Volume4 No.1
SPring-8 Section A: Scientific Research Report
レジオネラエフェクターLubXの結晶構造解析
Crystallographic Study of LubX, a Legionella Effector Protein
a大阪大学大学院理学研究科, b大阪大学微生物病研究所
aGraduate School of Science, Osaka University, bResearch Institute for Microbial Diseases, Osaka University
- Abstract
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レジオネラの宿主内増殖に必須の蛋白質LubXはユビキチンリガーゼ様の機能をもち、初めて発見されたエフェクターをターゲットとするメタエフェクターである。本研究では、レジオネラの感染増殖機構の解明とLubXを標的とする薬剤開発につなげることを目的として、ユビキチンリガーゼ機能領域を含むフラグメントLubXΔC (Met1-Phe215)の結晶構造解析に取り組んだ。
キーワード: IVB型分泌装置、エフェクター、結晶構造解析
背景と研究目的:
感染性の細菌は、宿主細胞へ感染する際にIII型やIV型の分泌装置を通じて宿主細胞内にエフェクターと呼ばれる蛋白質群を輸送する。エフェクターは宿主細胞の生理機構や形態を改変することにより、細菌の宿主細胞内への侵入を助け、細胞内を自身の生存に適した環境へと積極的に変化させる。
重篤な肺炎を引き起こすことで知られるレジオネラは広く土壌・淡水環境中に分布する感染性のグラム陰性桿菌である。汚染された温泉水を吸引するなどしてレジオネラが人間の肺胞へ到達すると、肺胞マクロファージに感染・増殖し、最終的に致死性の肺炎であるレジオネラ症を引き起こす。この時、レジオネラはIVB型分泌装置により膨大な数のエフェクター蛋白質を宿主細胞内へ送り込む。
レジオネラのエフェクターであるLubXは、それまでに見出されていた他のレジオネラエフェクターと異なり、宿主細胞へ感染後にレジオネラ中で発現が始まり、その後宿主細胞内に輸送される。LubXは宿主真核生物のもつユビキチンリガーゼ様の機能をもち、ポリユビキチン化された標的蛋白質はプロテオソーム依存的に宿主細胞内で分解される[1]。LubXの標的蛋白質として宿主蛋白質であるClk1が知られていたが[1]、宿主蛋白質以外にも既に送り込んだレジオネラの別のエフェクターであるSidHを標的とすることが明らかになった。すなわち、LubXは既に送り込んだエフェクターの働きを時間的に制御するメタエフェクターとしての働きをもつ[2, 3]。SidHはレジオネラの感染に必要であるが、宿主内増殖では不利に働くため、LubXによりその量が時間的に制御されていると考えられる[2, 3]。本研究では、このようにユニークな機能を持ち、レジオネラの宿主内増殖に必須のエフェクターであるLubXの分子機構を明らかにし、レジオネラの感染増殖機構の解明とLubXを標的とする薬剤開発につなげることを目的としてLubXの結晶構造解析に取り組んだ。
実験:
LubXは分子量約27,000の蛋白質で、2つのUBOXモチーフとC端にIVB型分泌装置で輸送されるためのシグナル領域を持つ[1]。全長のLubXは凝集しやすく、結晶化が困難であったが、C末の分泌シグナルドメインを切断したフラグメントLubXΔC (Met1 - Phe215)を作成したところ溶解度が上り、市販の結晶化溶液キットを用いたスクリーニングの結果、非常に薄い板状多結晶が得られた。この板状多結晶を砕いてmicroseedingを行ったところ、最終的に1.7 - 1.8 M 酢酸アンモニウム、500 mM MgSO4、100 mM 酢酸緩衝液 pH5 - 6を含む溶液から、回折実験が可能な厚さを持つ結晶が得られた(図1)。しかし、結晶がスタックして成長する傾向は変わらなかったため、結晶を割って単結晶と思われる領域を取り出して凍結し、回折測定に用いた。また、一部の結晶を25% - 50%飽和のK2OsCl6を含むリザーバー溶液に4時間から12時間浸漬し、Os(オスミウム)誘導体結晶を作成した。さらに、Se-Met置換蛋白質の精製・結晶化も行い、Native結晶と同様の条件からNative結晶より薄いスタックした板状結晶が得られ、回折測定に用いた。各結晶は、グリセロールと結晶化リザーバー溶液を1:9で混合した溶液に数秒浸した後に液体窒素で凍結し、回折測定に用いた。
回折測定はRayonix社製MX225HE CCD検出器を用い、100 Kの冷却窒素気流下、露光時間1秒、振動角1°で行った。Native結晶とOs誘導体結晶は波長1 Å(OsのLII edge付近)、Se-Met置換体結晶は波長0.979 Åで測定した。LubXΔCの結晶は薄い板状晶が重なって成長するため、単結晶に見える領域でも多結晶になっていることがある。そこでビームサイズを10 μm × 10 μmに設定して単結晶の領域を探索し、さらにヘリカルスキャンでデータ収集を行うことで照射損傷を防いだ。
図1. LubXΔCの結晶 図2. LubXΔC Native結晶の回折像
スケールは100 μm リングの位置での分解能は3.2 Å
結果および考察:
測定を行った結晶のうち、Se-Met置換体結晶は回折点が割れているものが多く、Os誘導体は分解能がいずれも低かったため、Native回折データのみ回折強度データを収集することができた。図2にLubXΔC Native結晶の回折像を示す。回折データはプログラムMOSFLMおよびSCALAで処理した。表1に最も良い回折強度データの統計値を示す。3.0 Å程度までの回折を確認できたが、照射損傷等により3.4 Åまでの回折強度データが得られた。格子定数はa=64.0 Å, b=181.5 Å, c=58.2 Å、空間群はP21212であった。非対称単位中に2分子存在すると仮定するとVsolvは64%、3分子を仮定すると46%である。しかし、自己回転関数を計算したが、ローカルな2回回転軸または3回回転軸の存在を示す明瞭なピークは確認できなかった。
表1. 回折強度データ統計値
今後の課題:
構造解析には、重原子置換体の回折強度データを今後収集する必要がある。しかし、本実験の終了後、トロント大学とアルゴンヌ国立研究所構造ゲノミクスチームの共同研究グループがLubXフラグメント (Ile9 - Ala117とAsn102 – Asn202)およびLubXΔC (Met1 - Phe215)とユビキチン結合酵素の複合体構造の解析に成功したとの情報が入り、2013年に開催されたThe 8th International Conference onLegionella (Melbourne, Australia, 2013)において構造が発表されたため、残念ながらプロジェクトを中止することとした。尚、トロント大学チームの解析した構造は、2014年秋にPDB(Protein Date Bank)に登録され(4WZ0, 4WZ1, 4WZ2, 4WZ3)、2015年に論文が発表された[4]。
参考文献:
[1] Kubori T, Hyakutake A, Nagai H, Mol. Microbiol., 67, 1307-1319 (2008).
[2] Kubori T, Shinzawa N, Kanuka H, Nagai H, PLoS Pathog., 6, e1001216 (2010).
[3] Kubori T, Nagai H, Front. Microbiol., 2, 145 (2011).
[4] Quaile AT, Urbanus ML, Stogios PJ, Nocek B, Skarina T, Ensminger AW, Savchenko A, Structure, 23 1459-1469 (2015).
ⒸJASRI
(Received: July 9, 2015; Early edition: September 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)