SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

XAFSによる高炉水砕スラグのガラス構造解析
Glass Structure Analysis of Blast Furnace Slag by XAFS

DOI:10.18957/rr.4.2.288
2014B1796 / BL14B2

高橋 俊之a, 三隅 英俊a, 伊藤 貴康a, 高松 雄一郎a, 本間 徹生b

Toshiyuki Takahashia, Hidetoshi Misumia, Takayasu Itoha, Yuichiroh Takamatsua, Tetsuo Honmab


a宇部興産(株) 技術開発研究所, b(公財)高輝度光科学研究センター

aUbe Industries, Ltd., Technical Development Center, bJASRI


Abstract

 高炉水砕スラグ中の化学成分量や製造条件(温度)が、高炉スラグのガラス構造に及ぼす影響を把握するため、XAFSを用いてガラス中のCa,Ti,Mnの配位数などを解析した。その結果、主要成分であるCaの配位数は、ガラス化率100%のもので概ね6配位であり、化学成分量が異なっても余り変わらない可能性が考えられた。一方、結晶相が一部確認された系ではやや大きくなる傾向であった。また、Tiの配位数は概ね5配位、Mnの配位数は明確にはできなかったが、一連の測定結果からは含有量によらず一定であると推測された。これらの結果から、化学成分量や製 造条件を変えた高炉スラグにおいて、結晶相が一部生成する状態になるとCaの配位数が若干大きくなったが、結晶相が存在しないガラス化率100%の状態では今回着目した原子のガラス中での配位数などは余り変わらないことが確認でき、硬化特性の違いには別の要因が関係していると推察された。


キーワード: 高炉水砕スラグ、XAFS、ガラス構造、Ca、Ti、Mn


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背景と研究目的:

 高炉水砕スラグ(以下、高炉スラグ)は、製鉄所で銑鉄を製造する際に分離回収される溶融スラグに加圧水を噴射し急冷して得られるガラス質材料である。これらの多くはポルトランドセメントと混合され高炉セメントとして建設業界で広く利用されている。高炉セメントはグリーン購入法対象製品に指定されると共に、セメント製造におけるCO2削減効果が大きいことから、低炭素化材料としても注目されている建設材料の1つである。

 高炉スラグはポルトランドセメントなどからのアルカリ刺激を受けると水和物を生成して硬化する特性(潜在水硬性)を有するが、この硬化特性は化学成分量や温度などの製造条件によって変化するガラス構造の違いで異なると言われる。しかしながら、そのガラス構造の違いと硬化特性との関係について詳細に研究した例は少なく、明確になっていないのが現状である。今後、高炉スラグを利用拡大する中でその硬化特性を制御・管理することが益々重要になると思われ、高炉スラグのガラス構造に及ぼす種々の影響を研究することは高炉セメントの品質をより高度に制御することに繋がると考えている。

 そこで本研究では、化学成分量や製造条件の違いが高炉スラグのガラス構造に及ぼす影響を明確にすることを目的に、製造温度条件や化学組成の異なる高炉スラグのCa、TiおよびMnのガラス中での配位状態をXAFSで確認することとした。


実験

 解析試料は、Table1に示す一般的な高炉スラグの化学成分に調整した電気炉試製の基準スラグと、これに対してAl、Si、Mg、TiおよびMn含有量を所定量増加した電気炉試製スラグを使用した。また、異なる実高炉で製造されたスラグについても測定した(全4種)。電気炉試製スラグは、試薬で化学成分を調製し、カーボンるつぼを使用して電気炉にて所定温度で30分間溶融後、水中に投入し急冷して得た。また、基準スラグと同組成で加熱温度、冷却条件および還元状態を変えたスラグ、基準スラグを1000°Cで再加熱して結晶化させたスラグも試製した。なお、各スラグについて、粉末X線回折測定(リガク製RINT2500,Cu-Kα線,35 kV ⋅ 110 mA,0.02°/step,0.1 s/step)により結晶相の有無を確認した。試料はいずれも細かく粉砕しXAFSの測定に供した。XAFSの測定は、Ca-K端(透過法)、Ti-K端(蛍光法)、Mn-K端(蛍光法)とし、BL14B2にて測定した。なお、異なる実高炉で製造されたスラグはCa-K端を測定した。分光結晶の結晶面はSi(111)を使用し、蛍光法では19素子Ge半導体検出器を使用した。


Table1 電気炉試製スラグの測定水準


結果および考察:

電気炉試製スラグ中のCaの配位数に及ぼす少量成分(Al、Si、Mg、Ti、Mn)の影響

 Fig.1〜3に電気炉試製スラグ中のAl、Si、Mg、TiおよびMn含有量を変えた場合のCa-K端のXANESおよびEXAFS振動スペクトルの結果を示す。図中にはCaCO3(6配位),CaSiO3(6.67配位)およびCaMoO4(8配位)の標準物質の測定結果も併記した。Fig.1のXANESスペクトルに関して、全ての試料はプリエッジのみならず、4045 eV近傍の肩、エッジより高エネルギー側の形状など全体の形状が6.67配位の標準物質(CaSiO3)に最も類似していた。この結果から、測定した試料の構造は、CaSiO3に似ているものと考えられた。また、Fig.3の動径構造関数から各測定試料のCaの配位数を求めた。解析には基準物質としてXANESのスペクトルが最も似ているCaSiO3を用いた。この結果をTable2に示す。No.1の試料に比べて、SiO2を増加した場合(No.3)、配位数はやや小さく、TiO2を増加した場合(No.7)、配位数はやや大きくなったが明確な差は認められなかった。なお、CaSiO3の動径構造関数の第一近接のピーク高さが他の標準物質に比べて小さく、また、電気炉試製スラグのそれも同様に小さい。これは結合距離が異なるCaが複数存在するためと考えられる。



Fig.1 XANESスペクトル(Ca-K端)



Fig.2 EXAFS振動スペクトル(Ca-K端)



Fig.3 動径構造関数(Ca-K端)(フーリエ変換の波数範囲:2〜8 Å-1


Table2 電気炉試製スラグのCaの配位数


電気炉試製スラグ中のTiの配位数

 Fig.4〜6に、電気炉試製スラグ中のTiO2含有量を変えたスラグにおけるTi-K端のXANESおよびEXAFS振動スペクトルを示す。図中にはBa2TiO4(4配位)およびTiO2(ルチル型)(6配位)の標準物質の測定結果も併記した。Tiは一般に4配位のNetwork former(網目形成成分)として働くが、ガラス中にTiが過剰に存在すると6配位に変化し、結晶化を促進するという報告もある[1,2]。今回の解析試料は一般的なスラグ組成からTiO2含有量を0.5%増やした過剰な系で実験を行っている。

 今回得られたEXAFS振動スペクトルはいずれも精度が低いため、配位数を求めることができなかったが、既往の研究では、配位数が大きくなるほどXANESのプリエッジのピーク高さは小さくなり、ピーク位置は高エネルギー側に推移することが報告されており[3]、今回の標準物質の結果と併せて考えると、Tiの配位数はいずれも5配位付近にあるものと考えられた。また、Tiを増やしても6配位が増加することは確認できなかった。なお、Fig.6の動径構造関数でTiO2の第一近接のピーク高さが標準物質(Ba2TiO4)より小さいが、これは結合距離が異なるTiが複数存在するためと考えられる。


電気炉試製スラグ中のMnの配位数

 Fig.7〜9に電気炉試製スラグ中のMnO含有量を増加した場合のMn-K端のXANESおよびEXAFS振動スペクトルを示す。配位数の異なるMnの標準物質が手に入らなかったため、図中には MnO(2価,6配位)およびMn2O3(3価,6配位)の標準物質の測定結果のみ併記してある。標準物質のEXAFS振動スペクトルの精度が低いため、Mnの配位数は明確にできなかったが、MnO含有量が変わってもXANESおよびEXAFS振動スペクトルに変化は無いことから、配位数は変わらないと考えられた。またXANESスペクトルの結果より、電気炉試製スラグ中のMnの価数は標準物質と比較したところ2価と考えられた。


        

Fig.4 XANESスペクトル(Ti-K端)     Fig.5 EXAFS振動スペクトル(Ti-K端)


        

Fig.6 動径構造関数(Ti-K端)       Fig.7 XANESスペクトル(Mn-K端)

(フーリエ変換の波数範囲:2〜10 Å-1


              

Fig.8 EXAFS振動スペクトル(Mn-K端)  Fig.9 動径構造関数(Mn-K端)

                     (フーリエ変換の波数範囲:2〜10 Å-1


製造条件の影響

 Fig.10〜12に電気炉試製スラグの製造条件を変えた場合のCa-K端のXANESおよびEXAFS振動スペクトルの結果を示す。XANESのスペクトルに関して、上記の化学成分の影響と同様に、全体の形状が6.67配位の標準物質(CaSiO3)に類似しており、中でも、溶融温度を100°C低下した水準(No.12)と電気炉試製スラグを1000°Cで再加熱した水準(No.13)ではさらに形状が近づいた。この結果から、測定した試料の構造は、CaSiO3に似ているものと考えられた。また、Fig.12の動径構造関数から各測定試料のCaの配位数を求めた。この結果をTable3に示す。結晶相が確認されないNo.10および11の電気炉試製スラグの配位数は変化が小さく、酸化・還元雰囲気や冷却速度が変わってもガラス化率が100%であればCaの配位構造の変化は小さいと考えられた。これに対して、加熱温度を100°C下げて製造した電気炉試製スラグ(No.12)と基準スラグを1000°Cで再加熱した電気炉試製スラグ(No.13)は配位数がやや大きくなる傾向であった。また、これらのスラグは、事前に行った粉末X線回折(XRD)よりGehleniteおよびMerwiniteが生成しており(Fig.13)、ガラスの一部が結晶化することにより配位構造が変化したものと推察される。また、このスラグの動径構造関数のスペクトルは第二近接原子のスペクトルの振幅が大きくなっており、結晶の生成により原子の揺らぎが小さくなっていることと対応している。


        

Fig.10 XANESスペクトル(Ca-K端)    Fig.11 EXAFS振動スペクトル(Ca-K端)


                

Fig.12 動径構造関数(Ca-K端)      Fig.13 製造条件を変えた電気炉試製スラグのXRDパターン

(フーリエ変換の波数範囲:2〜8 Å-1


Table3 電気炉試製スラグのCaの配位数


高炉スラグの解析:

 Fig.14〜16に高炉スラグのCa-K端のXANESおよびEXAFS振動スペクトルの結果を示す。Fig.14のXANESのスペクトルに関して、電気炉試製スラグの場合と同様に、全体の形状が6.67配位の標準物質(CaSiO3)に最も類似しており、試料の構造はCaSiO3に似ているものと考えられた。また、Fig.16の動径構造関数から各測定試料のCaの配位数を求めた。この結果をTable4に示す。Caの配位数はいずれも6付近にあり、高炉が変わっても大きな差は認められなかった。


        

Fig.14 XANESスペクトル(Ca-K端)    Fig.15 EXAFS振動スペクトル(Ca-K端)



Fig.16 動径構造関数(Ca-K端)

(フーリエ変換の波数範囲:2〜8 Å-1


Table4 高炉スラグのCaの配位数


今後の課題:

 本検討では、Ca,TiおよびMnを対象にXAFS測定を行った。その結果、結晶相が存在しないガラス化率100%のスラグでは、化学成分量や若干の製造条件の違いでは今回着目した原子のガラス中の化学構造は余り変わらないことが確認できた。また、溶融温度の低下や再加熱によって結晶相が一部生成した電気炉試製スラグではCaの配位数がやや大きくなり、結晶相生成により原子の揺らぎが小さくなっていると推測された。

 今後、各元素の配位数を詳細に調査するとともに、AlおよびMgの配位数の解析、また高エネルギーX線回折による微少結晶量の評価も行い、硬化特性に影響を及ぼす化学成分量や製造条件によるガラス構造の変化を総合的に検討する予定である。


参考文献:

[1] Maier, V., Frahm, R., Glastechnische Berichte, 62(6), pp.20-28(1989)

[2] D. U. Tulyaganov, et al., Glass Science and Technology, 75(6), pp.275-279(2002)

[3] F.Farges et al., Geochimica et Cosmochimica Acta, 60(16), pp.3023-3038(1996)



ⒸJASRI


(Received: March 27, 2015; Early edition: June 15, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)