SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

過充電リチウムイオン電池中のカーボン負極に形成されたSEIの挙動解析
Structure Change of SEI Formed on Carbon Negative Electrode during Overcharge of Lithium Ion Battery

DOI:10.18957/rr.4.1.132
2014B1914 / BL46XU

東 遥介, 中村 和紀, 高橋 照央, 福満 仁志, 高原 達夫

Yosuke Azuma, Kazunori Nakamura, Teruo Takahashi, Hitoshi Fukumitsu, Tatsuo Takahara


(株)住化分析センター

Sumika Chemical Analysis Service, Ltd.


Abstract

 リチウムイオン電池の過充電に伴うSEI(Solid Electrolyte Interface) 形成挙動の把握のため、硬X線光電子分光(HAXPES) を実施した。添加剤のない電解液で作製した電池電極では、充電・過充電に伴い有機溶媒および無機塩の分解成分が負極表面に堆積していく過程が観測された。一方、炭酸ビニレン(VC)や1,3-プロパンスルトンを電解液に添加した電池のSEIは、電解液の分解が抑制される傾向が示唆された。特に、1,3-プロパンスルトンを添加した試料では過充電時においても分解が抑制されている可能性が示唆された。


キーワード: リチウムイオン電池、SEI、過充電、硬X線光電子分光


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背景と研究目的:

 リチウムイオン電池の安全性向上や長寿命化には、過充電時の解析が必要である。過充電時は、活物質の結晶構造の変化[1]や電解液の分解[2]など様々な現象がリチウムイオン電池内で生じ、性能低下を引き起こすとされており、様々な研究が展開されている。

 本研究では、過充電状態で負極表面に生成するSEIに着目した。電極活物質表面に生成するSEIは、電池性能に関与する重要な生成物であり、厚み数nmから数十nmに成長する。その解析には各種表面分析法が有効な手段であるが、特に、硬X線光電子分光(HAXPES) は非破壊的に表面数十nm程度の情報が得られるため有力と考えられる。

 SEIを対象としたHAXPESによる分析は、すでに論文等[3,4]で報告されている。これら報告では、SEIの組成や厚みは充放電中に大きく変化していると考えられている。しかし、過充電時のSEIの挙動は今まで報告例が無かった。そこで本課題は、HAXPES測定により過充電に伴うSEIの挙動解析を目的とした検討を実施した。


実験:

 試料としてコインセル解体後の負極を用いた。正極にNiCoAlO2(NCA)、負極に天然球状黒鉛を活物質とする電極を利用し、LiPF6 1 mol/Lを炭酸エチレン、炭酸ジエチル1:1(体積比) 混合溶媒に溶解させた液体を電解液とし、コインセルを作製した。また、上記電解液に炭酸ビニレンあるいは1,3-プロパンスルトンを電解液に対して質量比5.0%加えたコインセルもそれぞれ作製した。コインセルはエージング後、そのまま解体、4.2 Vまで充電し解体、4.5 Vまで過充電し解体したものをそれぞれ準備した。充電後に負極を取り出して炭酸ジエチルで洗浄し、測定に供した。試料作製や解体、搬送はすべて不活性雰囲気下で実施した。

 なお、課題申請時には他条件の測定も含め計18水準の検討を予定していたが、3シフト中に得られたデータは標準物質を含め13水準であった。

 測定はBL46XUにおけるVG-Scienta製R4000アナライザーを装備する硬X線光電子分光装置を利用した。励起エネルギーを8 keV、パスエネルギー200 eV、スリットサイズ curved 0.5 mmとし、光の入射角と取り込み角は、それぞれ試料表面から測った角度で10°と80°に設定して測定を実施した。


結果および考察:

 Fig.1にC 1sのスペクトルを示す。既報によると、リチウムイオン電池負極のXPSスペクトルでは、充電に伴ってLiCxに起因するピークが現れると報告されている[3,4]。そこで、バインダーとして使用されているポリフッ化ビニリデン(PVDF) 由来の-CF2と推定されるピークを結合エネルギーの基準として用いた。このエネルギーでは-CO3など炭酸に由来するピークも観測される。SEIには炭酸塩も含まれることが想定されるが、HAXPESがラボXPSに比べて情報深さが数十nm程度と深いことから、PVDFの信号をメインに取得していると仮定して解析を行った。なお、点線は各エネルギーにおける推定帰属を表している。

 添加剤の無い電池では、4.2 V充電に伴い活物質に帰属されるピーク強度に比べ、C-Oと推定されるピーク強度が増加した。一方で、炭酸ビニレン、1,3-プロパンスルトン添加電池では、4.2 V充電においても、C-Oに帰属されるピーク強度は大きく変化していなかった。既報[3,5]では、充電に伴い電解液の分解が促進されると報告されており、添加剤の無い電池ではこれを概ね再現していると考えられる。一方で、添加剤により、電池充電に伴う電解液中の有機溶媒の分解反応が抑制されていると推察される。

 過充電試料においては、炭酸ビニレン添加電池ではC-C、C-Hのピーク強度減少と、C-O成分の増加が認められた。他方で1,3-プロパンスルトン添加電池では、4.2 V充電に比べスペクトル形状がほぼ変化しておらず、過充電条件でも電解液の分解が抑制されていることが示唆された。

 しかし、1,3-プロパンスルトンを添加した試料系では、例えば過充電時の充放電容量が他試料に比べ3割程度少ないため、添加剤の効果のみを反映している訳ではないことが懸念点である。充電時の電気容量の低下は、添加剤の過剰量添加による内部抵抗の増加が原因の一つとして考えられる。

 Fig.2に各試料のO 1sのスペクトルを示す。得られたピークの強度比を計算すると、添加剤の無い系では4.2 Vへの充電に伴って、炭酸ビニレンを添加した系では過充電に伴ってOのピーク強度が増加していることが認められた。これはC 1sスペクトルにおけるC-O成分の傾向と一致している。

 また、添加剤の無い試料では4.2 V充電の試料と過充電の試料から、炭酸ビニレンを添加した試料では過充電の試料のみ530 eV付近にLi2Oに帰属されるピークが観測された。Li2Oの生成も上述のC-O成分の挙動と一致していることが分かった。Li2Oの生成は、電解液中の無機塩の分解に起因するものと考えられる。1,3-プロパンスルトン添加電池では、Li2Oは生成されていないとスペクトルから判断できる。

 炭酸ビニレン添加の電池では、3.0 Vで解体した試料のみスペクトルが低エネルギー側へ裾を引いていた。これは既報[6]を参考にすると、炭酸ビニレン骨格中の酸素のピークに起因する可能性があると考えられる。充電、過充電試料では比較的ピーク幅は狭いため、充電に伴って炭酸ビニレンの分解が進行したと推察される。

 さらに無機分解生成物について議論するため、Fig.3に各試料のP 1sのスペクトルと推定帰属を示す。これらピークはPFx, POxFyといった無機塩の分解生成物に起因する。上述のC-OやLi2Oの挙動と同様の挙動は示しておらず、添加剤の有無にかかわらず、POxFyに帰属されるピーク強度に対してPFxに帰属されるピーク強度が増加する傾向にあると考えられる。一般的には充電に伴いPFxの酸化が進行し、POxFy成分の増加が予想されるものの、本実験では再現されなかった。原因として、電解液中のLiPF6塩が表面に残留していることや、電極が直径14 mmであるのに対して、今回の測定領域が0.02 mm×0.25 mm程度であり、面内に不均一が生じている場合に試料の平均値を反映しない可能性があることや、各電極ともに解体分析の試料であり、電池充電途中の化学状態が必ずしも一致しないことが挙げられる。また、一部のピークは0.5 eV程度シフトしているが、これは前述の基準化の影響を受けている可能性があり、微少シフト量についての議論は避ける。

 また、本実験ではF 1sのスペクトル取得も試みた。Fig.4に結果を示す。686 eV付近のピークはLiFと推測されるが、これも1,3-プロパンスルトンの添加に影響は受けず、充電に伴いピーク強度の増強が確認できる。F 1sのスペクトルでは、炭酸ビニレン添加試料の一部ピークが大幅にシフトしているため、詳細な帰属・議論が困難となっている。XPSでは、フッ素は測定ダメージを受けやすい元素であり、測定中にダメージを受けた可能性がある。

 以上の結果をまとめると、添加剤の無い電解液に対し、炭酸ビニレンの添加は4.2 Vの充電まで、1,3-プロパンスルトンの添加は4.5 Vの過充電まで電解液中の有機成分の分解が抑制されている可能性が示唆された。また、Li2Oに関しても同様の傾向を確認している。

 一方で、PFx、POxFyに代表されるPF6-の分解生成物やLiFについては、添加剤の影響や充電深度に対する明確な相関が得られなかった。PF6-の分解には添加剤の影響や充電深度は大きく影響しない可能性や、電解液中に含まれるLiPF6の洗浄不足、試料面内に不均一が存在すること、各試料における充電途中の化学状態が完全に一致していないことが原因で相関が得られていない可能性が考えられる。

 また、上述の実験結果は添加剤の過剰量添加により、電池容量が低下した影響を受けている可能性も懸念される。


        

Fig.1 C 1sのスペクトル    Fig.2 O 1sのスペクトル


        

Fig.3 P 1sのスペクトル    Fig.4 F 1sのスペクトル


今後の課題:

 1,3-プロパンスルトン中のS 1sピークなどが明瞭に観測されているため、本検討の試料より低濃度の添加剤利用でも十分に分析可能であると考えられる。今後は、より実系に近い電解液成分を使用した実験を検討する。


参考文献:

[1] Chi-Kai Lin et al., Journal of Power Sources, 230, 32-37, (2013)

[2] M.Q. Xu et al., Journal of Power Sources, 182, 427-431, (2008)

[3] Katarzyna Ciosek Hogeström et al., Electrochemica Acta, 138, 430-436, (2014)

[4] Hironobu Hori et al., Journal of Power Sources, 242, 844-847, (2013)

[5] 松本匡史 他、平成25年度SPring-8重点産業利用化促進課題・一般課題(産業分野)実施報告書(2013A), 2013A1234

[6] L. El Ouatani et al., Journal of The Electrochemical Society, 156, A103-A113, (2009)



ⒸJASRI


(Received: May 13, 2015; Early edition: October 26, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)