SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume4 No.1

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

石油増進回収技術への応用を目的とした油-鉱物/水-鉱物の2相界面における吸着構造解析
Structure Analysis on Oil- and Water-Mineral Interface for Application to Enhanced Oil Recovery Technique

DOI:10.18957/rr.4.1.145
2014B1936, 2014B1831 / BL19B2

松岡 俊文a, 片所 優宇美a, 立山 優a, 小林 和弥a, 葭谷 暢仁a, 今泉 昂憲a, 日比 隆太郎a, 澤 侑乃輔a, 草薙 和也a, 杉山 俊平a, 岡本 直樹a, 三野 泰之b, 下河原 麻衣b, 鐵 剛志b, 梁 云峰a, 蜂谷 寛a, 福中 康博c, 村田 澄彦a, 廣沢 一郎d

Toshifumi Matsuokaa, Yumi Katashoa, Yu Tateyamaa, Kazuya Kobayashia, Nobuhito Yoshitania, Takanori Imaizumia, Ryutaro Hibia, Yunosuke Sawaa, Kazuya Kusanagia, Shumpei Sugiyamaa, Naoki Okamotoa, Yasuyuki Minob, Mai Shimokawarab, Takeshi Tetsub, Yunfeng Lianga, Kan Hachiyaa, Yasuhiro Fukunakac, Sumihiko Murataa, Ichiro Hirosawad


a京都大学, b(独)石油天然ガス・金属鉱物資源機構, c早稲田大学/JAXA, d(公財)高輝度光科学研究センター

aKyoto University, bJOGMEC, cWaseda University/JAXA, dJASRI


Abstract

 石油増進回収技術の開発には、油-鉱物、水-鉱物の界面における水分子および油分子の集積、吸着現象の解明が必要である。本研究では白雲母に対する純粋シクロヘキサンと水飽和シクロヘキサンの吸着構造の違いを調べるためBL19B2において20 keVの入射X線エネルギーでX線CTR散乱法の測定を行った。今回、雲母基板を強固に固定する工夫を行うとともに、X線による照射損傷の影響を軽減するため、多軸回折計のXYステージを用いて照射位置を移動させる工夫を行った結果、L = 2.1–13.9の範囲で良好なCTR信号を測定することができた。また、水飽和シクロヘキサンの場合、水が雲母表面に吸着して油-鉱物界面の吸着構造が変化することが確認できた。さらに、純粋シクロヘキサンの場合に対する界面近傍の電子密度分布を解析した結果、シクロヘキサンの吸着層が確認できた。


キーワード: 油-鉱物界面、石油増進回収、X線CTR散乱法、白雲母


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背景と研究目的:

 発展途上国の急速な経済成長に伴う石油・天然ガスの需要の増加に対応して持続的にエネルギー資源を供給するには、メタンハイドレートやシェールガスなど新規資源の開発に加えて、効率的な石油増進回収(EOR)技術の開発が必要不可欠である。そのためには、石油・天然ガスを貯留している岩石の微小孔隙内における水-鉱物および油-鉱物の2相界面現象、さらには、油-水-鉱物の3相界面現象の解明が必要である。本研究では、X線CTR散乱法により、まずは油-鉱物の2相界面における吸着構造と水が混入した場合の吸着構造の変化を明らかにすることを目的とする。なお、ここでは継続して実施した成果公開優先利用課題(課題番号2014B1831)と産業新分野支援課題(課題番号2014B1936)により得られた結果を報告する。


実験:

 劈開により新鮮で平滑な結晶面が得られる白雲母を鉱物とし、分子全体の外形が扁球面状で吸着構造を評価しやすいシクロヘキサンを油とした。雲母基板は、アライアンスバイオシステムズ社製のV-1 Gradeのマイカを用い、シクロヘキサンは、課題番号2014B1936ではナカライテスクのJIS特級試薬(純度99.9%、以下、純粋シクロヘキサン)を、課題番号2014B1831では同シクロヘキサンを下に示す方法で水飽和させたもの(以下、水飽和シクロヘキサン)を用いた。雲母基板(15 mm × 15 mm × 0.15 mm)を劈開させ、劈開による割れや傷が少ないことを確認した上で、新しくできた(001)面を上にして測定セルに固定し、密封した。なお、空気中の酸素分子および水蒸気の吸着を避けるため、純粋シクロヘキサンに対しては雲母基板の劈開から密封まで全てを純粋シクロヘキサン中で行い、水飽和シクロヘキサンに対しては劈開から密封までを乾燥窒素ガス置換のグローブボックス内で行った後、測定セル内に水飽和シクロヘキサンを導入した。シクロヘキサンに対する水の溶解度は極めて低いが、所定の体積に対して溶解度から求められる体積以上の純水を加えて超音波洗浄機にかけることで加えた純水をシクロヘキサン中に分散させ、静置することで水飽和シクロヘキサンとした。測定器具や測定条件は両実験で同じにした。測定セルは、X線CTR散乱法による鉱物-水界面の測定で用いられているthin film cell[1]を改良したもので、図1(a)に示すように、セル内部に埋め込んだネオジム磁石と鉄箔(5 mm × 5 mm × 0.01 mm)とで雲母基板の4隅を押えるとともに、基板表面とそれを覆うカプトンフィルムとの間に厚さ0.01 mmの一様なシクロヘキサン膜ができるようにしている。さらに、カプトンフィルムの上から対角の2つの隅にネオジム磁石を置くことで基板を上下から挟み込み、接着剤を使わずに基板を強固に固定している。なお、カプトンフィルムは、厚さ12.5 µmのものを用いた。また、前回(課題番号2014A1813)の測定では、観測セル内にシクロヘキサンの気泡の発生が確認されたため、今回は循環ポンプを用いてシクロヘキサンを循環させることで気泡を追い出せるようにした。

 測定は課題番号2014B1936、2014B1831ともにBL19B2で行い、入射X線のエネルギーは20 keVとした。測定開始前に上記の方法によりシクロヘキサンを密封した測定セルと液相循環システムを気泡が入らないように接続し、多軸回折計のステージにとりつけた。その状態を図1(b)に示す。コリメーションは、入射側、受光側ともにスリットを幅0.2 mm ×高さ0.1 mmとした。測定は、まずL = 7.9からL = 2.1まで、その後L = 8.1からL = 13.9まで、それぞれブラッグピークが立つ整数のLを除いて0.1ごとにθ = θ0 ± 0.2 °の範囲でrocking scanして行った。ここで、L = dQ/2π、Qは運動量移行、dは白雲母の(001)面の結晶面間隔である。また、前回の測定では、基板にX線による照射損傷が認められたため、今回、L = 8.1を照射損傷の影響を評価するための参照点として測定中定期的にL = 8.1の測定を行った。このL = 8.1の測定でCTR信号にピーク強度の低下、ピーク幅の増加などの照射損傷の兆候がみられた場合、多軸回折計のXYステージを用いて照射位置を移動させるとともに、循環ポンプを作動させてシクロヘキサン蒸気の追出しを行った。



図1 (a)測定セル(thin film cell)の構造と(b)液相循環系と測定セルの多軸回折計への設置状態


結果および考察:

 まず、測定されたCTR信号の一例として、課題番号2014B1936で照射損傷の影響を評価するための参照点としたL = 8.1の測定信号のうち最初のものと約17時間連続測定後のものをそれぞれ図2(a)、2(b)に示す。これらの図より、明瞭なピークを持つ良好なCTR信号が得られていることがわかる。また、約17時間連続測定後もピークの減衰およびピーク幅の拡大が小さいことから、X線による照射損傷は小さいと考えられる。次に、測定されたCTR信号に対して反射率を得るため、ピーク形状をGaussianでフィッティングし、フィッティングされたピークの面積を積算時間で除した。このとき、①照射範囲に関する受光面積補正、②L = 8.1の参照点を基準にした照射損傷による強度低下補正、③逆格子空間におけるデータ補正、④液相(シクロヘキサン)による吸収補正、を行った。全てのCTR信号に対して上記の処理を行って求めた反射強度をQの関数としてプロットしたものを図2(c)に示す。また、Chengらによって得られた液相に水を用いた白雲母基板の反射率[2]を図2(d)に示す。図2(c)と図2(d)を比較してわかるように、それぞれ異なる液相を用いているにもかかわらず、Lが偶数のときのQにおいてピークを持ち、そのピークの間での反射率の低下傾向もよく似ている。今回、課題番号2014B1936の測定で得られたピーク位置から計算された(001)面の結晶面間隔はd = 20.43 Åとなり、Chengらが求めたd = 20.0482 Å[2]に近い値が得られた。以上より、今回は白雲母の結晶構造を正確に測定できており、雲母基板とシクロヘキサンの系に対して良好なX線CTR散乱法の測定データが得られたと考えられる。また、図2(c)に示すとおり、水飽和シクロヘキサンを用いた場合、純粋シクロヘキサンの場合に比べてQ = 2.0–2.4、3.9–4.3 Å−1で反射率が上昇しており、原子散乱因子の大きい水分子が白雲母の表面に吸着したことを示していると考えられる。したがって、今回の測定により、シクロヘキサン-白雲母の系に水が入ると水が雲母表面に吸着して油-鉱物界面の吸着構造が変化することを確認できたと考える。


 

図2 シクロヘキサン中の白雲母基板の(001)面に対するCTR測定信号の一例と反射強度。(a)課題番号2014B1936の実験における測定開始直後のL = 8.1でのCTR測定信号、(b)約17時間連続測定後のL = 8.1でのCTR測定信号、(c)シクロヘキサン中と水飽和させたシクロヘキサン中の白雲母基盤(001)面に対する反射強度の比較、(d)Chengらによって得られた、水と白雲母基盤(001)面に対する反射率[2]


 CTR測定実験で得られるデータは電子密度分布をフーリエ変換したものに対応しているが、その強度の絶対値をプロットしているため位相が失われている。そこで、電子密度分布をガウス分布が足し合わされたものであると仮定し、その電子密度分布から算出されたCTRデータと実験で得られたCTRデータの差が最小になる電子密度分布を求めた。このような解析によって純粋シクロヘキサンの場合に対して得られた電子密度分布を図3(a)に示す。この解析結果から白雲母表面近傍にシクロヘキサンの吸着層の存在が確認できる。また、その電子密度分布から算出されたCTRデータと実験で得られたCTRデータの比較を図3(b)に示す。両者はほぼ一致していることから、図3(a)に示した電子密度分布は正しく解析されているものと考えられる。



図3 (a)純粋シクロヘキサンの場合に対する電子密度分布の解析結果、(b)その電子密度分布から算出したCTRデータと実験で得られたCTRデータの比較


今後の課題:

 今後、水飽和シクロヘキサンの場合に対する電子密度分布の解析を行い、鉱物-油界面の吸着構造の変化を評価する。また、より詳細な電子密度分布を評価するために、白雲母鉱物表面のカリウムイオンを考慮した解析を試みる。その後の課題として、液相を水飽和させたシクロヘキサンにした場合やそれに濃度が異なる塩が加わった場合の測定を実施し、分子動力学法シミュレーションを併用して界面における吸着構造の変化について検討する。


参考文献:

[1] Fenter, P. A., Reviews in Mineralogy and Geochemistry, 49, 149 (2002).

[2] Cheng L., Fenter P., Nagy K. L., Schlegel M. L. and Sturchio N. C., Phys. Rev. Lett. 87, 156103 (2001).



ⒸJASRI


(Received: May 8, 2015; Early edition: September 25, 2015; Accepted: December 11, 2015; Published: January 25, 2016)