に用いた構造モデル。矢印はイオン液体を挿入した層を表す。(b)数値計算により推定されたピーク信号強度のTOA依存性。


 ここで、I0は散乱を受ける前のピーク信号強度、dは表面からの距離、λは非弾性平均自由行程である。使用したHAXPES装置は入射光の面積がTOAによらないため、I0はTOAにより変化しないものとする。図4aは想定されるイオン液体分布の構造モデルで、これらの構造モデルに対しピーク信号強度の計算を行った。このとき、ペンタセン層のλはカーボンの14 nm、TiO2基板のλはTiの9 nmを採用した。光電子のエネルギーはいずれも7332 eVである[9]。また、TiとTiO2はほぼ同じλをもつため[10]、Tiのλを採用することは妥当である。なお、光電子のエネルギーが100 eV以上のとき、λは光電子のエネルギーに比例する傾向がある[11]。今回、材料に由来する光電子エネルギーの差は最大3%程度のため、λは一定とみなした。

 図4bに数値計算から求めたピーク信号強度のTOA依存性を示す。TiO2基板とペンタセン層は位置が確定しているため、この二つのピークを物差しとして利用した。イオン液体が表面のみに存在する場合、イオン液体の相対ピーク信号強度はペンタセンのものより大きくなった。一方、イオン液体が界面のみに存在する場合、イオン液体の相対ピーク信号強度はペンタセンとTiO2基板の中間を示した。

 では、表面と界面の両方に存在する場合はどうか?このときイオン液体の相対ピーク信号強度はペンタセンのものより大きくなった。なお、イオン液体がペンタセン全域に拡散した場合、イオン液体の体積がペンタセンより十分に小さいなら、両者の相対ピーク信号強度は同じになる。

 次に、実際の測定結果と比較を行った。図5aに測定した各元素のスペクトルを示す(TOA=80°)。比較のため、[omim][NTf2]を35 nm蒸着した参照試料のスペクトルを併記する。F1sとTi2pではそれぞれ単一の成分が観測された。ただし、F1sは参照試料でのみピークが見られたため議論から割愛する。C1sは文献通り[omim]と[NTf2]のピークに分離した[12]。これらはペンタセンのピークとは明らかに異なるため、ペンタセン結晶試料のピークはすべてペンタセン由来とみて良い。O1sはTiO2基板由来のものと、[NTf2]由来のものが観測された。ただし、[NTf2]とペンタセンキノンのピークはほぼ同じ位置に出現するため、分離は不可能であった[13]。N1sは解析の結果3本のピークを持つことが分かった。これは、文献には報告の無いピークである。参照試料のスペクトルにおいて左2本のピークを[omim]、右のピークを[NTf2]とすると、ピーク信号強度比が約2:1となる。組成比から予想されるピーク信号強度比は2:1であるから、[omim]のピークが何らかの理由により分裂したと考えられる。図5bに示すカチオンとアニオンのN1sのピーク信号強度比はTOA依存性が見られず、その平均は1.9:1と組成比より若干低い。これは、[NTf2]が最表面を覆った場合に見られる現象である[14]




図5. (a)測定した各元素のスペクトル(TOA=80 °)。(b)N1s信号におけるカチオン[omim]:アニオン[NTf2]相対ピーク信号強度のTOA依存性。(c)実験により得られたピーク信号強度のTOA依存性。


 図5cに、HAXPESにより測定したTOA依存性を示す。指標となるペンタセンのC1s、およびTiO2基板のTi2pとO1sは高い精度で求められた。O1sとTi2pのTOA依存性はほぼ同じであり、予想通り光電子エネルギーの差による影響は小さい事が分かった。イオン液体のN1sはペンタセン(C1s)とTiO2基板(Ti2p)の中間に位置することから、イオン液体は表面に居ないが界面に存在する事が明らかとなった。武山らの報告では、ペンタセンは基板に直接核形成する事が述べられており[6]、結晶形成段階では界面にイオン液体は存在していない。

 従って、ペンタセン結晶が形成されたのちに、イオン液体が基板/結晶界面に浸透したと考えられる。基板/結晶界面に浸透したイオン液体は、トランジスタ等の電子デバイス動作に影響を与えるため、今後はイオン液体の浸透を制御する必要がある。


結論:

 GIWAXSにより[emim][PF6]ナノ薄膜(< 30 nm)における結晶構造の膜厚依存性を測定した。その結果、膜厚8 nm以下では[emim][PF6]由来の結晶ピークが消失することが明らかとなった。これは、膜厚8 nm以下では擬似液体層として存在し、厚膜化によってはじめて結晶化する事を強く示唆する。一方で、[emim][PF6]ナノ薄膜における結晶構造の温度依存性測定では、冷却により結露が発生したため低温では明瞭なGIWAXSパターンが得られなかった。

 今後は、脱水分により結露防止を行い、様々なイオン液体において擬似液体層が存在するか調べる予定である。また、HAXPESにおけるピーク信号強度のTOA依存性を測定し、イオン液体[omim][NTf2]を介した真空蒸着により作製されたペンタセン単結晶の残留イオン液体分布を調べた。TOA依存性のモデル計算からイオン液体の分布を予測した結果、イオン液体は表面ではなくペンタセン/TiO2基板界面に残留していることが分かった。


謝辞:

 JASRIの陰地 宏、小金澤 智之、両博士には測定および解析に多大な貢献を頂いた。この場を借りて感謝する。


参考文献:

[1] S. Maruyama et al., Appl. Phys. Express 4, 051602 (2011).

[2] S. Kato et al., Cryst. Growth Des. 10, 3608–3611 (2010).

[3] Y. Takeyama et al., Sci. Technol. Adv. Mater. 12, 054210 (2011).

[4] Y. Takeyama et al., Cryst. Growth Des. 11, 2273–2278 (2011).

[5] Y. Takeyama et al., CrystEngComm 14, 4939-4945 (2012).

[6] Y. Takeyama et al., CrystEngComm 16, 684-689 (2014).

[7] Y. Takeyama et al., Appl. Phys. Lett. 101, 083303 (2012).

[8] S. Maruyama et al., ACS Nano 4, 5946–5952 (2010).

[9] S. Tanuma, C. J. Powell, and D. R. Penn, Surf. Interface Anal. 43, 689–713 (2011).

[10] G. G. Fuentes, E. Elizalde, F. Yubero and J. M. Sanz, Surf. Interface Anal. 33, 230–237 (2002).

[11] W. S. M. Werner, Surf. Interface Anal. 31, 141-176 (2001).

[12] F. Maier et al., Phys. Chem. Chem. Phys. 12, 1905–1915 (2010).

[13] P. Parisse, S. Picozzi, L. Ottaviano, Org. Electron. 8, 498–504 (2007).

[14] A. Deyko et al., J. Phys. Chem. C 117, 5101−5111 (2013).



ⒸJASRI


(Received: April 27, 2015; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)