SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

自動車窓ガラスに含まれる鉄の存在状態を指標とする異同識別の可能性に関する検討
Investigation of Forensic Discrimination of Automobile Window Glasses by Chemical States of Iron

DOI:10.18957/rr.4.1.120
2014B1592 / BL14B2

舩附 淳志a, 塩田 憲司b, 高岡 昌輝b, c

Atsushi Funatsukia, Kenji Shiotab, Masaki Takaokab, c


a三重県警察本部科学捜査研究所, b京都大学大学院工学研究科都市環境工学専攻, c京都大学大学院地球環境学堂

aForensic Science Laboratory, Mie Prefectural Police H. Q.,

bDepartment of Environmental Engineering, Graduate School of Engineering, Kyoto University,

cDepartment of Global Ecology, Graduate School of Global Environmental Studies, Kyoto University


Abstract

 自動車窓ガラス試料について、XAFSによる鉄の存在状態分析によってメーカー判別が可能か検討した。A〜C社の製造時期が既知の自動車窓ガラスを試料とし、同一ロット内、さらに異なるロット間での存在状態を分析した。試料は蛍光法で測定した。XANES及びEXAFSの結果から、A社のセリウム添加のある試料はA社のセリウム添加のないもの及び他社のものに比べ還元状態であり、他の試料と判別することができると考えられた。


キーワード: 科学捜査、XAFS、自動車窓ガラス、メーカー推定、セリウム


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背景と研究目的:

 交通事故時に落下する塗膜片やガラスは、被疑車両が事故現場に存在しない「ひき逃げ」「当て逃げ」の事案において、被疑車両を特定する重要な手掛かりとなる。塗膜片からは、各種データベースや確立された検査手法などを用いて被疑車両を推定することが可能であるが、近年の塗膜塗布技術の向上のため、車種推定に足る完全な塗膜が必ずしも遺留されるわけではないため、車種を詳細に絞ることが困難な場合もある。自動車窓ガラスの破損に由来する微細ガラス片試料も、塗膜片と同様にひき逃げ事件等の現場で採取される頻度の高い重要な証拠物件の一つである。しかしながら、現場から採取されたガラス片試料については被疑車両を推定するような検査手法が確立されておらず、組成分析によってソーダ石灰ガラスであるという情報を得ることはできるが、ソーダ石灰ガラスであるということ自体は被疑車両を特定するような情報ではない。

 申請者らの研究グループはこれまでに、メーカー間でガラスに含まれるセリウムの存在状態が異なっていることを確認しており、交通事故現場などで遺留されるガラス片試料から捜査上有用な情報を得ることが可能であることを確認している[1]。また近年の自動車窓ガラスには、グリーン系着色のために1%程度の鉄が添加されている。セリウムにおいて確認されたように、異なる製造条件で製造されたガラス中の鉄の存在状態も当然差異がある可能性があると考えられる。すなわち、鉄の存在状態もメーカーを推定するための指標となる可能性がある。SPring-8ではこれまでにガラス中の鉄についてXAFS分析によりその構造解析が行われているが(課題番号2008A1917, 2009A1924)、法科学的な観点から、鉄の存在状態を指標としてメーカー推定が検討された例はない。それに加え、セリウムと鉄の存在状態を相補的に分析することで、セリウム単体よりメーカー推定の精度を向上させることができると考えられる。

 本研究では、ガラスに含まれる鉄を対象にXAFS実験を行い、鉄の存在形態を指標としてガラスメーカーを推定することが可能か検討した。


実験:

 試料は、メーカー3社の自動車窓ガラス用の板ガラスである。A社、B社及びC社のガラス、それぞれ15点ずつを試料とした。なお、A社の試料8点、B社の試料9点はセリウムが添加されたものであった。なお、各社とも試料の製造時期は複数あり、A社セリウムありはすべて同じ製造時期、A社セリウムなしは2つの製造時期(下記a10~a12を含む4点と3点)、B社セリウムありは3つの製造時期(下記b01~b03を含む7点、1点、1点)、B社セリウムなしは2つの製造時期(下記b21~b23を含む4点と2点)、C社は2つの製造時期(下記c01~c03を含む8点と7点)である。標準試料については窒化ホウ素粉末と混合し、FT-IR(フーリエ変換型)用錠剤成型器を用いてペレット化したものをポリエチレン袋に封入した。

 XAFS測定はBL14B2で行った。鉄のK吸収端(7.112 keV)を、二結晶分光器の結晶面Si(111)、ミラーの角度5.8 mradの条件で測定した。実試料については19素子SSDを用いた蛍光法で、標準試料についてはイオンチャンバーを用いた透過法で、それぞれ測定した。なお、実験課題申請書では標準試料としてFe2O3、Fe3O4およびFeOを用いる予定であったが、Fe2O3、Fe3O4およびFeを標準試料として用いた。


結果および考察:

 図1に、試料及び標準試料のXANESスペクトルを示す。なお図1(a)では試料のうち、A社のセリウム添加有り(a01〜a03)、A社のセリウム添加無し(a10〜a12)、B社のセリウム添加有り(b01〜b03)、B社のセリウム添加無し(b21〜b23)、C社(c01〜c03)、を代表として示している。標準試料と吸収端の立ち上がり位置について比較すると、試料中の鉄はFe3O4に近い状態であると考えられた。A社の試料については、セリウムの添加の有無でXANESのピーク形状にやや違いがあり、セリウムの添加が有るものの方は、他の試料に比べると吸収端後のピークが低エネルギー側にシフトしており、やや還元状態の傾向があった。一方、A社のセリウム添加のない試料、B社及びC社の試料についてはそれに比べると、吸収端後のピークがフラットな形状をしており、相対的に酸化傾向ではあった。次に、7129 eVから7134 eVの範囲に着目し、これらの範囲について一次微分の平均を取ったところ、A社セリウムありでは-2.6*10-3から-1.5*10-3 (std: 4.0*10-4)、A社セリウムなしでは-3.3*10-4から1.1*10-3 (std: 6.1*10-4)、B社セリウムありでは-1.4*10-3から7.3*10-4 (std: 6.4*10-4)、B社セリウムなしでは-1.0*10-3から7.1*10-4 (std: 6.5*10-4)、C社では-1.4*10-3から1.0*10-3 (std: 7.5*10-4)であった。これらから、少なくともA社のセリウムありについては、この範囲では右肩下がりの形状を示しているのに対し、他については横ばいないしは右肩下がりの形状であった(図1(b))。しかしながらメーカー間で明瞭に分かれているわけではないため、この点のみでメーカーを判別することは困難であると考えられた。



図1 (a)試料及び標準試料の鉄のK吸収端XANESスペクトル。(b)吸収端直後を拡大したもの。A社セリウムあり(実線)はその他(破線)から吸光度を0.1ずらして表示。


 EXAFSスペクトル(図2)は、いずれの試料についても10 Å-1まで明瞭に振動を確認することができた。各社について、EXAFS振動の周期(4.4 Å-1付近から6.6 Å-1付近まで)及び振幅(5.5 Å-1付近と6.6 Å-1付近の差)を確認したところ、A社セリウムありでは周期が2.1から2.2 (std: 0.042)、振幅が6.8から7.5 (std: 0.37)、A社セリウムなしでは周期が2.2から2.4 (std: 0.080)、振幅が7.3から8.5 (std: 0.37)、B社セリウムありでは周期が2.2から2.4 (std: 0.050)、振幅が7.2から9.0 (std: 0.51)、B社セリウムなしでは周期が2.2から2.3 (std: 0.050)、振幅が7.4から8.3 (std: 0.32)、C社では周期が2.1から2.4 (std: 0.075)、振幅が7.0から9.4 (std: 0.57)であった。これらから、少なくともA社のセリウムは、他のものに比べ周期が短く、振幅が小さい傾向であった。次にEXAFS振動の2.7 Å-1から9.1 Å-1までの範囲についてフーリエ変換して得られた動径構造関数(図3)において、各社の第一配位のピーク強度を確認したところ、A社セリウムありでは4.7から5.0 (std: 0.099)、A社セリウムなしでは5.1から5.7 (std: 0.25)、B社セリウムありでは5.1から5.7 (std: 0.18)、B社セリウムなしでは5.0から5.7 (std: 0.23)、C社では5.1から6.0 (std: 0.26)であった。これらから少なくともA社のセリウムありは、他のものに比べピーク強度が小さい傾向があった。

 今回の結果から、少なくともA社のセリウム添加ありのものについては、鉄のK吸収端のXAFSに基づいて他の試料と判別することが可能であると考えられた。しかしながら、この結果はこれまでに得られているセリウムのK吸収端のXAFS結果に基づく判別と同等の結果を示すものであるため[1]、試料識別のための新たな指標となるものではない。つまり、セリウムのK吸収端の結果の補強をすることはできるが、当初期待したような、セリウム単体での識別を更に向上させるような結果を得ることはできなかった。なお、試料についての説明にある様に、製造時期の異なる試料を用いているが、今回の結果においては、各メーカーとも製造時期に関して差異は見られなかった。



図2 試料及び標準試料のk3重みづけEXAFSスペクトル



図3 試料及び標準試料の動径構造関数


今後の課題:

 今回得られた結果は、セリウムのK吸収端XAFSに基づく試料識別を補強するものではあるが、期待したような識別精度の向上にはつながらなかった。そのため、セリウム及び鉄以外の元素について検討が必要であると考えられる。


参考文献:

[1] A. Funatsuki, M. Takaoka, K. Shiota, D. Kokubu, Y. Suzuki, Chem. Lett., 43, 3, 357 (2014)



ⒸJASRI


(Received: June 8, 2015; Early edition: September 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)