Volume4 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
界面活性剤処理によるヒト皮膚角層の構造変化の小角・広角X線散乱法を用いた解析(第6報)
Study on the Structural Change of Human Stratum CorneumInduced by the Treatment of Surfactant Solutions Using Small- and Wide-Angle X-ray Scattering, Part 6
a花王株式会社, b(公財)高輝度光科学研究センター, c(公財)名古屋産業科学研究所
aKao Corporation, bJASRI, cNISRI
- Abstract
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これまでに我々はSPring-8の高強度X線の利点を生かし、界面活性剤溶液浸漬後の短時間(数分〜1時間)での角層のソフトケラチン構造の変化に着目し、とくにq ≈ 6 nm−1近傍に見られるプロトフィブリル由来の散乱ピークについてX線散乱法を用いた解析検討を行ってきた。しかしながら、より小角領域に現れる高次の構造であるミクロフィブリル構造の観測には、X線散乱法では界面活性剤ミセル由来の散乱が妨害となる課題があった。そこで角層細胞内でのケラチン線維の配向を利用した積層角層シートでの2次元散乱解析により、ケラチン線維構造を評価する手法の検討を実施した。その結果、角層の積層面に対して垂直・平行方向とも散乱プロファイルにミセル由来のピークは重畳しているが、ミセル由来のピークよりも垂直方向の角層構造由来のピークは十分に強く現れ、積層角層シートを利用した2次元散乱解析の有効性が確認できた。この手法により、界面活性剤種によるケラチン(ミクロフィブリル)構造への作用の差を評価した。その結果、水に比べて界面活性剤溶液での変化は速く、大きかった。
キーワード: human stratum corneum, surfactant, X-ray scattering, soft keratin, fibril structure
背景と研究目的:
化粧品・香粧品には、洗浄で皮膚を清潔に保つ・有効成分を効果的に皮膚に作用させる等の目的で様々な界面活性剤が配合されている。界面活性剤はその種類や処理条件によっては角層の構造変化を生じさせ、結果として角層機能(保湿やバリア機能)の低下を招く恐れがある。我々は これまでに界面活性剤水溶液処理に伴う経時的なヒト皮膚角層の構造変化について、特に角層細胞を構成するケラチンタンパク質に注目して小角・広角X線散乱法による解析を行ってきた。しかしケラチンの高次構造体であるミクロフィブリル構造の変化を追跡するためには、同程度のサイズである界面活性剤ミセル由来のピークが重なり解析が困難であるという問題があった[1–4]。
そこで我々は角層中のケラチンの配向を利用した積層角層シートでの2次元散乱解析により界面活性剤ミセルの影響を排除する手法を用いることとした。その手法確立のための検討を2014AB期に行い、その検討結果を踏まえた条件で、本課題では各種界面活性剤、処理条件での実験を実施した。
実験:
1) 角層と処理溶液:ヒト腹部由来の角層(シート状、Biopredic社より購入)を試料とし、1.5 × 1.5 mm2に切り出した角層シートを30枚/1 mm厚で積層して積層方向が入射方向に対し垂直になるよう溶液セル[5]内に配置した。処理溶液としては、水(pH 3, 7, 10)およびドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)、アルキルエーテルカルボキシレート(EC)、n-ドデシル-β-D-グルコピラノシド(AG)の界面活性剤水溶液(濃度0.1 M(pH 3, 7, 10)および濃度0.01 M(pH 7))を用いた。なお、pHの調整は微量のNaOHとH2SO4で行った。
2) 測定方法:セルにセットした乾燥状態における積層角層シートのX線散乱測定を行った。その後、処理溶液(水または界面活性剤水溶液)をセル内に注入し、注入直後から約1.5時間後まで、時分割の小角X線散乱測定を行った。
3) 使用装置・測定条件:SPring-8のBL19B2を利用した。X線の波長は0.050 nm(25 keV)、カメラ長は2061 mm(ベヘン酸銀で較正)とした。検出器にはPILATUS-2Mを用いて2次元散乱像を取得した。露光時間は直後〜30分後まで30秒、その後100秒とした。
4) データ解析:得られた2次元散乱像を積層面に対して垂直・平行方向に±20°の範囲で扇形平均を計算して1次元散乱プロファイルデータを得た。等方的な界面活性剤ミセル由来のピークの影響を除くため、垂直方向の散乱プロファイルから平行方向の散乱プロファイルを引き、差分プロファイルを得た。
結果および考察:
以前のBL40B2での実験[1,2]では小角(ケラチン線維ミクロフィブリル構造および細胞間脂質の長周期構造)、中角(ケラチン線維プロトフィブリル構造)、高角(細胞間脂質の面内充填構造)の観測に適すると想定した散乱ベクトルq領域である約0.3 nm−1<q<20 nm−1の範囲にて実験を行ってきた。しかしながらこれまでの連携利用のJ-PARCの中性子散乱実験[2,3]より、より小角域を含む0.2–0.6 nm−1の範囲にミクロフィブリル間の干渉性1次ピークと推定される角層構造由来のピークが現れることが判明した。そこで 2014A期の実験からは約0.1 nm−1<q<約8 nm−1の範囲として小角、中角の観測領域に焦点をあてて実験を行った。
今回の積層角層シートからのX線散乱プロファイルの測定結果の例として、0.1 M SDS溶液(pH 7)処理のプロファイルを図1に示す。(a) (b)はそれぞれ溶液処理を実施後の角層シートの積層方向に対して垂直方向、平行方向のX線散乱プロファイルの経時変化、(c)は溶液のみのX線散乱プロファイルである。また(d)は垂直方向から平行方向を差引いた差分プロファイルである。(a) (b)より垂直方向で角層構造(ミクロフィブリル,細胞間脂質短周期(6 nm)ラメラ)由来のピークは十分に強度が高く、角層シートを積層した効果が現れていた。さらに等方的な界面活性剤ミセル由来のピークの影響を排除した(d)の差分プロファイルでも、垂直方向に顕著に強く現れていた角層構造由来のピークが十分なS/N比で得られた。そこで、(d)の差分プロファイル中のミクロフィブリル構造由来のピーク(点線で囲った部分)の変化を解析した。その例として0.1 M pH 7溶液処理での結果を図2に示す。図2(a) (b)はそれぞれ溶液処理後のピーク位置、ピーク半値幅の変化のグラフである。この結果より、水に比べて界面活性剤溶液での変化は速く、大きいことがわかった。ピーク半値幅の変化では界面活性剤種の差は明瞭ではないが、ピーク位置変化よりAGの角層への作用は他の界面活性剤に比較して緩慢であると推測される。
図1 0.1 M SDS溶液(pH 7)処理後の積層角層シートからのX線散乱プロファイルの経時変化: (a)垂直方向および(b)平行方向のプロファイル、(c)溶液のみのX線散乱プロファイル、(d)垂直方向から平行方向を差引いた差分プロファイル。
図2 水および各種界面活性剤溶液(0.1 M, pH 7)処理後のミクロフィブリル構造由来のピークの経時変化: (a)ピーク位置変化、(b)ピーク半値幅変化。
今後の課題:
今回の測定条件の結果では、全般的に界面活性剤間の角層への差が顕著ではないと思われた。そのため、今後も測定条件やプロファイルの解析方法について検討や改良を続けたい。
参考文献:
[1] 山田真爾 他,SPring-8利用研究成果集,1(1), B-1(2012), 2011B1754.
[2] 久米卓志 他,日本中性子科学会誌 波紋,24(1), 15(2014).
[3] 久米卓志 他,日本中性子科学第14回年会講演概要集,22(2014).
[4] 久米卓志,第28回日本放射光学会年会・放射光科学合同シンポジウム予稿集,38(2015).
[5] I. Hatta, et al., Chem. Phys. Lipids 163, 381 (2010).
ⒸJASRI
(Received: October 27, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)