SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

軟X線3次元角度分解光電子分光によるGdTe2の本質的な電子状態の研究
Soft x-ray Three-dimensional Angle-resolved Photoemission Study of GdTe2

DOI:10.18957/rr.3.2.360
2011B3877 / BL23SU

伊藤 孝寛a,b, 丹羽 亮輔a, 羽尻 哲也a,c, 志村 祐亮a, 木村 真一c,d,e, B. M. Mingf, Y. S. Kwonf

Takahiro Itoa,b, Ryosuke Niwaa, Tetsuya Hajiria,c, Yusuke Shimuraa, Shin-ichi Kimurac,d,e, B. M. Mingf, Y. S. Kwonf


a名古屋大学工学研究科、 b名古屋大学シンクロトロン光研究センター、 c分子科学研究所極端紫外光研究施設、 d大阪大学理学部、 e大阪大学大学院生命機能研究科、 f韓国DGIST

aGraduated School of Engineering, Nagoya University, bNagoya University Synchrotron radiation Research Center, Nagoya University, cUVSOR Facility, Institute for Molecular Science, dDepartment of Physics, Graduate School of Science, Osaka University, eGraduate School of Frontier Bioscience, Osaka University, fDepartment of Emerging Materials Science, DGIST


Abstract

 希土類カルコゲナイド系は電荷密度波状態を示す典型系として知られている。今回我々は半導体的な物性を示すGdTe2における本質的な電子状態を明らかにすることを目的として高分解能軟X線角度分解光電子分光(SX-ARPES)を行った。その結果、Γ点近傍におけるホール面を形成するバンド分散を観測することに成功した。観測されたバンドはフェルミ準位近傍において強度が抑制されることから、フェルミ面ネスティングによる電荷密度波ギャップを伴う状態に帰結されると考えられる。また、バンド構造のバルク敏感性に伴う違いから、VUV-ARPESにおいて観測される金属的なバンド分散が表面バンドに由来する可能性が示唆される。


キーワード: 希土類カルコゲナイド、軟X線3次元角度分解光電子分光、電荷密度波 (CDW)


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背景と研究目的:

 高温超伝導体に代表される強相関電子系材料における様々な機能性 (超伝導、磁性) は、電子状態の低次元性に由来する異方的な電子—スピン間相互作用にその起原をもつと考えられている。即ち、材料における相互作用を知ることは、新たな機能性材料を創造する上で最も直接的なアプローチである。角度分解光電子分光法 (ARPES) は、相互作用を受けた電子 (準粒子) を直接観測することで伝導および磁性に関わる相互作用を明らかにできる強力な実験手法であり、超伝導ギャップ対称性の決定からディラック粒子の直接観測まで多様な機能性のメカニズム研究において中心的な役割を果たしている。特に最近になって注目されているARPESの応用事例として、電荷 (スピン) 密度波 (CDW (SDW)) 形成に伴う電子状態変化〜長周期折り返し構造と密度波ギャップの形成〜の直接観測があげられる。この背景には、鉄系高温超伝導体におけるSDW状態の解明とその高温超伝導との関連の解明という目的がある[1]

 希土類カルコゲナイド系は、ARPESを用いて密度波形成に伴う電子状態 (フェルミ面、バンド構造) における長周期構造の直接観測が最も盛んに行われている系である[2, 3]。しかしながら、これまでの研究は表面敏感な真空紫外領域におけるものに限定されており、その系統研究も不足していることから、この系における電荷密度波が異常物性に果たす本質的な役割については未だ明らかになっていない現状にある。

 これまで我々は、分子科学研究所UVSOR-II BL5Uにおける真空紫外光 (VUV) を用いたARPES測定から、GdTe2のバンド構造の観測に成功しており (Fig.1 (a))、Γ点近傍のホールポケットとX点近傍の電子ポケットがネスティングベクトルqNにより折り返しバンドを形成し、400 meV程度のバンドギャップの形成を示唆する結果を得ている (Fig.1 (b)、(c))。しかしながら、折り返しバンドを形成しないバンドによる金属的なフェルミ面が同時に観測されていることから、表面の影響がバンド構造に与える影響を明らかにすることが必要不可欠であると考えている。

 そこで今回我々は、希土類カルコゲナイド系の中でも「半導体的」な物性を示すことから比較的大きな電荷密度波ギャップが形成されることが期待されているGdTe2における、表面の影響を受けないバルクの「本質的な電子状態」を明らかにすることを目的として、この系における高分解能軟X線 (SX) ARPES測定を行った。


実験:

 実験はBL23SUにおける角度分解光電子分光装置[4]を用いて行った。励起光はVUV-ARPESにより見積もられたインナーポテンシャル (V0 = 8.3 eV) からΓ点に対応すると考えられる励起エネルギー = 600 eVを用いて、エネルギー分解能はΔE 〜 150 meVに設定した。測定時の試料温度はT = 10 Kである。ARPES測定に必要な清浄試料表面は高品質GdTe2単結晶試料を超高真空下で劈開することにより得た。


結果および考察:

 Fig.1(d)に、SX-ARPES強度プロットにより得られたGdTe2のΓX方向におけるバンド構造を示す。分散形状を見やすくするために、Fig.1(e)に、MDC (momentum distribution curve: 光電子強度の運動量分布) およびEDC (energy distribution curve: 光電子強度のエネルギー分布) の2回微分強度の足しあわせにより得られたバンド構造を同時に示してある。得られたバンド構造から、Γ点近傍におけるホール的な分散が観測されていることが分かる。また、観測されたホール的な分散は400 meV近傍からその強度が抑制されることが明らかになった。SX-ARPESにおいて観測されたバンド強度の抑制は、フェルミ面ネスティングに伴うCDWギャップ形成 (Fig.1(c)) に帰結されると考えられる。また、SX-ARPESにおけるフェルミ準位近傍 (EF - 400 meV) の強度抑制は、表面敏感なVUV-ARPESにおけるものに比べて大きいことを見出した。ここで、光電子の平均自由行程は、SXおよびVUVにおいてそれぞれ < 10 Å および ~ 20 Åと考えられる[5]。この結果は、強度を抑制しながら金属的なフェルミ面を形成する分散が、表面の影響に起因する可能性を示唆している。



Fig.1. (a) Band structure of GdTe2 along ΓX high-symmetry line obtained by VUV-ARPES experiment.(b) The schematics of Fermi surface nesting on GdTe2. (c) Detailed band structure around the Fermisurface nesting point of GdTe2. (d, e) ARPES (averaged MDC and EDC second-derivative) intensity (d) and intensity (e) image of GdTe2 along ΓX high-symmetry line obtained by SX-ARPES experiment, respectively.


今後の課題:

 GdTe2におけるSX-ARPESの結果、Γ点近傍のホール分散において、フェルミ面ネスティングに由来するCDWギャップ形成に起因すると考えられる強度抑制の観測に成功した。一方で、明確な折り返しバンドが観測されておらず、バルク敏感な軟X線を用いても金属的なバンド分散は依然として観測されているなどの問題点が残されている。今後、更なる高励起エネルギーを用いたバルク敏感性の向上や、表面劣化に伴うスペクトル変化の検討などを行うことで、電荷密度波形成に伴う電子状態変化のメカニズム解明に繋げたいと考えている。


参考文献:

[1] T. Hajiri, T. Ito, R. Niwa, M. Matsunami, B. H. Min, Y. S. Kwon and S. Kimura, Phys. Rev. B 85 (2012) 094509.

[2] T. Ito, H.J. Im, S. Kimura and Y.S. Kwon, J. Mag. Magn. Mater. 310 (2007) 431.

[3] R. G. Moore, V. Brouet, R. He, D. H. Lu, N. Ru, J.-H. Chu, I. R. Fisher and Z.-X. Shen, Phys. Rev. B 81 (2010) 073102.

[4] A. Yokoya, T. Sekiguchi, Y. Saitoh, T. Okane, T. Nakatani, T. Shimada, H. Kobayashi, M. Takao, Y.Teraoka, Y. Hayashi, S. Sasaki, Y. Miyahara, T. Harami and T.A. Sasaki, J. Synchrotron Rad. 5 (1998)10.

[5] S. Tanuma, C. J. Powell and D. R. Penn, Surf. Sci. 192 (1987) L849.



ⒸJASRI


(Received: January 21, 2015; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)