SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

Si系負極の充放電過程解析手法の探索
X-ray Analysis on Li Insertion Mechanism of Si Anode

DOI:10.18957/rr.3.2.363
2011B4511,2011B4605 / BL15XU

伊藤 仁彦, 久保 佳実, 松下 能孝, 吉川 英樹, 坂田 修身

Kimihiko Ito, Yoshimi Kubo, Yoshitaka Matsushita, Hideki Yoshikawa and Osami Sakata


(独) 物質・材料研究機構

National Institute for Material Science


Abstract

 シリコン(Si)を含む負極(Si系負極)において、1度充電すると次の放電以降の電池容量が減少するいわゆる不可逆容量の問題があり、その原因と解決策を探るため、放射光を用いた分析手法として粉末X線回折(XRD、課題番号2011B4511)および硬X線光電子分光(HAXPES、課題番号2011B4605)の適用試験を行った。その結果、XRD実験では初回充電でSi系負極中のSiナノ結晶が破壊される状況を捉え、HAXPES実験ではSi中にリチウム(Li)が侵入し化学状態が変化している可能性を観測した。


キーワード: シリコン負極、リチウムイオン電池、粉末X線回折、硬X線光電子分光


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背景と研究目的:

 2次電池のさらなる大容量化に対応できるリチウムイオン電池用電極材料の研究開発が加速されている。炭素負極に代わる新電極材料としてSi系負極が候補の1つとされている。Siそのものを用いた場合にはLiとの合金化により理論的には炭素系負極よりも大幅な大容量化が期待される。その一方、Si単体では体積変化が大きく実用化が困難とされるため、SiO2マトリックス中にナノサイズのSi結晶を大量に含む粒子を分散させる方法が提案されている。この方法によれば、SiとLiの合金化に伴う大きな体積膨張がSiO2マトリックスにより緩和される効果が認められるが、初回充電時の容量損失が大きいという課題がある。この課題解決の可能性のある分析手法として、Li挿入・脱離に伴う結晶構造の変化をトレースできる方法としてX線回折法(XRD)を、また表面被膜や導電付与材を透視し活物質内部のSiの化学状態を分析しうる方法として硬X線光電子分光(HAXPES)手法を試験した。


実験:

 試料はSiO2マトリックス中に数 nmサイズSi結晶が分散された平均粒径5 µm粉末をCu箔上にバインダとともに塗工したもので、未使用電極と、1M LiPF6/エチレンカーボネート/ジエチレンカーボネート電解液中、対極をLi箔としてLi挿入(充電)を行った電極試料を準備した。Li挿入操作は0.01 C程度の電流密度にて、金属Liの電析を回避するため対極Liに対し+5 mVに達した段階で停止した。

 XRD実験はSPring-8 BL15XUにて室温で実施した。充放電操作を行った後、電極から活物質を粉体として採取し、メノウ乳鉢にて粉砕した後、ガラス・キャピラリー中に封止した状態で測定した。粉末法を選択した理由は利用が容易であることと、充放電操作後は集電体から活物質が剥がれやすく、集電体から粉体として採取し分析することが必要だったことと、ガラス封止のように、試料の大気成分への曝露を回避できる容器が必要だったからである。試料採取・充填作業は露点管理されたグローブボックス内で行い、開口部をエポキシ樹脂やカプトンテープにて仮封止した後、大気中に取り出してガスバーナーで一部を溶融し封止した。尚、本実験に用いたX線波長は0.65297 Åであった。

 Li充電動作後の活物質内の化学状態は、同じくSPring-8 BL15XUにて、硬X線光電子分光(HAXPES)で調べた。照射X線エネルギーは5950 eVである。ミクロン以上の粒が多く、硬X線でもその内部を調べることが難しい可能性があったので、粒内部からの信号をより強く検出するために、一部塗膜から採取した粉体を乳鉢で粉砕した試料についても測定を行った。塗膜、粉体試料を試料ホルダにとりつける作業は露点-40℃以下のAr雰囲気のグローブボックス内で実施し、プラスチック製密閉容器に移してグローブボックスから試料導入室まで搬送した。XPS試料導入室にはビニール製のグローブバッグを準備し、試料導入室経由でバッグ内を排気する操作とArガスを満たす操作を3回以上繰り返した後、バッグ内部で密閉容器を開封して、5分以内に試料ホルダの装填と排気を開始した。


結果および考察:

 本報告では、未使用電極と最初に電気化学的に充電(Li挿入)を行った後の状態変化について述べる。まず、Liを挿入(充電)操作前のXRDパターンと、Li挿入操作後の典型的なXRDパターンを図1に示す。図1(a)の▼で示す回折線はすべてSi結晶からの、■はガラス(SiO2)由来の回折である。図1(b)から、ナノメートルサイズのSi結晶からの回折パターンが、Li挿入によって消失することがわかる。この後の充放電の繰り返しや、充電状態の変化によっても、Si結晶からの回折線の再出現、あるいはLi-Si合金(シリサイド)からの回折線の出現は観測されなかった。時折、LiOHの回折線が顕著に観測されたが、これはガラス・キャピラリーの封止をはじめとした試料のハンドリングが不十分で、水分が混入したことが原因であることがわかっている。



図1.充電に伴うXRDパターンの変化

(a) 未使用電極、▼:Si、■:SiO2

(b) 初回Li挿入後


 次にSi 1sのHAXPES結果について図2に示す。図2(a)が未使用電極の結果で、SiO2とSi起因の2つのピークがはっきりと分離して現れている。図2(b)中の赤線で示したスペクトルが充電後塗膜のまま表面から測定したデータ、青が塗膜から採取した粉体試料のデータである。未使用電極では1845 eVにある主ピークがLi挿入操作により1842~1843 eVまで低エネルギー側にシフトしている。また粉体試料の場合は、青い矢印で示したようにすべての試料で0価Siより低エネルギー(1839 eV)にピークが現れることがわかった。充放電操作の繰り返しや、充電状態を変化させても、XRDパターンと同様スペクトル形状はほとんど変化しないことが確認できた。



図2.充電に伴うSi 1sのXPSの変化

(a)未使用電極、(b)初回Li挿入後

赤線:充電後塗膜のまま表面から測定した結果、青線:塗膜から採取した粉体試料を測定した結果


 まずXRDの結果から、Li挿入操作によってナノメートルサイズのSi中にLiが侵入し、Si結晶構造が崩れると考えられる。一方、HAXPESにおけるSi 1sのメインピークの振る舞いから、マトリックス中にもLiは侵入しており、また粉砕した試料のスペクトルからSiの幾らかが負の電荷を有していると推測される。しかし、例えば、Obrovacらは電極電位を対Liで0 Vまで下げると結晶性のLiシリサイドが検知されることを報告しており[1]、本報告では局所的な金属Li電析を回避するため5 mVでLi挿入を停止しているから、彼らの結果とは矛盾しない。しかし、充電状態の変化に対するシグナル変化が小さい原因については未解明の点が多い。マトリックスが硬いため、機械的なストレスにより結晶化が阻害されている可能性も考えられる。また、予備実験において、純度の高いLiシリサイドは特に酸素と反応しやすいという結果が得られており、活性なSi結晶の体積が小さいので、マトリックス中よりは少量だが、ナノサイズのSiにLiが侵入することで周囲の酸素をとりこんだ状態で安定化してしまうといった可能性も考えられる。解明のためには微視的に化学状態まで分析できる手法が必要となっている。


今後の課題:

 本実験で用いた実用的な系で、しかも電池反応として活性な領域がナノメートルサイズの場合は、不可逆化の原因を究明するハードルは極めて高いことが確認されたので、まず可能な限り酸素の影響のないLi-Si合金の基礎的な物性理解を進めるべく準備を進めている。また純度の高いLi-Si合金は酸素との反応性がきわめて高いことから、ハンドリング環境に残留するわずかな酸素でも表面は酸化するため、環境自体の改善に加え、化学状態の分析評価手法としてよりバルク敏感な手法を探索している。例えば、HAXPESよりも表面から深い位置の情報を得ることができるよう、軟X線のSi K吸収端スペクトル測定等を試験している。


参考文献:

[1] M. N. Obrovac and L. Christensen, Electrochem. Solid-State Lett., 7 (2004) A93-A97.



ⒸJASRI


(Received: January 14, 2015; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)