Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
食感を構築するゼラチンゲル構造の解明と糖質添加による構造変化の把握
The Elucidation of Gelatin Gel Structure which Builds Texture, and Grasp of the Structural Change by Non-fibrous-Carbohydrates Addition
aカンロ(株), b(公財)高輝度光科学研究センター
aKanro. Co. Ltd., bJASRI
- Abstract
-
菓子のグミキャンディーやゼリーには「噛み応え」という食感を付与する為にゲル化剤であるゼラチンが使用されている。このゼラチンが構築するゲル構造に関してX線小角散乱(SAXS)測定を行い、その濃度及び糖質依存性について解析した。ゼラチンの濃度上昇と共に相関長は短くなり、より密なゲル構造が構築されていると解釈された。また添加する糖質の分子量が大きいほどゲル化速度が遅いという経験則と整合した測定結果が得られた。
キーワード: ゼラチン、ゲル、構造、糖質
背景と研究目的:
お菓子において顧客が求めるものは楽しさや美味しさであり、その「食感」は菓子の美味しさの重要な構成要素である。また、食感コントロールの延長線上には近年注目されている咀嚼嚥下が困難な方を対象(介護用途、幼児用、等)にした菓子開発という新しい市場開拓の可能性が見出される。このようにお菓子を含む食品業界において食感制御は商品の差別化という観点で重要な課題である。
弊社の主力商品の一つであるグミキャンディーには「噛み応え」という食感を付与する為にゲル化剤であるゼラチンが使用されている。この「噛み応え」はゼラチン自身の硬さによるだけでなく、グミキャンディーの主組成である糖質の成分を変えることにより変化する。これらの食感の相違は、ゼラチンにより構築されるゲル構造(図1)が、ゼラチンの種類の違いや糖質成分の影響によって変化することにより発現すると考えられる。ゼラチンのゲル構造については伊藤ら[1]から広角X線回析測定によりヘリックス間の距離が1.2 nm、ヘリックス中のアミノ酸残基の繰り返しに0.29 nmとの報告がある。しかし測定を行ったゼラチンは脱水物でありゲル構造は収縮していると考えられ、未だ含水状態のゲル構造についての報告はない。
図1.コラーゲンから加水分解されたゼラチンのゾル−ゲル変化
また、この糖質共存型のゲル構造について実証されたモデルもないため、どういったメカニズムで変化が起こるのかについて理論的な裏付けのある知見は無い。そのため、食感のコントロールは経験知によっているところが大きい現状である。この食感制御の理論的な指針が得られれば、新商品(新食感)開発の効率化が図れると考える。
本研究の目的は、ゼラチンゲル構造の、ゼラチン原料のゼリー強度および添加する糖質の種類(砂糖、果糖、水飴)に対する依存性をSAXS測定により調べ、構造と食感の相関を評価し、食感制御メカニズムを解明することである。なお、クリープメーター(RE-233005S YAMADEN製)を使用したグミキャンディーの破断強度試験(円柱形貫入型プランジャー使用)においては、水飴を主とするグミと比較し砂糖を主とするグミの破断応力は2倍以上となることから食感の糖質依存性が明らかとなっている。本研究ではまず、ゼラチン試料のSAXSプロファイルの特徴がどのような構造単位(へリックス、糖質分子、等)に起因するのかを検討してゼラチンのゲル構造モデルを構築するため、溶解状態のゼラチンがゲル化する過程でのSAXSプロファイルの変化を観察することを目指した。当初は、これまで確定することが難しかったゲル化完了時間を捉えることを目標として、SAXSプロファイルの時経変化を連続時分割測定で追うことを予定していた。
しかし、測定で試料に対するX線照射ダメージが認められたため、今回の実験ではまず照射ダメージを与えない実験条件を行った後、ゲル化前後のみの測定で得られたSAXSプロファイルの比較を行った。
実験:
実験はSPring-8の偏向電磁石を光源とするビームラインBL19B2のX線小角散乱装置を用いて行った。入射X線は、エネルギーをモノクロメータで18 keVに単色化した0.7 mm(垂直)×5 mm(水平)のビームサイズを、モノクロメータ下流の2つのX線ミラー(第1ミラー:子午線湾曲ミラー、第2ミラー:サジタルシリンダーミラー、ミラー角2 mrad)を用いてミラーから約67 m下流の検出器位置(第3実験ハッチ内)に集光して用いた。検出器は2次元ピクセル検出器PILATUS2M(検出面サイズ253.7×288.8 mm、ピクセルサイズ172×172 µm)を使用した。ビームサイズは集光したビームをさらに検出器から約5 m上流の位置(第3実験ハッチ内)に設置した開口サイズ0.4×0.4 mmのスリットで成形して、試料に照射した。試料の直前には上流からのバックグラウンド散乱抑制用のガードスリットとして1 mmφのアパーチャを設置した。試料は検出器からカメラ長約3 m上流の位置(第2実験ハッチ内)に設置した。カメラ長はコラーゲンの回折パターン(構造周期:64 nm)を用いて較正した。ビームサイズは検出器位置で約0.3 mmφであった。上流から試料までのX線入射パス、試料から検出器までの透過X線と散乱X線のパスには真空パスを設置した。ダイレクトビームストッパーは3 mmφのカップ状のものを検出器直前の真空パスの中に設置した。試料は厚み3.2 mmのガラスプレートにセットし測定を行った。なお、標準的な装置条件ではビーム強度が高くゲル試料のゾル化が目視で確認された。そこで、アッテネータで強度を1/50とし露光時間については10秒から5分へ変更し、試料のゾル化が起こらないことを確認した後に測定を行った。
サンプルは下記の水準の組成のものを準備した。計測はゲル化前の作製時(0時間)とゲル化が進行した6時間後に行った。
(1) ゼラチン:水=2%:98%(糖類無添加)
(2) ゼラチン:水=4%:96%(糖類無添加)
(3) ゼラチン:水=20%:80%(糖類無添加)
(4) ゼラチン:砂糖:水=4%:4%:92%
(5) ゼラチン:果糖:水=4%:4%:92%
(6) ゼラチン:水飴:水=4%:4%:92%
結果および考察:
図2にサンプル(1)(2)(3)のゲル化前後のSAXSプロファイルを示す。図2にてゼラチン濃度が2, 4, 20%と増加するに従い信号強度は高くなるが、どのデータにも共通してq=0.3〜1 nm-1の近傍に上に凸の屈曲点が確認できる。この屈曲点より高q側のデータのq依存性がq-1を示していることから、散乱体の形状が棒状であることが示唆される。これらの特徴から、この散乱プロファイルがゲル構造の構造単位と推測されている棒状のヘリックスに起因するものであり、屈曲点はこのへリックス同士の空間相関に起因するものであることが推察される。この屈曲点の位置が濃度上昇と共に高q側に移動していることから、濃度上昇とともに相関長が短くなったことが示唆される。このことから、ゲル構造において網目状につながっているヘリックス同士の間隔が濃度上昇とともに縮小し、より密なゲル構造が構築されていると推定された。
図2. SAXSプロファイルデータ(1)ゼラチン2%、(2)ゼラチン4%、(3)ゼラチン20%
6時間後のゲル化進行後の測定データではサンプル(2)(3)についてはより長周期の散乱体の空間相関の発達を反映する低q側の強度が上昇しており、ゲルの網目構造の発達が示唆された。(1)のサンプルについてはこの傾向が見られなかったが、この試料については形成されたゲルが弱く脆い状態であったため、この結果はこのゲルの状態を反映していると考えられる。
次にゲル構造に対しての糖質の影響について検討したサンプル(4)(5)(6)のデータを図3, 4, 5に示す。これらのデータでは(5)果糖のみが6時間後に低q側で上昇傾向が見られた。経験則では添加する糖質の分子量が小さくなるほどゲル化の進行は速くなり、果糖は水飴、砂糖と比較し分子量が最も小さい事からゲル化は最も早く進行すると考えられる。この結果はこの経験則と整合している。
図3. SAXSプロファイルデータ(4)ゼラチン4%:砂糖4%
図4. SAXSプロファイルデータ(5)ゼラチン4%:果糖4%
図5. SAXSプロファイルデータ(6)ゼラチン4%:水飴4%
今後の課題:
今後は網目構造の発達による低q側のプロファイルをUSAXSで精密に測定することを検討する。測定を行うことでゲル構造全体の大きさやヘリックスの長さや太さが推定可能となり、ゲルを形成する架橋点のペプチド鎖の平均本数や糖類などの添加物分子との相互作用など明らかにすることができると考える。そしてより詳細なゲル構造の解明を目指す。
参考文献:
[1] M. Itoh et al, Journal of The Society of Photographic Science and Technology of Japan, 58(1) 2-8, (1995)
ⒸJASRI
(Received: June 10, 2013; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)