SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

In-situ XAFSによるMo-Bi系複合酸化物の酸化還元挙動解析2
Redox Behavior Analysis of Multicomponent Bismuth Molybdate Catalyst by Using In-situ XAFS 2

DOI:10.18957/rr.4.1.107
2014A1524 / BL14B2

東口 光晴a, 松野 信也a, 吉田 淳b

Mitsuharu Higashiguchia, Shinya Matsunoa, Jun Yoshidab


a旭化成株式会社, b旭化成ケミカルズ株式会社

aAsahi Kasei Corporation, bAsahi Kasei Chemicals Corporation


Abstract

 Mo-Bi系複合酸化物触媒の反応炉内での酸化還元に伴う現象の知見を得る為、反応ガス中でのin-situ XAFS測定を行った。Fe-K吸収端のXAFS測定から、酸化還元反応が等吸収点を伴う2成分間の反応であること、また、それ以上還元が進まない、安定なFeの還元状態が存在することが示唆された。この振る舞いは、モデル触媒系を用いた解析と同様の結果である。


キーワード: Mo-Bi系触媒、工業触媒、in-situ XAFS


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背景と研究目的:

 複数の無機構成元素からなる複合酸化物は、化合物の安定性、高温条件での構造変化、及び選択酸化作用などの機能を有し、産業上利用価値の高い材料である。低級オレフィンの部分酸化やアンモ酸化触媒として用いられるMo-Bi系複合酸化物触媒は、基礎化学品として重要なメタクリル酸メチルやアクリロニトリル等の製造に使用されている。この触媒系は、多数の元素添加が触媒活性の向上に繋がるため、各元素が最終生成物である複合酸化物形成に与える影響を明確にすることが、優れた触媒設計に繋がると期待される。触媒性能の向上による反応収率の向上は、企業利益だけでなく、ナフサ蒸留成分の利用にも直結しているため、石油資源の有効活用という観点からも重要である。

 Mo-Bi系複合酸化物触媒は、複数の結晶相から構成され、さらに各元素がそれぞれの結晶相に相溶する複雑な構造をなしている。触媒性能は、各結晶相中の構成元素が協同して機能発現していると推定されるため、そのメカニズム解明のためには、結晶相由来の長距離秩序と、相溶・置換による局所的な化学状態を精密に決定していく必要がある。

 これまで、筆者らは主に未反応触媒の高分解能X線回折(X-ray diffraction:XRD)やX線吸収微細構造(X-ray absorption fine structure:XAFS)測定により、触媒を構成する各結晶相と相溶元素の化学状態解析を行ってきた。しかし、実際の触媒の機能発現は、反応ガス中の高温条件下で起こるため、反応過程で生成すると推測される活性種の化学状態と、その酸化還元に寄与する各元素の役割は上記の解析による知見からの推測に頼らざるを得ず、決定的な機能解明と、それを基にした新規触媒開発へ直結していないことが現状であった。そこで、触媒反応条件下での触媒化学状態解析の可能性を検討するため、2013B期にBL14B2にて、イソブチレン-酸素を用いた酸化還元に伴う触媒反応下でのin-situ XAFS測定を試み、酸化還元挙動が実際に観測可能か検討を行い、実際に吸収端のシフトや配位数の変化を捉えることに成功した。(課題番号2013B1520)

 課題番号2013B1520では、Feの挙動の観測に重きを置いたため、実際の触媒よりもFe濃度が高いモデル触媒での検討を行った。その結果、上記のように酸化還元挙動と元素間の相関は観測できたが、同時に、多量のFeがあることにより選択率が下がり、副反応の多い反応系とならざるを得なかった。そこで、前回の検討で得た知見を活かし、今回の検討では、実際の触媒組成でのin-situ XAFS測定を試みた。選択率の高い触媒による解析から、より実機で起こっている現象を再現できるのではないかと期待している。また、前回の結果と比較することにより、触媒反応や副反応間の活性種の違いが明確になれば、副反応経路をより少なくした次世代触媒開発につながると期待している。


実験:

 XAFS測定は、産業利用ⅡビームラインBL14B2にて行った。反応ガス雰囲気下での測定は、BL14B2既設のガス供給排気装置を使用した。触媒反応は450°Cで行い、還元ガスとしてイソブチレン0.4%(Heベース)、酸化ガスとして酸素20%(Heベース)を用いた。ガスフロー条件は、以下の通りである。

    1. 20°C → 450°C(10°C/min) O2:20 cc/min + He:80 cc/min

    2. 450°C ‐ 50 min i-C4H8-0.4%(Heベース):100 cc/min(還元)

    3. 450°C ‐ 50 min O2:20 cc/min + He:80 cc/min(酸化)

 Mo-Bi系複合酸化物触媒のモデル系として、ドイツの総合化学メーカーBASFの特許記載の範囲にある、Mo12Bi1Co3Fe8Oxという組成の触媒を用いた[1]。測定は、Si(111)-2結晶分光器を用い、Fe-K吸収端(7110 eV)にて、透過法のQXAFSを実施した。1スペクトルの取得時間は、1分程度である。


結果および考察:

 Fig.1に、in-situ XAFSの一例として、ガスフロー条件2の還元過程のスペクトル重ね書きを示した。赤から青へと時間が経過している。吸収端の7120 eV付近に注目すると、時間とともに低エネルギー側へシフトしていることから還元が進んでいることが分かる。スペクトルの時間変化に注目すると赤→緑までは、連続的な変化が起こっているが、緑→青は、スペクトルが重なっており、ある化学状態以降は、それ以上還元が進まないと考えられる。ここから、安定なFeの還元状態が存在することが示唆される。また、赤線で示したエネルギーに明瞭な等吸収点が観測されて、還元過程は、ある化学状態から別の化学状態への2成分間の変化であると推測された。



Fig.1 Fe-K吸収端 還元過程のスペクトル変化(赤→青)


 Fig.2-(1)に、Fig.1のFeの還元過程に対応する、EXAFS振動より得た動径構造関数を示す。同様に赤から青へと時間が経過している。Fig.2-(2)に、典型的な例として還元過程前後のEXAFS振動関数を示した。動径構造関数導出のためのフーリエ変換の波数域は、k=2-9 Å-1とし、図内に台形型の領域として示した(点線)。試料としてCoを含むため、フーリエ変換の波数域を広くとることが難しい系ではあるが、還元が進むにつれ、Feの再隣接酸素に対応するピークの減少が観測されていることから還元による化学状態の変化は、少なくとも再隣接酸素が原料ガスのイソブチレンに取られる反応であることを示唆している。



Fig.2 (1)Fe-K吸収端 還元過程の動径構造関数(赤→青)

   (2)還元初期、還元後のEXAFS振動


 Fig.3にFe-K吸収端の吸収端シフトの時間変化を示した。各ガスフロー条件は、各色の帯として示している。吸収端の位置は、スペクトル規格化後のエッジジャンプの強度0.5となるエネルギーで定義した。Feの吸収端は、還元条件下で低エネルギー側へ、酸化条件下で高エネルギー側へシフトしていることから、各フロー条件下で価数変化によるケミカルシフトが観測されていると考えられる。



Fig.3 Fe-K吸収端の吸収端シフトの時間変化


 ガスフロー条件2の還元過程に注目する。Feの低エネルギー側への吸収端シフトは、ガス切り替え後急激に起こっている。その後、吸収端エネルギー7118 eV程度の還元状態へと推移しそこでシフトは止まる。その後、酸化状態に切り替えると、還元過程とは逆のスペクトル変化が起こり還元前の化学状態に変化していく。この一連の振る舞いは、前回の課題でMo-Bi-Feを用いた3元系触媒でも観測され、Mo-Bi系複合酸化物触媒に共通な性質ではないかと推測される。また、酸化過程は、酸素ガス20%とi-C4H8の0.4%と比較して高濃度にも関わらず、緩やかに酸化が進むことから、還元時酸素がFe周辺から抜かれる速度と、酸化時酸素が取り込まれ、結晶が再生していく速度が異なることが示唆された。


今後の課題:

 2013B期、2014A期とMo-Bi系複合酸化物の反応ガス雰囲気下でのXAFS測定を行い、試料組成を変えても普遍的に観測されるこの系に特有の酸化還元挙動が分かってきた。しかし、この触媒系は結晶相を母体とした系であるため、今回観測された価数変化に対応する結晶相の変化はまだ明確にはなっていない。今後、価数変化と結晶相の変化を関連付けるため、反応を途中で止めた抜出触媒のX線回折による解析や、挑戦的な課題として反応ガス雰囲気下でのX線回折測定を行い、新規触媒開発につながる活性種の理解をより深めたいと考えている。


参考文献:

[1] Karrer et al. United States Patent, Patent No.5,808,143 Date of Patent:Sep.15,1998



ⒸJASRI


(Received: August 12, 2014; Early edition: August 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)