Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
小角X線散乱法によるコアシェル型ナノ粒子含有高分子複合材料のナノ構造評価
Study on Nanostructure of Polymer Composite Material Including Core-Shell-Type Nanoparticles by Small-Angle X-ray Scattering (SAXS) Measurement
a日立化成工業(株), b山形大学
aHitachi Chemical Co., Ltd., bYamagata University
- Abstract
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炭素被覆コバルト粒子/エポキシ樹脂複合材料の極小角X線散乱測定を行い、複合体中の炭素被覆コバルト粒子の凝集状態を評価した。異なる濃度の複合体試料を測定し、それぞれの散乱プロファイルを比較した結果、炭素被覆コバルト粒子の大きさに相当するピークと凝集体の大きさに相当するピークが出現することが分かった。そして、試料中の炭素被覆コバルト粒子の濃度の変化に伴って凝集状態に変化が生じることを確認した。
キーワード: 極小角X線散乱、SEM、コアシェル粒子、複合材料、凝集状態評価
背景と研究目的:
エレクトロニクス関連製品の多くに高分子材料が使用されているが、製品の高機能化、高性能化のために、高分子に様々な無機材料、異種高分子等を添加し、複合材料として製品化していることが多い。そしてその複合化の結果、様々な材料の組み合わせに応じて様々な機械的、光学的な性質が発現、付与される。近年では添加する無機材料の表面を修飾したり、コアシェル構造の添加剤を使用したりすることにより、複合材料製品の更なる熱的、電気的な特性改善や光学特性の制御が検討され、広く研究開発が進められている。
有機系コアシェル粒子の研究開発において小角X線散乱(SAXS)法を活用した例が既に報告されており[1]、我々も同様に同法を効果的に用いて研究開発を促進しようと考えている。2011A期の課題実験(課題番号: 2011A1742)において我々は炭素被覆コバルトナノ粒子の小角X線散乱測定によるサイズ分布評価を行った。本実験では、エポキシ樹脂と混合した炭素被覆コバルト粒子の濃度を変化させたときの凝集状態の変化を評価することを目的として、極小角X線散乱(USAXS)測定を行い、散乱プロファイルの変化を調べた。なお我々は今後、プロセス評価としてSAXSやUSAXS測定を活用することを考えており、そのスタート実験として本研究ではテトラフルオロエチレン・ペルフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)を用いてその融解/冷却プロセスの条件を変えた試料のUSAXS測定も行った。
実験:
市販の炭素被覆コバルト粒子と市販のエポキシ樹脂を混合し、測定試料とした。炭素被覆コバルトナノ粒子の大きさは数十nmであることが透過型電子顕微鏡(TEM)観察の結果から分かっている[2]。炭素被覆コバルト粒子とエポキシ樹脂の混合比率を重量比で50/50(以下、50%品という),5/95(以下、5%品という),0.5/99.5 (以下、0.5%品という)にした3つの試料を用意した。BL19B2にてこれら混合試料のUSAXS測定を行った。X線の波長は0.69 Å(18 keV),カメラ長は43 mである。カメラ長はコラーゲンを用いて較正した。粉末試料又は混合試料を透過したX線をPILATUS-2M検出器[3]により計測し、USAXSプロファイルを得た。露光時間は50%品が15分,5%品が10分,0.5%品が40分である。解析用ソフトウエアとしてScatter[4]を用いた。複合体中の炭素被覆コバルト粒子の凝集状態を確認するために走査型電子顕微鏡(SEM)観察も行った。
PFAの試料として融解の後、0.5, 1, 2, 5, 10, 20°C/minで冷却したものとクエンチしたものを用意し、USAXS測定を行った。露光時間は各試料とも30分である。
結果および考察:
炭素被覆コバルト粒子とエポキシ樹脂の混合物試料50%品,5%品,0.5%品のUSAXSプロファイルを図1に示す。50%品と5%品は同様のUSAXSプロファイルを示し、qの値が0.06 nm-1付近のところにブロードなピークを有する。0.5%品は上記の0.06 nm-1付近のピークが弱くなり、0.01 nm-1付近に新しくブロードなピークを出現させている。高いqのピークは50%品,5%品,0.5%品の全てに共通し、試料中の炭素被覆コバルト粒子の濃度の減少に伴ってピーク強度の減少が確認される。したがって、これは炭素被覆コバルト粒子の大きさに相当するものと考えられる。既に我々は2011A期の課題実験で炭素被覆コバルト粒子のSAXS, USAXS測定を行い、その内径が31 nm,外径が40 nm,規格化分散の値が0.50であることを見出している。この結果からも、図1の0.06 nm-1付近のピークは炭素被覆コバルト粒子のサイズに由来すると考えられる。
図1において低いqのピークは複合体中での炭素被覆コバルト粒子の濃度の変化に伴ってシフトする成分であるから、凝集体の大きさに相当すると考えた。炭素被覆コバルト粒子の濃度を低くすることにより凝集状態に変化が生じ、凝集体が小さくなることによって上記のUSAXSプロファイルの変化、すなわちUSAXSの範囲外(0.005 nm-1以下)から0.01 nm-1付近へのピークシフトが起こったものと推測した。0.5%品の凝集体の大きさは約630 nmを平均として広い分布を有しているものと考えられる。これも含め、全ての試料において凝集状態を確認するためにSEM観察を行った。結果を図2に示す。試料中の炭素被覆コバルト粒子の濃度の減少に伴って凝集体のサイズが小さくなっていること、そして0.5%品の凝集体の大きさがサブミクロンのオーダーであることが分かった。
2011A期の課題実験で炭素被覆コバルト粒子のサイズ分布評価を行い、今回の課題実験で高分子複合材料中での炭素被覆コバルト粒子の凝集状態を評価した。これまでの2回のSAXS法の課題実験で我々は複合材料中での炭素被覆コバルト粒子のナノ構造の評価方法を確立することができたと考えている。
図1. 炭素被覆コバルト粒子/エポキシ樹脂混合物試料のUSAXSプロファイル
(a) 50%品 (b) 5%品 (c) 0.5%品
図2. 炭素被覆コバルト粒子/エポキシ樹脂混合物試料のSEM観察の結果
融解の後に降温速度を変化させて固化したPFA試料のUSAXSプロファイルを図3に示す。降温速度が0.5°C/min の試料は白濁していたが、他の試料は透明であった。白濁した試料、すなわち降温速度0.5°C/minの試料においてのみqが0.05 nm-1以下の領域にブロードなピークが観察され、これは球晶および結晶高次構造に起因しているものと考えられる。一方でその他の透明な試料、すなわち降温速度を大きくした試料では、強度がほぼq-4で減衰しており、光を散乱するような構造はほとんど無いことが分かった。
図3. 冷却条件を変化させたPFAのUSAXSプロファイル
今後の課題:
2011A期およびB期の課題実験で小角散乱法により高分子複合材料中での炭素被覆コバルト粒子のナノ構造、すなわちナノ領域のサイズ分布と凝集状態を評価する方法を確立した。現在、その結果をラボ系の実験で生かすために市販の小角X線散乱測定の装置でどこまで精度良くサイズ評価ができるのかを確認しているところである。放射光利用の実験としては本課題をもってコアシェル粒子の基礎的なナノサイズ評価の検討を終了し、今後はプロセスにおける凝集状態やナノ構造の変化等に着目し、加熱や延伸を行った状態での分析に取り組む予定である。そのスタート実験として松葉研究室で研究を進めてきた材料の冷却プロセスの違いによるサブミクロン構造の違いをUSAXS測定により評価した[5]。次回以降の課題ではこの経験を生かして高分子材料の冷却プロセスによる球晶や結晶の構造変化等を調査し、具体的なプロセス評価の研究に着手したいと考えている。
参考文献:
[1] 中村浩、舘和幸、日本レオロジー学会誌、27, 161(1999).
[2] http://www.sigmaaldrich.com/prodimages/6/697745_sem_tem.jpg
[3] 豊川秀訓、SPring-8利用者情報、14, 300 (2009).
[4] S. Föster, L. Apostol, W. Bras, J. Appl. Crystallogr., 43, 639 (2010).
[5] 松葉豪ほか、論文投稿準備中
ⒸJASRI
(Received: February 8, 2012; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)