Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
次世代CMOSグラフェンチャネル実現に向けた硬X線光電子分光によるゲート絶縁膜の最適化
Optimization of the Gate Insulator Studied by Hard x-ray Photoelectron Spectroscopy for Future CMOS Graphene Channel
(独)産業技術総合研究所 グリーン・ナノエレクトロニクスセンター
Collaborative Research Team Green Nanoelectronics Center, AIST
- Abstract
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我々はグラフェンのチャネル材料としての高いポテンシャルに着目し、次世代CMOSチャネル候補として大面積基板上での成長技術やFETトランジスタ作製プロセス開発を行ってきた。今回、原子層堆積法や電子ビーム蒸着法などの異なる方式で作製した絶縁膜とグラフェンの界面電子状態を硬X線光電子分光により調べることで、現在想定し得るゲート絶縁膜候補材料とグラフェン界面での電子状態から絶縁膜としての適性の検討を行った。その結果、グラフェン直上にはSiO2やAl酸化膜を絶縁膜として堆積することが望ましく、その上に別途High-k等の絶縁膜を堆積すれば良いことがわかった。今後さらなる検討を行い、グラフェンFET作製プロセスの最適化を推し進める予定である。
キーワード: 硬X線光電子分光、グラフェン、CMOS
背景と研究目的:
近年、低炭素社会実現に向けた技術開発のニーズは様々な分野において大きくなりつつあり、半導体技術においてもその一環としてさらなる高速化及び低消費電力化が求められている。今日まで、そのような半導体デバイスの性能向上は微細化によって達成されてきたが、微細化による弊害やその限界が指摘されつつあることから、より高速化・低消費電力化が実現可能な代替材料への注目が大きくなりつつある。その中でもグラファイト一層分からなるグラフェンは、シリコンと比較して圧倒的に高い電子移動度や高い熱伝導性から次世代のチャネル材料・配線材料として大きな注目を集めている[1]。我々は次世代CMOSチャネル候補としてのグラフェンの高いポテンシャルに着目し、300 mm以上の大面積基板へのグラフェンチャネル適用を念頭に、グラフェンの大面積基板上での成長技術やFETトランジスタ作製プロセス開発を行ってきた[2]。
グラフェンをチャネル材料とした場合には、従来用いられている絶縁膜材料や電極材料などの最適化は重要であり、特にグラフェンの優れた物理特性を活かす上でもグラフェン特性を阻害しないような最適なゲート絶縁膜の選定が必須となる。すでにグラフェンのゲート絶縁膜としてHfO2やAl2O3が提案されておりデバイス特性も示されているが、チャネルの特性に直接寄与し得る表面から数ナノ-数十ナノメートル離れたグラフェンとゲート絶縁膜との界面構造に関してはプローブすることが困難であることからほとんど研究がなされておらず、界面の構造や電子状態と実際に得られたデバイス特性の相関は未だ解明されていない。
そこで本課題では、原子層堆積法(以下、ALD:Atomic layer deposition)や電子ビーム蒸着法といった異なる方式で作製した絶縁膜とグラフェンの界面電子状態を、10 nm前後の長い平均自由行程を有する硬X線光電子分光により調べることで、ゲート絶縁膜の候補を選定しグラフェンFET作製プロセスの最適化に資することを目的とする。
実験:
実験はSPring-8のBL46XUで行い、入射光X線エネルギーは7940 eV、アナライザーにはVG-SCIENTA製R4000を用いた。また、Auのフェルミ端によりエネルギーの較正を行った。Pass Energyは200 eV、光電子検出角は80°を用い、測定は全て室温で実施した。測定した試料にはCu上に合成したグラフェンを用い、その上に電子ビーム蒸着法により、SiO2薄膜、Al薄膜を0.5-1 nm程度の異なる膜厚で堆積した。Al薄膜はこの程度薄ければ堆積後に酸化するため絶縁膜とみなされる。加えて、電子ビーム蒸着法以外にも絶縁膜の作製方法として良く知られたALD法による絶縁膜の堆積を行った。ただ、ALD法のみではグラフェン上に絶縁膜を堆積させることが難しく、他の絶縁膜上であればHfO2やAl2O3が堆積することが知られているので、Al薄膜をグラフェン上に堆積した後、ALD法によりAl2O3薄膜、HfO2薄膜を1-4 nm程度の異なる膜厚で堆積した。さらに、ALD法で用いることのできる絶縁膜の中ではグラフェン上にも均一に蒸着可能な絶縁膜の一つであるTiO2の堆積も行った。
結果および考察:
図1はグラフェン上に異なる絶縁膜を数nm程度堆積した試料を硬X線光電子分光により測定し得たカーボン(C) 1s内殻準位スペクトルである。スペクトル形状の分析の結果、グラフェンの電子状態がほとんど影響を受けていない絶縁膜は電子ビーム蒸着法で堆積した(b)SiO2薄膜(1 nm)であり、続いて(c)Al薄膜(0.5 nm)であることがわかった。(1 nmの膜厚のAl薄膜でも同様である。)ただし、Al薄膜を堆積後にはグラフェンのメインのピークから高束縛エネルギー側に新たな成分の存在が示唆された。その起源は界面に誘起された結合状態ないしは欠陥に起因した汚れ等の可能性が高いことから、今後デバイス化した際の電気特性への影響など、さらに検討を続ける必要がある。また、図1の(d)及び(e)に示すようにAl薄膜(0.5 nm)上に堆積したHfO2(1 nm)とAl2O3(1 nm)ではグラフェンの電子状態が大きく変調されないことが今回明らかとなり、Al薄膜と同様にゲート絶縁膜としての可能性があることが示唆された。
一方、ALD膜として他の材料とは異なり一様に堆積するものの、(e)TiO2(1 nm)ではグラフェンの電子状態が大きく変調しており、絶縁膜としては問題があることがわかった。図2は同じく硬X線光電子分光により測定したハフニウム(Hf) 3d内殻準位スペクトルである。グラフェン上に直接HfO2(1 nm)を堆積した場合(a)とグラフェン上に堆積したAl薄膜(0.5 nm)上にHfO2(1 nm)を堆積した場合を比較している。Al薄膜を界面材料として用いた場合にはHf由来の光電子ピーク強度は3倍以上となり、界面での酸化膜の有無にALD膜の堆積の可否が依存していることが確認された。Al2O3の場合でも同様の結果を得た。なお、図2(a)において観察されたHf由来の光電子ピークはわずかに低束縛エネルギー側にシフトしており、グラフェン端や露出した銅触媒部分に主に堆積している可能性が高いと考えられる。
図1 カーボン(C) 1s内殻準位光電子スペクトル。
(a)グラフェン、(b)SiO2を堆積したグラフェン、(c)Alを堆積したグラフェン、(d)HfO2/Alを堆積したグラフェン、(e)Al2O3/Alを堆積したグラフェン、(f)TiO2を堆積したグラフェン。
図2 ハフニウム(Hf) 3d内殻準位光電子スペクトル。(a)直接HfO2を堆積したグラフェン、(b)HfO2/Alを堆積したグラフェン。
以上のように、現在想定し得るゲート絶縁膜候補材料とグラフェン界面での電子状態を、硬X線光電子分光法により調査した。各材料のゲート絶縁膜としての適性の有無についての知見を、その堆積プロセスへの依存性も含め、得ることができた。
今後の課題:
今回適性が示唆された絶縁膜材料を実際のデバイスプロセスに適用し、引き続き光電子分光の結果と電気特性を合わせたゲート絶縁膜の最適化を進めていく予定である。
参考文献:
[1] K.S.Novoselov, A.K.Geim, S.V.Morozov, D.Jiang, Y.Zhang, S.V.Dubonos, I.V.Grigorieva, A.A.Firsov, Science 306 (2004) 666.
[2] D.Kondo, S.Sato, K.Yagi, N.Harada, M.Sato, M.Nihei, N.Yokoyama, Appl. Phys. Express 3 (2010) 025102.
ⒸJASRI
(Received: May 8, 2012; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)