SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

石油増進回収技術への応用を目的とした塩添加による油-鉱物二相界面の吸着構造変化の解明
Elucidation of Absorption Structure Change on Oil-mineral Interface by Adding Salt for Enhanced Oil Recovery

DOI:10.18957/rr.4.2.332
2015A1991 / BL19B2

村田 澄彦a, 立山 優a, 日比 隆太郎a, 澤 侑乃輔a, 杉山 俊平a, 岡本 直樹a, 村松 玲奈a, 杉本 達洋a, 志賀 正茂a, 俵谷 侑吾a, 久保田 歩a, 三野 泰之b, 髙桑 靖知b, 中野 正則c, 梁 云峰a, 廣沢 一郎d

Sumihiko Murataa, Yu Tateyamaa, Ryutaro Hibia, Yunosuke Sawaa, Shumpei Sugiyamaa, Naoki Okamotoa, Reina Muramatsua, Tatsuhiro Sugimotoa, Masashige Shigaa, Yugo Hyotania, Ayumi Kubotaa, Yasuyuki Minob, Yasutomo Takakuwab, Masanori Nakanoc, Yunfeng Lianga, Ichiro Hirosawad


a京都大学, b(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構, c石油資源開発(株), d(公財)高輝度光科学研究センター

aKyoto University, bJOGMEC, cJAPEX, dJASRI


Abstract

 油-鉱物界面の吸着構造に及ぼす塩の影響を調べることを目的に、白雲母-オレイン酸の界面に対してオレイン酸飽和の状態と濃度1 wt%の塩水注入実施後の状態とで、20 keVの入射X線エネルギーでX線CTR散乱法の測定を行った。その結果、オレイン酸飽和の状態に対しては良好な測定データを得ることができた。しかし、塩水注入実施後の状態に対しては、塩水注入時の白雲母基板の浮き上がりにより、特にLが大きい範囲で良好なデータが取得できず、基板の固定方法と塩水の注入方法に課題を残した。また、オレイン酸の吸着構造を直接示すデータを得るにはL < 2の範囲も測定する必要があることがわかった。


キーワード: 油-鉱物界面、石油増進回収、X線CTR散乱法、白雲母、塩


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背景と研究目的:

 発展途上国の急速な経済成長に伴う石油・天然ガスの需要増加に対応するためには、メタンハイドレートやシェールガスなどの新規資源の開発に加えて、効率的な石油増進回収(EOR)技術の開発が必要不可欠である。近年、経済性の高さから、低濃度塩水の圧入によるEOR(低濃度塩水攻法)が盛んに実施されつつある。しかし、その効果は適用した油田や採用した塩濃度によって様々であり、そのメカニズムが十分に理解されていない。そこで、本研究では、油-鉱物界面における吸着構造変化に及ぼす塩の影響を調べることを目的とする。今回、白雲母-オレイン酸の界面に対して、オレイン酸飽和の状態と濃度1 wt%の塩水注入(低濃度塩水攻法)実施後の状態に対して、X線CTR散乱法の測定を行った。


実験:

 劈開により新鮮で平滑な結晶面が得られる白雲母を鉱物とし、白雲母にはアライアンスバイオシステムズ社製のV-1 Gradeを用いた。油については、当初、これまでどおり、分子全体の外形が扁球面状で吸着構造を評価しやすいと考えられるシクロヘキサンを使用する予定であった。しかし、実験準備を進める中で、無極性分子であるシクロヘキサンではエイジングを行っても、原油のように表面の濡れ性を水濡れから油濡れに変えるほど白雲母表面に強く吸着しないことがわかってきた。今回の実験の目的は、エイジングにより鉱物表面に吸着した油分子の脱着の程度が塩の有無によって変化することを確認し、低濃度塩水攻法のメカニズム解明への手掛かりとすることである。ただし、非常に多くの炭化水素分子の混合物である原油を用いた場合、実験結果の解釈が困難になると考えられる。そこで、今回、実験を行う室温で液体であり、先端のカルボキシル基によって極性を持ち、白雲母表面に吸着しやすいと考えられるオレイン酸を油として用いることとした。オレイン酸には和光純薬社製の一級試薬を用いた。

 空気中の酸素分子および水蒸気の吸着を避けるため、白雲母基板のセットは乾燥窒素置換のグローブボックス内で行った。まず、白雲母基板(15 mm × 15 mm × 0.15 mm)を劈開させ、劈開による割れや傷が少ないことを確認した上で、新しくできた(001)面を上にして測定セルに固定した。次に、Oリングを介して厚さ12.5 µmのカプトンフィルムで覆って基板をセットしたセル内部を密閉し、液相導入孔からオレイン酸をセル内に満たした。最後に、液相導入孔を密閉し、グローブボックスから取り出した。

 測定セルは、鉱物-水界面に対するX線CTR散乱法の測定で用いられているthin film cell[1]を有機溶媒中でも基板を固定できるように改良したもので、図1に示すようにセル内部に埋め込んだネオジム磁石と鉄箔(5 mm × 5 mm × 0.01 mm)とで白雲母基板の4隅を押えると同時に、基板表面とそれを覆うカプトンフィルムとの間に厚さ0.01 mmの一様なオレイン酸膜ができるようにしている。さらに、今回、カプトンフィルムの上からネオジム磁石を対角の2隅に置くことで基板を上下から挟み込み、基板を固定した。

 測定はBL19B2で行い、入射X線のエネルギーは20 keVとした。また、コリメーションは、入射側を幅0.2 mm × 高さ0.2 mm、受光側を幅2.0 mm × 高さ2.0 mmとした。上記の方法によりオレイン酸を密封した測定セルを多軸回折計のステージに取付け、最初にオレイン酸飽和状態の界面に対して測定を行った。L = 7.9で良好な測定データが得られる照射位置を選択した後、まずL = 7.9からL = 2.1まで、次にL = 8.1からL = 13.9まで、それぞれブラッグピークが立つ整数のLを除いて0.1ごとにθ = θ0 ± 0.2°の範囲でrocking scanして測定を行った。ここで、L = dQ/2π、Qは運動量移行、dは白雲母の(001)面の結晶面間隔である。なお、L = 7.9からL = 2.1までの測定ではL = 7.9を、L = 8.1からL = 13.9までの測定ではL = 8.1をそれぞれ照射損傷の影響を評価するための参照点として、測定中定期的にこれらのLに対する測定を行い、CTR信号にピーク強度の低下およびピーク幅の増加などの照射損傷の兆候がみられた場合、多軸回折計のXYステージを用いて照射位置を移動することとした。

 オレイン酸飽和状態(低濃度塩水攻法実施前)の界面に対する測定が終了した後、一旦測定セルを多軸回折計のステージから取り外し、液相導入孔を静かに開放してエアが絡まないように濃度1 wt%の塩水をペリスタポンプで注入することで低濃度塩水攻法を実施した。今回、オレイン酸と塩水の粘度比が大きかったため、白雲母の基板上に水の卓越流路ができてしまい、基板表面全体を塩水で置換することができなかった。このため、注入レートを大きくして強制的に基板表面のオレイン酸を塩水で置換することで低濃度塩水攻法を実施した。この後、再度測定セルの液相導入孔を密閉して多軸回折計のステージに取付け、低濃度塩水攻法実施前の界面の場合と同様に、低濃度塩水攻法実施後の界面に対して測定を実施した。


  

図1 (a)測定セル(thin film cell)の構造と(b)測定セルの多軸回折計への設置状態


結果および考察:

 低濃度塩水攻法実施前の測定に対して、照射損傷の影響を評価するための参照点としたL = 8.1のCTRデータの経時変化を図2(a)に示す。この図からわかるとおり、良好なCTRデータが測定されている。また、約10時間のX線連続照射後も測定されたCTRデータにほとんど低下が見られないことから、今回の測定では照射損傷がほとんど無かったものと考えられる。

 測定されたCTRデータに対して、ピーク形状をGaussianでフィッティングし、フィッティングされたピークの面積を積算時間で除して反射率強度を求めた。このとき、①照射範囲に関する受光面積補正、②逆格子空間におけるデータ補正、③液相(オレイン酸)に関する吸収補正、を行ったが、今回、照射損傷がほとんど無かったと考え、L=7.9およびL=8.1の参照点を基準にした照射損傷による強度低下補正は省略した。低濃度塩水攻法実施前後に測定された全てのCTRデータに対して上記の処理を行って求めた反射率を波数Qの関数としてプロットしたものを図2(b)に示す。この図より、Lが偶数のときのQにおいてピークを持ち、そのピークの間で反射率が低下する傾向も前回産業新分野支援課題(課題番号2014B1936)において純粋なシクロヘキサンと白雲母基板の界面に対して同条件で測定して得られた反射率のデータ[2]とよく似ている。このことから、白雲母の結晶構造については正確に測定できているものと考えられる。

 Fenter and Sturchioは、カルサイトの(104)面のステアリン酸の吸着構造を測定し、L < 2の範囲の測定でステアリン酸の吸着構造を直接示すΔQ = 2π/l(ここで、lはステアリン酸の単分子吸着膜の厚さ)の周期で変化する反射率データが得られることを示している[3]。オレイン酸が白雲母表面に一様に吸着していれば、同様に周期的な反射率データを取得することができたと考えられるが、今回、L < 2の範囲の測定を行わなかったため、この周期的に変化する反射率データを確認することができなかった。この範囲の測定は今後の課題として次回に実施を試みる。また、図2(b)に示すとおり、低濃度塩水攻法実施後に対する測定結果は実施前とほとんど変化が無いことから、今回のデータでは低濃度塩水攻法の実施によるオレイン酸の吸着構造の変化は確認が困難であると考えられる。さらに、低濃度塩水攻法実施後の界面に対してL > ~ 9.5 (Q > ~3.0)の範囲で全くCTRデータを得ることができなかった。再アライメントの結果、基板底面に液相が確認され、基板が浮き上がっていることがわかった。この基板の浮き上がりは、低濃度塩水攻法を実施した時に、塩水の注入レートを大きくして強制的に基板表面のオレイン酸を塩水で置換したために発生したものと考えられる。


今後の課題:

 今回、オレイン酸の吸着構造を直接示すデータは得られなかったが、得られた反射率の結果を逆解析することで、白雲母基板とオレイン酸の界面近傍における電子密度分布を求め、オレイン酸の吸着構造を評価することを試みる。また、白雲母基板のネオジム磁石による固定を対角の2隅から4隅に増やすことでより強固にするとともに、低濃度塩水攻法実施時は測定セルを傾けて重力分離させながら低レートで塩水を注入することで基板の浮き上がりを防止する。その上で、オレイン酸の吸着構造を直接検知できるL < 2の範囲を含むLの範囲での測定を試みる。


   

図2 (a)L = 8.1のCTRデータの経時変化と(b)低濃度塩水攻法前後での白雲母基板(001)面に対する

X線反射強度の比較


参考文献:

[1] Fenter, P. A., Reviews in Mineralogy and Geochemistry, 49, 149 (2002).

[2] 松岡俊文他 SPring-8/SACLA利用研究成果集, 4(1), 145-148 (2016).

[3] Paul Fenter and Neil C. Sturchio, Geochimica et Cosmochimica Acta, 63, 3145 (1999).



ⒸJASRI


(Received: October 21, 2015; Early edition: February 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)