SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

ヒト毛髪内部浸透成分解析、及び、ヘアトリートメント効果評価
Analysis of Ingredients that Penetrate into the Inside of Human Hair and Hair Treatment Effect Using Infrared Microspectroscopy

DOI:10.18957/rr.3.2.388
2011B1286 / BL43IR

稲益 悟志a, 森脇 太郎b, 池本 夕佳b

Satoshi Inamasua, Taro Moriwakib, Yuka Ikemotob


aクラシエホームプロダクツ(株), b(公財)高輝度光科学研究センター

aKracie Home Products, Ltd., bJASRI


Abstract

 効率的に毛髪用製剤を開発するためには、毛髪内部へ製剤成分の浸透性を直接的にかつ簡便に解析することが重要となる。本研究においては顕微IRを用いて毛髪内部に局在する物質を直接解析し、適用した製剤の物質浸透性及び局在部位を確認する事を目的とした。その結果今回、毛髪内部へのシロキサン化合物の微細な局在分布情報が明らかになってきた。


キーワード: 顕微IR、化粧品、毛髪


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背景と研究目的:

 ヒト毛髪への美容目的とした化粧品であるヘアトリートメント剤、及び、ヘアカラーリング剤においては、その機能を効果的に発現するために、毛髪内部への製剤物質の浸透性をコントロールする事が重要な技術となっている。例えばヘアトリートメント製剤では毛髪内部へ毛髪補修物質(油剤、アミノ酸、タンパク質、高分子ポリマー等)の浸透性を、ヘアカラーリング剤では色素の浸透性を高める事が効果的に機能を発現する為に重要である。従って、それら物質の浸透性能を解析することは、効果の高い製剤を開発する上で重要な事となってくる。従来、物質の毛髪への浸透性能を確認する手法としては、色素で毛髪を染色し、その色差量から間接的に推測する、又、直接的な手法としては、ラジオアイソトープや蛍光物質などでラベルリングした物質により解析してきた。しかしながら、ラジオアイソトープラベリングはサンプル作製に時間を要し、蛍光ラベリングは化学構造や物理学的性質の変化などが生じてしまうため、正確に浸透した物質を評価しているとは言い難いものである。またこれまでに顕微IR を使用して毛髪横断面の化学組成分布(アミド結合、及び、スルフォネート結合)を評価する手法が報告されており[1]、製剤物質の局在状況確認の可能性も示唆されていた。

 本研究においては、2010B期までに、SPring-8 BL43IRの赤外顕微鏡を用いることで毛髪内部に浸透した物質(リン脂質誘導メタクリレートポリマー、セラミドポリマー、及び、リン脂質誘導モノマー)の浸透性能および局在性を直接的に解析することを検討し、基本条件の確立が可能となってきた[2] [3]。さらに測定時間の短縮化または微細領域の解析可能性の検討を行い、目的に応じた測定条件の選択が可能となった。

 2011A期においてはBL43IRの光学系装置変更に伴い、諸条件の全面的見直しを検討した結果、空間分解能、S/N比の向上が可能となった。そこで2011B期では新光学系の特性に合わせた測定条件で、複数種の構成成分からなるヘアトリートメント製剤の毛髪内部への作用機序の確認を試みた。まずはヘアトリートメント製剤中で配合割合が多く、毛髪に残存しやすいシロキサン化合物の観察を試みることとした。


実験:SPring-8 BL43IR 顕微IR装置

試料:マイクロチューブ(1.5 mL)に毛髪包埋用樹脂(Technovit 7100)を注ぎ、毛髪20本の包埋ブロックを準備した。ミクロトーム(MICROM、タングステンカーバイドナイフ)を使用して、毛髪横断切片(厚さ4 μm)を作製し、測定に用いた。

BL43IR光学系測定装置:Vertex 70 + Hyperion 2000(Bruker社製)

条件:波数範囲7500-450 cm−1、200 SCAN、波数分解能8 cm−1、測定間隔3 μm、Aperture幅6 μm

測定内容:毛髪横断切片を顕微IRに透過配置し、マッピングステージを使用して、毛髪断面領域を測定、IRスペクトルを取得した。


結果および考察:

 健康毛ブランク、健康毛ヘアトリートメント処理の毛髪横断面から得られた代表的なIRスペクトルを図1に示した。これらのスペクトルから特定の結合吸収ピークに対して積分を行い、ピーク強度(Intensity/arb. unit)を算出した。



図1 IRスペクトル


 その結果、ケラチンタンパク質アミド由来アミドⅡ結合吸収ピーク(1540 cm−1)に関し、3 μm測定間隔ごとにイメージマッピングを行うことで毛髪の輪郭がクリアに見られた(図2A、3A)。旧光学系{IFS120HR(Bruker社製)+赤外顕微鏡(分光計器)}と比較すると2011A期より導入されたVertex 70 + Hyperion 2000(Bruker社製)光学系への変更に伴い、アミドII結合吸収ピークに着目することで、毛髪切片と基板の境界がクリアに観察されるようになった。また毛髪中心部のメデュラとその周辺部のコルテックスとのタンパク質分布情報に違いが見られるようになった。これは旧光学系と比較して対物鏡倍率が8倍から36倍になった、対物鏡(カセグレンタイプ)のミラー研磨や組み立ての精度向上により集光性能が良くなった、PCの処理能力が上がり測定時間の短縮と、ひいてはS/N比の向上が得られたなどによるものである。

 さらにシロキサン化合物由来のSiO結合吸収ピーク(1080 cm−1)に関しては、健康毛ブランクでは毛髪切片と基板の境界ではっきりとした区別は見えにくい。一方トリートメント処理毛髪では毛髪切片と基板との間に明確な境界が観察されており、毛髪中へのシロキサン化合物の浸透、局在を示唆しているものと考えられた。

 2011A期より導入された光学系の変更に伴い諸条件を見直したことで毛髪切片のエッジ境界がクリアに観察されるようになった。またこれまでの旧光学系では毛髪の中心付近で吸収強度が高くなる現象が見られていたが、新光学系ではこの現象が解消され、ほぼ均一な厚みの毛髪横断面の内部化学組成情報を正確に示すことができるようになったと考えられる。

 2011B期においては、毛髪由来アミドⅡに対し比較的強度が弱いSiO結合ピークについてS/N比の最適化を図ったことで、シリコーン成分の検出が可能になったと考えられる。今後については製剤中の脂質成分などについても着目することで、製剤成分の作用機序の解明に努めていきたい。

 またさらに本手法を活用した毛髪ダメージ診断方法の確立も目指すべく、対象となる毛髪ダメージの種類(化学処理や熱ダメージ、UVダメージ)による差異を今回導入した新光学系でさらに詳しく検討していきたい。またヘアケア製剤によるダメージ改善効果の可視化についても検討していくことで、本手法の産業界における普遍的な活用を目指していきたい。



図2 健康毛ブランク



図3 健康毛ヘアトリートメント処理


今後の課題:

 今後については、測定点の間隔と測定時間の短縮化のバランスを見極めながら、N数を稼ぐことで毛髪1本1本の個体差と全体で起こっている現象の見極めを行っていきたい。毛髪1本1本の状況に応じたヘアケア処理方法、成分の作用機序の確認が可能になっていくと考えられる。将来的には個々人のヘアケアニーズに応えていくことが可能になると考えられ、本手法の産業界における普遍的な活用を目指していきたい。


参考文献:

[1] Jean-Louis Bantignies, G. L. Carr, Dominique Lutz, Sylvie Marull, Gwyn P. Williams and GilbertFuchs, J. Cosmet. Sci., 51, 73-90 (2000)

[2] Satoshi Inamasu, Taro Moriwaki, Yuka Ikemoto, SPring-8 Research Frontiers, 162-163 (2007)

[3] Satoshi Inamasu, Taro Moriwaki, Yuka Ikemoto, 第65回SCCJ研究討論会講演要旨集, 27–28 (2009)



ⒸJASRI


(Received: January 30, 2015; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)