SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

Al-Mg-Si合金における室温時効条件によるナノクラスター構造変化の軟X線XAFSを用いた測定
Soft X-ray XAFS Measurement of the Change in Nano-Cluster Structure by Aging Time at Room Temperature in Al-Mg-Si Alloys

DOI:10.18957/rr.4.1.117
2014B1581 / BL27SU

足立 大樹a, 中西 英貴b, 長谷川 啓史b

Hiroki Adachia, Hidetaka Nakanishib, Akifumi Hasegawab


a兵庫県立大学, b(株)UACJ

aUniversity of Hyogo, bUACJ Corporation


Abstract

 溶体化処理後の室温時効によりAl-Mg-Si合金中にはクラスター1が形成し、引き続いて行う170℃における人工時効処理中のβ”相の析出が阻害されることにより、時効硬化量を低下させることが知られている。本研究ではクラスター1の室温時効時間の変化を調べるため、軟X線XAFS測定を行った。その結果、室温時効時間の増加により徐々にSi原子周りの配位距離が減少し、Si価数が増加することが示唆された。しかしながら、16 days以上の長時間時効により、逆に配位距離が増加し、Si価数が減少することが示唆された。


キーワード: 自動車用構造材料、ナノクラスター、軟X線XAFS


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背景と研究目的:

 現在、自動車用外板材として鉄鋼材料が使用されているが、CO2排出量の削減に伴う燃費向上の要求が強く、Al合金への置換による車体重量の軽量化が検討されている。そのなかでも強度と加工性のバランスに優れた析出強化型合金のAl-Mg-Si合金がその候補として注目されている。溶体化処理後、直ちに170℃の人工時効処理を施すことにより、準安定相であるβ”相が析出し、最も硬化する。しかし、工業的には、アルミニウム会社で溶体化処理を施した後に自動車会社へ出荷され、析出硬化前の、加工性が良好な状態で、自動車会社においてボディー形状に成形する。その後、焼き付け塗装と同時に人工時効処理を施し、強度を向上させるという製造工程となる。この時、溶体化処理後から人工時効処理するまでは室温で保持されるため、時効速度が低下し、時効硬化量が大きく減少する「二段時効の負の効果」が発生し、大きな問題となっている[1]。これは、室温保持(一段目の時効)時にクラスター1が形成されることから、二段目の170℃時効時に硬化相であるβ”相に遷移しづらいためであると考えられている[2]

 クラスター1が何故、β”相に遷移しづらいのかについて明らかにするため、本研究グループでは、Al-Mg-Si合金中において室温20 days時効により得られたクラスター1と70℃、1 h時効により得られたβ”相へ遷移しやすいクラスター2の違いを調べることを目的として軟X線XAFS測定(課題番号:2013B1570)をBL27SUにて行った[3]。その結果、固溶状態やクラスター2、β”相内と比べて、クラスター1内のSi、Mg原子の配位距離は短く、さらに、Si原子の価数が大きいことが分かった。よって、クラスター1とβ”相の構造やSiの電子状態が大きく異なるため、クラスター1からβ”相への遷移が困難であったと結論づけた。一方、内田らによると室温時効30 daysにより降伏強度は約90 MPa上昇することを報告している[4]。また、二段時効後の強度は、室温時効を施さない試料で最も高く、室温時効16.6 hの試料で最も低く、室温時効30 days材では16.6 h材よりも強度はやや増加した[4]。これらのことから、室温時効時間の変化によりクラスター1が変化したことが示唆されるが、詳細は明らかでない。

 よって、今回の実験では、室温時効時間の異なるAl-Mg-Si合金においてXAFS測定を行い、形成されるクラスター構造の室温時効時間変化を調べることを目的とした。


実験:

 5N-Al、99.5%Mg、99.0%Si地金を使用し、Al-1.0Si-0.6Mg合金を鋳造した。これらを厚さ1 mmまで圧延した後、大気炉で550°C、10 minの溶体化処理を行い、水中に急冷した(as-Q材)。溶体化処理後、室温にて30 min、1 h、10 h、16 days、1 year保持した試料を測定試料として用意した。これらの試料について液体窒素冷却ステージを用いてSiとMg-K吸収端近傍におけるXAFS測定をBL27SUにて部分蛍光収量法により行った[5]。Si-K吸収端とMg-K吸収端のエネルギーはそれぞれ1.838 keVと1.303 keVである。また、エネルギー校正用試料としてMgOとSiO2の測定を行った。


結果および考察:

 部分蛍光収量法により、励起光エネルギーと蛍光X線エネルギーの二次元蛍光X線スペクトルからMg, Siの蛍光X線成分を切り出すことでMg, SiのXANESスペクトルを得た。前回(課題番号:2013B1570)の実験と同様に、SiのXANESスペクトルに変化が見られたため、Fig.1に規格化したSi-K吸収端XANESスペクトルを示す。



Fig.1 (a)Si K-edge XANES spectra of RT aged alloys, (b) enlarged figure of the (a).


吸収端エネルギーは前回の実験結果と同様に、室温時効により高エネルギー側にシフトし、クラスター1の形成によりSiの価数が増加していることが示唆された。30 min、1 hと時効時間が長くなるにつれて、as-Q材よりも吸収端エネルギーが徐々に増加した。また、16 days、1 yearとさらに時効時間が長くなると、逆に吸収端エネルギーがやや低下した。β”相が析出している際の吸収端エネルギーはas-Q材のそれよりもやや低いため[3]、Si価数の差が長時間室温時効すると小さくなった可能性がある。

 EXAFSスペクトルから得たk3χ (k)スペクトルをFig.2に示す。k3χ (k)スペクトルのk=2.0~6.3 nm-1の範囲をフーリエ変換することによって得られた動径構造関数(RSF)をFig.3に示す。


        

Fig.2 Si K-edge k3χ (k) of RT aged alloys.   Fig.3 Radial structure function of Si.


 室温時効が1 hに増加すると、RSFのファーストピークは、低r側に移行し、配位距離が短くなったことを示唆している。しかしながら、16 days材では1 h、10 h材よりも配位距離がわずかに長くなった。以上から、室温時効によりクラスター1が形成し、時効時間が1 hまではSi価数が増加し、配位距離が短くなるが、時効時間が長くなると、逆にSi価数は低下し、配位距離は長くなると考えられる。そのため、長時間室温時効材中に形成されたクラスターは、短時間室温時効材中に形成されたクラスターよりもβ”相に遷移しやすくなると予想される。つまり、内田らが報告した、二段時効後の強度が長時間の室温時効により短時間室温時効材よりもやや回復したという現象[4]は、長時間時効によって時効硬化相であるβ”相に移行しやすいクラスターに変化したためであると考えられる。


参考文献:

[1] 前口貴治、山田健太郎、里達雄 : 日本金属学会誌, 66, 127 (2002).

[2] 山田健太郎、里達雄、神尾彰彦 : 軽金属, 51, 215 (2001).

[3] 足立大樹、山本裕介、中西英貴、浅野峰生 : 軽金属学会第127回秋期大会講演概要、53 (2014).

[4] 内田秀俊、吉田英雄 : 住友軽金属技報、39, 1 (1988).

[5] Y. Tamenori, M. Morita and T. Nakamura : Synchrotron. Rad., 18, 747 (2011).



ⒸJASRI


(Received: May 13, 2015; Early edition: August 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)