SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section A: Scientific Research Report

再石灰化された歯エナメル質・象牙質中フッ化物のX線吸収微細構造測定
X-ray Absorption Fine Structure Measurement of Fluorides in Remineralised Enamel and Dentin

DOI:10.18957/rr.3.2.369
2012A1620,2012B1754,2013A1670 / BL27SU

小林 隆嗣, 田中 智子, 釜阪 寛

Takatsugu Kobayashi, Tomoko Tanaka, Hiroshi Kamasaka


江崎グリコ株式会社 健康科学研究所

Institute of Health Sciences, Ezaki Glico Co., Ltd.


Abstract

 フッ化物のハイドロキシアパタイト (HAp) への浸透度によって、歯の再石灰化後の耐酸性や硬さなどが変わる。取り込まれたフッ素の組成および定量ができれば、むし歯予防に有効な研究手法となる。本研究では、リン酸化オリゴ糖カルシウム (POs-Ca) をモデルとして、カルシウム種によってフッ素の浸透度がどのように変わるかをフッ素K吸収端に対するX線吸収微細構造(XAFS) を利用して解析し、フッ素取り込みが既存HApではなく、新たな結晶回復で起こること、通常のカルシウムよりもフッ素取り込みがスムーズに進むことが示唆された。


キーワード: 歯、再石灰化、フッ素、XAFS


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背景と研究目的:

 馬鈴薯澱粉の糖化工程で得られるリン酸化オリゴ糖は、3-5個のグルコースがα-1,4結合でつながり、その3位または6位にリン酸基が付加した構造をとる[1]。そのカルシウム塩であるリン酸化オリゴ糖カルシウム (POs-Ca) は、無機カルシウム塩とは異なる高い水溶性やフッ化物との共存下での安定した水溶性を示す。我々はPOs-Caと低濃度フッ化物としての緑茶エキスを練りこんだ初期むし歯の再石灰化を促進するガムを開発した。これまでにPOs-Caと低濃度のフッ化物イオンがフッ化カルシウムの沈殿を形成しないで生体に利用できるカルシウム形態のまま歯に到達し、通常のカルシウムである塩化カルシウム (CaCl2) やフッ化物単独に比べてエナメル質の再石灰化をより促進することが明らかとなっている[2][3]

 このガムを噛んだときの唾液が歯を再石灰化するときに、どの程度の深さまでフッ化物が蓄積するかは、TOF-SIMSを用いた解析がなされている[4]。しかし、その感度は定量的には十分ではなかった。さらに、深さ別にどのようなフッ化物形態で歯に取り込まれるかは、解析手法も有効なものはなく、分かっていない。

 そこで、本研究ではPOs-Caを含む低濃度フッ化物含有ガムを咀嚼したときや洗口剤を想定した再石灰化溶液に脱灰したエナメル質と象牙質を浸漬し、再石灰化した歯の表層付近のフッ化物の同定・定量手法の開発を目指した。そのために、マイクロメートルレベルのビーム径で再石灰化歯の横断面を走査しながらXAFSを測定することのできるSPring-8 BL27SUのX線を用いて、F-K吸収端XANES解析により歯の深さ方向の物質の組成と比率を分析することとした。軟X線によるフッ素のXAFS解析は報告例が少ないため、標準品・サンプルの分析方法及びサンプル調製法を検討し、条件の最適化を行った。


実験:

(1) 試料

① 標準試料

 標準試料として再石灰化歯で検出される可能性のあるフッ化カルシウム (CaF2) とフッ化アパタイト (FAp) (和光純薬製) を用いた。

② 歯エナメル質サンプル

 ウシ切歯を一面にエナメル平面を形成するように10×7 mm程度の歯ブロックに加工し、1/3をネイルバーニッシュで被覆し、健全部とした。このブロックをメチルセルロースゲル-乳酸系で14日間処理し、脱灰した。水で置換した後、その半分をネイルバーニッシュで被覆し、脱灰部とした。残り1/3のエナメル質が露出した状態で、CaCl2またはPOs-Ca (6 mM Ca) と1 ppmまたは10 ppmのフッ化物イオンを含む人工唾液 (3.6 mM リン酸含有) に脱灰したエナメル質ブロックを浸漬し、再石灰化して4種類のサンプルを得た。

 XAFS測定にはブロックを横断して、歯の表層から内部までの横断面が露出するように平滑切断し、ラッピングペーパー (3M、USA) で研磨したものを使用した。

③ 象牙質サンプル

 ウシ歯象牙質を歯エナメル質と類似の要領でブロック状にした後、酢酸浸漬法により脱灰した。それをカルシウムとしてCaCl2またはPOs-Ca (6 mM Ca) と100 ppmのフッ化物イオンを含む人工唾液 (3.6 mM リン酸含有) に浸漬し、再石灰化して4種類のサンプルを得た。歯エナメル質と同様に横断、研磨して測定サンプルとした。

②、③によって得られたサンプル名を表1の通りとした。


表1.再石灰化条件ごとの歯サンプルリスト


(2) 測定

 BL27SUの低真空環境でのフッ素のK吸収端におけるXAFS計測を行った。まず標準物質であるCaF2粉末およびFApを用いて吸収端を決定した。照射X線としてy軸方向 (深さ方向) の太さ10 μmのビームを用いた。照射するX線のエネルギーを固定し、歯の横断面を8 μmピッチでラインスキャンし、その強度を記録した。試料の厚さは均一で、かつ蛍光の検出はビーム照射から45°ずれた位置で行い、前後方向のブレも数μmに抑えられることから、ラインスキャンの間での距離による検出強度変動は無視できる。表層付近のフッ化物由来のシグナル強度ピークが得られた深さにおいて、X線吸収端近傍構造 (XANES) を測定した。サンプルの概略を図1に示した。



図1.測定サンプルの概略図

(A) エナメル質サンプル。測定時には再石灰化部をスキャンする。脱灰部・健全部は脱灰・再石灰化のチェックのための別の分析に使用するために設けているほぼ同様の構造である。

(B) 測定時のサンプル設置の様子。金属板として銅板を用い、両端のカーボンテープに橋渡しをするように歯片を設置した。


結果および考察:

(1) 標準物質の測定

 標準物質について電子収量法と蛍光法によるXANES測定を試みたが、FAp (Ca10(PO4)6F2) においては、フッ素のK吸収端エネルギー近傍に吸収端を持つ酸素の割合が高いため、電子収量法では酸素の吸収によるバックグラウンド上昇から適切なXANESが得られなかった。よって、以降の測定には蛍光法を用いることとした。これまでのFApの測定では、バックグラウンドの蛍光を差し引くために測定される蛍光強度が非常に弱くなり、ノイズが目立っていたが、BL27SUの部分蛍光収量法によって、フッ素由来のシグナルを効率よく検出することができ、1点の照射時間は5秒以内で十分なスペクトルを得ることができた。

 CaF2の第一ピークは688.6 eVにある。680 eVにおける強度をバックグラウンドとして差し引いて、688.6 eVでの強度を1としたときのCaF2とFApのXANESの比較を図2に示した。CaF2、FApともに691.9 eVに第二ピークが存在するが、その強度はCaF2:FAp = 0.969:0.704となる。よって、CaF2第一ピークに相当する約689 eVでの強度 (I689) と第二ピークに相当する約692 eVでの強度 (I692) の比(I692/I689) が、1に近い値ではCaF2が、0.7に近い値ではFApが多く含まれることとなる。



図2.標準物質のF-K吸収端XANES比較

横軸は照射X線エネルギー、縦軸はCaF2の第一ピークの強度を1としたときの蛍光強度を示す。青色でCaF2、橙色でFApのXANESを示した。


(2) フッ化物存在下で再石灰化したエナメル質の測定

 歯エナメル質サンプルを銅板上に置いて、Fと合わせてCuの蛍光吸収を同時測定することにより、表層のスタート位置を精確に把握して分布を測定することができた (図3)。X線照射は各点1秒で十分なシグナルを得ることができた。低真空での測定により、水分が失われることによる歯片の割れなどは観察されず、非破壊での測定が可能であることがわかった。



図3.測定時の表層位置のチェック

横軸は測定点の番号 (1点8 μmに相当)、縦軸はF-Kに相当するI689を示す。青色でI689を、橙色で、Cuの吸収の逆数の強度 (歯の存在位置に相当) を示した。


歯片位置でのノイズの観察から、表面構造の粗さによる散乱光がバックグラウンドを上げることが判明した。そのため、歯片の測定面は#4000から#10000のラッピングペーパーで鏡面研磨して測定することとした。

 歯の表層からの深さ別のフッ素組成を調べるため、各深さのI689I692を8 μmピッチで測定した。代表的なE-CF1、E-CF10、E-PF1、E-PF2の深さ別のI689, I692を図4に示した。また、強度のピークとその前後の計3点におけるI689およびI692のバックグラウンドに対する増分の比の平均をピーク付近のI692/I689として表2に示した。フッ化物イオン濃度が1 ppmの場合はカルシウム源としてPOs-Caを用いるとCaCl2より深くフッ素化が進み、浸透深度は100 μmを超えることが明らかとなった。フッ化物イオン10 ppmではさらに深くフッ素化が進むが、1 ppmの場合とそれほど深度は変化しなかった。一方、強度、すなわちフッ素置換率は増加するという特徴が明らかとなった。さらに、CaCl2をカルシウム源とした場合やPOs-Caと10 ppmのフッ化物を共存させた場合には、CaF2およびFApから想定されるI692/I689より低かった。これらでは、当初想定されたフッ化物でない物質が生じている可能性が示唆された。


表2.ピーク付近のI692/I689比較



図4.再石灰化したエナメル質の深さ別F-K X線吸収強度プロファイル

横軸にエナメル質表面からの深さ、縦軸に強度をプロットした。青色でI689を、橙色でI692を示した。(A) E-CF1、(B) E-CF10、(C) E-PF1、(D) E-PF10。


(3) フッ化物存在下で再石灰化した象牙質の測定

 再石灰化時のカルシウム種の違いによる象牙質へのフッ素浸透の違いを、エナメル質と同様の方法で調べた。100 ppmフッ化物イオン共存時の再石灰化象牙質D-CF100、D-PF100の深さ別のI689, I692を図5に示した。カルシウム種がCaCl2の場合は深さ100 μm程度までしかフッ素が浸透しなかったのに対し、POs-Caの場合は、深さ200 μmまでと、大きく浸透深度が増加することが明らかとなった。また、CaCl2を用いた場合には、エナメル質と同様にI692/I689がやや低い傾向があった (表2)。



図5.再石灰化した象牙質の深さ別F-K X線吸収強度プロファイル

横軸に象牙質表面からの深さ、縦軸に強度をプロットした。青色でI689を、橙色でI692を示した。(A) D-CF100、(B) D-PF100。


(4) まとめ

 以上から、エナメル質・象牙質ともにPOs-Caによって、通常のカルシウムに比べて低濃度~中濃度 (数ppm~100 ppm) のフッ化物が効率よく歯のHApに取り込まれていることが明らかとなった。フッ化物のピークはエナメル表層から20 μm、象牙質表層から30~80 μmの位置であった。初期う蝕の再石灰化において、エナメル質は表面から20 μm付近、象牙質はより深い部分で最も再石灰化することをTransversal microradiographyにより確認している。既存のHApの水酸基にフッ素が置換して取り込まれるよりも、カルシウムやリン酸と同時にフッ素がFApとして結晶化して回復することが示唆された。


今後の課題:

 歯は脱灰と再石灰化のパターンにおいてサンプル間の個体差があり、歯学的知見を得るにはサンプル数を増やすことが必須である。今後は、確立した手法を改善しつつ、多サンプル解析を行って、再現性とフッ素の分布深さ・強度について統計的な有意差を検討するための標準化方法の検討と、データ取得を目指す。


参考文献:

[1] H. Kamasaka, M. Uchida, K. Kusaka, K. Yamamoto, K. Yoshikawa, S. Okada, T. Ichikawa, Biosci.Biotechnol. Biochem. 59, 1412-1416 (1995).

[2] Y. Kitasako, M. Tanaka, A. Sadr, H. Hamba, M. Ikeda, J. Tagami, J. Dent. 39, 771-779 (2011).

[3] T. Tanaka, T. Kobayashi, H. Kamasaka, H. Takii, N. Ohta, T. Matsuo, N. Yagi, T. Kuriki, Arch. OralBiol., 58, 174-180 (2013).

[4] Y. Kitasako, A. Sadr, H. Hamba, M. Ikeda, J. Tagami, J. Dent. Res., 91, 370-375 (2012).



ⒸJASRI


(Received: April 14, 2015; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)