SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

単一微小粒子の赤外線分光
Infrared Spectroscopy of Single Fine Particle

DOI:10.18957/rr.3.2.286
2011B1087 / BL43IR

周藤 浩士a, 森脇 太郎b, 池本 夕佳b

Hiroshi Sutoa, Taro Moriwakib, Yuka Ikemotob


a大学共同利用機関法人自然科学研究機構 国立天文台, b(公財)高輝度光科学研究センター

aNAOJ, bJASRI


Abstract

 単一の微小粒子に対する赤外線分光測定を試みた。測定の背景には、赤外分光スペクトルと粒子形状の相関を得る目的がある。本プロジェクトでは微小粒子サイズを1ミクロンオーダーとし、粒子組成にシリケイト(SiO2)を選んだ。測定波長帯は5ミクロンから25ミクロンである。本測定によりSiO2の9ミクロン帯にある吸収フィーチャーの一部観測に成功した。しかし、1ミクロンサイズの単一粒子に対しては、吸収フィーチャーの詳細を取得できるほどの信号強度は得られていない。詳細なフィーチャーの測定のためにはサンプルへの照射光輝度を高める必要がある。


キーワード: 赤外線分光、高空間分解、微粒子


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背景と研究目的:

 課題の背景には天文学への応用があり、星間あるいは星周に存在する固体微粒子の形状を探ることを目的としている。天文観測から、星間あるいは星周に存在する固体微粒子はサブミクロンからミクロンオーダーのサイズを持つと考えられている[1]。粒子形状については扁平であることが偏向観測結果から予想されるが、形状についての定量的な情報を得る手段が天文観測においては確立していない。微粒子の形状を判定する方法として、光と微粒子の相互作用で起こる振動の表面モード(Surface Mode)をプローブとして用いることが考えられる。本課題では表面モードによる赤外スペクトルから粒子形状を決める手法の可能性を探った。

 作用する光の波長に比べて、粒子のサイズが小さい場合(レイリー領域)には、光との相互作用は表面モードが卓越する。このモードは微粒子の形状によってその波長依存性(スペクトル)が変化する。このためスペクトル上に現れる散乱、吸収フィーチャーの形と位置が粒子形状に依存して変わる。マクロスケールでは粒子の分極率が形状依存性を持つと考えればよい。例として粒子形状が楕円体の場合であれば、真空中の分極率α[cm3]は次のモデルがよく使われる。

α = V (ε-1)/(1+L (ε-1))

ここでεは粒子組成物質の比誘電率、V [cm3]は粒子体積、Lが形状を決めるパラメータで、Lは楕円の軸長比によって0から1まで変わる。また、実測では立方形状のMgO粒子について球形状粒子の場合のフィーチャーとの差が波長20ミクロン近傍で確かめられている[2]。したがって、粒子形状とその光スペクトル上のフィーチャーとの相関を確立できれば、天文観測によって得られる粒子スペクトルのフィーチャーから、それら粒子の形状を判定することが可能になる。この戦略は赤外線領域でのみ可能である。なぜなら、表面モードが卓越するためには光波長が粒子サイズより大きくなければならず、星間あるいは星周の固体粒子サイズはサブミクロンであることから光波長はミクロン以上が要求されるからである。また星間あるいは星周に存在する酸化物微粒子が赤外線領域に強い発光または吸収フィーチャーを持ち、観測上も赤外線領域に情報が集中しているため、赤外波長での物性情報は直接の応用が可能である。

 一方、このような微粒子測定で以下の障害がある。粒子のサイズと形状が均一な粒子集団を用意することが難しい。また球状粒子のように、均一な集団が用意できる場合でも、サイズが微小なため粒子同士が凝集を起こしやすく、規定のサイズと形状が実効的に保てない。したがって、サイズと形状が正確に特定できる単一の粒子に対して測定する必要がある。この場合、粒子はミクロンオーダーと微小なので、波長以下のサイズの領域に光量を集中させなければならず、通常より高い輝度が要求される。赤外カメラを使った予備調査の結果では、BL43IR焦点部では波長10ミクロン(波長幅0.01ミクロン)において、面積25平方ミクロンあたり毎秒109個の光子が到来していた。後方光学系で数ミクロン程度のサイズにこの光子数が集光できればミクロン粒子の分光測定が可能と期待される。


実験:

 分光装置はBL43IRポート付属のフーリエ顕微分光装置(Bruker社製)を使用した。フーリエ内スキャンミラーのスキャン回数は1024回、1ショット5分程度を典型的積分時間とした。赤外線検出にHgCdTe素子(感度波長1〜26ミクロン、液体窒素冷却)を使用した。ダイヤモンド基板あるいはGe基板(いずれも測定域の赤外線領域に対して透過性を持つ)にのった微粒子サンプルを顕微鏡焦点部に導引し、サンプルの透過スペクトル検出を試みた。顕微鏡上部の再結像面には可変スリットが設けられており、このスリットサイズを調整することで、サンプルとその近傍のみの像光(サンプル面上視野サイズ:3×3[um2]以下)を後方光学系に通すようにした。サンプル測定直後にサンプル近傍のオフ点を測定し、オン点とオフ点の比でスペクトルを算出している。

 サンプルは入手性、製作性の容易さからSiO2を組成として選び、SiO2の持つ波長9ミクロン近傍の吸収フィーチャー(Si-O間伸縮振動を起源とする)を検出のターゲットとした。サンプルは2種類用意し、市販のSiO2球状微粒子(サンプル1)と、Ge基板上のSiO2膜(厚さ0.5ミクロン)をエッチングすることで成型した微粒子(サンプル2)を測定対象にした。いずれも非晶質である。サンプル1の場合、ダイヤモンド基板上に散布後、加熱によって溶液を蒸発させ、顕微鏡下で単一粒子と凝集粒子をCCD画像から選別し、単一粒子に対しての測定を試みた。サンプル2のエッチングによる形成では、マスクパターン形状を変えることによって、種類の異なるサイズと形状の粒を用意した。これもCCD画像を使って所望の単一サンプルを焦点位置へセットした。今回は円柱状のサンプルについての結果を次節で示す。測定諸元を表1にまとめた。



図1 サンプルの顕微鏡下写真、左がThermo社製SiO2球状粒子を分散させたときの像、右がSiO2膜エッチングにより生成した粒の例。エッチング生成では複数の形状を形成した。


表1 測定諸元


結果および考察:

 サンプル1についての結果を図2上側に示す。図中の青線が単体粒子に対する結果、それ以外は数個のSiO2粒子が凝集した場合の透過スペクトルとなっている。いずれも波長9ミクロン前後に吸収フィーチャーが認められた。本課題の場合は単一粒子に対するフィーチャーが精度よく検出できねばならない。実測結果では、フィーチャー検出は可能となっているが、吸収の深さが1%オーダーでしかなく、フィーチャーの位置、形状の特徴を精度よく求めることはこのままでは困難である。吸収深さが1%しかないことから、粒子と作用していない背景光が信号のほとんどを占めていると思われる。この原因としては、顕微鏡焦点部での輝度集中が十分でないことと、回折による光のまわりこみによって、サンプル周囲の背景光が顕微鏡上部スリットを透過して検出器まで到達していると考えられる。

 サンプル2についての結果を図2下側に示す。直径1ミクロン(青線)のサイズではフィーチャーは検出できておらず、直径10ミクロンでもS/N比はサンプル1より劣る。この原因はサンプル1と同様背景光のまわりこみの影響があると考えられる。加えて、サンプルの高さが0.5ミクロンと制限されていることと、基板がGeのため表面反射による光損失が大きいことも要因になっていると考えられる。また、エッチングによる形成の場合は膜厚からくる高さ制限、エッチング可能な膜材質、入手可能な基板材質など制限が強く、多くの物質について調べることが困難なことも問題となる。

 いずれも1ミクロンサイズ粒子に対しては背景光の影響が大きいが、これに対して再焦点面でのスリット開口を狭くして背景光を落とす方法では、粒子と作用した光も削ることになりフィーチャーの信号強度も落としてしまう。また波長に比例した回折による像の広がりは原理上さけられない。したがって、本課題のためには、粒子と作用する光量そのものを増やすことが重要であり、焦点部の輝度を高める手段を別途導入する必要があると考えている。また、検出素子HgCdTeの温度をより下げて感度を上げることも有効である。



図2 上側:SiO2球状粒子(直径1ミクロン)の9ミクロン近傍の吸収フィーチャー。青線が粒子単体によるもの、それ以外は2個(緑)、3個(赤)、4個(薄青)が凝集した場合のもの。黒色縦線は波長12ミクロン以下と12ミクロン以上での計測データエラーの最大値評価。

下側:エッチング形成によるSiO2円柱状粒子(高さ0.5ミクロンによる)9ミクロン近傍の吸収フィーチャー。直径1ミクロン(青線)6ミクロン(緑線)と10ミクロン(赤線)によるもの。黒色縦線は波長10ミクロン以下と10ミクロン以上での計測データエラーの最大値評価。


今後の課題:

 サイズ1ミクロンオーダーの単体微粒子に対しては、スペクトル上のフィーチャーを十分なS/N比で取得するのは現状では難しく、本課題の目的に対しては、輝度を高くする必要があると考える。このためには、補償光学技術[3]による光波面の矯正が考えられる。真空ポンプの機械振動で発生する波面のティルトと、現実の光学鏡が理想光学反射面からずれていることによる波面の高周波成分とを可視光を使ってモニターし、これをMEMS(Micro Electro Mechanical Systems:微小電気機械システム)あるいは金属薄膜による可変形鏡を使って補正することで、理想波面による輝度の高い焦点像を得ることができると考える。粗い予想では、現状の2倍以上の輝度増加が見込める。加えて、素子感度を上げることも可能である。現状の液体窒素冷却を、減圧によって固体窒素冷却とし、HgCdTe赤外検出素子温度をさらに20 K程度下げることで、感度は2倍以上向上する。波面矯正と感度向上により、今より4倍の測定感度の上昇が期待できると予想する。

 また、これらとは別に、エバネッセント光を使っての微小体の散乱スペクトルを測る方法も有効である可能性がある。これについては現在BL43IRでの開発が行われている。


参考文献:

[1] J. S. Mathis, W. Rumpl, K. H. Nordsieck, Astrophysical Journal. 217, 425 (1977)

[2] F. Bohren and D. R. Huffman, Absorption and Scattering of Light by Small Partilces. Wiley, 2004. Chapter 12

[3] R. Q. Fugate, Handbook of Optics Volume V, Chapter 5, McGrawHill, 2010



ⒸJASRI


(Received: December 13, 2014; Early edition: March 25, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)