SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

炭酸ジルコニウムアンモニウムのEXAFS解析 (V)
EXAFS Analysis of Ammonium Zirconium Carbonate (V)

DOI:10.18957/rr.3.2.537
2012B1901 / BL14B2

高崎 史進a,c, 中島 圭一b, 小川 信明c, 藤原 一彦c

Fumiyuki Takasakia,c, Keiichi Nakajimab, Nobuaki Ogawac, Kazuhiko Fujiwarac


a第一稀元素化学工業(株), b日本パーカライジング株式会社, c秋田大学

aDaiichi Kigenso Kagaku Kogyo. Co., Ltd., bNihon Parkerizing. Co., Ltd., cAkita University


Abstract

 グリコール酸、酒石酸、シュウ酸、クエン酸、リン酸、EDTAおよびエチドロン酸を加えた炭酸ジルコニウムアンモニウム水溶液のZr-K吸収端EXAFS解析を行った。エチドロン酸、EDTAおよびリン酸を加えた場合に、添加剤濃度増加に伴うEXAFS振動およびフーリエ変換スペクトルの変動が確認された。これは、添加剤による配位子置換反応に起因すると考えられる。これらの添加剤のなかで、特にエチドロン酸はジルコニウムの構造を変える効果が大きいことがわかった。


キーワード: 金属表面処理、クロムフリー、炭酸ジルコニウムアンモニウム(AZC)、溶存構造、EXAFS解析


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背景と研究目的:

 従来、金属表面処理の分野では、防錆性能、コストおよび処理の容易さ等の利点から六価クロムによる化成処理が主流であった。六価クロムの有害性が認知され、家電製品への含有を規制するRoHS指令が発令された近年においては、六価クロムの全廃が業界の最終目標となっている。しかし、六価クロムの代替は容易ではなく、今なお多くの検討が続けられている。

 六価クロムの代替候補としてジルコニウム(Zr)が注目されている[1, 2]。なかでも炭酸Zrアンモニウム (Ammonium Zirconium Carbonate、以下AZC) 水溶液は、低毒性かつ水溶性高分子化合物との反応性に富む等の理由から、利用の拡大が期待されている。

 Zrイオンの溶存構造が溶液の成分組成に依存して変化することは古くから知られている[3, 4]が、その溶存構造の詳細および応用機能との関係についてはよくわかっていなかった。我々は、塩化Zr水溶液のEXAFS解析により、成分組成の違いよる溶存構造変化とポリビニルアルコールに対する架橋性能の相関について初めて明らかにした[5]。また、AZC水溶液についても溶存構造と架橋性能に相関があることを報告した[6, 7]

 AZC水溶液が適用される金属表面処理薬剤には腐食防止助剤としてキレート剤が添加される場合がある[8, 9]が、このキレート剤は、Zrイオンに作用し、その溶存構造を変える可能性がある。そして、それが、バリア性、密着性等皮膜物性を支配する皮膜構造にダイレクトに影響する可能性が考えられる。この因果関係を解明し、優れた防錆性能を有する皮膜を与えるZrイオンの溶存構造を見出すことにより、六価クロムフリーの拡大が期待できる。本研究では、金属表面処理薬剤を模し、種々キレート剤を添加したAZC水溶液におけるキレート剤のZrイオン構造への影響を解明することを目的として、AZC水溶液中のZrイオンの溶存構造について、Zr-K吸収端EXAFS解析により検討した。


実験:

 炭酸ジルコニウム (Zr(OH)a(CO3)bnH2O、a ≈ 3.2、b ≈ 0.4、n ≈ 6.9)、炭酸水素アンモニウム、アンモニア水および純水を混合し、エージングすることで、[Zr] = 3 M ([Zr]:[NH4+]:[CO32−] = 1.0:2.2:1.7)のAZC水溶液を調製した。このAZC水溶液にグリコール酸、酒石酸、シュウ酸、クエン酸、EDTA、リン酸水素二アンモニウム、エチドロン酸のいずれかを加えた。さらにアンモニア水の添加によりpH 調整した後、純水で[Zr] = 0.1 M (ZrO2換算で1.0 wt%) に希釈した。これらの溶液のpHは9.0〜9.2であった。また、結晶(NH4)3ZrOH(CO3)3・2H2O[10] (ZrO2換算で30 wt%) 0.13 gと窒化ホウ素0.52 gを均一に混合した粉末を成型し1 mm厚のペレットとした。

 AZC水溶液および結晶について、17.6〜19.5 keVのエネルギー範囲のX線吸収スペクトルを透過法クイックスキャンで測定した。二結晶分光器にはSi(111)を使用した。溶液をポリエチレン袋に入れて(光路長15 mm)、5分のスキャンを3回行い、スペクトルを積算した。AZC結晶のペレットは3分スキャンを2回行った。EXAFS解析にはREX2000 (RIGAKU製) を用いた。


結果および考察:

 [エチドロン酸] = 0〜0.122 MのAZC水溶液およびAZC結晶(NH4)3ZrOH(CO3)3・2H2OのZr-K吸収端EXAFS振動スペクトルk3χ(k)およびそのフーリエ変換スペクトルをそれぞれFig. 1およびFig.2に示す。同様に[EDTA] = 0~0.020 Mならびに[リン酸] = 0~0.081 Mのk3χ(k)およびフーリエ変換スペクトルをそれぞれFig. 3およびFig. 4、Fig. 5およびFig. 6に示す。



Fig. 1 [エチドロン酸] = 0〜0.122 MのAZC水溶液および結晶のZr-K吸収端EXAFS振動スペクトル



Fig. 2 [エチドロン酸] = 0〜0.122 MのAZC水溶液およびAZC結晶のフーリエ変換スペクトル


Fig. 3 [EDTA] = 0〜0.020 MのAZC水溶液および結晶のZr-K吸収端EXAFS振動スペクトル



Fig. 4 [EDTA] = 0〜0.020 MのAZC水溶液およびAZC結晶のフーリエ変換スペクトル



Fig. 5 [リン酸] = 0〜0.081 MのAZC水溶液および結晶のZr-K吸収端EXAFS振動スペクトル



Fig. 6 [リン酸] = 0〜0.081 MのAZC水溶液およびAZC結晶のフーリエ変換スペクトル


 次にAZC結晶(NH4)3ZrOH(CO3)3・2H2OのZrイオン周辺構造モデルをFig. 7に示す。この周辺構造の基本的な構成要素である二重のOH架橋によるZrイオン同士の重合およびZrに対する炭酸イオンの二座配位構造は、AZC水溶液においても同様であると考えられる。この二座配位構造ではZrおよび配位子の炭酸イオンのZr-(O2)-C-Oが直線的に配置し、その多重散乱経路長が約3.9 Åであるため、フーリエ変換スペクトルにおいてZr-Zr配位 (3.6 Å) の近傍にこの多重散乱の成分が現れる。従って、各溶液のフーリエ変換スペクトルにおける1.7 Å、3.2 Å付近および3.5 Åのものは、それぞれZr-O配位、Zr-Zr配位およびZr-(O2)-C-O配位 (多重散乱) によるものと推定される。



Fig. 7 AZC結晶(NH4)3ZrOH(CO3)3・2H2O中のZrイオンの周辺構造モデル[10]


 エチドロン酸、EDTAおよびリン酸を添加したAZC水溶液のフーリエ変換スペクトル (Fig. 2、4 および6) において、これらの添加剤の添加量に伴う3~3.5 Åのピークの減衰が認められた。この減衰は特にエチドロン酸を添加した系で顕著であった。このことは、これらの添加剤の添加によりAZCの溶存構造が変化したことを示唆している。グリコール酸、酒石酸、シュウ酸、クエン酸を添加した系では、エチドロン酸、EDTAおよびリン酸の系ほど明確な変動は認められなかった。

 エチドロン酸、EDTAおよびリン酸の添加によるこの変化について、2つの要因が考えられる。ひとつは、Zr-(OH)2-Zrの重合構造が解重合することによりZr-Zr配位数が減少した可能性である。これは、Zrイオンを架橋するOHと添加剤の配位子置換反応によって誘起されると考えられる。もうひとつは、エチドロン酸、EDTAおよびリン酸と炭酸イオンとの配位子置換反応が考えられる。特に、エチドロン酸を添加した場合では、添加量に伴い3~3.5 Åのピークが減衰すると同時に、ピーク位置が短距離側にシフトする傾向が見られた。これは、長距離成分であるZr-(O2)-C-O配位が減少した可能性を示している。


結論:

 グリコール酸、酒石酸、シュウ酸、クエン酸、リン酸、EDTAおよびエチドロン酸のなかで、エチドロン酸、リン酸およびEDTAはZrイオンに配位し、Zr化学種の溶存構造を変える効果が強いことが示唆された。この知見はAZC系金属表面処理薬剤の溶存構造制御および溶存構造に起因すると考えられる様々な現象を理解する上で大変有益なデータである。


今後の課題:

 AZC水溶液を用いた表面処理皮膜の防錆性能等の特性を評価し、Zrイオンの溶存構造と皮膜性能の関係を明らかにする。その結果をもとに、金属表面処理薬剤として優れたものの構造を特定する。


参考文献:

[1] 盛屋 善夫、防錆処理、52、215 (2008).

[2] Ryosuke Sako, Junichi Sakai, Surf. Coat.Tech., 219, 42 (2013).

[3] J. S. Johnson, K. A. Kraus, J. Am. Chem. Soc., 78, 3937 (1956).

[4] A. K. Babko, G. I. Gridchina, Russ. J Inorg. Chem., 6, 680 (1961).

[5] 高崎 史進ら、分析化学、59(6)、447 (2010).

[6] 高崎 史進ら、日本分析化学会第60年会講演要旨集、39 (2011).

[7] 高崎 史進ら、日本分析化学会第61年会講演要旨集、127 (2012).

[8] 勝見 俊之ら、公開特許公報2002-332574号

[9] 河上 克之ら、特許公報 5144660号

[10] A. Clearfield, Inorg. Chimi. Acta, 4, 166 (1970).

[11] S. I. Zabinsky et al., J. Phys. Rev. B, 52, 2995 (1995).



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(Received: April 18, 2013; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)