Volume4 No.1
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
赤外放射光を用いた顕微マッピング測定による皮膚組織中への医薬品分子の拡散挙動に関する研究
Study for the Diffusion Property of Drug Molecule in Dermal Tissue by Mapping Measurement Using Infrared Light Source
a星薬科大学, b(社)製剤機械技術学会
aHoshi University, bJapan Society of Pharmaceutical Machinery and Engineering
- Abstract
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本研究では、医薬品インドメタシン製剤を投与した後のマウス皮膚組織について、組織中の医薬品インドメタシンの濃度分布をBL43IRにおいて、スペクトル・マッピングにより測定した。サンプル中の各座標でのスペクトルデータから医薬品インドメタシン投与後の組織中の薬物分布が評価可能であった。得られた医薬品インドメタシンのカルボニル基のスペクトルによる吸収帯の強度分布より、血管組織周辺部に医薬品インドメタシンが集積していることが明らかとなった。本研究の結果から、組織中で識別可能な赤外吸収ピークを持つ医薬品は、医薬品投与後の組織切片を経時的に測定することにより、組織中における医薬品の移行性が評価でき、蛍光プローブ等による標識なしに、医薬品の体内動態が評価可能であることがわかった。
キーワード: 医薬品製剤、組織中医薬品分子の濃度分布、赤外スペクトル・マッピング
背景と研究目的:
医薬品の品質に関しては、製剤を製造する工程で医薬品の品質に影響する重要工程を把握し、一定の規格の範囲の中で工程が進んで行き、最終的に均一な品質の製剤が製造されることが求められている。このような状況下、経皮吸収型製剤では、主成分の皮膚中への拡散状態に、医薬品 の分子状態・分散状態が薬効に影響する場合が報告されている。さらに、製剤の皮膚適用中に生じる主成分の拡散は、組織中の薬物分布の詳細な評価は行われておらず、投与後の効果判定は試行錯誤により明らかにされる場合が多い。
これら経皮吸収型製剤適用時の主成分の分子状態変化を捉え、どのような状態で存在するかについての評価は、近年の機器分析技術の進歩により可能となりつつある。外部から与えられた化学物質の、皮膚角層最表面下3次元の濃度分布を測る手法には、主成分に蛍光プローブを結合し、共焦点顕微鏡で観測する方法が一般的である。本手法は微量成分を高感度で測定できる利点があるが、蛍光プローブを結合させることによる主成分の物性変化が、主成分の組織内動態へ及ぼす影響を無視できない。高輝度の赤外光で微小領域の分光が可能なBL43IRを使用することで、遠赤外波長領域までのスペクトル・マッピングにより、汎用の赤外分光装置よりも高分解能な分散状態の観測が可能となると考えられる。
本研究では、医薬品の試料中における拡散性評価手法の適用性を拡大するため、組織中における医薬品の分散状態の解析を行った。試料調製方法としてはテープストリッピング法などのサンプリング手法があるが、組織内部の医薬品の分散状態を評価する手法としては不十分と考えられる。本手法では、これまでの研究(課題番号2007A1249, 2007B1231, 2008A1311)により確立された方法、すなわち、製剤添加剤などの高分子中に分散している医薬品分子の定量のため、試料を薄片状とし、透過配置におけるIRスペクトルのマッピング測定を行い、得られたスペクトルからケモメトリックスにより医薬品由来スペクトルの強度分布を算出する方法[1]を適用した。ここでは、医薬品を組織に適用した後の試料について、医薬品の濃度分布をBL43IRにおけるスペクトル・マッピングにより測定し、得られたスペクトルデータの解析により組織中での医薬品分子の濃度分布を推定し、分散状態を評価した。さらに、医薬品投与後、種々の時間における組織切片中の主成分の濃度分布を測定し、組織中における医薬品の移行性、すなわち、蛍光プローブ等による標識などの物性変化を受けていない医薬品の組織内動態の検討を試みた。
実験:
実験用医薬品としては、製剤で汎用されているインドメタシンを用いた。その他、ケトプロフェンも予定していたが、インドメタシンの測定条件の最適化に時間を要したため、今回は十分な測定ができなかった。
医薬品を生後8週♀のマウス腹部2.54 cm2に10 mg/kg塗布後、6時間後に取り出した真皮を凍結し、凍結ミクロトームにより、切片の厚さが16〜18 µmの薄片状の試料を作成して測定に用いた。図1にCaF2上に固定した組織切片を示す。BL43IRの赤外顕微鏡を利用し、図中A,Bの範囲を測定した。波長領域は4000から600 cm-1,分解能は4 cm-1、透過配置でスペクトル測定を行った。今回の測定では、各組織切片上の200 µm×200 µm程度の範囲において、マッピング測定を行った。ここで、1測定点あたりのスペクト測定の積算回数は128回、顕微鏡のアパーチャーサイズは5 µm、測定間隔は10 µmステップとした。
図1. CaF2上に固定した組織切片
結果および考察:
図2には、組織切片中のA部分のCCD画像(700 mm×450 mm)を示す。この試料では図中の斜線の範囲(180 mm×180 mm)についてマッピング測定を行った。測定データの代表例として図中の赤・青点の部分、座標(X,Y) = (40800, 18200),(41000,18350)におけるスペクトルを図3に示す。両スペクトルともアミドなど細胞構成蛋白質由来の吸収が大部分を占めていた。微量成分であるインドメタシン由来のスペクトルを抽出する ためには、S/N比の良好なスペクトルの取得が必要だったため、最適な透過率となる試料の厚さ、さらに測定範囲内における厚みの均一性が必要であった。試行錯誤の結果、1750 cm-1付近(矢印)にインドメタシンのカルボニル基由来の吸収ピークが観測された。
図2. 組織切片中A部分のCCD画像
(700 mm×450 mm)
図3. 図2の赤・青点の部分、座標(X,Y) = (40800,18200),(41000,18350)におけるIRスペクトル
測定範囲における、各測定点のスペクトルについて、インドメタシン由来の吸収ピーク(1757〜1726 cm-1)の積分値をマッピングした結果を図4に示す。図からも明らかなように、組織中の矢印で示す部分において、吸収ピーク強度が高いことが確認された。
図4. 組織切片中A部分の医薬品由来スペクトルの強度分布
さらに、図5に、組織切片中のB部分における測定範囲(a)およびインドメタシン由来ピークの強度分布(b)を示す。図4と同様に、インドメタシン由来のピーク強度の分布画像は、CCD画像で観察されている組織構造を忠実に反映していた。
図5. 組織切片中B部分の測定範囲(a)およびインドメタシン由来ピークの強度分布(b)
組織切片A中の矢印で示した部分は、血管構造由来と考えられ、また、図5(a)で示された血管に由来する部分の薬物濃度が高いことが、吸収ピークの強度分布(b)からも確認されたことより、投与後吸収されたインドメタシンは、血管内皮周辺部に存在していることが示唆された。
今後の課題:
本研究の結果、医薬品投与後の組織中の薬物分布が赤外スペクトルによっても測定可能であることが明らかとなった。今回の測定では、組織中の医薬品の拡散速度等の算出に耐えうるだけの十分な薬物濃度分布データが測定できなかったため、薬物拡散等の詳細な解析はできなかった。本測定結果から、これまで蛍光プローブなど標識化合物の結合なしには、組織中での分布が確認できなかった医薬品について、標識化せずとも組織内分布が評価できる可能性が示唆された。
しかし、現状の5 µm程度の放射光では、細胞中のnmオーダーの主成分の分布を評価することは困難である。また、より濃度の低い成分の分布を評価するためには、検出感度は十分とは言えない。今後、多変量解析を利用した微量成分の抽出手法[1]の再検討、近接場光を利用した回折限界に依存しない空間分解能を持つ分析手段の開発[2]およびサンプル固定方法の最適化により、本研究の目的が達成されると思われる。
参考文献:
[1] T. Kano, et al., Int. J. Pharm, 461, 495 (2014).
[2] Y. Ikemoto, et al., Opt. Commun. 285, 2212 (2012).
ⒸJASRI
(Received: April 25, 2014; Early edition: August 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)