Volume4 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
異なる冷凍条件での冷凍食品中氷結晶の状態評価
Ice Imaging in Frozen Foods under Different Freezing Conditions
三菱電機(株) a先端技術総合研究所,b住環境研究開発センター
Mitsubishi Electric Co. aAdvanced Technology R&D Center, bLiving Environment Systems Laboratory
- Abstract
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一般家庭用冷凍冷蔵庫での食品冷凍では、解凍時の食感劣化や肉類からのドリップ流出等の問題があるが、過冷却状態を経た冷凍法(「瞬冷凍」)によりこれら問題が大幅に改善されることが分かっている。放射光X線CTによる解析で、「瞬冷凍」食品中の氷結晶は従来法冷凍品のそれに比べて細かく均一な形状を有していることを明らかにした。食品冷凍において、氷結晶成長の制御が重要であることを、明確に示すことができた。
キーワード: 放射光X線CT,冷凍食品,氷結晶,過冷却
背景と研究目的:
食生活の多様化に対応した家庭用冷凍冷蔵庫における冷凍方式の改良の中で、冷凍前後での食感維持が重要な性能指標となっている[1]。冷凍による食感の劣化は、主として氷の粒成長による細胞膜や細胞壁の破壊によるとされている。当社では、食品を一旦過冷却状態に保ち、そこから温度を更に下げると氷核の成長が抑制できることを見出し[1]、温度プロファイル制御による「瞬冷凍」庫を搭載した家庭用冷凍冷蔵庫を発売、凍らせたヨーグルトの食感や解凍牛肉でのドリップ(肉汁)量の違いに、顕著な効果が見られている。しかし、これらの違いと氷核成長抑制との関係は、解凍品での食材状態確認に止まっており、冷凍法の違いによる氷核成長の違いが可視化できれば、更なる冷凍条件の改善が期待される。
食品中の氷結晶の評価は、古くから染色法や凍結乾燥での切片作製・観察により行われてきた。一方で、切片観察は一部の試料系に限られ、冷凍で食感変化が大きい野菜、特に根菜類の観察は難しいとされてきた。また、切片は一断面の状態しか観察することはできず、食感上も重要な立体としての捉え方は不可能である。一方、固体の内部構造観察に広く用いられるラボX線透視・CTは、食品中の氷といった、X線吸収率の違いが小さいものを区別して画像化することは難しかった。これに対し、放射光を用いたX線透視は、強力な且つ位相が揃った単色X線を用いることが可能であるため、X線吸収率の違いが大きい波長領域の選択や位相コントラスト法の適用により、生体や樹脂等の主に軽元素から構成される試料内部の詳細観察が可能になっている。更に最近、新たな冷凍ステージの開発等により、食品中の氷結晶のX線CTによる三次元可視化が可能になった[2]。
本課題では、冷凍食品中の氷の存在状態と食材の食感との関連性を明確にするために、当社の冷凍冷蔵の特徴である「瞬冷凍」と、従来からの冷凍による食品中の氷結晶の状態の違いを非破壊で可視化することを主目的とした。
実験:
観察用試料として、牛肉、ヨーグルトおよび茹でジャガイモの冷凍品を準備した。牛肉は、肉系試料の代表で、徐冷された赤身からの肉汁流出は、冷凍による食品劣化の代表例と位置づけられている。赤身の塊に関し、生/「瞬冷凍」/通常冷凍させたものを適切な大きさに切り出し、観察試料とした。ヨーグルトは、目視でも氷成長の違いが確認されるもので、今回の実験ではX線透視・CTによる氷可視化の参照試料として位置付けた。紙コップの中にストローを挿入して凍らせたものを、ストローを引き抜いて切り出し、観察用試料とした。茹でジャガイモは、冷凍に伴う食感劣化の代表例だが、これまで氷成長可視化の成功例がない。牛肉と同じく、冷凍法の異なる食材を適切な大きさに切り出し、観察試料とした。試料切り出しは、ビームラインの実験ハッチ横に設置した業務用冷凍庫中で実施し、5×5×15 mm3程度の切片に切断した試料をドライアイスで冷却された試料ホルダーにセットした。
透視実験は、BL19B2のX線CT装置を用いた。使用したX線エネルギーは12.4 keVで、高調波除去のためX線ミラーをミラー角4 mradに設定・挿入した。実験ハッチ内に設置されたX線CT用回転試料ステージに上記の冷却試料ホルダーを装着し、ホルダー上部に、X線照射空間を保って液体窒素吹き付け治具をセットした。試料装着時から液体窒素を吹き付けることにより、観察中の試料は約30 °Cに保たれた。カメラ長約100 mmの位置にX線CCDカメラを設置,ステージを約2.2 °/sで180 °連続回転させながら、250 ms間隔で透過像を取得した。透過像から、畳み込み逆投影法に基づく再構成計算により、断面像を得た。
結果および考察:
通常冷凍牛肉および「瞬冷凍」牛肉のX線CT再構成像を、それぞれFig.1,Fig.2に示す。いずれも、試料回転軸をZ軸と規定したXYZ空間において、上がXY断層像、下がXZ断層像である。カメラ長が十分に小さいため、得られた像には屈折コントラストは殆ど含まれず、吸収コントラストが主体と考えられる。像に見られる明るいコントラストはタンパク質を主体とした繊維部分で、暗いコントラストの領域が氷結晶に対応すると判断される。通常冷凍牛肉では、氷結晶は不定形でサブミリメートルの大きさを有することが分かる。この像は、先に報告されている冷凍マグロの断層像と似ている。一方、「瞬冷凍」牛肉では、100ミクロンを下回る氷結晶と繊維質が観察面全体に均一且つ密に分布している様子が認められる。通常冷凍品,「瞬冷凍」品共に、XZ断層像において、縦(Z)方向に明るいコントラスト領域が伸展しており、両観察試料共に、肉の繊維がほぼZ軸方向に伸びていることも分かる。XZ断層像でも、両試料で氷結晶の状態の違いは明確である。冷凍牛肉については、染色法による切片観察で、氷結晶成長の状態観察が行われていたが、凍結状態を保ったX線CT解析により、今回のような三次元的な有意差を初めて明らかにすることができた。
Fig.1 X-ray tomograms of normally frozen beef. Fig.2 X-ray tomograms of supercool- frozen beef.
(Upper: XY cross section, lower: XZ cross section) (Upper: XY cross section, lower: XZ cross section)
Fig.3とFig.4に、それぞれ茹でジャガイモの、通常冷凍品,「瞬冷凍」品のX線CT再構成像を示す。冷凍根菜類中の氷結晶観察は、染色法や真空凍結法でも難しいとされているが、今回の解析では明暗コントラストが牛肉よりは差が小さいものの明瞭で、「瞬冷凍」品において、細かく大きさが揃った氷結晶が成長していることが確認される。XZ断層像も、XY断層像と同様の氷結晶分布を示している。冷凍根菜類中の氷結晶観察は、本邦初と考えられる。
Fig.3 X-ray tomograms of normally frozen potato. Fig.4 X-ray tomograms of supercool- frozen potato.
(Upper: XY cross section, lower: XZ cross section) (Upper: XY cross section, lower: XZ cross section)
一方で、Fig.5とFig.6に示したように、ヨーグルトでは、ストローとヨーグルトの境界やストロー外に付着した霜粒子や、試料中の気泡に対応すると考えられる暗点は明瞭に捉えられているが、氷結晶と判断されるコントラストが確認できなかった。紙コップに残った通常冷凍ヨーグルトの食感は、「じゃりじゃり」しているのに対し、「瞬冷凍」ヨーグルトの食感はシャーベット状と、差は歴然としているが、X線CT像では、その違いを捉えることができなかった。
我々に先立つ実験では、イチゴやリーフレタスの冷凍品観察が試みられたが、いずれも氷結晶の確認自身が難しかったと報告されている[3]。今回、氷結晶が観察できた牛肉やマグロの水分量は70%弱,ジャガイモが約80%であるのに対し、ヨーグルト(牛乳と仮定)は88%,イチゴやレタスは90%を越える。水とのX線吸収係数の違いが小さい物質を10%或いはそれ未満しか含有しない系においては、生鮮品を凍結させただけでは、X線CTによる氷結晶の観察が難しいことを示していると考えられる。
Fig.5 X-ray tomogram of normally frozen yogurt. Fig.6 X-ray tomogram of supercool- frozen yogurt.
今後の課題:
食品冷凍メカニズムの解明による冷凍方式の改善のためには、冷凍や解凍過程における氷結晶の状態変化を捉えることが重要である。放射光X線CTは、食品の細胞レベルの動的観察に十分な能力を有しており、試料温度の精密な制御機構の開発が課題である。
参考文献:
[1] 柴田, 田代, 冷凍, 87 (1014), 258-263 (2012).
[2] 佐藤, 梶原, 佐野, 第28回日本放射光学会年会 (2015.01) 予稿集 12P071.
[3] 小林, 佐藤, 鈴木, 第12回SPring-8産業利用報告会 (2015.09) 講演概要集 JO-04.
ⒸJASRI
(Received: October 13, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)