SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

水和物結晶における疑似多形間転移観測のための高温高湿度下in-situ粉末X線回折測定技術の検証
Evaluation of in-situ X-Ray Powder Diffraction Data Collection System under Temperature and Humidity Controlled Conditions and Analysis of Pseudopolymorphism of Hydrates

DOI:10.18957/rr.3.2.426
2011B1841 / BL19B2

菅原 洋子a, 山村 滋典a, 三浦 圭子b

Yoko Sugawaraa, Shigefumi Yamamuraa, Keiko Miurab

 

a北里大学理学部, b(公財)高輝度光科学研究センター

aSchool Sci., Kitasato Univ., bJASRI

 

Abstract

 水和物結晶の疑似多形間の転移現象の観測では、室温における湿度条件に依存した転移よりも、高温・高水蒸気圧条件下での脱水転移の方が結晶性の保持が良好である、もしくは、各状態の分離が良好となる系が見いだされている。BL19B2の粉末回折装置に付属する湿度制御装置と高温吹付装置を併用して、温度および水蒸気圧同時制御下での測定を行い、本測定法の利用価値を検証した。今後の利用展開が期待される。


キーワード: 粉末X線回折、水和物結晶、疑似多形、in-situ温湿度変化


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背景と研究目的:

 医薬品原薬等の水和物においては、温度および湿度に依存した結晶水数の変化とこれに伴う構造転移現象が品質管理の観点から重要な課題となっている。その解明には、粉末X線構造解析が有効であることから、2010A期および2010B期に産業基盤共通課題としてBL19B2にて、室温下で湿度制御in-situ粉末X線回折測定技術の検証を行った。水和物相転移(水和-脱水和過程)を微量・迅速・効率的に追跡可能であることを確認するとともに、参加した関連企業ユーザーに当該装置に対する理解と関心を高めてもらった[1, 2]。一方、水和物の脱水を伴う構造転移においては、結晶性の低下を伴うことが多く、ピーク幅が広がり、放射光の高分解能という長所を生かす上で支障が生じる。これまでに、室温条件と比べ、高温・高水蒸気圧条件での脱水転移の方が結晶性の保持が良好である、もしくは、各状態の分離が良好となる系があることが、実験室系の粉末X線回折実験において見いだされている。

 そこで、本課題では、実験室系において、高温・高湿度条件下の構造転移に関する解析がなされているグアノシン水和物等を試料とし、BL19B2の粉末回折装置用に整備されている湿度制御装置と高温吹付装置を併用して、温度および水蒸気圧同時制御下での測定の検討を行った。

 

実験:

 粉末X線回折強度測定には、BL19B2設置のIPを検出器とした大型デバイシェラーカメラを用いた。湿度制御には、窒素ガス発生装置(コフロック社製、M3NT-5)とBL19B2備品の湿度制御装置(リガク社製、HUM-1)を用いた。波長1 Å、ビームサイズ3×0.25 mm2のX線を使用し、特注品のポリイミド製ホルダー(試料充填部0.3 mm×6.0 mm×150 mm、開放系)に粉末試料を充填し、BL19B2粉末回折装置専用の吹付用アダプターに固定後、ポリイミド膜筒で囲い、筒内へ湿度制御ガスを流すとともに、ホルダーの下方より高温吹付装置により加温することにより、温湿度制御下で測定を行った(図1)。粉末構造解析には、PDXL(リガク社製)を用いた。

図1. BL19B2粉末回折装置における温度・水蒸気圧制御測定

 

結果および考察:

 グアノシンは2水和物として結晶化し[3]、室温において、相対湿度(rh)0–20%領域で1.7水和物、0.3水和物を経て無水物へと構造転移する[4]。室温下では、相対湿度5%以下で1.7水和物への転移が起こり始めるが、引き続き、第二段階の0.3水和物への変化が進行するため、1.7水和物状態を単一相として安定に作り出すことは、湿度設定にかなりの難しさを伴う。また、1.7水和物は結晶性を保っているがその構造は未決定であり、0.3水和物および無水物は結晶性が低下した状態である。

 室温において2水和物が安定な湿度領域に相当する水蒸気圧0.8 kPa(室温25% rh相当)条件下で、昇温実験を行った。40℃近傍から粉末X線回折図形に変化が起こり、45℃近傍において1.7水和物への転移が観測された。粉末X線回折図形の変化を図2に示す。この後、水蒸気圧を下げ無水物への転移を確認した。

図2. グアノシン2水和物(室温;赤線)および1.7水和物(45℃近傍;青線)の粉末X線回折図形(露光時間50分)

 

 今回の水蒸気圧制御条件下での昇温実験において、0.3水和物が混ざること無く1.7水和物状態を容易に単一相として作り出せることが確認できた。従って、室温において狭い湿度領域で多段の脱水反応が起こる系に対する、本課題で取り上げた高温高水蒸気圧下でのin-situ粉末X線回折測定の有効性が示された。

 1.7水和物について、線幅の広がりが小さく良好な分解能のデータが得られたので、格子定数の決定を行った(表1)。また、構造決定を試みた。実空間法による探索を実行したが、合理的な解を得ることは出来なかった。2水和物と1.7水和物の格子定数の差は、最も変化量の大きいa軸長でも0.6%程度である(表1)。また、回折図形の変化が小さいことから、構造変化はわずかであると予想し、2水和物の構造(図3(a))をもとに、1.7水和物の構造モデルを構築し、リートベルト解析を行った。非対称単位の水分子の数は、4分子から3.4分子に減少しているが、減少量が1サイト以下なので、初期構造モデルには、4サイトとも採用した。最低角の反射(2q =3.31°)に配向の影響が大きく出ていたことから、2q =4–60°の反射を用いて精密化を行った。格子定数、結晶の配向因子、グアノシンおよび結晶水分子の重心座標および配向、グアノシン分子の主要ねじれ角(グリコシド結合部分、C4'−C5'結合部分、リボース部分)について順次精密化を行い、最後に、結晶水が減少していることを考慮して水分子の占有率の精密化を行った。分子層内の水のサイトの占有率は1.0および0.9に収束したのに対し、分子層間の水のサイトの占有率は、0.8および0.6となった。非対称単位に存在する水の占有率の合計は3.3で、1.65水和物に相当し、重量測定により決められた1.7水和物という値と良い対応がみられた。リートベルト解析結果を図4に示す。占有率と温度因子は相関が強いため、占有率を1.0で固定し、温度因子を変数とした計算も実行したが、分子層間の水の温度因子が大きいという占有率を可変パラメータとした計算と対応する結果となった。水の占有率の変化以外では、水の位置にわずかな変位がみられたが、その他には構造上の差異はほとんどみられない(図3(b))。

 

表1. 2水和物および1.7水和物の格子定数


図3. グアノシン2水和物の結晶構造(a)[3]および粉末X線回折図形から得られた1.7水和物の結晶構造モデル(b)

図4. グアノシン1.7水和物のリートベルト解析結果

Rwp =0.023, Rexp =0.009, χ2 =7.19)

赤点:実測強度、青線:計算強度、青短縦棒:回折線の計算位置、紫線:残差

 

 当初、分子層内の水は(図2(a))、グアノシン分子に囲まれたカラム様の空間にあり運動性が大きいことから抜けやすく、分子層間の水は、隣り合う分子層のグアノシン分子の水酸基を水素結合により架橋しており抜けにくいと予想していた[4]。一方、その後行った2水和物の分子動力学シミュレーション(計算時間1 ns)において、分子層内の水の方が運動性は大きい一方、分子層間の水が分子層内に移動する現象が起きた[5]。分子動力学計算の結果は、分子層間の水が、分子層内のサイトを経由して抜けていくという脱水経路を示唆しており、今回の粉末X線回折図形に基づくリートベルト解析の結果とは良い対応を示している。今後、2水和物から1.7水和物への転移機構については、さらなる検証が必要であろう。

 

今後の課題:

 本申請課題では、グアノシン2水和物と共に、デオキシグアノシン5’-一リン酸二ナトリウム(Na2dGMP)水和物についても同様の実験を計画していた。Na2dGMP水和物は、80℃近傍で脱水転移が進行する。実験を試みたが、本システムでは水蒸気圧制御条件下での昇温は50℃近傍が限界で、80℃まで昇温することが出来ず、高温・高湿度下の構造転移に関するデータを収集することは出来なかった。

 今回のグアノシンの実験により、温度および水蒸気圧同時制御下測定の有用性が確認された。測定試料の多様性を考えると、本手法の産業利用を進めていく上で、湿度制御下での加温システムを改良し、装置に熱負荷をかけることなく、より広い水蒸気圧-温度条件での測定が可能なシステムへと拡張することが今後の課題である。

 

参考文献:

[1] 菅原洋子, 山村滋典, 三浦圭子, 橋塚孝彦, 日良健次郎, 大野正司, 近間克己, 中島順一, 小島優子, 2010A1849, SPring-8 User Experiment Report.

[2] 菅原洋子, 三浦圭子, 山村滋典, 大野正司, 近間克己, 橋塚孝彦, 2010B1803, SPring-8 User Experiment Report.

[3] U. Thewalt, C. E. Bugg and R. E. Marsh, Acta Crystallogr. B26, 1089 (1970).

[4] H. Urabe, Y. Sugawara and T. Kasuya, Phys. Rev. B, 51, 5666 (1995).

[5] S. Yoneda, Y. Sugawara and H. Urabe, J. Phys. Chem. B, 109, 1304 (2005).

 

ⒸJASRI

 

(Received: January 30, 2015; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)