Volume1 No.2
Section B : Industrial Application Report
新しい化粧品基剤の開発を目的としたリン脂質と高級アルコールの相互作用に関する研究
Study of Molecular Interaction between Phospholipids and Fatty Alcohols for the Development of New Cosmetic Products
aクラシエホームプロダクツ(株)ビューティケア研究所, b関西学院大学 理工学部 物理学科
aBeauty Care Laboratory, Kracie Home Products, Ltd., bDepartment of Physics, School of Science & Technology, Kwansei Gakuin University
- Abstract
化粧品基剤として期待される大豆由来水添リン脂質(フォスファチジルコリンがおおよそ70%含まれる:PC70)と高級アルコール(ヘキサデカノール:HD)混合物について、その構造特性を解明すべく、BL40B2にて小角広角同時X線構造解析実験を実施した。これまでに当混合物を特定の配合比(PC70:HD ≒ 1:2)で作製すると、高粘度のゲル状構造物が形成されることを報告してきたが[1-3]、今回、単成分脂質を用いた検討により、ゲル状構造物の形成にはフォスファチジルグリセロール(PG)などのリン脂質副成分が寄与していることが示唆された。また、製剤塗布後の構造変化を観察する目的で、当混合物を支持基板上に薄く塗布し、その構造の時間変化を解析したところ、シングル(単層膜)もしくはオリゴラメラから徐々にマルチラメラへと変化する過程が観察された。
キーワード: リン脂質製剤、高級アルコール、小角広角同時解析
背景と研究目的:
これまでに我々は、フォスファチジルコリンを主成分とする大豆由来水添リン脂質(PC70、主成分はジステアロイルフォスファチジルコリン:DSPC)に高級アルコール(ヘキサデカノール:HD)を添加して水溶液中に分散すると、非常に粘性の高いゲル状の構造物が形成されることを報告してきた[1-3]。この混合物は、比較的広い温度範囲にわたって適度な粘性を保持し、また化粧品製剤にとって重要な手触り感などの官能面でも優れており、化粧品基剤としての応用が期待されている。そこで今回、この製剤の構造特性、特にゲル状構造物の形成メカニズムを解明すべく、単成分リン脂質分子を用いてモデル系を作製し、種々のリン脂質が混合物の構造に与える影響を評価した。また同時に、手指上に塗布した際に生じる構造変化の知見を得るため、当混合物を基板上に展開し、その際に生じる動的な構造変化を小角広角同時X線散乱法にて解析した。
実験:
(試料) 全ての試料において、リン脂質と高級アルコールの合計脂質重量濃度が5 wt%、水分量が95 wt%になるように、またリン脂質と高級アルコールのモル濃度比が1:2になるように試料を調製した。リン脂質は、PC70、ジステアロイルフォスファチジルコリン(DSPC)、ジステアロイルフォスファチジルグリセロール(DSPG)を用い、上記の濃度比を満たすようにHDと混合して試料を調製した。調製後の試料を金属製のワッシャー及びカプトンフィルムで密封し、そのままSPring-8内に持ち込んで測定に供した。また、PC70とHDで調製した試料をX線が透過可能なポリイミド製の薄膜上にスパチュラで薄く展開し、入射光に対して45°程度の角度に傾けてそこに直接X線を照射して、乾燥過程に伴う製剤の構造変化を解析した。
(実験条件) 実験は全てSPring-8のBL40B2で実施した。カメラ長を60 cm程度、X線のエネルギーを16 keV、露光時間を30秒に設定して小角広角同時に散乱像を取得した。散乱ベクトルs(=(2/λ)sin(2θ/2))は、無水コレステロールの格子定数(3.39 nm)で校正した。検出器には広s領域の測定が可能なイメージングプレート(R-AXISⅦ)を採用した。実験は全て室温(25℃)で実施した。
結果および考察:
これまでの検討により、PC70とHDで構成される混合物にX線を照射すると、小角領域には6.3 nm(= 1/s)付近を中心とするブロードなピークが、広角領域には0.41 nm付近を中心とするシャープなピークと0.32 nm付近を中心とするブロードなピークが出現することが分かっている。小角領域の電子密度分布は、おおよそ系が2分子単層膜で構成されていることを示しており、また広角領域の散乱ピークは、単層膜の炭化水素鎖の領域全体が流動性の低い、硬いLβ相で構成されていることを示している(図1a)。これに対して、今回DSPC単体とHDで試料を調製し、そのX線散乱パターンを取得したところ、小角領域の散乱パターンよりマルチラメラ構造が形成されていることが明らかとなった(図1b)。またDSPC単体とHDで試料を調製した場合は、当混合物特有の高粘度のゲル状構造物も形成されないことがわかった。次にこの系に対して、DSPGをリン脂質中に30%程度添加したところ、マルチラメラ構造が消失し(図1c)、PC70の系と同じような高粘度の単層膜構造が出現することが確認された。以上の結果より、ゲル状構造物の形成にはDSPGのような副成分リン脂質の存在が重要であることが考えられ、単層膜構造体が互いに影響を及ぼし、ゲル状構造物を維持していることが推測された。
図1. リン脂質の副成分を変化させたリン脂質と高級アルコール混合物のX線1次元化散乱プロファイル
(a:PC70+HD、 b:DSPC+HD、c:DSPC+DSPG+HD)
次に、PC70とHDで構成される混合物をポリイミド上に展開し、乾燥過程における構造変化を解析した。展開直後に取得した散乱プロファイルは、当製剤を金属製のワッシャー及びカプトンフィルムに密封して取得した散乱プロファイルと一致しており、展開直後は元の構造状態を保持していることが確認された(図2a)。その後、連続的に散乱プロファイルを取得したところ、時間の経過に伴って、0.41 nm付近のピークは変化しないが、6.3 nm及び0.32 nm付近のピークは徐々に減少することが確認された(図2b)。これらの変化は製剤が乾燥することにより、Lβ相を保持したまま単層膜構造が崩壊していくことを示唆している。さらに長時間乾燥を継続したところ、今度は0.41 nm付近の脂質パッキング由来のピークが大幅に増加し、小角領域には7 nmの周期を持つ多層膜由来と思われるシャープな散乱ピークが出現することが確認された(図2c)。今後、さらなる解析が必要であるが、7 nmの周期構造形成のためには脂質2分子層だけでなく水の層も含まれる必要がある。これらの結果より、低水分量下では脂質の内部に水を閉じ込める両連続相を形成している可能性があり、当製剤を皮膚に塗布した際、水分量が低下するとより水分が蒸発し難いと考えられる平坦なマルチラメラ構造を形成する可能性が示唆された。
図2. 乾燥過程におけるリン脂質と高級アルコール混合物のX線1次元化散乱プロファイル
(a:乾燥直後、b:乾燥4時間後、c:乾燥7時間後)
今後の課題:
今回の検討により、ゲル状の構造物を形成するためには微量の酸性リン脂質の存在が重要であることが分かった。今後は、酸性リン脂質の量や種類、チャージの大きさなどが構造に与える影響を詳細に解析し、ゲル状構造物の形成に対するそれぞれの分子特性を明らかしていく予定である。さらに、ゲル状構造物そのものや当製剤の皮膚上での構造変化を明らかにすべく、X線による解析だけでなく、凍結割断観察や超薄切片観察なども合わせて実施していく予定である。
参考文献:
[1]Y. Nakagawa, Abstracts of 59th Divisional Meeting on Colloid and Interface Chemistry, the Chemical Society of Japan, 2006, P463.
[2]Y. Nakagawa, Y. Tomita, Y. Maruji, M. Saito, H. Nakazawa, S. Kato, Abstracts of IFSCC 2008 Congress,the International Federation of Societies of Cosmetic Chemists.
[3]Y. Nakagawa, H. Nakazawa, S. Kato, J. Colloid Interface Sci. 376(1), 146 (2012).
©JASRI
(Received: April 6, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)