SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

X線磁気円二色性によるラーベス相RFe2 (R=Y, Gd) 水素化物の高圧下の磁気状態の研究
XMCD Study of Magnetic States in Laves Phase RFe2 (R=Y, Gd) Hydrides under High Pressure

DOI:10.18957/rr.4.1.1
2010B1004, 2012A1385 / BL39XU

石松 直樹a, 圓山 裕a, 河村 直己b, 水牧 仁一朗b, 中野 智志c, 三井 隆也d, 中村 優美子e, 榊 浩司e, 榎 浩利e

Naoki Ishimatsua, Hiroshi Maruyamaa, Naomi Kawamurab, Masaichiro Mizumakib, Satoshi Nakanoc, Takaya Mitsuid, Yumiko Nakamurae, Koji Sakakie, Toshinori Enokie


a広島大学大学院理学研究科, b(公財)高輝度光科学研究センター, c(独)物質・材料研究機構,

d(独)日本原子力研究開発機構, e(独)産業技術総合研究所創エネルギー技術

aGrad. Sch. of Sci., Hiroshima Univ., bJASRI/SPring-8, cNIMS, dJAEA/SPring-8, eRIEF, AIST


Abstract

 C15型ラーベス相化合物GdFe2とYFe2をGPaオーダーの水素雰囲気下で加圧し、水素化による電子状態と磁気状態の変化をGd L2吸収端およびFe K吸収端のX線吸収分光法とX線磁気円二色性(XMCD)から調べた。高圧下の水素化により強磁性秩序が消失したことでXMCDの強度が減少し、さらに加圧すると再び強磁性秩序が出現してXMCDの強度が増加した。常圧下と高圧下の強磁性秩序におけるXMCDの強度を比較すると高圧下のXMCDの強度は常圧の1/10程度と小さい。このことから高圧下の強磁性秩序はFeと希土類原子間の電子軌道の混成が水素の占有によって弱まった電子状態であることが分かった。


キーワード: ラーベス相,金属水素化物,高圧力,X線吸収分光法,X線磁気円二色性


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背景と研究目的:

 C15型のラーベス相化合物は隙間の多い結晶構造のためにformula unit (f.u.)あたり5個を超える水素原子を吸蔵する。近年、この物質系において、水素化に伴った結晶構造と磁気特性の変化に興味が持たれている[1,2]。希土類元素(R = Y, Gd)とFeで構成されるラーベス相化合物RFe2は、Feの3d電子軌道がstoner条件を安定して満たすために強磁性を発現する化合物である[3]。GdFe2はFeとGdが磁気モーメントを持ち、これらが反平行に配列するTC=793 Kのフェリ磁性体である。一方、YFe2はFeのみが磁気モーメントを持つTC=541 Kの強磁性体である。YFe2を1 MPa程度の水素雰囲気下で水素化させたYFe2Hx (x < 3.5) ではTCが減少し磁化が増加する。また、1-3 GPaの水素雰囲気下ではx ~ 5の水素化によって強磁性秩序が消失する[1]

 水素を圧力媒体としたダイヤモンドアンビルセル(DAC)を用いてRFe2を10 GPa以上に加圧した場合、RFe2に新たな磁気転移が見られることが、最近の放射光メスバウアー分光によって明らかとなった[2]。この実験によると、常圧で約19 TのYFe2におけるFeの内部磁界はx ~ 5の水素化によって3 GPaで一旦ゼロとなり、13.5 GPa以上で7.7 Tの内部磁界が再び現れる[2]。この結果からYFe2が常磁性相となった後、さらに加圧すると再び磁気秩序をもつことが示された。内部磁界の再出現に伴ってアイソマーシフトと四重極シフトの圧力変化も見られており、新たな磁気秩序はx > 5の水素化と結晶構造の変化を経て現れた強磁性相の可能性がある。また、GdFe2でも水素化による同様の磁気転移がみられる。GdFe2の場合、内部磁界が再出現する圧力は10.7 GPaでありYFe2よりも低い。

 水素の占有によって電子軌道間の混成が受ける変調は、X-ray absorption near edge structure (XANES) とX-ray magnetic circular dichroism (XMCD) のスペクトルから検出できる[4,5]。本研究では、Fe K吸収端とGd L2吸収端のXANESとXMCDを高圧下(P < 22.2 GPa)で測定し、RFe2Hxの磁性と電子軌道間の混成に対する水素の効果を調べた。特に水素化による常磁性転移と高圧での磁気転移での電子状態の変化を調べた。フェリ磁性のGdFe2の場合、隣接FeサイトとのFe 3d-Fe 4p軌道間の混成に加えて、(Gd 4f-)Gd 5d-Fe 4p軌道間の混成もあるので、Feの磁気分極とGdの磁気分極の影響がFeのK吸収端のXMCDスペクトルに現れる。一方、YFe2のFe K吸収端のXMCDでは、Yが非磁性元素であるためにY 4d-Fe 4p軌道間の混成はXMCDに影響せず、Feの磁気分極のみがFe 3d-Fe 4p軌道間の混成を介してXMCDスペクトルに影響する。このためGdFe2とYFe2のFe K吸収端XMCDを比較することで、GdとFeの磁気分極に対する水素の効果を分離して議論できる。また、Gd のL2吸収端では主要なGd 4f-Gd 5d軌道間の混成に加えてGd 5d-Fe 3d軌道間の混成もあるので、XMCDにはGd 4f軌道の磁性とFe 3d軌道の磁性の影響が期待される。


実験:

 本研究ではアーク溶解で作製されたバルク試料をメノウ乳鉢で粉砕し、80 μm角の微小な薄片を取り出してDACに封入した。水素源および圧力媒体となる高圧水素流体の封入は、(独)物質・材料研究機構のガス圧媒体封入装置を用いて行われた[6]。水素は初期圧力180 MPaで封入された。DACの圧力はルビー蛍光法により決定した。実験はBL39XUで行われ、XANESは透過配置,XMCDはダイヤモンド移相子を用いた偏光変調法によりX線に対して平行に印加されたH = 0.6 Tの磁場下で測定された。実験は全て室温で行われた。


結果および考察:

 図1にGdFe2とYFe2のFe K吸収端XANESとXMCDを示す。水素化していない常圧のXANESは吸収端で立ち上がるプロファイルの中間点(7.1105 keV)にピークAが見られる。ピークAは1s電子から双極子遷移したFe 4p軌道と隣接サイトのY 4d軌道またはGd 5d軌道との混成に起因するラーベス相特有のXANESのピークである。GdFe2のXMCDは吸収端近傍で負→正→負となる振動的なプロファイル形状である。一方、YFe2のXMCDは同じエネルギー領域で正→負→負のピーク形状である。YFe2よりも複雑なGdFe2のXMCDの形状はGdの磁気分極に起因する。すなわち、Gd 4f軌道の磁気分極がGd 5d-Fe 4p軌道間の混成を介してFe K吸収端XMCDに影響している。



図1 (a) GdFe2と(b) YFe2のFe K吸収端XANESとXMCDの圧力変化.

  XMCDの図のインセットは水素化後のXMCDの拡大図.APは常圧を表す.


 1 GPaまでの圧力下における水素吸蔵では、XANESのスペクトルのピークAが消失している。この時、GdFe2のXMCDの振幅は常圧の約1/10に減少する。一方、YFe2のXMCD強度はほぼゼロである。この圧力では、試料はRFe2H5の水素化物だと考えられる。この圧力でのラーベス相における水素の占有位置は、C15型構造に内包される4Fe,3Fe-R,2Fe-2Rの3種の四面体の中で、4Feよりも体積が大きな3Fe-Rと2Fe-2Rの四面体内部に水素が占有されると考えられている[1]。XANESのピークAの消失はR nd-Fe 4p軌道間の混成が弱まった結果と推測されるが、このことと予測される水素の占有位置は矛盾がない。

 内部磁界が再度出現するP > 10 GPaでは、GdFe2のXMCDのプロファイルが変化して負のピークのみの形状になる。しかし、放射光メスバウアー分光で見られた内部磁界が増大する圧力変化[2]と異なり、XMCD強度の増大は見られていない。この圧力領域でXANESの変化も観測されない。一方、YFe2の場合は、XMCD強度がP > 16.7 GPaで再度出現して加圧で増加した。P > 10 GPaでGdFe2とYFe2にXMCDが見られることは、水素化したGdFe2とYFe2が強磁性秩序をもつことを明瞭に示す。しかし、YFe2で観測されたXMCDの強度の増加量は小さく、内部磁界に比例すると仮定した場合のXMCDの強度に対しGdFe2とYFe2の実際の強度は約1/5しかない。YFe2の場合は隣接FeサイトとのFe 3d-Fe 4p軌道間の混成が原因でXMCDが発生し、GdFe2の場合はFe3d-Fe 4p軌道間の混成に加えてGd 5d-Fe 4p軌道間の混成が加わってXMCDが発生する。このため、水素化後にGdFe2とYFe2に共通する微弱なXMCD強度は、XANESで明らかとなったGd 5d-Fe 4p軌道間の混成が弱まった効果に加えて、Fe 3d-Fe 4p軌道間の混成も水素化で弱まったことを示唆している。

 放射光メスバウアー分光で見られた内部磁界の増大[2]に対応するXMCDの変化は、Gd L2吸収端XMCDでも見られた(図2)。常圧で吸収量に対して1%の強度があったXMCDは水素化後の1.2 GPaでその強度が一旦ゼロになり、P > 4.9 GPaでXMCDの強度が再び現れる。最大圧力の14.6 GPaでもその強度は常圧の約1/16と小さいが、内部磁界の圧力変化に対応する増大が明瞭に見られる。またGd L2吸収端のXANESにおいて、吸収端近傍のピーク構造であるwhitelineの大きさが4.9 GPaまで加圧で増大し、それより高圧では強度変化が見られない。whitelineの増加はGdが周りの原子との電子軌道間の混成が弱まって局在化したことを示しており、Fe K吸収端XMCDで見られた水素化の結果と対応している。XMCDのプロファイルを詳細にみると常圧ではFeとGdの磁化に対応する2つの負のピークがあるが、高圧相のXMCDは1つのピークの単純なプロファイルに変わっている。高圧相の単純なプロファイルはFeサイトを非磁性のAlに置換したGdAl2のXMCDに類似している[5]。この類似は水素化によってFe 3d-R nd軌道間の混成が弱まることと良く対応している。高圧で増大するGd L2吸収端XMCDは、水素化によってFe 3d-Gd 5d間の混成が弱められた状態で、主にGdサイトの磁気モーメントの再出現を捉えている可能性がある。

 放射光メスバウアー分光では、内部磁界が再度出現して加圧で増加するのに伴って、アイソマーシフトの増加と四重極シフトの減少が高圧下で見られている[2]。これらは新たな水素化と構造相転移に因ると考えられている。しかし、本研究ではこれに対応するプロファイルの変化はFe K端のXMCDにのみ見られた。XANESを詳細にみるとGdFe2では1.2 GPa,YFe2では0.63 GPaのプロファイルとそれより高圧のプロファイルと吸収端近傍の形状が異なっている。圧力点が少ないため現時点では確実ではないが、この変化が強磁性相の再出現の原因となる電子状態への変化に対応する可能性がある。



図2 GdFe2のGd L2吸収端XANESとXMCDの圧力変化.

インセットは水素化後のXMCDの拡大図.


まとめと今後の課題:

 本研究では、GdFe2とYFe2をGPaオーダーの水素雰囲気下で加圧し、水素化による電子状態と磁気状態の変化をGd L2吸収端とFe K吸収端のXANESとXMCDから調べた。10 GPa以上で観測される内部磁界の増大に対応してXMCD強度の増大とプロファイルの変化が観測された。XMCDの出現は水素化した試料に強磁性秩序があることを示す。しかし、水素化前のXMCDの強度とメスバウアー分光で見られた内部磁界の増加量と比較すると、水素化後のXMCDの強度変化は小さく増加量も僅かであることが本研究の主要な結果であった。ラーベス相の特徴であるFeとR間の電子軌道の混成が高圧相では水素の占有によって弱まり、その電子状態で強磁性秩序が発生することが分かった。従って、磁気秩序の発生機構が高圧相と常圧相とで異なると考えられる。


謝辞:

この研究はNEDOプロジェクト「水素貯蔵材料先端基盤研究事業/水素と材料の相互作用の実験的解明」および科研費基盤C(254207560A)の助成を受けて行われた。


参考文献:

[1] G. Wiesinger, V. Paul-Boncour, S.M. Filipek, Ch Reichl, I. Marchuk and A. Percheron-Guégan, J.Phys.: Condens. Matter. 17, 893 (2005).

[2] T. Mitsui, R. Masuda, M. Seto, N. Hirao, T. Matsuoka, Y. Nakamura, K. Sakaki , H. Enoki, J. Alloys Compds. 580, S264 (2013).

[3] E. Gratz and A.S. Markosyan, J. Phys.: Condens. Matter. 13, R385 (2001).

[4] N. Ishimatsu, S. Miyamoto, H. Maruyama, J. Chaboy, M.A.Laguna-Marco and N. Kawamura, Phys.Rev. B 75, 180402(R) (2007).

[5] M. A. Laguna-Marco, J. Chaboy and C. Piquer, Phys. Rev. B 77, 125132 (2008).

[6] K. Takemura, P. C. Sahub, Y. Kunii and Y. Toma, Rev. Sci. Instrum. 72, 3873 (2001).



ⒸJASRI


(Received: May 13, 2015; Early edition: November 30, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)