SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

くせ毛の矯正を目的とする低分子化S-カルボキシメチル‐3‐アラニルジスルフィドケラチンの毛髪への応用
Application of Low Molecular Weight S-Carboxymethyl-3-Alanyl Disulfide Keratin to Wavy Hair for Hair Straightening

DOI:10.18957/rr.3.2.415
2011B1808 / BL40XU

吉田 正人, 鈴田 和之, 上門 潤一郎

Masato Yoshida, Kazuyuki Suzuta, Junichiro Kamikado

 

(株)ミルボン

Milbon Co., Ltd.

 

Abstract

 人毛の縮毛矯正において酸化剤の代わりにS-カルボキシメチル-3-アラニルジスルフィドケラチン(CMADK)を用いた際の毛髪内部構造に及ぼす影響についてマイクロビーム小角X線散乱測定を行い評価した。分子量3,000程度のCMADKを用い加熱処理を行った場合、通常の縮毛矯正と同程度の縮毛矯正効果が得られた。分子量50,000程度のものを用いた場合、若しくは加熱処理を行わなかった場合、矯正効果は得られなかった。矯正効果が得られた毛髪では内部の中間径フィラメント間の間隔が増加していたことから、浸透したCMADKが加熱によってタンパク質間に橋かけすることで形状を変形、維持していると推測された。


キーワード: 毛髪繊維、ジスルフィド結合、マイクロビーム小角X線散乱


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背景と研究目的:

 日本人女性の47%がくせ毛であると言われており[1]、毎朝のスタイリングなどでまとまらない、広がる、あるいはパサつくなどの悩みを抱えている。

 従来、毛髪の形状を直毛状に変化させる手段として美容室などでは縮毛矯正処理が広く行われている。縮毛矯正処理による形状制御では、チオグリコール酸などのケラチン還元性物質により毛髪内ジスルフィド結合を切断し、ヘアアイロンで加熱しながらコーミングすることで毛髪を伸張させた後、酸化性物質によってジスルフィド結合を再生させる操作を行う。この操作によって毛髪の形状を変化させることは可能であるが、同時に縮毛矯正用の薬剤に含まれるアルカリ成分や過剰な還元性物質、酸化剤の影響で毛髪内部又は表面が損傷し、毛髪が水を吸って膨潤し易くなる。その結果、毛髪内部のタンパク質などが流出して毛髪の機械的強度が低下し、官能的には毛髪の滑り性の低下やパサつきといった手触りの悪化として現れる。また処理条件を変えたり特別な処理剤を用いる方法はダメージを低減する反面、得られる矯正効果は充分満足できるものではなかった。

 縮毛矯正処理に拠らず毛髪形状を変化させる方法として、水によって充分に膨潤させる方法が知られている[2]。充分に膨潤した毛髪では、毛髪中の中間径フィラメント(IF)と呼ばれる結晶性タンパク質周辺にまで水が浸透し、水素結合を切断していると考えられる。その結果、IF-IF間距離が広がり断面積が増加するため、断面形状は楕円から真円に近づきうねりが緩和される。

 我々は以前、SPring-8 BL40XUのマイクロビーム小角X線散乱装置を用いて、毛髪中にケラチン誘導体である低分子量のS-カルボキシメチル-3-アラニルジスルフィドケラチン(CMADK)で処理した毛髪のIF-IF間距離の変化を測定した[3]。この実験において毛髪を還元性物質で処理した後CMADK水溶液に浸漬、さらに酸化剤で処理することで毛髪に固着し、さらにIF-IF間距離が約0.2~0.3 nm 広がり、断面積が1.63倍に増加していることがわかった。これはCMADKがIF周辺に沈着しているためと結論した。

 本実験では毛髪内部に沈着したCMADKが毛髪の形状に及ぼす影響を明らかとするため、CMADKを毛髪の縮毛矯正処理における酸化剤の代わりに用い、毛髪形状の変化とIF周辺の変化との関係をマイクロビーム小角X線散乱測定によって明らかとすることを目的とした。

 

実験:

 実験に用いた低分子量および高分子量のCMADKをYoneyamaらによって報告された方法によって調製した[4]。得られた平均分子量約50,000のCMADK水溶液を高分子型CMADKとした。CMADK調製時に得られた不溶性残渣をビーカーに取り3%プロテアーゼ水溶液(東洋紡社製)を質量比で100:1となるよう混合し、さらに蒸留水を質量比で1:30となるよう加え、均一に攪拌した。攪拌後、ビーカーごと50°Cに保ったウォーターバスに浸漬し2時間静置し、さらに80°Cで1時間加熱した。得られた混合溶液を0.45 μmの細孔径を持つメンブランフィルター(東洋濾紙社製)を用いて、ろ別し水溶液を得た。この水溶液を低分子型CMADKとした。

 CMADKを用いた縮毛矯正処理によるIF周辺の変化が矯正効果に及ぼす影響を検証するため、矯正効果を異にする毛髪試料が用いられた。毛髪試料として、美容履歴のない健康なくせ毛を用いた。毛髪試料は洗浄を行い、長さ22 cm、本数20本の毛束を調製し実験に供した。

 毛髪試料はチオグリコール酸ナトリウム(和光純薬社製)の3%水溶液にモノエタノールアミン(シグマアルドリッチ社製)を加えpH9.3に調整した還元剤水溶液に浴比1:30となるように浸漬後、45°Cで10分間処理した。その後、35°Cの温水を用いて1分間洗浄を行い、試料表面の水分を拭き取り還元処理試料を得た。還元処理試料をカチオン性のポリマーであるジアリル4級アンモニウム塩/アクリルアミド共重合体(MAQUAT550, 分子量150万, Nalco社製)の0.5%水溶液に室温で10分間浸漬し、その後試料表面の水分を拭き取りカチオン化還元処理試料を得た。得られたカチオン化還元処理試料を1%CMADK水溶液(pH8.0)に浸漬し、室温で10分間静置した。CMADKとして高分子型と低分子型CMADKを用い、それぞれから得られた試料を高分子型CMADK処理試料、低分子型CMADK処理試料とした。比較として、CMADKの代わりに8%臭素酸ナトリウム水溶液(シグマアルドリッチ社製)を用いて同様の処理を行った。所定時間後、試料を取り出し流水を用いて水洗してから試料表面の水分を拭き取った。

 得られた試料をドライヤーで用いて十分に乾燥させた後、試料の一方を固定してから180°Cに保ったヘアアイロンを用いて延伸しながら、約2秒間加熱を行った。熱による影響を考察するため、非加熱処理試料も作製した。加熱処理後、流水を用いて洗浄しドライヤーとコームを用いてコーミングしながら完全に乾燥させた。

 処理試料毛束の形状変化を観察するため、試料を蒸留水に3秒間浸漬し引き上げた後、表面の水分を拭き取った。毛束の端を固定して吊り下げた後、温度25°C、湿度40%RHで1時間静置してからカメラを用いて形状を撮影した。

 マイクロビームX線測定は、大型放射光施設SPring-8のBL40XUにて行った。測定は次に示す条件で行った。X線波長は0.083 nm、カメラ長は1600 mmとし、ベヘン酸銀を用いて校正した。ビームサイズは5 μm(1stピンホール5 μm, 2ndピンホール200 μm)、ビームストップをφ8 mmとした。検出器としてイメージングインテンシファイア(6 inch)とCCDカメラ(ORCA-II-ER,浜松ホトニクス社製)を用いた。発生する高出力X線マイクロビームを毛髪繊維のほぼ中央部に対して繊維軸に垂直な方向に照射した。繊維外周部から繊維中心方向に5 μm間隔で移動させ、2秒間照射時間としたとき9 nm付近に生じる赤道線反射強度を測定した。強度プロファイルからBrikiらの方法を参考に、得られたコルテックス部分の回折像から、繊維軸に垂直な方向に沿って得られたプロファイルからローレンツ関数を用いてフィッティングとピーク分離を行い、中間径フィラメント(IF)間距離を求めた(図1, 2)[5]

図1. 毛髪の典型的なSAXSパターン.

図2. 毛髪の典型的な反射強度プロファイル.

 

結果および考察:

 図3に各試料毛束の外形を撮影した写真を示す。処理は毛束を変えて30回試行し、最も代表的な形状のものを選んだ。臭素酸ナトリウムで処理した試料(1, 2)では、いずれも加熱の有無に関わらず先端に湾曲が認められた。高分子型CMADK処理試料(3, 4)では、未処理試料(7)に比べて連続した湾曲(うねり)の程度が小さくなった。試料3と4を比較した場合、加熱処理の有無による差は見られなかった。加熱処理した低分子型CMADK処理試料(5)では未処理試料(7)に比べ、うねりがないストレート形状であることがわかる。加熱処理していない低分子型CMADK処理試料(6)では、試料5に比べて先端部分に湾曲が残っていることがわかる。試料5のみ特徴的な形状変化が見られたことから、何らかの結合が生じ形状の変化が保持されていると考えられる。

図3. 試料毛束の写真. ---: 測定位置. 1: 加熱処理した臭素酸ナトリウム処理試料, 2: 臭素酸ナトリウム処理試料, 3: 加熱処理した高分子型CMADK処理試料, 4: 高分子型CMADK処理試料, 5:加熱処理した低分子型CMADK処理試料, 6: 低分子型CMADK処理試料, 7: 未処理試料.

 

 図4に未処理毛髪から任意に抽出した3本の未処理毛髪(A, B, C)の測定位置PにおけるIF-IF 間距離を示す。Pは毛髪繊維の直径で規格化されており、P=0が毛髪の表面、P=1が反対側の表面を示している。未処理毛髪3本から得られた値は各測定位置で相関が見られず、同じ人物から得られた未処理の毛髪でも個体差が非常に大きいことがわかる。

図4. 未処理毛髪の測定位置(P)とIF-IF間距離(d)の関係. ●: 未処理毛髪(A), ▲: 未処理毛髪(B),◆: 未処理毛髪(C).

 

 図5に各試料の毛髪全体のIF-IF間距離の平均値を示す。解析には同じ処理を行った試料10点から得られた値を用い、平均値を計算した。各試料のIF-IF間距離の標準偏差σは0.06~0.16と大きく、これは各試料に用いた毛髪の個体差によるものと考えられる。未処理毛髪ではIF-IF間距離の平均値は9.33 nm(σ=0.16)であった。この値はKajiuraらによって報告されているアジア人の毛髪のものと同程度であった[6]。加熱処理した高分子型CMADK処理試料ではIF-IF間距離の平均値は9.45 nm(σ=0.06)であり、未処理毛髪に比べ大きな変化がないことがわかる。加熱していない高分子型CMADK処理試料の場合、平均値は9.37 nm(σ=0.15)であり未処理毛髪と同程度であった。加熱処理した低分子型CMADK処理試料では9.58 nm(σ=0.10)であった。これは未処理試料や高分子型CMADK処理試料より標準偏差を考慮して大きいことがわかる。この結果は以前報告した還元剤とCMADKを用いて処理したものについて得られた結果と同じであった[2]。加熱していない低分子型CMADK処理試料でも9.59 nm(σ=0.09)であり、加熱処理した試料と同じ結果が得られた。

図5. 未処理毛髪とCMADK処理毛髪のIF-IF間距離(d)の比較.

 

 図6に未処理毛髪、低分子型CMADK処理試料および臭素酸ナトリウム処理試料の毛髪全体のIF-IF間距離の平均値を示す。低分子型CMADK処理試料に比較して、臭素酸ナトリウムで処理した試料のIF-IF間距離は加熱処理試料で9.48 nm(σ=0.11)、臭素酸ナトリウム処理試料で9.34nm(σ=0.09)であり、いずれも未処理毛髪と同じ値を示した。

 以前の実験[3]において低分子型CMADK処理試料が還元処理した毛髪内に浸透し、還元処理毛髪内部に生じたチオール基とCMADKに含まれる混合ジスルフィド基(-SSCH2COOH)がSS/SH交換反応によって分子間に橋かけを生じ沈着していることが示唆されている。また、毛髪の縮毛矯正処理において、還元剤により切断したジスルフィド結合を酸化剤によって再結合させることで毛髪の形状変化を保持していると考えられている。縮毛矯正では熱処理によってIFの結晶性が低下し繊維軸に対して垂直方向に膨潤することが報告されている[7]。さらに、毛髪の膨潤と縮毛矯正効果には相関関係があることが報告されている[2]。今回、低分子型CMADK処理試料で加熱処理した試料で縮毛矯正効果が得られたのは、CMADKがケラチンタンパク質と架橋を形成し、水洗などで容易に除去されない状態で沈着し繊維を膨潤するためではないかと推測される。

図6. 未処理毛髪、低分子型CMADK処理毛髪および臭素酸ナトリウム処理毛髪のIF-IF間距離(d)の平均値の比較.

 

 非加熱においてIF-IF間距離が増加したにもかかわらず縮毛矯正効果が充分に得られなかったのは、CMADKが沈着しなかったためコルテックス細胞が動き易くなり、膨潤による効果が充分得られなかったのではないかと考えられる[8]。高分子型CMADK処理試料で縮毛矯正効果が得られなかったのは、分子量が約50,000と大きく毛髪内部まで浸透しなかったため、充分な膨潤効果が得られなかったためと考えられる。毛髪をチオグリコール酸で処理した場合、ケラチンタンパク質側鎖にチオグリコール酸が結合し混合ジスルフィド基を形成することが知られている[7]。 混合ジスルフィド基が繊維中のIFとIF-IF間に存在するマトリックス部分に生成した場合、IF-IF間の距離を変化させると考えられる。混合ジスルフィド基は水洗や臭素酸等による酸化処理でも容易に除去されないことが報告されており[7]、この側鎖部位がIF-IF間の変化を生じさせているのではないかと推測される。

 

今後の課題:

 本研究から、還元剤としてチオグリコール酸と低分子型CMADK処理試料を用い、延伸しながら加熱処理する縮毛矯正法の原理についての知見が得られた。今回得られた方法では加熱のみで形態を保持できることから、従来法に用いられる臭素酸ナトリウムなどの酸化剤によって生ずる損傷を防ぐことが期待され、毛髪に対する損傷の少ない縮毛矯正剤の開発に繋がることが期待される。

 

参考文献:

[1] S. Nagase, et al., J. Cosmet. Sci.. 59, 317(2008).

[2] M. Wong, et al., J. Soc. Cosmet. Chem., 45, 347(1994).

[3] 吉田正人ら, SPring-8重点産業利用課題成果報告書, 2009B1811.

[4] M. Yoneyama et al., Proc. 9th Int. Wool Text. Res. Conf., Biella, III, 450(1995).

[5] F. Briki, et al., Biochim. Biophys. Acta, 1429, 57(1998).

[6] Y. Kajiura et al., J. Struct. Biol., 155, 438(2006).

[7] S. Ogawa et al., Sen-i Gakkaishi, 65, 15(2009).

[8] 松崎貴ら, 最新の毛髪科学, 114(2003).

 

ⒸJASRI

 

(Received: February 8, 2012; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)