Volume4 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
酢酸ビニル気相合成用工業触媒の選択性向上と構造解析
Characterization and Selectivity Enhancement of Industrial Catalysts for Gas Phase Production of Vinyl Acetate
エヌ・イー ケムキャット㈱
N.E. CHEMCAT CORPORATION
- Abstract
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最近我々は、エチレンの酸化的アセトキシル化による酢酸ビニル合成用工業触媒に関して、活性金属のパラジウムと金の分布連動性を向上させることで、エチレンの完全酸化を抑えて酢酸ビニルへの選択性を向上できる触媒を開発した。触媒中の活性点構造と酢酸ビニル選択率の関係を調べるためEXAFS測定を行った結果、反応後におけるAu-Pd合金化の度合いはAu-Pd配位数の変化から改良型触媒の方が従来型触媒よりも高いことが示唆された。
キーワード: EXAFS、合金化触媒、パラジウム、金、酢酸ビニル、酸化的アセトキシル化
背景と研究目的:
酢酸ビニルは合成繊維や接着剤に加えて液晶用偏光フィルムなどの高機能素材の原料となることから、我が国の石油化学産業においても依然として競争力を有していて、年間約60万tを生産している。製造プロセスは、酢酸存在下での触媒によるエチレンの酸化的アセトキシル化が主流である。当該プロセスにおけるエチレンから酢酸ビニルへの選択率は90%超であるが、副反応であるエチレンの完全酸化が問題である。主反応の反応熱176 kJ/molに対して副反応の反応熱では1,327 kJ/molと発熱が激しく、原単位悪化・プラント制御時の不安定性の増大や触媒劣化を招く要因となる。1%の選択性向上は、最大でエチレン約2,000 t/Yの資源節約と約6,000 t/YのCO2削減に相当する。従って、高選択性触媒の開発は、我が国の酢酸ビニル製造産業の競争力強化にとって重要な開発課題である。
最近我々は、AuとPdの分布連動性を高めた触媒を開発した。反応評価によって、酢酸ビニル生産性を同一とした運転条件で比較し約1%の選択性向上を確認している。構造面では、EPMAによってμmレベルでの連動性向上を確認し、粉末XRDによって合金化の程度が向上したことを確認しつつある。しかしながら、合金の活性点であってもその中の各元素の配位環境は未だ不明であり、EXAFSを用いた工業触媒の各活性元素の配位環境との関連について議論した文献は、見当たらない。選択性の高い触媒設計を行うにあたり、活性点構造の理解は必須であり、各元素の配位環境に関する情報を得るため、SPring-8 BL14B2にてEXAFS測定を実施した。
実験:
EXAFS実験条件:実施ビームラインBL14B2、測定対象元素と吸収端:Pd-K、Au-LIII
モノクロ結晶面方位:Si(311)面、測定手法:透過、測定環境条件:室温、大気中
試料:0.60 wt% Pd-0.28 wt% Au /SiO2 4-6 mmφ球(エチレンの酸化的アセトキシル化による酢酸ビニル合成用工業触媒)を使用した。工業触媒では、触媒活性成分(Pd, Au)はエッグシェルに分布していて、バルクのPd, Auの含有率はそれぞれ0.60 wt%, 0.28 wt%と高くない。試料中の測定元素の濃度を高めるため、全粉砕とはせずに活性成分濃度の高い表面部分を削って測定に供した。
酢酸ビニル合成反応条件:表1に示す条件にて反応を実施した。微分型反応とするため、触媒13粒をガラスビーズ49粒で希釈し、反応熱の影響を抑えた(図1)。
表1 酢酸ビニル合成反応条件
図1 微分反応管への触媒充填
反応温度は、反応初期において403 Kに設定し2.5 hr、3.5 hr保持後に反応ガス相の予備サンプリング、4.5 hr保持後に反応ガス相の本サンプリングを行い、GC(ガスクロマトグラフィー)でそれぞれの反応ガス相の組成物を分析した。反応が定常状態に到達していることを確認するため、これら3点の間で、選択率が絶対値で±0.1%以内に、STY(Space TimeYield)が相対値で±7.5%以内に、それぞれ収まっていることを確認し、本サンプリングの値を正として採用した。403 Kでのサンプリング後0.5 hrかけて413 Kに昇温し、同様に反応ガス相の予備サンプリングを2回、本サプリング1回を行った。以下同様に423 K、433 Kについても反応ガス相のサンプリングを行った。反応温度の時間変化とサンプリングのタイミングを図2に示す。実際の工業プラントでは、数年の触媒ライフに亘ってこのように徐々に昇温させる反応温度条件の設定が行われている[1]。実機での履歴をなるべく模擬してかつ短時間で評価を行うために、前述の測定温度条件を採用した。
EPMA(Electron Probe Micro Analyzer):日本電子製JXA-8800を使用した。
CO吸着量測定:前処理として313 Kで0.5 hr水素還元を行い、島津製作所製GC-20Bを用いて、Heキャリアガス中でCOパルス法により測定した[2]。
図2 反応温度の時間変化とサンプリングのタイミング
結果および考察:
図3に従来型触媒と改良型触媒の反応結果を示す。反応初期の403 Kから反応後期の433 Kの温度領域に亘って、改良型触媒は従来型触媒に比較し、高い酢酸ビニルのSTYを示した。また、STYが同一になるよう反応させる場合、改良型触媒はより低温での運転となり、1%程度以上高い選択率を示すことが期待できる。
エチレンの酸化的アセトキシル化による酢酸ビニル合成において、PdとAuが共存する活性点構造が好ましいことが報告されている[3-4]。従来型触媒と改良型触媒のPdとAuの共存状況に関する分布データを比較するため、反応前の各触媒についてEPMAによる触媒断面の線分析測定を行った。図4に結果を示す。縦軸は当該元素の存在量を100%としたときの各測定点の相対存在量を表す。
図3 従来型触媒と改良型触媒の性能比較
図4 従来型触媒と改良型触媒の反応前のEPMAによる触媒断面の線分析結果
図4aと図4bの比較から、改良型触媒においてPdとAuの分布連動性が向上していることが判るが、定量的な評価のため、各測定点におけるPdとAuの相対存在量の相関係数R2を算出した。従来型触媒ではR2 = 0.797、改良型触媒ではR2 = 0.882となり、改良型触媒においてPdとAuの分布連動性が改良されていることが示唆された。
図4a、図4bとも右端と左端部分のPdとAuの分布が同一でないことから、工業触媒粒のPdとAuはエッグシェル分布ではあるものの、完全な球対称になっている訳ではないことが示されている。粒間でも同様の事情があり、μmオーダーの分布状態は粒毎に異なる。例として従来型触媒断面のEPMA面分析結果(各4粒測定)を図5に示す。各図右側のカラーバーは色とPdまたはAuの特性X線のカウント数の関係を示す指標であり、カラーバーの上部の色ほどPdまたはAuが高濃度に分布していることを示す。図5の触媒粒4粒はいずれもエッグシェル分布で層厚は概ね0.3-0.4 mm程度であり、PdまたはAuの分布は粒毎で僅かに異なっていることが観察された。
図5 EPMA面分析による従来型触媒のPdとAuの分布状態(各4粒測定)
EPMAは破壊分析であるため、同一触媒粒に関して反応前後のPdとAuの分布を比較することができない。また、上述のようにPdとAuの分布は球対称でなく、かつ、粒間の差があるため、反応前後のPdとAuの移動を評価することは現状では困難である。
EPMA測定によってμmレベルでのPdとAuの分布情報が得られたので、より微細な原子レベルでのPdとAuの環境に関する情報を得るためにPd-K吸収端およびAu-LIII吸収端のEXAFSを測定した。
従来型触媒と改良型触媒について算出した反応前後のPd-K吸収端動径構造関数を図6aに、Au-LIII吸収端動径構造関数を図6bに示す。
図6aに示すPd-K吸収端については、従来型触媒と改良型触媒の反応前後で大きな違いが見られなかった。本触媒のPd:Auの原子比が4:1であるので、分率の高いPdではバルクの情報に影響されて大きな変化が表れにくいためと推定される。但し、Pd foilと比較した場合は、全ての触媒サンプルにおいて明らかに配位数が少ないことが示されており、工業触媒中のPdについて、配位不飽和な表面原子の割合が高いこと、即ち微粒子の状態でPdが存在していることが示唆された。
図6 従来型触媒と改良型触媒の反応前後のPd-K吸収端及びAu-LIII吸収端の動径構造関数
一方、図6bに示すAu-LIII吸収端については、従来型触媒と改良型触媒では違いが現れており、以下Au-LIII吸収端について考察を行う。
図7に従来型触媒と改良型触媒についてのAu-LIII吸収端EXAFS振動関数を示す。図7aに示す従来型触媒においては反応前後でEXAFS振動関数に大きな変化は見られない。一方、改良型触媒では、図7bに示す反応後EXAFS振動関数については反応前と比較して振幅が明らかに増大しており、反応を通じてAu原子周りの短距離秩序が高まったかまたは構造が変化したことが示唆された。
図7 従来型触媒と改良型触媒の反応前後のAu-LIII吸収端EXAFS振動関数
これらのデータを基にAu周り配位数と原子間距離を算出した結果を表2に示す。
表2 Au-LIII吸収端EXAFS測定によるAu原子周りの配位数と原子間距離
配位数の算出は、Athena version 0.8.056を使用し、同一試料3回測定分をマージし、規格化処理を行った。次に、Artemis 0.8.012でFEFF計算を行い、Ifeffit 1.2.11でフィッティングし、その結果から配位数を求めた。パスパラメータは、npdとnauを作成、初期値はそれぞれ6とした。 尚、PdとAuの結晶構造はfccで、完全固溶することが知られている[5]。
表2において、改良型触媒反応前の配位数合計が12.94となり、fccの配位数12を超えたので、全配位数を12に束縛した場合の結果をイタリック体で併せて表2に示した。
改良型触媒反応前のAu周り配位数に関して、Au-Au配位数の割合が他の3種類のサンプルよりも高い傾向が見られ、Au同士で集まっていてPd中へのAuの分散度が低いことが示唆される。反応後には、改良型触媒はAu-Pd配位数が明らかに増加することからPdとAuの合金化が促進したと推定される。従来型触媒では、反応後にAu-Pd配位数増加の傾向があるようにも見えるが、Pd±で示すuncertaintiesが大きく定量的に議論することは難しい。Au-Au配位数については反応前後で変化があるとは言い難い。
Au-Pd原子間距離については数値の差が小さく、従来型触媒と改良型触媒間の相違や使用前後の変化についての言及が難しい。一方、Au-Au原子間距離については、従来型触媒と改良型触媒ともAu foilよりも短く、粒子径の小さいAuの形で存在していることが示唆される。Au-Pd粒子において、Pdの割合が多いほどまた粒子径が小さいほどAu-Au距離が短くなることが知られている[6]。従来型触媒・改良型触媒ともPd/Au原子比は4/1で等しいので、改良型触媒のAu粒子の粒径がより小さい可能性がある。
以上より、Au周りの配位環境に関して、従来型触媒と改良型触媒の反応前後の変化をまとめると、反応後におけるAu-Pd合金化の度合いは、Au-Pd配位数の変化から改良型触媒の方が高いものと考えられる。
従来型触媒と改良型触媒とも、反応前後のPdを含む粒子のシンタリング(金属凝集)の程度を評価するため、非破壊測定が可能なCOパルス吸着法測定を行った。結果を表3に示す。反応前後のCO吸着量の変化については、従来型が0.090/0.132 = 0.68倍、改良型が0.115/0.171 = 0.67倍であり、ほぼ同じ割合の減少が見られた。
表3 COパルス吸着法による単位Pd量あたりのCO吸着量と相対粒径
粒径の算出については、COを吸着しないAu原子を含むPd粒子での測定となるため、正確な算出が難しいが、仮に表面のPdとAuの分布に差がないと仮定して、従来型触媒反応前のPd粒子径を1.00としたときの相対粒径を併せて表3に示す。相対粒径はCO吸着量に反比例するので、前述の仮定の下で改良型触媒は従来型触媒よりもPd粒子径が小さいものと考えられる。実際にはCOは表面のPd原子には吸着するがAu原子には吸着しないので、表面のPd-Auの分布状態が変化すると同一粒径であってもCO吸着量は変化する可能性がある。表3の各サンプルのAu-Pd配位数が3.48-5.44の範囲内で極端な差異がないことと、Au/Pd原子比が1/4 = 0.25であることを考慮すると、Pd-Au分布のCO吸着量への影響については、多めに見積もっても25%を超えることはないと思われる。反応前で比較すると改良型は従来型の1.30倍、反応後では1.28倍のCO吸着量であるので、仮に表面のPd-Auの分布がCO吸着量に影響を与えていたとしても、改良型触媒のPd粒子径は従来型触媒よりも小さいと言えそうである。
実際にPd-Au粒子の粒径と形状と組成を確かめるため、従来型触媒反応前及び改良型触媒反応前のサンプルについて、TEM(透過型電子顕微鏡)によるPd-Au粒子の観察を試みたが、残念ながら電子線の照射によって粒子が変化してしまい画像を得ることができなかった。
最後に改良型触媒の特徴と反応性について考察する。
改良型触媒におけるPdとAuの状態について、μmオーダーでは位置連動性が高いが、Au周り配位環境の観点では従来型触媒よりもAu-Au配位数の割合が高い。また、改良型触媒は、反応を通じてPdとAuの合金化が進みやすい性質を持つ。酢酸ビニル合成反応において、選択率を上げるためにはPdとAuの協奏作用が必要であることを考えれば、改良型触媒反応前の構造は必ずしも高選択率を実現できる構造とはいえない。しかし実際には反応初期の403 Kにおいて既に高い選択性を示している。このことは、反応初期において、既に改良型触媒の合金化が進んでおり、反応期全体に亘って実質的に合金触媒として挙動している可能性を示すものと考えている。
今後の課題:
今回、工業触媒の従来型触媒及び改良型触媒中のPdとAuに対して透過法測定を行った。その結果、改良型触媒は、初期状態のAu周り配位環境の観点では従来型触媒よりもAu-Au配位数の割合が高く、PdとAuの協奏作用が発現しにくい可能性のある構造であるものの、反応によってPdとAuの合金化が進みやすい性質を持つことが判明した。反応初期で既に合金化していることを確かめるためには、反応初期の反応ガス相の組成データと反応短時間使用後触媒の解析が必要であると思われる。また、改良型触媒と従来型触媒の活性点構造の違いについて、実際に選択率の差を発現させた反応後サンプルのTEM像など他の測定法のデータを組合せて、検討と解明を続けたい。
参考文献:
[1] R. Renneke et al., Topics in Catalysis 38, 279 (2006)
[2] COパルス吸着法はPdやPtなどの比表面積や粒子径を求めるための一般的な手法である。例えばThe TRC News 118, 21 (2014)
[3] M. Chen, D. Kumar, C. W. Yi, D. W. Goodman, Science 310, 291 (2005)
[4] M. Neurock, W. T. Tysoe, Top Catal. 56, 1314 (2013)
[5] T. B. Massalski Editor-in-Chief, “Binary Alloy Phase Diagram” vol.1, p.294 (1986), Am. Soc. Metals
[6] J. Kaiser, et al., Faraday Discuss 162, 45 (2013)
ⒸJASRI
(Received: May 8, 2015; Early edition: March 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)