SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

LED用蛍光体材料の温度消光メカニズム解明
Investigation of the Mechanism of Thermal Quenching of Phosphor Materials for White LED

DOI:10.18957/rr.3.2.407
2011B1781 / BL14B2

上田 恭太a, 本間 徹生b

Kyota Uhedaa, Tetsuo Honmab


a(株)三菱化学科学技術研究センター, b(公財)高輝度光科学研究センター

aMitsubishi Chemical Group Science and Technology Research Center, bJASRI


Abstract

 白色LEDランプ用黄色蛍光体RE3Al5O12:Ce(RE=Y, Lu)の発光中心Ceイオンの価数および周辺の局所構造の19 Kから室温までの温度依存性をX線吸収微細構造(XAFS)測定により調べた。本報告では、Y3Al5O12:Ce系における発光中心のCe局所構造の違いをデバイワーラー因子によって認めることができず、その局所構造とCe3+発光の温度特性との関係性を検討することは難しかった。


キーワード: 白色LED、蛍光体、温度消光、XAFS、YAG:Ce、デバイワーラー因子


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背景と研究目的:

 地球温暖化による温室効果ガス排出量削減と東北地方太平洋沖地震後の福島原発事故は、我々の目を再生可能エネルギーへ向けることとなった。しかし、再生可能エネルギーは供給量が乏しく、あらゆる場面で省エネルギーが必要となる。省エネルギーの一つとして、白熱電球に代わって消費電力の小さい白色LEDランプが急速に普及し始めてきた。

 白色LEDランプは青色LEDチップとその青色光によって発光する黄色蛍光体、あるいは、緑色蛍光体と赤色蛍光体から成る。これら蛍光体は、70〜100°Cに達したLEDチップによって加熱される。その加熱によって、蛍光体によっては発光強度が著しく減少(温度消光)する場合がある。これまで、高い発光強度を示す蛍光体であっても、温度消光の懸念から白色LEDランプへの利用が躊躇あるいは断念されてきた。蛍光体が示す温度特性の改良は、白色LEDランプの動作安定性の向上、高効率化や低価格化に結びつくと期待される。

 一般に、白色LEDランプにはY3Al5O12:Ce黄色蛍光体が使用されている。従来利用されてきたI-Y3Al5O12:Ce [1]やI’-Y3Al5O12:Ceは温度消光が大きかったが、最近、II-Y3Al5O12:Ce[2]において高効率化と温度消光の改良がなされてきた。しかし、その技術的根拠を明らかにされることがなかった。

 蛍光体の温度消光モデルはこれまでに幾つか提案され、発光イオンの熱振動の“振舞い”や価数変化等が関連していると考えられてきた。しかし、温度による消光がどのパラメーターと関連しているか明らかにされてこなかった。一方、EXAFS分光法により測定される発光イオンのデバイワーラー因子は静的な構造の乱れ(あるいは、幾何学(静)的乱れ[3])と熱振動の効果(あるいは、熱(動)的な乱れ[3])から構成され、その因子の組成や温度による変化から発光イオンの熱振動の“振舞い”に関する興味ある情報を引き出すことが期待される[4]。また、XANES分光法は発光イオンの電子状態、価数を知ることができる[5]

 Ghignaらは20 KにおいてYAG:Ceにおける発光イオン(Ce3+)が示すCe-K吸収端のEXAFSを測定し、熱振動を抑えて導いたCe3+イオンの配位環境と密度汎関数法により求めたものがよく一致すると報告し、Ce3+イオンの配位環境を正確に調べることによって Ce3+イオンの示す黄色発光がより詳しく理解できると期待している[6]

 本研究では蛍光体の温度消光改良を以下に示すとおりデバイワーラー因子の情報取得を試み、


① 静的な構造の乱れ:CeイオンがYAG母体結晶に付活されることにより、発光イオン(Ce3+)周りの母体構成元素(O, Y, Al)が理想とされる母体結晶格子点から幾何学的にずれて生じる乱れをいい、低温(<20 K)にして熱振動を抑えることにより観測される。

② 熱(動)的な構造の乱れ:Ceイオン周り母体結晶元素が熱振動により格子点からずれて生じる乱れをいい、Ce3+イオンの構造変化の温度依存性を測定し、検討される。温度消光がフォノンを介してエネルギーが一散して生じるかどうか調べる。


これら温度消光に強く相関すると予想されるパラメーターを探し出し、温度消光改良の設計指針構築を目的とした。

 そこで、室温までの各温度における4種類のガーネット構造を有した蛍光体(I-Y3Al5O12:Ce、I’-Y3Al5O12:Ce、II-Y3Al5O12:Ce、Lu3Al5O12:Ce)の発光イオン(Ce3+)のXAFSを測定し、その温度因子、価数および局所構造を求め、それぞれのパラメーターの変化が温度消光とどのような相関にあるかを明らかにすることである。これは、温度消光と強い相関が認められたパラメーターをモニターし、この結果を温度消光改良の設計指針にフィードバックすることによって、動作安定性に優れ、高効率な白色LEDランプを実現するための第一段階と考える。


実験:

 蛍光体試料は4種類あり、すべて粉末(平均粒子径:十数µm)形状であった。4種類の蛍光体の化学組成はI-Y3Al5O12:Ce 、I’-Y3Al5O12:Ce、II-Y3Al5O12:Ce、Lu3Al5O12:Ceであり、それぞれ蛍光体の発光イオン(Ce3+)濃度はYあるいはLuのサイトにおいてそれぞれ3 mol%とした。蛍光体試料粉末はすべて大気中で化学的に安定であり、それら各試料粉末はXAFS測定に用いるため、直径10 mmのペレットに成型した。

 蛍光体試料の温度消光が大きいものを左から順に並べると以下のとおりになる。

 I-Y3Al5O12:Ce(>I’-Y3Al5O12:Ce)>II-Y3Al5O12:Ce>Lu3Al5O12:Ce (図1)


温度特性が異なる4種類のガーネット構造を有した蛍光体(I-Y3Al5O12:Ce、I’-Y3Al5O12:Ce、II-Y3Al5O12:Ce、Lu3Al5O12:Ce)の発光イオンのCe-LIII吸収端におけるXAFSスペクトルを室温で測定し、Ce-K吸収端におけるXAFSスペクトルを低温から室温に渡って産業利用ⅡビームラインBL14B2で透過法により測定した。初めに、室温において測定条件を検討し、次いで、クライオスタットを用いて19 Kから室温まで8点測定した。ただし、測定時間が足りなかったため、Lu3Al5O12:Ceは、室温と22 Kでのみ測定を行った。また、当初予定していた高温セルを用いた室温から約420 Kまでの温度測定において40 K間隔による4点測定に関しても時間がなく、実施できなかった。

 室温におけるXAFSスペクトルのXANES領域からそれぞれの発光イオンが示す電子状態(価数)を、また、EXAFS領域から発光イオンの局所構造を解析し、それぞれの温度変化を調べた。



図1. 室温以上における4種黄色蛍光体の温度特性の比較


結果および考察:

 初めに、室温におけるXAFSスペクトルのXANES領域から発光イオンが示す電子状態(価数)を観察し、I-Y3Al5O12:CeにCe(IV)O2が不純物として含まれていたため、その後の測定・解析に支障があると判断した。そこで、温度特性がIとIIの中間にあったI’-Y3Al5O12:CeをI-Y3Al5O12:Ceの代わりとし、Ce(IV)O2が含まれていないことを確認し、測定・解析を続行した(図2)。

 熱的な構造の乱れを抑えるため、低温の19 Kで測定したI’-Y3Al5O12:CeとII-Y3Al5O12:CeのEXAFS振動スペクトルを図3に示す。フーリエ変換の範囲を2〜14 Å-1とし、I’-Y3Al5O12:CeとII-Y3Al5O12:Ceの動径構造関数を求めた(図4)。次いで、ガーネット結晶構造中のYサイトをCeイオンで置換したモデル[5]を用い、動径構造関数の第一配位圏(Ce-O)および第二配位圏(Ce-Al,Y)をフィッテイングすることによってデバイワーラー因子を求めた。

 図4に示すとおり、I’-Y3Al5O12:Ceと比較して発光強度・温度特性に優れたII-Y3Al5O12:Ceは、動径構造関数においてピーク強度が高く、発光イオンのCe周りにあるデバイワーラー因子が小さく、Ce周りの局所構造は静的な構造の乱れが抑えられて優れた発光強度、ひいては温度特性を示すと考えた。しかしながら、線形項だけを考慮したデバイワーラー因子を両者で比較したところ、I’-Y3Al5O12:CeとII-Y3Al5O12:Ce間でCe周りの局所構造の差異を厳密に議論することができなかった(図6-8)。この結果より、温度特性が更に大きく異なるY3Al5O12:Ceの試料間で測定し、再検討する必要があることが分かった。一方、II-Y3Al5O12:Ceと比較してより温度特性が優れたLu3Al5O12:Ceは、第一近接ピークがII-Y3Al5O12:Ceと比較してより高く観測され、22 Kにおけるデバイワーラー因子(Ce-O)の値は0に近い値であった。

 このような結果より、フォノンを介してエネルギーが一散することによって生じるとされる温度消光が発光中心イオン周りの局所構造乱れとどの様に関係するかは、今後、更に検討を要する。



図2. 室温におけるI-Y3Al5O12:CeとI’-Y3Al5O12:CeのCe-LIII吸収端XANESスペクトルの比較



図3. 19 KにおけるII-Y3Al5O12:CeとI’-Y3Al5O12:CeのEXAFS振動スペクトルの比較


 また、第一配位圏(Ce-O)のピーク強度の温度変化は小さく、一方、第二配位圏(Ce-Al,Y)のピーク強度の温度変化は大きかった(図5)。図6-8間の比較より、特に、Ce-Yのデバイワーラー因子が温度に対して大きく変化し、これが第二配位圏のピーク強度を大きく変化させたものと考えた。第一配位圏は原子間の結合軸のみにおける低次元の熱振動を、第二配位圏は結合角の変化をも含めた三次元的熱振動を考慮しつつ、それぞれ温度特性との関連づけを注意しながら詳細に検討していく必要があると示唆された。



図4. 19 KにおけるII-Y3Al5O12:CeとI’-Y3Al5O12:Ceの動径構造関数の比較



図5. II-Y3Al5O12:Ceの動径構造関数の温度依存性



図6. II-Y3Al5O12:CeとI’-Y3Al5O12:Ceのデバイワーラー因子(Ce-O)



図7. II-Y3Al5O12:CeとI’-Y3Al5O12:Ceのデバイワーラー因子(Ce-Al)



図8. II-Y3Al5O12:CeとI’-Y3Al5O12:Ceのデバイワーラー因子(Ce-Y)


今後の課題:

 Ghignaらは、EXAFSより求めたデバイワーラー因子が非常に小さく、その温度依存性が室温まで小さいという結果に基づいて母体結晶(YAG)中のCe3+イオン周りの配置環境が固いと結論づけている[6]。これは、Bachmannらが報告した約150ºCまでYAG:Ceの温度消光が認められない結果[7]と一致し、デバイワーラー因子と温度消光との関連付けが期待される。

 従って、低温から室温以上にわたるデバイワーラー因子および蛍光体が示す発光強度の温度変化をより詳細に比較し、蛍光体の温度消光メカニズムを解明する手掛かりを探る必要がある。


参考文献:

[1] S. Okamoto, H. Yamamoto, J. Electrochem. Soc., 158, J363 (2011)

[2] H.I. Won, H.H. Nersisyan, C.W. Won, K.H. Lee, Materials Chemistry and Physics, 129, 955 (2011)

[3] 上坪宏道,太田俊明,シンクロトロン放射光,岩波書店,東京,2005, 5章,p. 64

[4] T. Ishii, in “Principle of the Theory of EXAFS”, Shokabo, Tokyo, 1994, Chapter 4, p. 83

[5] Y. Shimomura, T. Honma, M. Shigeiwa, T. Akai, K. Okamoto, N. Kijima, J. Electrochem. Soc., 154, J35 (2007)

[6] P. Ghigna, S. Pin, C. Ronda, A. Speghini, F. Piccinelli, M. Bettinelli, Optical Materials, 34, 19 (2011)

[7] V.M. Bachmann, R.C. Ronda, A. Meijerink, Chemistry of Materials, 21, 2077 (2009)



ⒸJASRI


(Received: April 18, 2014; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)