SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

界面活性剤処理によるヒト皮膚角層の構造変化の小角・広角X線散乱法を用いた解析(第4報)
Study on the Structural Change of Human Stratum Corneum Induced by the Treatment of Surfactant Solutions Using Small- and Wide-Angle X-ray Scattering, Part 4

DOI:10.18957/rr.4.1.98
2014A1516 / BL19B2

久米 卓志a, 坂井 隆也a, 加賀谷 真理子a, 宮崎 敦史a, 藤井 亮輔a, 小野尾 信a, 山田 真爾a, 太田 昇b, 八田 一郎c

Takuji Kumea, Takaya Sakaia, Mariko Kagayaa, Atsushi Miyazakia, Ryosuke Fujiia, Makoto Onooa, Shinji Yamadaa, Noboru Ohtab, Ichiro Hattac


a花王株式会社, b(公財)高輝度光科学研究センター, c(公財)科学技術交流財団

aKao Corporation, bJASRI, cASTF


Abstract

 これまでに我々はSPring-8の高強度X線の利点を生かし、界面活性剤溶液浸漬後の短時間(数分〜1時間)での角層のソフトケラチン構造の変化に着目し、とくにq ≈ 6 nm−1近傍に見られるプロトフィブリル由来の散乱ピークについてX線散乱法を用いた解析検討を行ってきた。しかしながらさらに高次の構造であるミクロフィブリル構造(q ≈ 0.5–1 nm−1近傍)の観測には、X線散乱法では活性剤ミセルの散乱が妨害となる課題があった。そこで角層細胞内でのケラチン線維の配向を利用した積層角層シートでの2次元散乱解析により、ケラチン線維構造を評価する手法の検討を実施した。その結果、垂直・平行方向とも散乱プロファイルにミセル由来のピークは重畳しているが、ミセル由来ピークよりも垂直方向の角層構造由来のピークは十分に強く現れ、積層角層シートを利用した2次元散乱解析の有効性が示された。


キーワード: human stratum corneum, surfactant, X-ray scattering, soft keratin, fibril structure


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背景と研究目的:

 化粧品・香粧品には、目的に応じて種々の界面活性剤が配合されている。界面活性剤はその種類や処理条件によっては、肌の最表面にある角層の様々な組織・スケールでの構造変化や成分溶出等を引き起こし、結果として角層機能(保湿やバリア機能)の低下を招く恐れがある。我々はこれまでに界面活性剤水溶液の処理に伴うヒト皮膚角層の経時的な構造変化について、特に角層細胞を構成するケラチンタンパク質に注目して小角・広角X線散乱法による解析を行ってきた。しかしケラチンの高次構造体であるミクロフィブリル構造の変化を追跡するためには、同程度のサイズである界面活性剤のミセル由来の散乱が重なり解析が困難であるという問題があった[1,2]

 そこで本課題の実験では、角層に存在している扁平な角層細胞内部でケラチン線維は主として肌に平行な方向に配向していることを利用して、積層した角層シートでの2次元散乱解析により、活性剤ミセルの影響を排除して角層構造変化を短い時間スケールで時分割測定を可能にする手法を確立することを目標とした。


実験:

1) 角層と処理溶液:ヒト腹部由来の角層(シート状、Biopredic社製)を試料とし、1.5 mm角に切り出した角層シートを水平に30枚/1 mm厚で積層して、X線ビーム(ビーム径は直径約0.3 mm)が積層角層の中心を通るように溶液セル[3]内にセットした。処理溶液としては、水、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、アルキルエーテル硫酸エステルナトリウム(AES)、アルキルエーテルカルボキシレート(EC)およびn-ドデシル-β-D-グルコピラノシド(AG)の界面活性剤水溶液(濃度0.1 M(=約3 wt%))を用いた。溶液はpH7および10に調整した。

2) 実験方法:セルにセットした乾燥状態における積層角層シートのX線散乱測定を行った。その後、処理溶液(水または界面活性剤水溶液)をセル内に注入し、注入直後から約1時間後まで、時分割の小角X線散乱測定を行った。

3) 使用装置・測定条件:SPring-8のBL19B2を利用した。X線の波長は0.050 nm(25 keV)、カメラ長は2056 mm(ベヘン酸銀で較正)とした。検出器にはPILATUS-2Mを用いて散乱像を取得し(露光時間は10 s)、積層面に対して垂直・平行方向に±20°の範囲で扇形平均を計算して1次元散乱プロファイルデータを得た。


結果および考察:

 積層角層シートからのX線散乱プロファイルの測定結果の例として、SDS 0.1 M溶液(pH7)処理のグラフを図1に示す。(a), (b)はそれぞれ溶液処理を実施後の垂直方向、平行方向のX線散乱プロファイルの経時変化、(c)は溶液のみの散乱プロファイルのグラフである。

 以前に実験を実施したランダムに充填した角層試料からの等方的な散乱プロファイル[2,3]と比較して、垂直方向で角層構造由来のピークが明確に現れていた。連携利用で実施した中性子散乱の結果[3]や文献[4]から、q = 0.4–0.5 nm−1付近のピークはミクロフィブリル由来、1 nm−1付近のピークは細胞間脂質短周期(6 nm)ラメラ由来と推定した。垂直・平行方向とも散乱プロファイルにミセル由来のピークは重畳しているが、ミセル由来ピークよりも垂直方向の角層構造由来のピークは十分に強く角層シートを積層した効果が現れていた。

 また、図1(d)には2次元散乱像の例として図1(a), (b)の1時間後の散乱プロファイルの元となる2次元散乱像を示す。リング状の散乱がミセル由来のピークであり、リングの内側の上下のスポット状散乱が(a)の細胞間脂質短周期ラメラ由来ピークである。



図1 SDS 0.1 M(pH7)溶液処理実施後の積層角層シートからのX線散乱プロファイルの経時変化:(a) 垂直方向および(b) 平行方向のデータ、(c) 溶液のみのX線散乱プロファイル、(d) SDS 0.1 M(pH7)溶液処理実施1時間後の2次元散乱像


 また、細胞間脂質短周期ラメラ由来ピークの位置は溶液処理後もほぼ動かないのに対し、ミクロフィブリル由来ピークは小角側に移動していた。そこでSDS 0.1 M溶液および水(pH7)処理でのミクロフィブリル由来ピークの変化をフィッティングにより求めた。フィッティングにはWaveMetrics社製グラフ作成・データ解析ソフトのIGOR Pro ver. 6を用い、IGORに組み込みのMulti-peak Fit Package ver. 2.0により、該当のピークをGauss関数でフィッティングを実施した。図2の(a), (b)はそれぞれ溶液処理後のピーク位置、ピーク半値幅の変化のグラフである。また図2(c)にはピークフィッティングの例として、水(pH7)処理直後(5秒後)のピークプロファイルデータを示す。この結果より、SDS溶液での変化は水に比べて速く、大きいことがわかった。ピークは小角側に移動していることから、SDS溶液処理でミクロフィブリルはより速く・大きく膨潤すると考えられる。またピーク半値幅もSDS溶液で大きい傾向があり、膨潤したミクロフィブリルがより乱れていると考えられる。以上の結果より、積層角層シートを利用した2次元散乱解析の有効性が示された。




図2 SDS溶液および水処理後のミクロフィブリル由来ピークの経時変化:(a) ピーク位置変化、(b) ピーク半値幅変化、(c) は水(pH7)処理直後(5秒後)のピークフィッティングの例。下のグラフがデータとフィッテイング結果のオーバープロット、上のグラフがフィッティングエラー。


今後の課題:

 積層角層シートを利用した2次元散乱解析の有効性が確認できた一方、以前のBL40B2での実験(ランダムに充填したヒト角層シート試料を使用して本実験と同様に溶液処理を実施)と比較して、散乱プロファイルのS/N比(*)が悪い(図3参照)、q = 5–7 nm−1付近のプロトフィブリル由来のピークが不鮮明である、BL19B2のPILATUS-2M検出器では不感部によるプロファイルに切れ目ができる(短時間での時分割測定のため、検出器を動かすことによる不感部補完ができない)といった幾つかの課題が明らかになった。ただし、これまで利用してきた BL40B2と光学系・測定条件が異なること・サンプル設置条件も異なることから原因の切り分けが不十分である。そこで過去に実施した実験データの蓄積があるBL40B2にて、本実験と同様の条件での積層角層シートを利用した2次元散乱解析検討を今後実施し、その結果との比較等を通してこれらの課題に対する解決法を検討する予定である。


(*)ここでS/N比と表記しているが、N(Noise)としては本来の試料由来の散乱をS(Signal)としてそれ以外の確率過程(露光時間の不足など)に起因する計数ゆらぎも含めたものとする。



図3 SDS溶液(0.1 M pH10)のBL19B2(本実験)での測定結果および以前のBL40B2での測定結果の比較。露光時間はともに10秒。今回の結果のほうがS/N比が悪い。


参考文献:

[1] 山田真爾 他,SPring-8利用研究成果集,1(1), B-1(2012), 2011B1754.

[2] 久米卓志 他,日本中性子科学会誌 波紋,24(1), 15(2014).

[3] I. Hatta, et al., Chem. Phys. Lipids 163, 381 (2010).

[4] 八田一郎 他,放射光,21(6), 297(2008).



ⒸJASRI


(Received: September 24, 2014; Early edition: November 30, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)