SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.2

近赤外強レーザーパルスによるXFELオージェ電子サイドバンド計測
XFEL Auger Electron Sideband Measurements by Near-Infrared Strong Laser Pulses

DOI:10.18957/rr.4.2.344
2013B8024, 2014B8002 / BL3

伏谷 瑞穂a, 松田 晃孝a, 遠藤 友随a, 樋田 裕斗a, 菱川 明栄a, 彦坂 泰正b

Mizuho Fushitania, Akitaka Matsudaa, Tomoyuki Endoa, Yuto Toidaa, Akiyoshi Hishikawaa, Yasumasa Hikosakab

 

a名古屋大学, b富山大学

aNagoya University, bUniversity of Toyama

 

Abstract

 Ne原子のX線ポンプ-近赤外プローブ電子分光を行った。XFEL( = 4.70 keV)によるNe 2p-2オージェ電子ピーク(~ 800 eV)の高エネルギー側に近赤外レーザー場強度に応じて明瞭なサイドバンドが観測された。サイドバンド強度のパルス遅延時間の関数として得られた相互相関トレースは、タイミングジッターに由来する約2 psの幅をもつことが見出された。


キーワード: オージェ電子、オージェ電子サイドバンド、ポンプ・プローブ計測、強レーザー場


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背景と研究目的:

 原子や分子のX線領域の光吸収においては、1光子の吸収でも大きな価数のイオンが生成される。これは、主として内殻電子のイオン化により生成した内殻空孔からの多段階のオージェ崩壊に起因する。この各段階でのオージェ崩壊の時間スケールは、その電子放出を起こしている中間生成したイオン状態の寿命を反映する。すなわち、深い内殻空孔の崩壊はフェムト秒以下で進行し、その崩壊により生成した浅い内殻空孔からの2段階目のオージェ電子放出は数フェムト秒から数十フェムト秒オーダーとなる。さらに、内殻空孔が埋まった後にも十分な内部エネルギーを保持すればさらなる電子放出が可能であり、これはピコ秒までもの長い時間スケールになり得る。一般に、オージェ崩壊の時間スケールは電子スペクトル上のオージェピークの線幅から決定される。この場合、数フェムト秒の寿命による自然幅の観測は容易であるが、オージェ崩壊の時間スケールが数十フェムト秒以上となるとその自然幅の観測は難しい。そのため、後段のオージェ電子放出を引き起こしている中間生成するイオン状態の寿命は、実験的には殆ど決定されていない。しかしながら、中間生成したイオン状態の崩壊が終生成するイオン価数分布とその電子状態を決定することから、それらの状態の崩壊過程の速度常数の逆数である寿命の決定は、X線領域の原子分子過程の全容の理解に有益な情報である。

 このような原子の内殻空孔からの多段階のオージェ崩壊過程の実時間追跡は、内殻イオン化で放出されたオージェ電子の光学レーザーの吸収によるサイドバンド生成の観測により実現できる可能性がある。オージェ崩壊により連続状態に放出されたオージェ電子が原子核からのクーロンポテンシャルを感じる範囲内で光学レーザーが入射されれば、連続状態での光吸収が起こり、元々のオージェラインの両サイドに吸収された光子エネルギー分だけ離れたサイドバンドが出現する。すなわち、このサイドバンド生成を観測することによりオージェ電子の放出のタイミングをモニターすることができる[1]。一方、内殻空孔状態の寿命が実効的なレーザーパルス幅より十分短い場合、サイドバンドの強度は2つのパルスの時間的重なりについての情報を与える。これはEUVからX線領域のパルス評価の標準的な手法として広く用いられており、非破壊でXFELパルスの評価を行える[2,3]

 本研究では、原子の内殻空孔のオージェ崩壊過程の実時間追跡の要素技術の確立を目指し、XFEL吸収によるNe 1s内殻イオン化後のオージェ崩壊過程で放出されるオージェ電子の光学レーザー吸収によるサイドバンド生成の観測を行った。ここでは、このサイドバンド強度の2つのレーザーのタイミングの遅延に対する変化から、タイミングジッターを決定できることを示した。

 

実験:

 SACLAのビームラインBL3(EH2)において、非集光のXFEL(5 keV程度)を利用した。図1(a)に本研究の実験セットアップの模式図を示す。電子の運動エネルギー計測には、磁気ボトル型電子分光器を用いた。磁気ボトル型電子分光器では、イオン化領域の側方に強力な永久磁石を置き、それとソレノイドコイルを対向させて配置することにより、イオン化領域に不均一磁場を形成する。この磁場による磁気ミラー効果によって、イオン化により放出された全ての電子の速度ベクトルの方向は、ソレノイドコイルの軸方向に揃えられる。この全立体角に亘る極めて高い検出効率から、空間電荷効果を抑制できるような低いイベントレートにおいても、XFELのシングルショットごとの電子スペクトルを計測できる。磁気ボトル型電子分光器は本質的には飛行時間型の分析器であり、磁場により捕獲した電子の検出器までの飛行時間から運動エネルギーを決定する。使用する装置では、良好なエネルギー分解能を得られるように約1.5 mもの長い飛行区間を設けている。さらに阻止電場機構により関心のある運動エネルギー領域の電子を十分減速させて飛行させ、その領域についてエネルギー分解能を向上させて計測することが可能である。

図1. (a) X線ポンプ-近赤外プローブ電子分光実験の概念図と(b) NIRレーザーとXFELビームのアライメント調整用ピンホール(セリウムYAG結晶で作製)。

 

 磁気ボトル型電子分光器の上流側とビームラインとを差動排気チャンバーを介して直結した。磁気ボトル型電子分光器の下流側にはBe窓で終端した2 mの直管を取り付け、これを介してXFELビームを真空中から大気側へと取り出しビームダンプを行った。フェムト秒チタンサファイアレーザーからの高強度近赤外(NIR)レーザーパルスはXFELとほぼ同軸に上流側から入射し、イオン化領域に集光した。ここで、2つのビームの空間重なりが最大となるよう、NIRレーザーの集光サイズをXFELビーム径(80 μm)と同程度に設定した。空間的な重なりは次の手順で調整を行った。集光領域にアライメント調整用のセリウムYAG結晶で作製したピンホール(図1(b))を直線導入し、XFELによるセリウムYAG結晶前面からの蛍光とピンホールを抜けた光量をモニターしながら、ピンホールをXFELビーム位置に移動した。次に、そのピンホールに対する光学レーザーのアライメントについて、セリウムYAG結晶前面からの蛍光とピンホールを抜けた光量をモニターしながら調整した。2つのビームのピンホール通過が確認できれば、それらの空間的なオーバーラップは一定程度保障される。調整後、セリウムYAG結晶を退避させ、イオン化領域に試料となるNeガスを導入し、XFELによる内殻イオン化に引き続いて起こるKLLオージェ崩壊過程で放出されたオージェ電子を観測した。NIRフェムト秒レーザーとXFELとのパルスタイミングは、前者の光学遅延距離をステッピングモータで変化させ、制御した。

 

結果および考察:

 X線エネルギー4.70 keVで観測されたNeの電子飛行時間スペクトルを図2(a)に示す。電子飛行時間~2 μsのピークは2p-2の生成によるオージェ電子(EAuger ~ 800 eV)に帰属できる。電子リターディング電圧の印可によって、各オージェラインを部分的に分解したスペクトルが観測できている。これにNIRレーザーパルスを入射したところ、この2p-2オージェバンドの強度は減少し、高エネルギー側にサイドバンドが観測された。サイドバンドの分布幅はNIRレーザーパルスの強度に応じて増加し、強度8.3 mJ/pulse(レーザー場強度~150 TW/cm2)では、サイドバンドが15 eVにわたって観測された(図2(b))。これはNIR光子(hvNIR = 1.56 eV)の約10個分に相当する。

 サイドバンドの強度を遅延時間の関数として測定することで2つのレーザーパルスの相互相関関数が得られる。高次非線形過程を抑制するために、NIRレーザー強度を0.32 mJ/pulseとして測定した結果を図3に示す。電子エネルギーEkin = EAuger + hvNIRに観測された第1サイドバンドから得られた相互相関関数はガウス型の形状を示し、このピークからXFELとNIRレーザーパルス間の時間遅延原点Δt = 0を決定した。また最小自乗法による解析から相関関数の半値全幅(FWHM)として、τ = 2.0 (2) psが得られた。同じ条件で観測された第2サイドバンド(Ekin = EAuger + 2 hvNIR)もほぼ同じ値τ = 1.9(1) psを示した。XFELおよびNIRレーザーのパルス幅はそれぞれ6-30 fsと50 fsであることから、この相互相関関数幅は、主にレーザー間の同期ジッターによると考えられる。観測されたジッター幅は、GaAs吸収を用いた先行研究の結果(τ = 0.1 ps [4]、0.6 ps [5])と大きく異なり、その要因については今後詳細な検討が必要である。

図2. Ne原子の硬X線電子スペクトル(hv = 4.70 keV)におけるサイドバンド形成(電子リターディング電圧:-803 V)。(a) NIR強レーザーパルスによるオージェ電子スペクトルの変化。(b)差分スペクトルのNIRレーザー強度依存性。

図3. オージェ電子サイドバンドから得られたXFEL-NIRレーザーパルス相互相関トレース。各点で3000レーザーショット積算(100秒)。

 

今後の課題:

 本研究では、近赤外強レーザーパルスによって生成したオージェ電子のサイドバンドを利用することで、XFELと外部同期レーザーのタイミングジッターと時間原点を非破壊で決定できることを実証した。2つのレーザーを併用した実時間計測において必須となる実験技術を確立することができたと言える。今後、シングルショットでのサイドバンド計測によって、XFELパルス毎の計測を実現することが必要である。最近、強レーザーパルスにチャープを導入することで、オージェ電子サイドバンドからタイミングジッターとXFELパルス幅の同時測定が可能であることが理論的に示されており[3]、XFELパルス診断の有用な手法となると期待される。

 

参考文献:

[1] M. Drescher et al., Nature 419, 803 (2002).

[2] S. Düsterer et al., New J. Phys. 13, 093024 (2011).

[3] C. N. Liu, T. Morishita, M. Fushitani and A. Hishikawa, J. Phys. B 49, 034005 (2016).

[4] T. Sato, T. Togashi, K. Ogawa, T. Katayama, Y. Inubushi, K. Tono and M. Yabashi, Appl. Phys. Express 8, 012702 (2015).

[5] T. Katayama et al., Struct. Dyn. 3, 034301 (2016).

 

ⒸJASRI

 

(Received: April 13, 2016; Early edition: April 25, 2016; Accepted: June 24, 2016; Published: July 25, 2016)