SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

蛍光分光法によるXFEL誘起現象の観測とその応用
Observation of XFEL Induced Phenomena Using Fluorescence Spectroscopy and Its Application

DOI:10.18957/rr.4.2.340
2012A8024, 2012B8002, 2013B8025, 2014B8001 / BL3

繁政 英治a, b, 岩山 洋士a, b, J.R.Harriesc, 下條 竜夫d, 犬伏 雄一e, 井上 伊知郎f, 玉作 賢治g

Eiji Shigemasaa, b, Hiroshi Iwayamaa, b, James R. Harriesc, Tatsuo Gejod, Yuichi Inubushie, Ichiro Inouef, Kenji Tamasakug

 

a分子科学研究所, b総合研究大学院大学, c日本原子力研究開発機構, d兵庫県立大学, e(公財)高輝度光科学研究センター,

f東京大学, g理化学研究所

aInstitute for Molecular Science, bSOKENDAI, cJAEA, dUniversity of Hyogo, eJASRI, fThe University of Tokyo, gRIKEN

 

Abstract

 XFELと物質との相互作用、特に量子光学効果や非線形光学現象の観測を目指して、蛍光分光法に基づく実験研究を行った。二光子逐次吸収による内殻二正孔状態からの蛍光放出過程の観測を自己相関法に応用し、XFELパルス幅計測を試みたが、XFEL強度や遅延時間に依らず信号が観測された。これは、XFELのパルス幅が設定可能な最小遅延時間よりも狭いために、二色のXFELパルスの時間的な重なりが不十分であったことが原因と考えられる。


キーワード: XFEL、蛍光分光法、超蛍光、非線形光学過程、自己相関法


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背景と研究目的:

 自由電子レーザー(Free Electron Laser: FEL)の出現により、極紫外(Extreme Ultraviolet: EUV)よりも短波長域における非線形光学過程の研究が可能になってきた。量子光学効果の一つ、超蛍光は、励起状態にある原子が集団で自発放射を起こす過程であり、通常の励起寿命よりも短い時間幅のパルス光を放出する現象である。著者の一部は、SACLAの試験加速器、SCSSにおいて、EUV-FEL光により励起された原子が集団として振る舞う、超蛍光の観測に世界に先駆けて成功している[1]。He原子の1s1s → 1s3p共鳴励起エネルギーに相当する、波長53.7 nmのEUV-FEL光を高濃度のHe原子に集光照射した場合、He*(1s3p) → He(1s2s)遷移に相当する波長501.7 nmの可視光が、通常の蛍光寿命(τ=75 ns)よりも遙かに短い最小10 ps以下のパルス幅を持つ超蛍光として、FELと同軸、下流方向に観測された。さらに、1s1s → 1s4p共鳴励起に伴う超蛍光の観測[2]や、複数の遷移が競合する超蛍光の観測[3]とそのメカニズムの解明[4]にも成功している。このように、EUV-FELの登場により、可視光領域での超蛍光の研究は格段に進展した。一方、EUVや軟X線領域における超蛍光現象は未だ観測さえ実現していない。SACLAからのXFELパルス光を利用して、これを実現することが本研究の初期の目的であった。

 超蛍光が起こる条件は、1)励起状態にある原子同士の間隔が放射される蛍光の波長より短いこと、2)反転分布が実現されていること、3)励起光のパルス幅が全ての脱励起過程よりも十分に短いこと、という3つである。先ず、1)の条件から、波長が短いX線領域の超蛍光の観測は、固体試料を用いなければ観測が困難である。最初のビームタイムでは、我々が所有する斜入射分光器を持ち込み、Kr原子から放射されるEUVから軟X線領域での超蛍光の観測を試みた。実験条件や装置の配置を変更しつつ、超蛍光の観測を目指した実験を行ったが、Kr原子についてはビームライン下流側に指向性発光を見出すことはできなかった。励起原子密度を格段に増やすために、銅板にXFELを集光照射する実験も実施し、ビームライン下流に指向性のある硬X線が観測されたが、分光実験を行うには至らず、当初目論んだような実験データを取得することはできなかった。一方、別の申請課題によるX線非線形光学実験において、我々は、Krの内殻二重イオン化[5]とGeのX線二光子吸収[6]の観測に成功している。これらの実験研究を行う中で蓄積された実験技術や利用経験、或いはSACLAの性能の向上に基づき、研究テーマを少しずつ変更しながら蛍光分光法による実験研究を継続した。ここでは、二色のXFELパルスを用いた自己相関法によるXFELパルス幅計測の結果について報告する。

 

実験:

 実験は、SACLAのBL3 [7]において行われた。実験セットアップの概略を図1に示す。近年、SACLAでは、前後段のアンジュレータの間に挿入されたシケインにより、波長の異なる二つのXFELパルスを生成させ、その到達時間を制御することが可能となっている。試料には、Tiフォイル(厚さ20 μm)を用い、二色のXFELパルスを1ミクロン集光装置[8]により集光照射した。二色のXFELパルスの到達時間の遅延は、0から数十フェムト秒の間でサブフェムト秒の精度で変更することが可能である。二色のXFELパルスのスペクトルは、ビームライン上流部に設置されたダイヤモンド薄膜による回折を利用したインライン分光装置[9]によりショット毎に計測された。Tiフォイルから放射された蛍光X線は、平板結晶(Si(111))を利用した波長分散型スペクトロメーターにより分光された。XFEL照射による試料の損傷を避けるために、Tiフォイルが照射される位置を1.5 mm/sの速度で変えながらスペクトル測定を行った。検出器にはMPCCD [10]を用い、XFELショット毎に蛍光X線スペクトルを測定した。自己相関法としては、二光子逐次吸収による内殻二正孔状態(Double core-hole states: DCH)からの蛍光放出過程[5]を利用した。Tiの1s電子の束縛エネルギーは4966.4 eV [11]である。二光子を逐次的に吸収して、1s電子が二つともイオン化されたDCH状態を生成するために、前段及び後段のアンジュレータからのXFELパルスの光子エネルギーを、それぞれ5.8 keV及び5.5 keVに設定した。試料位置におけるXFELパルスの平均エネルギーは、前段が40±4 μJ、後段が15±1.5 μJであった。

          

 

図1.実験セットアップの概略      図2.観測された蛍光X線スペクトルの例

 

結果および考察:

 図2に本実験で得られた蛍光X線スペクトルの一例を示す。400ピクセル付近のピークがKα線(約4.5 keV)、600ピクセル付近のピークがKβ線(約4.9 keV)に対応する[12]。DCH状態からのKα線は、この二つのピークの間に存在する。図3は、DCH状態由来の蛍光X線スペクトルの遅延時間依存性である。各スペクトルは、約10000ショットの平均である。500ピクセル付近の弱いピークが、DCH状態からのKα線に相当する。このピーク強度が、二つのXFELパルスの時間的な重なりにより変化する様子の観測を目指してデータを蓄積した。ショット毎の平均である図3からは、明確な遅延時間依存性は見られない。本実験を実施した際、加速器本体の問題として、後段アンジュレータからのXFELパルスが単色ではなく、多色で発振していたことが上げられる。また、後段アンジュレータからのXFELの光軸が、加速器のミスオペレーションによって遅延時間を変更する毎にずれていった可能性が実験後に明らかになった。遅延時間を細かく変更して多くのデータを取得したが、統計精度が十分に高く、信頼できるデータが取得できているものは極めて限定的であることが判明した。

 そこで、信頼できると思われる遅延時間0.5 fs、2.5 fs、及び10 fsのデータについて、得られた蛍光X線スペクトルをXFEL強度毎に分類して比較したところ、前段アンジュレータからのXFEL強度が25±5 μJ以上になると、後段アンジュレータからのXFEL強度や遅延時間に依らずDCH状態由来の蛍光が観測されていることが分かった。このことは、二色のXFELパルスの時間的なオーバーラップが不十分であったことを意味していると考えられる。電子バンチがアンジュレータ内で蛇行運動する際、電子が放出した光に対して時間的にどの位遅れるかを見積もったところ、約2.7 fsであった。つまり、遅延時間を0 fsに設定したとしても、この時間分だけ前段のXFELパルスが後段のXFELパルスに対して時間的に進んでいることになる。このことは、XFELのパルス幅は数fs以下であるとするSACLA加速器グループの主張[13]と矛盾しない。

図3.内殻二正孔状態由来の発光強度の遅延時間依存性

 

今後の課題:

 今回、DCH状態からのKα線強度の遅延時間依存性を利用して、XFELパルス幅計測を試みたが、有効なデータを取得することができなかった。その原因は、XFELのパルス幅が設定可能な最小遅延時間よりも狭いためであると考えられる。これを確認する方法として、後段アンジュレータの台数を減らすことが考えられる。SACLAでは、4台程度のアンジュレータでもFEL発振を実現することが可能である。この場合、電子が放出した光に対しての遅延時間は1 fs以下となるので、自己相関法によるXFELパルス幅計測が実現する可能性がある。

 

参考文献:

[1] M. Nagasono, J. R. Harries, H. Iwayama, T. Togashi, K. Tono, M. Yabashi, Y. Senba, H. Ohashi, T.Ishikawa and E. Shigemasa, Phys. Rev. Lett. 107, 193603 (2011).

[2] J. R. Harries, H. Iwayama, M. Nagasono, T. Togashi, M. Yabashi, S. Kuma, Kyo Nakajima, Y.Miyamoto, C. Ohae, N. Sasao and E. Shigemasa, J. Phys. B At. Mol. Opt. Phys. 48, 105002 (2015).

[3] K. Nakajima, J. R. Harries, H. Iwayama, S. Kuma, Y. Miyamoto, M. Nagasono, C. Ohae, T. Togashi, M. Yabashi, E. Shigemasa and N. Sasao, J. Phys. Soc. Jpn. 84, 54301 (2015).

[4] C. Ohae, J. R. Harries, H. Iwayama, K. Kawaguchi, S. Kuma, Y. Miyamoto, M. Nagasono, K.Nakajima, I. Nakano, E. Shigemasa, N. Sasao, S. Uetake, T. Wakabayashi, A. Yoshimi, K. Yoshimura and M. Yoshimura, J. Phys. Soc. Jpn. 85, 34301 (2016).

[5] K. Tamasaku, M. Nagasono, H. Iwayama, E. Shigemasa, Y. Inubushi, T. Tanaka, K. Tono, T. Togashi,T. Sato, T. Katayama, T. Kameshima, T. Hatsui, M. Yabashi, and T. Ishikawa, Phys. Rev. Lett. 111, 43001(2013).

[6] K. Tamasaku, E. Shigemasa, Y. Inubushi, T. Katayama, K. Sawada, H. Yumoto, H. Ohashi, H. Mimura, M. Yabashi, K. Yamauchi, and T. Ishikawa, Nat. Photonics 8, 313 (2014).

[7] K. Tono, T. Togashi, Y. Inubushi, T. Sato, T. Katayama, K. Ogawa, H. Ohashi, H. Kimura, S.Takahashi, K. Takeshita, H Tomizawa, S. Goto, T. Ishikawa, and M. Yabashi, New J. Phys. 15, 83035(2013).

[8] H. Yumoto, H. Mimura, T. Koyama, S. Matsuyama, K. Tono, T. Togashi, Y. Inubushi, T. Sato, T.Tanaka, T. Kimura, H. Yokoyama, J. Kim, Y. Sano, Y. Hachisu, M. Yabashi, H. Ohashi, H. Ohmori, T.Ishikawa, and K. Yamauchi, Nat. Photonics 7, 43 (2013).

[9] K. Tamasaku, Y. Inubushi, I. Inoue, K. Tono, M. Yabashi, and T. Ishikawa, J. Synchrotron Radiat. 23, 331 (2016).

[10] T. Kameshima, S. Ono, T. Kudo, K. Ozaki, Y. Kirihara, K. Kobayashi, Y. Inubushi, M. Yabashi, T.Horigome, A. Holland, K. Holland, D. Burt, H. Murao, and T. Hatsui, Rev. Sci. Instrum. 85, 33110 (2014).

[11] J. A. BEARDEN and A. F. BURR, Rev. Mod. Phys. 39, 125 (1967).

[12] J. A. BEARDEN, Rev. Mod. Phys. 39, 78 (1967).

[13] P. Schmüser, M. Dohlus, J. Rossbach, and C. Behrens, Free-Electron Lasers in the Ultraviolet and X-Ray Regime (Springer International Publishing, Cham, 2014), Chapter 9, P. 170.

 

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(Received: March 15, 2016; Early edition: May 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)