Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
タイヤで用いられるゴム/ブラス接着層中のCu、Znの化学状態解析
Analysis of Chemical States of Cu and Zn in Rubber/Brass Adhesion Layer Used in Tire
横浜ゴム株式会社
THE YOKOHAMA RUBBER CO.,LTD.
- Abstract
-
タイヤ中のスチールコードとゴムを接着させることで強固な複合体となり耐久性が維持される。金属接着用ゴムには硫黄Sが多く含まれており、ゴム中の架橋およびゴムと金属の結合の役割をする。しかし、Sと銅Cu、亜鉛Znの反応や構造についての詳細は分かっていない。そこで、ゴム中に平均10 µm径のブラス(真鍮)粉末を練りこんだ後、加硫(加熱)処理して、加硫時間または老化条件ごとにCuおよびZnの化学状態をXAFS測定にて解析した。加硫することでブラス表面においてCuの硫化反応が進行し、湿熱老化によりさらに化学状態が変化することが分かった。Znについては、存在比率が低くブラス粉末中のZnも透過したと考えられるため、金属Znとの明確な違いや接着前後の変化は把握できなかった。今回の測定により、金属接着ゴム中のCuの化学状態を把握することができた。
キーワード: タイヤ、ゴム、接着、ブラス、銅、亜鉛、XAFS
背景と研究目的:
タイヤの耐久性向上に対して重要なことは、ゴムの耐劣化性を向上すること、タイヤの補強材として用いているスチールコードとゴムの接着を長期に安定化させ、接着破壊を起こさせないこと、が挙げられる。特に、車両走行中に接着破壊が生じた場合には、タイヤがバーストして重大事故に派生する危険性があるため、接着の長期安定化は極めて重要な課題である。タイヤ中にあるスチールコード表面にはブラス(Cu-Zn合金)めっきが施してあり、ブラスとゴムがゴム中の硫黄Sを介して反応することで接着する。ブラス表面のゴム接着反応は数多く研究されてきたが、内容の多くはXPSやXRDによる接着界面分析が主であった。CuやZnの化学状態、触媒作用を解明することができれば、より接着性を高めるための新たな配合手法が得られる。ゴム中に微量に存在するCuやZnの化学状態を解析するにはSPring-8においてXAFS測定することが非常に有効である。ゴム/金属接着におけるCuおよびZnの役割の把握のため、ゴムの熱処理(加硫)前後および老化前後のゴム中や金属接着層のCuおよびZnを解析することを目的とした。
実験:
ゴム試料をブラス板上に載せるとブラスの影響が強く出るため、接着層の観察モデルとして10 µmのブラス粉末(Cu/Zn=80/20)をゴム試料に配合した。モデルの対比として、10 mm角×1 mm厚のブラス板の上に50 µmのゴムを乗せて10 min加硫した試料を測定した。ゴム試料には天然ゴムに酸化亜鉛、硫黄、加硫促進剤とコバルト塩が含まれる。170°Cで5、10 min加硫して2 mmのゴムシートとした。10 min加硫したゴムシートを用いて、熱老化は70°Cで2週間行った。BL14B2にて、透過法でXAFS測定した。ブラス標準物質(Cu/Zn=65/35)およびブラス板上の測定については蛍光法にて測定を行った。スペクトルの解析にはIfeffitのAthenaを用いた。標準物質としてCuZn、ZnO、Znの測定を透過法にて行った。標準物質と熱により化学変化したCu化合物とZn化合物のK吸収端のピーク形状を比較することによりCuおよびZnの化学状態を解析した。Cu-K吸収端は8979 eVであるため、8656 – 9625 eVの範囲で測定を行った。Zn-K吸収端は9659 eVであるため、9336 – 11176 eVの範囲で測定を行った。
結果及び考察:
実験結果から以下のことが観察された。観察モデルの妥当性の検討のため、ブラス粉末入りゴムおよびブラス板上にゴムを載せた時のCu-K吸収端のXAFS測定を行った。ブラスおよびブラス板上で10 min加硫した試料では加硫前後でXANESスペクトルに大きな違いは見られなかった(図1)。下地にブラス板が存在すると蛍光法では反応物ではなくバルクのCuの影響が反映される。そのため、界面情報がより強く現れると考えられるブラス粉末入り試料にて測定を行った。
図1 ブラス粉末入りゴムはたはゴムブラス板上にゴムを載せたときのCu-K吸収端のXANESスペクトル
ブラス粉末入りゴム中の加硫前後、熱老化後のCu-K吸収端のXANESスペクトルを図2に示す。加硫前はブラスのCuと強度は異なるが同様のエネルギー帯(8980, 8992, 9001, 9024 eV)に吸収が観測された。また、加硫後はCuの主要なピーク(8980, 8992, 9024 eV)が低下して、8985 eV付近に新たなピークが見られた。これらの傾向は加硫時間が変わっても、また熱老化後の試料でも同様であり、XANESスペクトルはいずれもほぼ同じ形となった。加硫時にCuと反応が起こり、加硫時間を延ばしても、また熱老化してもCuの環境は大きく変化しないことが分かった。加硫後に見られる8985 eV付近の吸収は、参考文献[1]より、Cu2S(8984 eV)による吸収と考えられる。このことから今回の8985 eVの吸収はブラス表面にてCuが硫化されたCu2Sであることが考えらる。
図2 加硫前後、熱老化後のCu-K吸収端のXANESスペクトル
ブラス粉末入りゴム中の加硫前後のZn-K吸収端のXANESスペクトルを図3に示す。ブラス中のZnは少量であったが、検出可能であった。ゴム配合には通常ZnOが10 phr程度含まれるが、今回はXAFS測定へのZnの影響を考慮して無配合とした。つまりブラス粉末中のZn成分が直接検出できていることになる。加硫前は9670 eVと9680 eVに吸収が見られた。9680 eVの吸収より、ZnではなくZnOの影響が見られた。加硫前後のスペクトルにおいて、9662 eVや9668 eVあたりにやや変化が見られ、何らかの構造変化が生じていると考えられる。また、加硫前のピークはノイズが大きかったが、加硫後はノイズの小さい曲線になった。加硫前はブラス粉末中のZnの検出感度は低かったが、加硫後はZnのゴムへの溶出等により検出感度が良くなったのかもしれない。参考文献[2]の標準試料測定より9662 eVの吸収はZnSによると考えられる。通常、ブラス表面は空気中では速やかにZnが酸化されてZnOが生成する。加硫後も接着層にZnOが形成されたため、同様の吸収が検出されると推定した。
図3 加硫前後、湿熱老化後のZn-K吸収端のXANESスペクトル
以上の結果から、ブラス粉末を配合したゴムのXAFS測定を行うことで加硫時のCu、Znの化学状態が観測でき、加硫時間ごとおよび老化後の状態変化を把握することができた。CuやZnは加硫によりそれぞれ硫化物を形成することが分かった。
まとめ:
SPring-8におけるXAFS測定により加硫前後および老化前後のCu、Znの化学状態を測定することができた。ブラス板ではCuやZnの硫化反応物の把握は難しかったが、ブラス粉末をゴムに配合することで透過法にて硫化物を測定することができた。ブラス粉末配合によるXAFS測定は有効な方法であった。ブラス粉末をさらに小粒径化して混合すれば相対的に表面情報が強くなるため、Cu、Znの化学状態がより詳細に把握できると考える。また、XAFS測定において老化後の化学情報をさらに把握できれば、劣化を抑制するゴム配合手法に結びつくと考えられる。
参考文献:
[1] 市野邦男、伊東純一、SPring-8課題利用報告書2006A:2006A0160
[2] 藤原茂樹ら、JFE 技報, 13, 65 (2006)
ⒸJASRI
(Received: June 10, 2013; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)