SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

X線CTによる海水系セメント材料のカルシウム溶脱劣化の測定
Observation of Calcium Leaching Degree of Sea-water Cementitious Materials Using X-ray CT

DOI:10.18957/rr.3.2.472
2012A1193 / BL20XU

人見 尚

Takashi Hitomi

 

(株)大林組

Obayashi. Co. Ltd.

 

Abstract

 海水で練り混ぜたセメント(海水系セメント)に対し、硝酸アンモニウム溶液浸漬によるCa溶脱前後の内部組織変化についてX線CTによる観察を行った。その結果、海水系セメント材料にシリカフュームを混和することによって、可溶性の水酸化カルシウムが難溶性のカルシウムシリケート化合物に変質し、Caの溶脱を防ぐ効果のあることが分かった。また、海水を混ぜていないセメントおよび海水系セメントに特殊混和材を混ぜたセメントと比較することにより、海水の添加がカルシウムシリケート化合物の変質を抑える傾向にあること、特殊混和材の使用は、その変質抑制の効果を高めることが分かった。これによって、海水を用いたセメントの溶出劣化程度は、通常のセメントに比べて低くなることを確認した。


キーワード: 海水系セメント、X線CT、溶脱観察


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背景と研究目的:

 離島や沿岸地などコンクリートを製作するにあたり上水の調達が困難な場所での施工では代替材料として海水の使用が望まれる。しかし、海水に含まれる塩素イオンなどのマイナスイオンは、コンクリート中の鉄筋を腐食させ膨張させるために、コンクリートを破壊する原因物質として考えられてきた。このため、これまで海水を材料に用いた例はほとんどない。本研究では、製鉄所からの副産物である高炉スラグをセメントに混入することにより、普通ポルトランドセメント単体のものに比べ、遊離カルシウム(以下、Ca)の含有量を抑制し、水溶性のない安定な水和鉱物の生成の割合を増やすことを目的として、高炉セメントを材料に、これらを海水で練り混ぜた海水系セメント材料によるセメント硬化体を作製した。海水に多く含まれるマイナスイオンとの高炉セメントのCaイオンとの結合による鉄筋腐食を起こすマイナスイオンのフリーデル氏塩などの生成による固定と、生成塩類の空隙充填効果による緻密な硬化体組織が形成されるとの期待があった。

 2011B期の課題において海水系セメント系材料のひび割れの通水条件における自己修復機能について検討を行い、一部の材料において修復の傾向が見られることを確認した[1,2]。このように、海水系セメント系材料は高い反応性を有していることが示されたが、長期間の挙動に関しては明らかでない。セメント硬化体中のCaイオンは長期間水に接するとCaイオンは接触水に再溶出する。Caの再溶出は硬化体組織の粗化もたらす。セメント硬化体組織には微小な空隙が存在し、これがCaの溶出経路となることが知られている[3]。コンクリートにおけるCa再溶出の現象は数年単位で表層から数ミリメートル程度と極めて遅いが、構造物への供用期間は数十年以上を想定しているため、溶出の進行は構造物の健全性に大きな影響を及ぼすと考えられる。

 本研究では、海水系セメント材料のセメント硬化体の微細構造組織の観察と、硝酸アンモニウム溶液浸漬によって加速したCaの溶出による組織の変化について調べた。

 

実験:

 対象とした試料は、以下に示す5種類とした。基本材料は高炉セメント(BC)を上水で練混ぜたもの(WC)とした。その他、低アルカリ化を目的として高炉セメントの質量比で15%をケイ素系混和材料であるシリカフュームで置換し上水で練り混ぜたもの(WCSF)、これらを海水に変えた高炉セメントを海水で練り混ぜたもの(SC)、高炉セメントの15%をシリカフュームで置換し海水で練り混ぜたもの(SCSF)、さらにSCSFに特殊混和材を加えたものSCSF-SPを対象とした。高炉セメントに混和した化学活性度の高いアモルファスなケイ素材料であるシリカフューム、および特殊混和材は、セメントと結合することにより、セメント硬化体の緻密さを増す機能を有するとされる。いずれも水-結合材比は50%とした。試料作製日よりそれぞれ300日を経過したものを用い、幅1.5 mm以下,長さ15 mm程度の角材形状に加工した。表1に試料構成材の組み合わせを示す。上段の2つは、セメントおよび混和材料を上水で練り混ぜる通常の組み合わせであり、下段の3つはこれを上水から海水に変更し練り混ぜたものである。

 申請では、引張力を加える試験を予定していたが引張試験装置のピエゾ部の故障により、試料に力を加えることができなかったため、載荷試験装置をそのまま使用し、浸漬試験のみを行った。

 

表1 試料構成材の組み合わせ

 浸漬水には試料からCaを溶出させる効果の早い濃度2%の硝酸アンモニウム溶液を使用した。浸漬時間は3時間とし、浸漬前を含め1時間ごとにCT撮影を実施した。CT撮影時には浸漬液は除去した。

 CT装置はBL20XUのものを用いた。画素寸法は0.5 µm,画素数は2000 × 2000,高さ方向の画素数は1400とした。CT撮影は、照射エネルギーが15 keV,露光時間が300 ms,投影数は0.1°ステップの1800とした。断面図の再構成を行い、吸収計数の分布として得られた各断面図は、吸収計数を最小値0 cm-1、最大値40 cm-1で規格化した256階調のグレースケールで表示した。得られた断面図群に対し、任意の断面について、浸漬前と3時間浸漬後の同一断面を位置合わせしたうえで比較した。比較の際には断面の差分画像も作成した。図1に浸漬前後の試料の断面および差分画像を示す。画像は、左側が浸漬試験前,中央が浸漬試験後,右側が差分画像を示す。視野の大きさは1 mmである。断面図の明色部、暗色部はそれぞれ吸収係数が大きい部分、小さい部分を示す。差分画像は、浸漬前から浸漬後の画像を差し引いたもので、明るい領域はもともと存在したが、浸漬によって消失した領域ということを示す。視野の中心は、試料の中心に合わせた。このため溶出による劣化は中心に向かって同心円状に進行する。

 

結果および考察:

 浸漬試験前後の断面で、大きさが50~200 µm程度の明るい色調の粒子が散在しているが、これは高炉スラグ微粉末や未水和のセメント粒子と思われる。さらにすべての試料の断面においてその周囲に存在する灰色の領域は難溶性のカルシウムシリケート化合物と考えられる。

 図1におけるWCやWCSFでは、浸漬後の画像では周辺に密度の低い領域の存在する様子が見られた。差分画像においてこの傾向を明瞭に見て取ることができる。差分画像ではこれらの周囲に行くほど明るくなり、密度の変化が顕著だったことを示す結果が得られた。例としてWCの浸漬試験後の結果に低密度領域として示す。

 海水を入れて練り混ぜたグループのうちSCでは、差分画像の全体に明るい領域が広がり、劣化領域が全域に及んでいる結果となった。このことは、可溶性の成分が試料に多く含まれることを示唆する結果となり、ただ海水で練り混ぜたのみでは、Ca溶出を抑制する機能は期待できないと考えられる。

 SCSFの結果においては、差分画像からも明らかなように、白色の塊での消失部分は存在せず、WC,WCSFおよびSCに比べてCaの溶出は顕著でなかったものと考えられる。SCSF-SPにおいてもCaの溶出の傾向は顕著でない結果となった。以上より、海水系セメント材料でも特にシリカフュームを混和した材料では浸漬試験において上水を用いたセメント材料に比べてCaの溶出が少ないことを示していると考えられる。これによって、海水を用いたセメントの溶出劣化程度は、通常のセメントに比べて低くなることを確認した。

 

今後の課題:

 X線回折などと組み合わせ、生成鉱物の同定を行い、どのような成分が本実験の効果をもたらすのかを究明することが課題としてあげられる。

 

参考文献:

[1] 人見尚ほか:海水で練混ぜた高炉スラグモルタルの自己治癒特性に関する考察,コンクリート工学年次論文集, 34(1) (2012) 1414-1419.

[2] 人見 他、SPring-8/SACLA利用研究成果集(SPring-8 Research Report), 2(1) (2014) 20-22.

[3] 人見尚ほか:ポゾラン高含有セメント硬化体の溶脱抵抗性の評価,コンクリート工学年次論文集, 31(1) (2009) 775-780.

 

ⒸJASRI

 

(Received: November 16, 2012; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)

図1 浸漬前後の各断面と差分画像