SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

シンクロトロン放射光測定における極微量成分から推定する古文書料紙の起源探究
Investigation of the Origin of Ancient Documents by Ultra Trace Element Analysis

DOI:10.18957/rr.4.1.23
2012A1085, 2012B1220 / BL37XU

岩田 忠久a, 加部 泰三a, 寺田 靖子b

Tadahisa Iwataa, Taizo Kabea, Yasuko Teradab


a国立大学法人東京大学大学院農学生命科学研究科, b(公財)高輝度光科学研究センター

aGraduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo, bJASRI


Abstract

 本研究は、古文書を構成する料紙に含まれる微量元素を高感度蛍光X線により分析すると共に、既にデータベース化されている地質図や希土類元素分布図との相関分析を行うことにより、各料紙の産地を推定することを目的とした。紙の主原料である楮、雁皮、三椏に加え、現代和紙や古和紙から主原料や産地の異なる200点近くの試料を選択し、測定を行った。紙の原料である、楮、雁皮、三椏から得られたスペクトルには違いが認められたため、本解析手法が、古文書の原料を特定するための手法として有効であることが示唆された。しかし、様々な産地で作製された紙から得られたスペクトルはあまりにも複雑で、今のところ明確な微量元素と産地との相関は得られておらず、更なるデータ収集と解析が必要である。


キーワード: 古文書、和紙、極微量元素分析、紙生産地、無機物添加剤


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背景と研究目的:

 歴史は、紙に文字で書き記された記録(古文書)を基に作られている。古文書を構成する料紙は、歴史学の進展と対をなす材料であるが、歴史学はもっぱら文字情報を重んじ、記録媒体である紙に注目することが少なかった。近年、史料学や古文書学が注目され始め、料紙そのものの材料学的な情報も歴史を考察する上で手がかりになる可能性と重要性が認識されるようになった。

 料紙の分析と分類は、製紙科学的な観点から、種々の(1)物性測定、(2)目視観察および非拡大撮影、(3)顕微鏡観察に分けて調査を実施し、データベース化する作業によりこれまで進められてきた。実際には、紙文化財修復時のカルテ作成の際に料紙分析を行うことになるため、安価な汎用装置による測定や観察で判別できることが望ましく、和紙の類型化に当たっては、(1)坪量つぼりょう、厚さ、寸法、色、光沢度、(2)簀目すのめの有無とその目数、板目と刷毛目の有無、均一性、(3)添加物の種類、漉き返し墨粒子の有無、繊維配向性などの分類基準が決められている。その結果、①繭紙まゆがみ(純繊維紙=繊維だけ)、②糊紙のりがみ(米粉のデンプン粒子含有)、③生漉紙きずきがみ(柔細胞を含む)、④雑紙ざつかみ、の4種類に大きく分類される。

 泥などの無機物はアルミニウム、ケイ素、マグネシウム、カルシウムなどが主要元素だが、微量元素の存在には地域特性があり、材料の産地推定に有効と考えられる。無機物の最も基本的な分析は、含まれている元素が何かを知ることであり、紙文化財では蛍光X線による元素分析法がよく用いられている。その中でもシンクロトロン放射による励起X線を使った超高感度分析が最近注目されている。通常の蛍光X線分析では、重い元素のL蛍光X線と軽・中元素のK蛍光X線が重なるため、重い元素を検出するのが難しいが、高エネルギー放射光X線は、重い元素のK吸収端励起が可能なため、重い元素のK蛍光X線を検出することが可能だからである。したがって不純物と呼ばれてしまうような重い元素の含有量を正確に知ることができ、金属、セラミックス、木材(X線CTスキャンよる立体構造情報のみで元素分析ではない)に対して試みられているが、紙に対する適用例はなく、全く新しい試みである。

 無機物を添加した紙として、宇陀紙うだがみ名塩紙なじおがみが知られている。前者は白土、後者は火山灰を入れると説明されているが、前者は長石(アルカリのアルミノケイ酸塩=K, Na, Al, Siなど)が主成分と思われるが、後者はやや褐色を帯びているので、カンラン石(ケイ酸塩=Mg, Fe, SiなどでAlを含まない)と思われる。この2種の鉱物を区別するのは通常の励起X線で十分だが、これらの鉱物にはさらに微量元素の成分が含まれており、これを検出して無機物の産地同定に利用することを検討する。

 中世の和紙の分類は、歴史史料に使用されている呼び名に基づき、引合ひきあわせ強杉原こわすいばら・美濃・杉原すいばらなどが使われてきたが、それらの多くは産地名や地域団体商標(いわゆる地域ブランド)であり、現実に存在する古和紙のどれにあたるかの確証はなかった。また、高く売れる紙は、別の産地でも材料や製法を真似て作っていた可能性を否定できない。同じ呼び名であっても、時代によって異なる紙種であった可能性について確証を与え、当時の材料の交易状況を知る手がかりを与える結果が期待できる。

 本研究では、有機物のみならず無機物添加剤(宇陀紙うだがみに添加する白土や名塩紙なじおがみに添加する泥など)と天然の抄紙用水に由来する微量元素の含有量と比率が和紙分類の根拠にできるかどうかを検討する。そのために、大型放射光施設SPring-8(兵庫県の播磨科学公園都市)の高感度蛍光Ⅹ線分析装置を利用した分析結果と、既にデータベース化されている地質図や希土類元素分布図との相関分析により、各材料の産地を推定することを目的とした(図1)。



図1 本研究全体の概略


 本実験結果を基に材料や紙生産地推定を行うことが可能となれば、それぞれの紙が、どのような社会階層の人々に何の目的で使われたかという政治および社会状況、並びに産業や市場の形成を推定する根拠になりうることから、紙をベースとした新しいハードウェア歴史学を創出できると考えられる。


実験:

 BL37XUにて、0〜40 keVの範囲で微量元素の測定を行った。実験は、2012A期と2012B期の2回に分けて行った。

 2012A期では、(1)紙の原料である楮、三椏、雁皮の3点、(2)添加物のない美濃紙、広葉樹漂白パルプを用いた試験用すき紙、(3)無機物を添加して漉く名塩紙(兵庫県)、宇陀紙(奈良県)、越前奉書紙(福井県)など産地の判明している和紙を中心に測定を行った。

 2012B期では、(1)現代紙として毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より選んだ筑後薄楮紙、越前鳥の子紙、宇陀紙など約100点、(2)古今紙漉紙屋図絵見本紙より選んだ美濃書院紙、高野紙、箔打間似合紙、名塩紙、吉野国栖紙など24点、(3)様々な地域(東北、北陸、関東、中国、四国、九州)から収集した32点の紙を測定した。

 今回測定に用いた紙料は、毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙あるいは古今紙漉紙屋図絵見本紙より切り出したものであることから非常にきれいであるため、前処理などは行わず、そのまま測定に用いた。測定試料は、数センチ角に切り出したものを、穴の開いた回転試料板に貼り付け、連続測定を行った。


結果および考察:

 非常に薄い紙からでも、また、数ミリ角からでも測定でき、全ての試料からデータを収集することができた。測定した全てのスペクトルに対して、ファイル変換を行い、蛍光X線スペクトルを得た。元素の周期表、エネルギー表を参考に、蛍光X線スペクトルの同定を行い、特徴的な元素の出現、特定の数種の元素に着目した出現強度などについて検討を行った。

【主原料(楮、雁皮、三椏)の測定】

 図2に、紙の原料である楮、雁皮、三椏の繊維を用いて実験室で作製した紙のスペクトルを示す。三椏(図2C)の低エネルギー側には、Pbしか観測されなかった。20〜30 keVに見られている3つの大きなスペクトルは、ブランクにもみられたため、紙からのスペクトルとは位置付けないこととした。一方、楮(図2A)と雁皮(図2B)には、非常に多数の蛍光ピークが観測された。楮の強いスペクトルは、K、Ca、Fe、Zn、Pb、Sr、Ag、Snと同定することができた。一方、雁皮については、楮に見られたスペクトルに加え、Rb、Zrなども観測された。これらのスペクトルの違いから、楮、雁皮、三椏の紙の主要繊維の違いは検出することが可能であることが分かった。しかし、実際の紙は、これらの原料を混ぜて用い、単独で使用しないことから、実際の紙を用いた次の結果が重要となる。



図2 蛍光X線スペクトル:

(A)楮、(B)雁皮、(C)三椏


【現代紙および古文書の測定】

 図3に、現代の毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より切り出した楮を原料として漉かれた筑後薄楮紙(楮)(図3B)を、楮のみから得られたスペクトル(図3A=図2A)と共に示す。両スペクトルを比較すると、強度の違いは認められるが、新たな元素の存在を示すスペクトルは観測されなかった。図3Dに、古今紙漉紙屋図絵見本紙より切り出した雁皮から作製された越前鳥の子紙(雁皮)を、雁皮(図3C=図2B)とともに示す。楮の場合と同様、雁皮から作製された2つの紙のスペクトルには強度の違いは認められるが、大きな差は認められなかった。ここに挙げたスペクトルは、楮と雁皮の一例であるが、いずれにおいても明確な差は認められなかった。



図3 蛍光X線スペクトル:(A)楮のみ、(B)現代の毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より筑後薄楮紙(楮)、(C)雁皮のみ、(D)古今紙漉紙屋図絵見本紙より越前鳥の子紙(雁皮)


 図4には、三椏を原料とした3種類の紙より得られたスペクトルを、三椏のみから得られたスペクトルと共に示す。図4Bの現代の毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より切り出した局紙(三椏)、図4Cの古今紙漉紙屋図絵見本紙より切り出した駿河半紙(三椏)、図4Dの現代の毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より切り出した駿河半紙(三椏)のいずれも同じ元素の存在を示すスペクトルであり、明確な違いは検出されなかった。しかし、いくつかの元素で強度の違いは認められた。



図4 蛍光X線スペクトル:(A)三椏のみ、(B)現代の毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より局紙(三椏)、(C)古今紙漉紙屋図絵見本紙より駿河半紙(三椏)、(D)現代の毎日新聞社手漉和紙大鑑見本紙より駿河半紙(三椏)


 以上の結果より、産地や製造時期による微量元素の明確な違いを現時点では特定できなかったが、解析手順や手法などを再検討し、相関図の作成を根気よく進めたいと考えている。


今後の課題:

 今回得られた結果を用いて目的とする産地別相関図の作成はできなかったが、これだけ多くの現代紙および古今紙の微量元素を測定した例は存在しない。従って、一つ一つ丁寧に違いがないかを時間をかけて解析し、大まかな地域別マップ程度の作成は行いたいと考えている。紙だけでなく、その土地の土壌の解析を行い、相関が取れればよいとも考えられるが、紙を漉いた時期と土壌だけでなく、水に含まれる元素も影響を及ぼすことを考えると、更に困難が予想される。蛍光X線スペクトルから簡単に違いあるいは相同性を導き出せるような解析ソフトが進歩すれば、非常に解析が進むと考えられ、解析ソフトの進展に大きな期待を寄せている。


謝辞:

 本研究に用いた貴重な試料は、東京大学史料編纂所の保立道久教授と高島晶彦技術専門職員より提供されました。

また、筑波大学生命環境系の江前敏晴教授に研究に関するご助言を頂きました。ここに深く御礼申し上げます。



ⒸJASRI


(Received: June 6, 2015; Early edition: October 26, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)