SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

L-フェニルアラニン水和物結晶の粉末結晶構造解析
Structure Determination of L-phenylalanine Hydrate Crystal from Powder Diffraction

DOI:10.18957/rr.3.2.366
2011B5962 / BL32B2

柏木 立己a, 宮野 博a, 秋山 広明b

Tatsuki Kashiwagia, Hiroshi Miyanoa, Hiroaki Akiyamab

 

味の素株式会社 aイノベーション研究所, bバイオファイン研究所

aInstitute for Innovation, bResearch Institute for Bioscience Products & Fine Chem, Ajinomoto Co., Inc.

 

Abstract

 L-フェニルアラニンの水和物結晶の粉末結晶構造解析を実施した。粉末回折データはSPring-8のBL32B2で収集した。結晶の空間群はP21、格子定数はa= 13.79(1) Å、b= 5.427(8) Å、c= 12.13(2) Å、β=100.078(3)°であった。非対称単位中には2個のL-フェニルアラニン分子と1個の水分子が含まれ、疎水性の層と親水性の層が交互にa軸方向に重なり合う構造をとっていた。


キーワード: L-アミノ酸、L-フェニルアラニン、水和物結晶、ab initio粉末結晶構造解析


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背景と研究目的:

 L-フェニルアラニン(L-Phe)は、タンパク質を構成する20種のL-アミノ酸の1つである。L-Pheの結晶多形に関しては、無水物結晶(ICDD PDF番号:00-037-1771)と水和物結晶(ICDD PDF番号:00-021-1813) の存在が知られている。無水和物結晶が平板あるいはリン片状の結晶であるのに対し、水和物結晶は非常に微細な針状結晶である。水和物結晶は固液分離性が悪く母液の粘度上昇・発泡増加の原因ともなるため、工業晶析における取扱性においては無水物結晶の方が優れている。これらのL-Pheの各結晶形の結晶構造は、未だに明らかにされていない。無水物結晶は、十分なサイズの板状晶が容易に得られ、格子定数に関する報告もあるが[1]、結晶内での構造の乱れに起因すると推定される回折能の悪さのため構造解析には至っていない。また水和物結晶は微細な針状結晶しか得られず、やはり単結晶構造解析には成功していなかった。L-Pheの各結晶形の物性の違いに関する構造的な知見を得るべく、SPring-8のBL32B2にてL-Phe水和物結晶のab initio粉末結晶構造解析を実施した。

 

実験:

 L-Phe水和物結晶の粉末試料は、直径0.7 mmのガラスキャピラリーに封入し測定に供した。SPring-8のBL32B2に設置されたR-AXIS V型イメージングプレート検出器(リガク社製)を用いて粉末回折データを収集した。X線の波長を1.0000 Åに設定し、試料から検出器までの距離330 mm、振動角80.0°、露光時間160秒の条件で測定を実施した。指数付及び初期格子定数の決定には、プログラムパッケージMaterial StudioのX-cellプログラムを用いた。次にMaterial Studioを用いたPawley法により、格子定数の精密化及び空間群の決定を行った。初期構造の決定にはプログラムFoxを用いた。最後にMaterial Studioを用いたRietveld法による構造精密化を完了させた。

 

結果および考察:

 図1にL-Phe水和物結晶のX線粉末回折データを示す。粉末結晶構造解析が実施可能な質のデータを取得することができた。

図1 SPring-8 BL32B2で測定されたL-Phe水和物結晶の粉末X線回折データ

実測値を赤点線、計算値を青実線、理論上で回折ピークが現れる角度を緑色バーで表示した。

 

 このL-Phe水和物結晶の粉末X線回折データを用いてab initio粉末結晶構造解析を実施した結果、化学的・結晶学的に矛盾のない構造に収束し、L-Phe水和物結晶の結晶構造が決定されたと判断した。結晶の空間群はP21、格子定数はa= 13.79(1) Å、b= 5.427(8) Å、c= 12.13(2) Å、β=100.078(3)°であった。現時点での構造では、非対称単位中には2個のL-フェニルアラニン分子と1個の水分子が含まれており、1.5 Å分解能までのデータを用いたRietveld法による構造精密化の結果、Rwp値は0.081、Rp値は0.164となっている。

 図2にL-Phe水和物結晶の結晶構造を示す。水和物ではあるが、L-Pheの結晶多形においては、初めて明らかにされた結晶構造である。L-Phe水和物結晶は、L-Phe分子の側鎖のベンゼン環がスタッキングした疎水性の層と、L-Phe分子のアミノ基・カルボキシル基と水分子が緊密な水素結合のネットワークを形成する親水性の層が、結晶のa軸方向に交互に繰り返す構造をとっていた。L-Phe蟻酸塩[2]、L-Pheリンゴ酸塩[3]の結晶も、こうした疎水性層と親水性層が繰り返す様式の結晶構造を構築している。結晶のパッキングの観点では、L-Phe水和物結晶は、これらのL-Phe有機酸塩と類似した結晶構造をとっていることが明らかとなった。

図2 L-Phe水和物結晶のパッキング図

 

今後の課題:

 L-Phe水和物結晶中の水素結合ネットワークをより詳細に解析するために、同結晶粉末の中性子粉末結晶構造解析を実施する。J-PARC(大強度陽子加速器施設)の物質・生命科学実験施設に設置された茨城県材料構造解析装置にて既に中性子粉末データを取得済みであり、現在解析を実施中である。

 

参考文献:

[1] B. Khawas, Acta Cryst. B, 26, 1919 (1970).

[2] C. H. Görbitz and M. C. Etter, Acta Cryst. C, 48, 1317 (1992).

[3] M. Alagar, R. V. Krishnakumar, S. Natarajan, Acta Cryst. E, 57, o968 (2001).

 

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(Received: January 27, 2015; Early edition: March 25, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)