Volume4 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
ナノ多結晶ダイヤモンドの高応力負荷による変形・破壊挙動
Deformation Behavior of Nano-polycrystalline Diamond Subjected to High Stress Load
a住友電気工業(株), b大阪大学
aSumitomo Electric Industries Ltd., bOsaka Univ.
- Abstract
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超高圧高温下の直接変換焼結により合成されたナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)は、単結晶ダイヤモンド(SCD)を凌ぐ高い硬度、強度をもつため、超高圧発生用ダイヤモンドアンビルセル(DAC)用のアンビルとして非常に有用である。特に先端(キュレット)径が300 μm以上のNPDアンビルは、従来のSCDアンビルの2倍前後の超高圧を安定して発生できる。今回、ラテラルサポート型の側面テーパー付NPDアンビルを試作し、超高圧発生実験を実施したところ、アンビル底面の引っ張り応力が抑えられて、さらに到達発生圧力を向上できることがわかった。加えて、アンビル先端にべベルも付与することでSCDアンビルの3倍近い超高圧発生が可能であることを確認した。このラテラルサポート型アンビルによる超高圧の安定発生のためには、アンビルと超硬台座との接触部の形状や面精度を高度に保つことが重要である。
キーワード: nano-polycrystalline diamond、x-ray diffraction、diamond anvil、high pressure
背景と研究目的:
超高圧高温下でのグラファイトからの直接変換により、数十nmの非常に微細なダイヤモンド粒子が直接強固に結合したダイヤモンド単相の多結晶体が得られる。このナノ多結晶ダイヤモンド(NPD)は、単結晶ダイヤモンド(SCD)を凌駕する硬さを有し、劈開性もなく高い靭性を有するため[1, 2]、次世代の高性能切削工具として非常に優れた性能を有する[3, 4]。さらに、高圧科学の分野において広く利用されている超高圧発生用DAC用のアンビルとしても有望である。このDAC用アンビルには従来はSCDが使用されていたが、SCDより高硬度で強靭なNPDをアンビルとすることで、SCDアンビルでは到達できなかったより高い圧力の発生の実現が期待できる。
われわれは2008年ごろより、NPDから図1のようなアンビルを作製し、SPring-8のBL10XUを利用した超高圧発生実験を実施して、NPDの高応力負荷時の変形挙動や、耐圧強度、体積弾性率などの機械特性や破壊形態のデータを得てきた。
図1. NPDから作製されたダイヤモンドアンビル.
そして、先端サイズ、形状の異なるアンビルでの追加実験や各種単結晶ダイヤモンドとの比較実験を実施し、キュレット径50 μm以下で、SCDアンビルの場合と同程度の超高圧発生が可能であることを確認した[5]。さらに、圧力印加の面積が大きい場合は、NPDはSCDを超える耐圧強度特性を示すことを確認して、その優位性は圧力印加面積の拡大とともに増加することを明らかにした[6]。この結果、キュレット径300 μm以上で、SCDアンビルの2倍近くの圧力を安定して発生できることがわかった。キュレットが大きくなる程、SCDアンビルは底面からの縦方向の劈開破壊が優勢となるが、NPDは劈開性がないため、SCDに比べてより高い圧力発生が可能になったと考えられる。こうして得られたNPDの変形・破壊挙動に関する知見は、NPDの応用展開のための基礎データとして有用で、たとえば極めて高い応力下での使用となる切削工具用途、高負荷環境下の構造部材や耐圧窓材などの工業的用途へ展開していく上で、非常に重要な情報となる。そして、超高圧発生用アンビルとして、これまでにない超々高圧発生の可能性の追求は、超高圧物理や地球科学の研究分野の発展にも大きく貢献する。これらNPDの応用製品の開発に向けて具体的にフィードバックするためには、サイズや形状、材質の異なるアンビルでの各種実験によるデータの蓄積が重要である。
これまでの実験結果を解析した結果、キュレット径が300 μmを超えるようになると、アンビルの破壊機構が、先端(キュレット)の超高圧発生部からの微細クラック発生による破壊から、アンビル底面の引っ張り応力による破壊モード(図2(a)に示すようなクラックが発生)に変化していることが示唆され、有限要素法(Finite Element Method: FEM)計算からもこれを支持する結果が得られた。そこで今回、図2(b)のように、アンビルの側面に円錐状のテーパーを形成して、ラテラルサポートによりアンビル底面の引っ張り応力を抑制する方法を検討し、より高い圧力発生の可能性を追求した。
図2. 従来のダイヤモンドアンビル(a)とラテラルサポート型アンビル(b)
実験:
NPD素材から、キュレット径400 μmのアンビルと400-500 μmのべベルドアンビルを作製した。このとき、底面の引っ張り応力を抑制(ラテラルサポート)するため、それぞれの下方側面にθ=30°のテーパーの角度を形成した(図3)。キュレット径400-500 μmのべベルドアンビルとしては、下方側面テーパー角がθ=45°のものも準備した。台座にもアンビル側面に形成した形状と同じテーパーを作製し、超高圧発生用DACを用いて圧力発生実験を行った。ガスケットにはレニウム(Re)を用い、圧力は試料スペースに封入したPt(白金)の状態方程式により決定した。実験はBL10XUにて、X線波長は0.4128 Åもしくは0.4108 Å、入射X線形状は10 μmとし、検出器にイメージングプレートを使用して露光時間1 minで、Ptの回折パターンを測定した。そして、NPDアンビル底面が通常形状(フラットタイプと呼ぶ)の場合[6]と比較した。
図3. ラテラルサポート型NPDアンビルを用いた圧力発生実験.θ: テーパー角
結果および考察:
それぞれの形状のNPDアンビルにより圧力発生実験を実施し、その結果得られた圧力発生曲線を図4に示す。キュレット径が400 μmで、従来のフラットタイプのアンビルで圧力発生実験を行ったところ最高到達圧力は120 GPaであった。これに対し、同じキュレット径でラテラルサポートタイプのアンビルでは最高到達圧力は125 GPaとやや向上した。次に400-500 μmべベルドアンビルでは最高到達圧力が、フラットタイプで135 GPa、ラテラルサポートタイプでは156 GPaであった。以上の結果から、ラテラルサポートとキュレット面のべベルを組み合わせることにより、さらに最高到達圧力を大きく向上できることがわかった。
図4. 圧力発生曲線.Phi:ピストンストローク
すなわち、通常のフラットタイプのSCDアンビルでは、キュレット径400 μmで最高到達圧力が55~60 GPa付近であることと比較すると、同じ形状のNPDアンビルでおよそ2倍の圧力発生(125GPa)が可能[6]で、さらにラテラルサポートとべベルを施したNPDアンビルでは、その3倍近い圧力の発生が可能である。ラテラルサポート面の角度(側面テーパー角)や、キュレットのべベル形状を最適化することで、圧力発生のさらなる拡大が期待できる。FEMによる応力分布のシミュレーションを行ったところ、側面テーパー角が30°よりも45°の方が、アンビル内に発生する応力がより分散される傾向が見られ、破壊に対してより有効と考えられた。
そこで次に、側面テーパー角をθ=45°としたアンビルを試作し、上記と同様の圧力発生実験を行った。その結果、圧力発生効率は、上記の側面テーパー角が30°のアンビルとほぼ同じであったが、最高到達圧力は側面テーパー角が30°のアンビルでは156 GPaに対し、今回の45°のアンビルでは約60 GPaと低かった。応力分布のシミュレーションでは45°の方が耐圧に対してはより有効と考えられたが、今回の実験結果においてこの傾向は見られなかった。破損したアンビルの破壊起点を調査したところ、側面のラテラルサポート面からアンビル内側に向かって局所的に大きな歪を受けた痕跡が見られた。アンビルのラテラルサポート面と台座(超硬合金)の内面との加工精度が不十分で、局所的にサポート面に応力集中して亀裂が発生し破損に至ったものと考えられる。
すなわち、ラテラルサポート型アンビルでより高い圧力を安定発生させるためには、NPDアンビルの側面のサポート面と超硬台座との接触部の表面の加工精度を十分高度に保つ必要がある。
今後の課題:
ラテラルサポート効果の適応と、キュレット面のべベルを組み合わせることでNPDアンビルの圧力発生が3倍近く大きく向上することを確認した。今後、ラテラルサポート部の応力集中による破損対策を実施した上で、アンビル下部のテーパーの角度や形状の効果をより明確にし、NPDアンビルによる圧力発生の更なる向上の可能性を追求する。
参考文献:
[1] H. Sumiya, K. Harano, Diamond Relat. Mater., 24, 44 (2012).
[2] 角谷均, SEI テクニカルレビュー, 180, 12 (2012).
[3] K. Harano, T. Satoh, H. Sumiya, Diamond Relat. Mater., 24, 78 (2012).
[4] 角谷均, 原野佳津子, 村上大介, SEI テクニカルレビュー, 181, 13 (2012).
[5] Y. Nakamoto et al., JJAP, 46, L640 (2007).
[6] Y. Nakamoto et al., Rev. Sci. Inst., 82, 066104 (2011).
ⒸJASRI
(Received: May 24, 2015; Early edition: November 30, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)