Volume4 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
中温型固体酸化物形燃料電池開発に向けた燃料極触媒の構造解析
Structural Analysis of the Catalyst on Anode for Intermediate Temperature SOFC Development
住友電気工業株式会社
Sumitomo Electric Industries, Ltd.
- Abstract
-
固体酸化物形燃料電池向けアノード触媒の高活性化を行うため、NiFe合金触媒の還元特性を評価した。還元挙動の雰囲気組成と温度依存性より、400°C、10% H2-Heガスを評価条件として決定した。本条件においてアノード触媒として有望な材料の1つであるNiFe合金触媒の還元特性を評価した結果、NiFe合金触媒中のNiの還元速度はNi含有量が少ないほど速いこと、Feの還元速度はFe含有量が、50 wt.%から75 wt.%の組成が最も良好であることが示唆され、Ni、Feそれぞれの(組成比×還元率)の合計としての還元率での総合性能としてはNi含有量が多いほど触媒活性が高くなることが示唆された。
キーワード: 燃料電池、燃料極、触媒
背景と研究目的:
固体酸化物形燃料電池(以下、SOFC)はクリーンかつ高効率に発電可能なため、次世代の発電デバイスとして期待されている。しかしながら現在開発されているSOFCは、動作温度が750°C以上と高温であるものが大半である。これらは動作温度が高いことから、耐酸化性を有する高価な金属や酸化物を構造部材に使用する必要があり、高コストとなってしまっている。そこで当社では低コスト化を目指して、汎用の安価材料であるステンレスを構造部材に使用可能な600°C以下で動作する中温型SOFCに注目し、開発を進めている。
中温型SOFCの課題の1つにアノード触媒の活性向上がある。そのために、種々の触媒組成を検討しているが、触媒から燃料電池作製までを行い、発電特性をもって触媒特性を評価する開発では、開発時間の長期化、発電特性に触媒特性以外の要因が多く重畳してしまうという課題がある。一方、アノード触媒の活性と還元特性の間には、還元速度が速く、還元率が高い触媒ほど活性が高いという相関があると考えられている。そこで、本課題ではアノード触媒として有望なNiFe合金[1,2]の還元特性の評価方法を検討し、NiFe合金触媒の還元特性を評価した。
実験:
(a) 測定試料:
NiとFeの組成比を変化させた触媒粉末を作製し、測定対象とした。NiおよびFeは、酸化状態で存在していることは確認済みである。詳細な測定試料の組成比は表1に記載する。なお、当初計画では、NiCo、NiCu合金触媒および固体電解質であるBaYZr酸化物に担持した試料の測定も計画していたが、測定方法の項で述べる通り、測定条件を変更した。そのため、限られた時間内で系統的な測定を行うため、NiFe合金触媒に限定して実施した。
表1 測定試料一覧
(b) 測定方法:
実験は、SPring-8のBL14B2にて実施した。測定時のビームラインの条件としては、SPring-8の標準型2結晶分光器を利用し、分光結晶にはSi(111)を使用した。NiおよびFeの還元挙動は、NiおよびFeのK吸収端で透過XAFS法により測定した。測定はQuick-scanモードにて90秒間隔で実施した。図1に測定に使用した加熱セルの写真を示す。試料は図2に示すSUS製の試料ホルダ[3]に充填し、試料ホルダをガラス試料台に載せた状態で、加熱炉の中に設置した。
図1 測定に使用した加熱炉
図2 ガラス試料台と試料容器
当初の計画では、2% H2-Heガス雰囲気下で800°Cに昇温し、600°C、500°C、400°Cと段階的に温度を下げては触媒状態を測定する計画であったが、この方法では還元後の状態しか測定できない可能性が懸念された。そのため不活性ガス雰囲気中で所定温度まで昇温し、還元ガスを導入した後の還元挙動の評価に切り替えた。この変更により試料ごとに昇温、還元挙動を測定することとなり、1試料・温度あたりの測定時間が長くなった。そこで今回はNiFe合金触媒に絞って実験を実施した。
実験は想定している触媒の使用温度の上下限である600°Cと400°Cで実施した。還元雰囲気は、触媒の還元変化を追跡できるように水素濃度を変化させて条件検討を実施した。詳細は後述するが、10% H2-Heガスの条件で、組成が異なる触媒の還元挙動の解析を実施した。
測定の手順としては、20°C/min、不活性ガス雰囲気(100% Heガス)で所定温度まで昇温した後、還元雰囲気に切り替えた。測定は昇温開始直後から90秒間隔で連続的に実施し、還元ガス導入後から900秒以上までの時間追跡を実施した。
解析は、ATHENA[4]を用いて、得られたXANESスペクトルに対し、Linear Combination Fitting(以下、LCF)解析を行って、試料内の酸化物と金属の割合を定量化した。
結果および考察:
<実験条件の検討>
はじめに、還元雰囲気の検討結果を示す。還元反応が遅いと考えられる触媒使用の下限温度である400°Cにおいて、還元挙動を追跡できる水素濃度の検討を実施した。条件検討試料には、Ni100Fe0を用いた。図3に100% H2ガスおよび10% H2-Heガスを用いて還元を実施した際のNiのK吸収端XANESスペクトルを示す。赤線が400°Cに到達した際のスペクトル、黒線が水素ガス導入後90秒ごとに繰り返し測定したスペクトルである。図3(a)に100% H2ガスで還元した際の結果を示す。水素ガスを導入した直後に金属Niまで還元されていることが分かる。これでは、還元プロセスを追跡できないことから、水素ガスをヘリウムガスで希釈し、10% H2-Heガスにて還元挙動を調査した結果が、図3(b)である。水素ガス導入後、8343 eVのホワイトラインピーク強度が減少し、8330 eVのプリエッジピーク強度が増加しており、段階的に金属Niに向けて還元が進んでいることを確認することが出来た。この様に、90秒間隔で測定を行っても還元挙動を追跡可能であることから、以降の評価では10% H2-Heガスの雰囲気で実施することとした。
図3 水素ガス濃度を変化させた際のNiの還元挙動。測定温度400°C、測定間隔90秒。(a) 100% H2ガス、(b) 10% H2-Heガス
<NiFe合金触媒の還元挙動の解析>
○Niの還元挙動解析
NiFe合金触媒中のNiのK吸収端XANESに関しては、図3に示すものと同様にNiOから金属Niへの還元が進み、その組成によって還元速度が異なる結果となった。得られたXANESスペクトルの変化を図4、5に示す。図4には400°CでのNiの還元挙動を示す。赤線が400°Cに到達した際のスペクトルであり、その直後に10% H2-Heガスを導入し、90秒間隔で測定している。いずれのスペクトルにおいても8343 eVのホワイトラインピーク強度が減少し、8330 eVのプリエッジピークが増大する傾向を示しているが、試料により変化の速度が異なっていることが分かる。また、図5には600°CでのNiの還元挙動を示す。図4同様に、赤線が600°Cに到達した際のスペクトルであり、その直後に10% H2-Heガスを導入し、90秒間隔で測定を行っている。8343 eVのホワイトラインピーク強度が減少し、8330 eVのプリエッジピークが増大する傾向は図4の400°Cの測定結果と同様であるが、600°Cの方が速く還元されていることが分かる。
図4 NiFe合金触媒中のNiの還元挙動の比較(400°C)
赤線が400°C到達時、黒線は10% H2-Heガス雰囲気
図5 NiFe合金触媒中のNiの還元挙動の比較(600°C)
赤線が400°C到達時、黒線は10% H2-Heガス雰囲気
測定結果に対し、NiO、金属Niを標準試料として、LCF解析し、得られたNiの還元率の推移を図6に示す。ここで還元率は、LCF解析で得られた金属Niの成分割合であり、還元速度は還元時間に対する還元率の変化率である。ここには、400°Cでの組成間の還元挙動の比較および参考のために、Ni100Fe0のみ600°Cでの還元挙動を示す。600°Cで還元したNi100Fe0ではほぼ100%まで金属Niに還元されたが、他の組成では900秒の時点では金属Niまで完全に還元されることはなかった。還元速度および還元率に着目すると、極初期の還元速度は組成によって前後しているが、500 sまでの還元速度と還元率は、還元速度が速いものほど高い還元率となっている。これらの指標は、組成間で差があり、Ni25Fe75が最も大きく、Ni50Fe50、Ni100Fe0、Ni90Fe10の順に小さくなる傾向となった。NiとFeの組成比に対する還元速度、還元率の相関としては、Ni組成比が大きくなるとこれらの指標が小さくなる傾向を示しているようであるが、Ni100Fe0とNi90Fe10が逆転している。今回使用したNi100Fe0は、試薬のNiO粉末を使用しており、粒径や熱履歴が他の試料と異なっている。そこで、Ni100Fe0を除いて考えると、Ni含有量が少ないほど、還元速度および還元率が大きい傾向を示している可能性が高いと考えている。今後、詳細を検討していく計画である。
図6 NiFe合金触媒中のNiの還元挙動の比較
□:Ni100Fe0(400°C)、◇:Ni90Fe10(400°C)、
△:Ni50Fe50(400°C)、▽:Ni25Fe75(400°C)、
○:Ni100Fe0(600°C)
○Feの還元挙動解析
次に400°Cで還元したFeのK吸収端XANESの測定結果を図7に示す。赤線が400°Cに到達した際のスペクトルであり、その直後に10% H2-Heガスを導入し、それ以降90秒毎に測定した結果を黒線で示す。まず、400°Cまでは初期状態のFe2O3からほとんど変化が認められていない。10% H2-Heガス導入後では、Ni0Fe100では、全くスペクトルが変化していないのに対し、Ni25Fe75、Ni50Fe50では還元が進むと7110 eVのプリエッジピーク強度が増大し、7130 eVのホワイトラインピークが低エネルギー側にシフトしながら強度が減少する傾向を示した。Ni90Fe10でも同様の傾向と思われるが、その変化がNi25Fe75、Ni50Fe50に比べて小さい。
図7 NiFe合金触媒中のFeの還元挙動の比較(400°C)
赤線が400°C到達時、黒線は10% H2-Heガス雰囲気
図8に600°Cで還元したFeのK吸収端XANESの測定結果を示す。赤線が600°Cに到達した際のスペクトルであり、その直後に10% H2-Heガスを導入し、それ以降90秒毎に測定した結果を黒線で示す。400°Cの結果に比べて、スペクトル変化が大きいことが明らかである。また、7130 eVのホワイトラインピークに着目すると、いずれも低エネルギー側にシフトして、強度低下する傾向は同じであるが、最終状態を比較すると、Ni0Fe100 > Ni25Fe75 > Ni50Fe50 > Ni90Fe10の順にホワイトラインピーク強度が強いことから、還元の進み方は組成によって大きく異なっている。
図8 NiFe合金触媒中のFeの還元挙動の比較(600°C)
赤線が600°C到達時、黒線は10% H2-Heガス雰囲気
以下では、Niとの比較のために、400°Cの測定結果を詳細解析した。Fe-O系の平衡状態図から考えると、560°C以下では、Fe2O3がFe3O4に還元された後、金属Feに還元される二段階プロセスとなる。そこで、Fe2O3、Fe3O4、金属Feを用いてLCF解析を実施し、各成分の経時変化を求めた。その結果を図9に示す。Ni0Fe100はスペクトル上の変化がほとんどなかったため除外した。還元速度に関しては、組成、還元時間ごとで変化しており、一律に比較することが困難であったため、900秒での還元率で比較を行った。その結果、Ni25Fe75とNi50Fe50では良く似た挙動を示し、Ni25Fe75の方が若干ではあるが金属Feへの還元率が高い。一方、Ni90Fe10では還元開始時点でFe2O3の割合が他の2試料よりも低く、Fe3O4が多く生成しているが、金属への還元はほとんど進んでいないことが明らかとなった。
図9 NiFe合金触媒中のFeの還元挙動の比較(400°C)
○:Fe2O3、□:Fe3O4、◇:金属 Fe
以上より、400°Cで還元を行った際には、Niに関してはNi組成が少ないほど還元速度が速く、Feに関しては中間域の50%、75%で還元が速く進んでいることが分かった。触媒ごとの還元率を比較するために、Σ(組成比×還元率)として、試料ごとの還元率を求めた結果、Ni100Fe0では67%、Ni90Fe10では50%、Ni50Fe50では48%、Ni25Fe75では43%、Ni0Fe100では0%となり、Ni割合が多いほど還元率が高く、触媒活性が高くなることが示唆される結果となった。
今後の課題:
今後プロセス条件を揃えるとともに、初期状態の結晶構造や粒径などを測定し、今回の還元挙動の差異のメカニズムを検討し、高活性触媒の開発に活用していく。
謝辞:
本研究は、NEDOのイノベーション推進事業の支援を受けて実施しました。関係各位に深く感謝致します。また本課題の実験に際し、SPring-8の本間様他BL14B2担当の各位には多大なるご協力を頂きました。この場を借りて、厚く御礼申し上げます。
参考文献:
[1] T.Ishihara et al. Journal of Fuel Cell Science and Technology, 5, 031205-1 (2008)
[2] Y.Ju et al. Journal of Power Sources, 195, 6294 (2010)
[3] http://pfxafs.kek.jp/experiment/xafs 実験便利グッズ
[4] M.Newville, J.Synchrotron Rad., 8, 322 (2001)
ⒸJASRI
(Received: January 22, 2015; Early edition: September 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)