SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

固体酸化物形燃料電池用酸素イオン伝導体のin-situ XRD解析
In-Situ XRD Analysis of Oxygen Ion Conductor for SOFC

DOI:10.18957/rr.4.1.141
2014B1929 / BL19B2

岩井 広幸, 山田 祐貴, 犬飼 浩之, 高橋 洋祐

Hiroyuki Iwai, Yuuki Yamada, Koji Inukai, Yosuke Takahashi


(株)ノリタケカンパニーリミテド

NORITAKE CO., LIMITED


Abstract

 固体酸化物形燃料電池(SOFC)電極に用いる酸素イオン伝導材料としてLnBaCo2O5+δ(Ln=Pr,Gd,Nd)が期待されており、低温作動化と高性能化を実現している。この材料について、作動条件での材料挙動を、in-situ XRDで解析した。作動温度までの昇降温時には相転移を伴う不連続な体積変化は確認されず、SOFC電極として使用した際、ヒートサイクルに対する信頼性へ影響しないことが期待される。


キーワード: ペロブスカイト型酸化物、in-situ XRD、燃料電池


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背景と研究目的:

 資源・エネルギー問題の解決、循環型社会の実現を目指し、水素エネルギーシステムの確立が強く望まれている。高効率な固体酸化物形燃料電池(SOFC)は、触媒に貴金属が不要で、熱と電気の併給が可能であり、天然ガス、アンモニア、バイオガス等種々の燃料が利用可能である等の利点を活かし、災害時対応も可能な家庭用分散電源としての応用が期待されている。

 SOFCには、膜材料や電極材料として、酸素イオン伝導材料が用いられており、我々は高性能かつ低価格な酸素イオン伝導材料開発に取り組んでいる。Fe系ペロブスカイト酸化物に代表される新規材料の探索に成功しており、世界トップレベルの性能発現を実証してきた。

 SOFCには低温作動化が期待されている。従来の800°C以上の運転温度から600-700°Cまで低下させることで、周辺部材やインターコネクタなどの材料の選択肢が広がり、より安価な材料を使用することが可能となる。しかし、低温化することで、正極(空気極)の電極抵抗が増大し、著しい性能低下が起こることが大きな課題となっている。SOFCの作動温度を低下(700°C以下)させるため、新たな材料系の開発が望まれており、層状ペロブスカイト構造をとるLnBaCo2O5+δ(Ln=Pr,Gd,Nd など)が新たな空気極材料として期待されている[1,2]

 LnBaCo2O5+δ (Ln=Pr,Gd,Ndなど)が作動温度域およびサーマルサイクルにおいて結晶構造変化に由来する体積変化の有無は工業的に極めて重要な情報であり、本実験において評価を実施した。さらには作動温度域において導電に寄与する構成元素の結合状態がどのように変化するかを検討した。


実験:

 試料粉末LnBaCo2O5+δ (Ln=Pr,Gd,Nd)およびLa0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3-δは固相法で合成した。Sm(サマリウム)についても測定を予定していたが、充分なデータが取得できなかったため、再取得を実施する予定である。また、長期運転(700°C、100時間)における材料の変化も評価した。粉末化した試料は内径φ0.3 mmの石英ガラスキャピリーに充填した。粉末X線回折の測定はSPring-8のBL19B2に設置してある大型Debye-Scherrer計を使用し、検出器は散乱角2θが高角度の回折線まで捉えられるImaging-Plate (IP)を用いた。測定に使用した波長は0.4 Åであり、波長較正はCeO2標準試料を用いて実施した。測定は室温、300°C、500°C、700°Cにて行った。

 実験で得られたXRDパターンについて、RIETAN-FP[3]を用いてリートベルト解析を行い、Dysnomia[4]を用いて最大エントロピー法にて電子密度分布を計算した。結果の描画にはVESTA[5]を用いた。


表1 試料組成


結果および考察:

 図1にGdBaCo2O5+δの700°CにおけるX線回折パターンとリートベルト解析の結果を示した。空間群はPmmmとして精密化を行った。その他の材料についても同様に表1に記載の空間群を用いて精密化を行った。

 精密化を行った格子定数から算出した単位格子の体積変化率(V/V0)の温度依存性を図2に示した。LnBaCo2O5+δ (Ln = Pr,Nd,Gd)の体積変化率についてはPr > Gd > Ndとなった。また、長期運転時の結果についても図2の結果と変わらないことを確認した。いずれの組成についても連続的に体積変化(膨張)が起こっており、相転移による大きな体積変化がないと予測される。不連続な体積変化はクラックや剥離を引き起こし、燃料電池の信頼性の低下の原因となる。また、現在電極材料として一般的に使用されているLa0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3-δ(LSCF6428)と比較すると、いずれの材料も格子体積膨張が大きいことが確認された。イオン伝導材料の熱膨張係数とイオン伝導率については正の相関があることが報告されており[6]、本実験にて得られた材料にも適用できると仮定すると、LnBaCo2O5+δは非常に高いイオン伝導性を持つことが期待される。実際に燃料電池用電極材料として必要な高い酸化物イオン拡散係数、表面交換係数を持つことが報告されている[7]

 LnBaCo2O5+δ (Ln = Pr,Nd,Gd)とLa0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3-δの結晶構造と700°Cにおける電子密度分布を図3に示した。いずれの組成も温度の上昇と共に、Co-O結合の電子の重なりが太くなっていくことが確認された。今後はヨードメトリー、熱重量分析を用い、δを定量化し、酸素サイトの寄与をより定量的に議論する。ペロブスカイト型酸化物(ABO3)については金属Bと酸素OのB-O-B結合が電子伝導性に寄与することが報告されており[8]、La0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3-δのCo,Fe-O結合部は共有結合性が強く、導電に寄与すると考えられる。LnBaCo2O5+δついても同様にCo-O結合部の共有結合性が強く、Co-O結合部が導電に寄与すると考えられるが、酸素サイトが3つあり、酸化物イオン伝導に関しては、特定の酸素サイトが寄与している可能性があり、今後の検討課題である。



図1 700°CにおけるLnBaCo2O5+δ (Ln=Gd)のX線回折パターンと構造モデル

空間群: Pmmm (No. 47). 格子定数:a =3.94488 (17) Å, b = 3.93789 (17) Å, c = 7.6437 (25) Rwp = 8.196%, RB =1.640%, RF = 0.846%



図2 リートベルト解析により精密化したLnBaCo2O5+δ (Ln=Nd,Gd,Pr)

およびLa0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3-δの格子体積変化率(25°Cでの測定データを基準V0とした)



図3 リートベルト解析および最大エントロピー法により算出したLa0.6Sr0.4Co0.2Fe0.8O3-δ (LSCF6428)とLnBaCo2O5+δ (Ln=Gd,Pr)の700°Cにおける結晶構造および電子密度分布(isosurface level = 0.5 Å-3


今後の課題:

 Coサイトへ異なる遷移金属元素を置換することで、Co-O結合性の変化を検証する。さらに、δを定量化することで3つの酸素サイトの寄与を議論する。


参考文献:

[1] Y. C. Chen, M. Yashima, J. P. Martinez, J. A. Kilner, Chem. Mateials. 25, 2638 (2013).

[2] S. Park, S. Choi, J. Kim, J. Shin, G. Kim, ECS Electrochem. Lett., 1 (5) F29 (2012).

[3] F. Izumi, K. Momma, Solid State Phenom., 130, 15 (2007).

[4] K. Momma, T. Ikeda, A. A. Belik, F. Izumi, Powder Diffraction, 28, 184 (2013).

[5] K. Momma, F. Izumi, J. Appl. Crystallogr., 44, 1272 (2011).

[6] H. Ullman, N. Trofimenko, F. Tietz, D. Stover, A. Ahmad-Khanlou, Solid State Ionics, 138, 79 (2000).

[7] G. Kim, S. Wang, A. J. Jacobson, L. Reimus, P. Brodersen and C. A. Mims, J. Mater. Chem., 17, 2500 (2007).

[8] J. Richter, P. Holtappels, T. Graule, T. Nakamura, L. J. Gauckler, Monatsh. Chem., 140, 985 (2009).



ⒸJASRI


(Received: June 30, 2015; Early edition: September 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)