SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

GISAXS/GIWAXDのその場測定による溶媒蒸発過程における結晶性バイオベースポリマーの高次構造形成プロセスの解析
GISAXS/GIWAXD Analysis of Polymer Higher Order Structure Formation Process for Crystalline Bio-base Polymers during the Solvent Evaporation Process

DOI:10.18957/rr.3.2.298
2011B1322 / BL40B2

松隈 大輔a,b, 渡邊 宏臣a,b, 星野 大樹a,b, 篠原 貴道a, 菊地 守也a,b, 高原 淳a,b

Dasiuke Matsukumaa,b, Hirohmi Watanabea,b, Taiki Hoshinoa,b, Takamichi Shinoharaa, Moriya Kikuchia,b, Atsushi Takaharaa,b


a九州大学 先導物質化学研究所, bJST ERATO高原ソフト界面プロジェクト

aInstitute for Materials Chemistry and Engineering, Kyushu University, bJapan Science and Technology Agency (JST), Exploratory Research for Advanced Technology (ERATO), Takahara Soft Interfaces Project


Abstract

 結晶性バイオベースポリマーであるポリ乳酸(PLA)の溶媒蒸発下における結晶構造形成過程を、SPring-8 BL40B2の微小角入射X線散乱/回折(GISAXS/GIWAXD)測定により明らかとした。この目的のため、その場観測用のステージを新たに開発し、溶媒揮発過程における散乱/回折プロファイルを経時取得に成功した。詳細な解析の結果、溶媒分散状態から固化過程において、PLA薄膜中の結晶サイズは増大してはおらず、時間と共に同程度の結晶核と微結晶の数が増加していることが明らかとなった。


キーワード: 結晶性高分子、ポリ乳酸、微小角入射X線小角散乱/広角回折、溶媒揮発過程、その場観測


Download PDF (1.61 MB)

背景と研究目的:

 地球温暖化による環境の悪化や石油資源枯渇が問題視される中、結晶性高分子であるポリ乳酸(PLA)は、その生体適合性・生分解性により環境低負荷なバイオマス由来の樹脂材料として注目されている。PLA分子鎖の結晶構造はその材料特性(例えば機械的特性・分解性)を大きく左右することが知られているが、PLAは一般に結晶性が低くまた結晶化速度も遅く、実用材料としての利用を妨げる要因となっている。異種有機材料や核剤などの添加による結晶形成の促進が検討されているものの[1]、実際の結晶化過程、即ち溶液状態から固化過程におけるPLA膜の高次構造形成過程は完全には明らかになっておらず、必ずしも効率の良い結晶化の促進がなされているかは不明である。

 そこで本研究では、PLAのキャストフィルム形成過程における構造変化をその場観測することにより、“溶媒蒸発下における高次構造形成過程の解明”という材料デザインのための基礎的知見の獲得を目指した。具体的には、基板上にキャストしたPLA溶液の溶媒揮発過程における微小角入射X線散乱/回折(GISAXS/GIWAXD)プロファイルの経時追跡を行うことにより、PLAの結晶構造形成過程を評価した。また本実験遂行に必要な溶媒揮発過程観測用試料ステージは、実験者らが新たに試作したので、その設計についても述べる。


実験:

溶媒揮発過程観測用試料ステージの設計(図1)

 溶媒蒸発のスピードは温度や湿度に大きく依存するため、これをコントロールする目的でアルミ材を用いて密閉系の溶媒揮発過程観測用試料ステージを新たに設計した。高さ75 mm、直径115 mmの円筒型アルミに対し、φ20 mm(X線入射側)の丸窓と30 mm×35 mm(検出器側)の角窓を90°回転に対して対称となるように貫通させ、X線の透過経路とした。それぞれの窓は芳香族ポリエーテルケトン(PEEK)薄膜でシーリングし、さらにX線透過におけるエネルギー減衰を防ぐために円筒内をHeガスで満たした。サンプル溶液の滴下は、円筒の上部に設けた高さ10 mm、外径7 mm、内径5 mmの貫通穴から行った。



図1 ビームラインセットアップの概略と溶媒揮発過程観測用セルの外観


溶媒蒸発過程におけるGISAXS/WAXDのその場観測

 0.2 wt%に調整したPLA(Nature works社製, Mw = ~92,000, MWD = 1.99, L体/D体比 = 98.5%)溶液(溶媒:THF)300 µLをセル内に設置した1 inchシリコンウエハ上にキャストし、時間経過に伴う回折・散乱プロファイルを90秒ごとに測定した。観測セットアップは以下の通りに設定した:X線波長:0.08 nm、入射角:0.10°測定時間:60秒、カメラ長:582.4 mm、検出器:IP、Heガスフロー:50 mL/min。


結果および考察:

溶媒揮発過程観測用試料ステージの試作と実験セットアップ

 筆者らが作成した溶媒揮発過程観察用セルの外観とビームラインのセットアップの概略を図1に示す。作成した円筒型セルをX線透過経路上に設置した。検出器側に30×35 mmの角窓を採用することで、Imaging plateの検出領域で十分に利用可能であることを確認した。実際の測定では、キャスト溶媒であるTHF(テトラヒドロフラン)の揮発速度を早めるため、50 mL/minの速度でHeガスをフローした。Heガスはバブラーを通過後にビニールバッグに回収した。


溶媒揮発過程におけるPLA結晶構造のその場観測

 図2には、所定時間におけるGIWAXD(in-plane)パターン(横軸は散乱ベクトルq = 4πsinθ/λ)を示す。PLAの結晶構造(α form)に由来する明確な回折ピークが時間経過と共に観測され徐々に増大していることから、結晶化挙動は本測定のタイムスケールで充分に追跡できることが明らかである。さらにこの挙動はサンプル毎で同じであり、これは新たな試料ステージを用い密閉系とすることにより再現性が向上したためと考えられる。溶媒揮発の初期過程においてみられるq = 14 nm-1付近のブロードなピークは、時間経過とともに低下し一定時間経過の後に消失しており、またPLAを含まないブランクの実験でも同様に観測されたことから、溶媒由来の散乱と考えられる。



図2 溶媒揮発過程におけるPLA(in THF)のin-plane GIWAXDプロファイル


 次にPLAの結晶構造形成過程の評価を目的として、結晶格子(110)/(200)に由来するq = 11.8 nm-1の回折ピークに着目して更なる解析を行った。図3にはこの回折ピークの相対強度の時間変化を示す。相対強度は時間経過とともに増大し、所定時間経過の後に一定となっていた。加えて、840 s以後に観測された回折ピークの半値幅はほぼ一定であった。このことから、溶媒分散状態から固化過程におけるPLAの結晶化において、時間経過により結晶サイズが増大するのではなく、結晶核および同程度のサイズの微結晶の数が増加することが示唆された。



図3 結晶形(110)/(200)相対ピーク強度の時間変化プロット


 以上のように、溶媒揮発過程における回折パターンを追跡することで、PLAの高次構造形成過程を評価することができた。本手法は、PLAのみならず、他の結晶性高分子にも適用可能な測定手法であり、高分子固体膜の高次構造制御に有用な基礎知見を得ることが可能となる。


今後の課題:

 PLAの結晶構造形成は、用いる溶媒組成や揮発速度によって変化することも考えられるため、様々な条件を検討することができれば、より深い知見を得ることができると考えられる。さらに、PLA以外の結晶性高分子に同様のセットアップを適用し、高次構造形成過程を評価することができれば、本手法の高い汎用性を示すことができると考えられる。


参考文献:

[1] Y. Song, K. Tashiro, D. Xu, J. Liu, Y. Bin, Polymer 54, 3417, (2013).



ⒸJASRI


(Received: January 26, 2015; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)