Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
HAXPESによる有機無機ハイブリッドLEDの劣化解析
Degradation Analysis on Hybrid Organic-Inorganic LED by HAXPES
株式会社日本触媒
NIPPON SHOKUBAI CO., LTD.
- Abstract
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HAXPESを用いて、有機無機ハイブリッドLEDの劣化前後の有機層の変化をS 1sの測定により明らかにした。劣化後、有機バルク層を起源とする2474 eV近傍のピークが大きく減少しており、バルク中の有機層の一部が化学的に大きく変化していることを示唆する結果となった。
キーワード: 有機EL、酸化モリブデン、有機無機界面
背景と研究目的:
有機ELは、高効率、軽量等の特徴から次世代のデバイスとして注目されている。しかしながら現状の技術では、コストなどの問題から、特徴を活かしたフィルム素子などを事業化することは困難である。そこで弊社では、封止を抜本的に軽減する技術として有機無機ハイブリッドLEDの開発を進めている。これまでに、有機無機ハイブリッドLED技術により封止構造を用いない構造で、初期特性として大気安定かつ高効率な(封止構造を用いた従来の最適構造と同等の効率)有機ELを実現してきた[1]。しかしながら、事業化には駆動寿命、大気保存寿命の更なる改善、ならびに適応材料の拡大が必要であり、特に事業化レベルの長寿命化のために劣化機構解明は急務であった。
その中、課題番号2011A1725において、硬X線光電子分光法(HAXPES)を用いることにより、本系を素子形状そのままで測定できることを見出した。その初期実験の中で、アニールによりMoが膜中を移動することが有意な差として観測でき、加えて、実素子において膜中に存在するMoの化学的環境が複数存在し、それが深さ方向に分布していることを示唆する初期的な結果を得た。さらに、詳細にスペクトルを観察すると、有機物自身の変化もわずかながら観測できており、劣化機構解明のための重要な情報が含まれていると考えられた。しかしながら、指標としたS 1sのスペクトルは複雑であり、過去の報告例もなく考察できなかったこと、さらには、初期実験のため、用意した素子の作製環境および履歴が系統的でなかったことが、物理現象を考察するには問題であった。
そこで本実験では、本S 1sピークの起源を明確にすることを最優先目的とした。第二の目的として、同一条件下で作製した素子について、劣化(輝度半減まで駆動劣化させた素子)と未劣化の比較を有機層の変化の観点から行うことで更なる詳細な考察を試みることとした。
実験:
S 1sピークの帰属のために、導電性膜(ITO)上に製膜したF8BT(9,9'-ジオクチルフルオレン-ベンゾ(2,1,3)チアジアゾール交互共重合体)およびAu薄膜上にフェニルチオールを製膜した測定サンプルを用意した。なお、F8BT膜には帯電防止のため一部Auを5 nm製膜した。測定は、F8BT上、F8BTの製膜されたAu(Au on F8BT)上、そしてフェニルチオールの製膜されたAu上の3点で行った。
有機無機ハイブリッドLED素子は、前回同様、ITO(陰極)上にTiOx層(10 nm)をスパッタにより製膜し、その上にF8BT(40 nm)をスピンコート製膜した後、陽極としてMoOx(5 nm)、Au(7.5 nm)を蒸着して作製した。測定素子の作製はすべて同一バッチであり、測定直前まで窒素下で保管し、駆動劣化についても窒素下で行った。それぞれの膜厚は膜厚モニターによる表示値である。本素子構造は、有機無機ハイブリッドLED標準構造と同程度の初期特性を示すことが確認できており、劣化素子は、輝度が半減するまで駆動劣化させたものである。これらの素子において、上部Au電極越しにMo 2p3/2およびS 1sの測定を光の取り出し角80°で行った。なお、実験計画で示した取り出し角30°12°の測定、100時間嫌気下駆動劣化素子および1000時間の大気暴露素子の測定は、正確なS 1sの帰属に重点をおき、前回の結果との再現性確認や不明ピークの検討に時間を要したため見送った。
HAXPESの測定はAuのフェルミエネルギーで較正された励起X線のエネルギー7.93898 keVを用い、BL46XUに設置されたVG-SCIENTA社製 R-4000光電子アナライザーによって行った。アナライザーのpass energyは200 eV、スリットはcurved 0.5を用いた。
結果および考察:
F8BT、Au on F8BTについて、前回の結果と共に図1に示す。前回の測定結果(課題番号2011A1725)は、Au on F8BTに相当するものである。同条件のスペクトルは、ピーク位置についてはおおよそ再現することがわかった。ピークは、2469 eV, 2472 eV, 2474 eV, 2478 eV付近の合計4本である。強度比には前回との差があり、本測定では他のピークに比して2469 eV付近のピーク強度が大きかった。この原因は、後述するピークの帰属を考え合わせると、今回測定サンプルの帯電防止用Au薄膜の厚みが前回に比べ若干厚く、光の侵入長に差が現れ、結果として相対的にAu近傍のF8BTの割合が高かったためと考えている。
今回は、帯電防止用Au薄膜近傍の直接F8BTが露出した部分の測定を行っており、その結果がw/o Auのスペクトルである。チャージアップのないことは別途C 1sにより確認した。2469 eV付近のピークがなく、2474 eV付近のピーク強度が極端に大きくなっている。このことは、2474 eV付近のピークがサンプルバルク層からくるものであり、2469 eV付近のピークはAuと関係したピークであることを示唆する結果である。この結果を受けて、直接AuとSが結合を有していることが明らかなAu上にチオール化合物を製膜したサンプルについて測定を行った。その結果が図2である。2470 eVに強いピークと2478 eV近傍に弱いブロードなピークが観測された。この結果は、2469 eV付近のピークはAuと有機物が関係したピークであることを支持しているものと考えている。また、別の実験において、2478 eV近傍のピークは参照サンプルのAu基板からも観測されたことから、素子内にあるサンプル起因ではないと予想した。加えて本ピークに関しては、本ビームライン担当の陰地博士ご協力により、他のAu基板や他の金属基板(NiやWなど)からも僅かながら観測されるとの結果も得ており、起源は未だ不明であるもののサンプル由来のピークではないと考えている。
以上のことから、本S 1sピークのうち、サンプルバルク層由来のピークは2474 eV,2472 eVの二つであり、2469 eV付近のピークはAuとサンプル表面層の有機物が関係したピークであることが明らかとなった。これらピークの詳細な帰属をケミカルシフトから考察するには、今回の結果からは難しく、さらに多くの類似物質の測定が必要であると考えられる。
図1 F8BTにおけるS 1sピーク 図2 Au上フェニルチオールにおけるS 1sピーク
次に、有機無機ハイブリッドLED素子における劣化前後の酸化物層、有機層の変化をそれぞれMo 2p3/2, S 1sを観測することにより考察を行った。それぞれbackgroundで規格化した。劣化前後の変化に関して、Mo 2p3/2からは有意な差は見られなかった(図3(a))。このことは、前回の結果から予想される深さ方向の分布変化を除いて、劣化前後では酸化物層に大きな変化がないことを示している。今後、角度分解による深さ方向の検討が必要であると考えられる。一方、有機層には大きな変化が見られている(図3(b))。最も大きな変化として、サンプルバルク層由来のピークとして考察した2474 eV近傍のピークが劣化後大きく減少していることがわかる。このことは、バルク中の有機層の一部が化学的に大きく変化していることを示唆するものと考えられる。一方、もう一つのサンプルバルク層由来のピークである2472 eVには変化がない。これらを詳細に議論するには、更なる詳細なピークの帰属が必要となる。また、Auに関与するピークの減少が僅かに観測されており、これも含め詳細に今後検討していく予定である。
図3 有機無機ハイブリッドLEDにおける劣化前後の(a)Mo 2p3/2ピークおよび(b)S 1sピーク
今後の課題:
二つの目的であるS 1sの帰属および劣化解析については、一定の成果を得た。しかしながら、ピークのさらなる詳細な帰属(2474 eV,2472 eVの化学環境の違いなど)や劣化前後の深さ方向の詳細な解析など定量的評価はまだ不十分である。多くの参照データの取得および類似サンプルでの検証が必要と考えられる。加えて、複雑化している最新の有機無機ハイブリッドLEDの素子構造にこれらを適応することも課題といえる。
参考文献:
[1] K.Morii, T.Takashima, Q.Wang, Md.K.Nazeeruddin, M.Ishida, T.Shimoda and M.Grätzel; Appl. Phys. Lett., 89(18), 183510, (2006).
ⒸJASRI
(Received: January 14, 2015; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)