Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
X線回折によるL10型FeNiナノ粒子の結晶構造解析
Crystal Structure Analysis of L10– FeNi Nano-Particles by X-ray Diffraction
a(株)デンソー, b東北大学, c(公財)高輝度光科学研究センター
aDENSO CORPORATION, bTohoku University, cJASRI
- Abstract
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自動車用高効率モーター用磁石としてL10型FeNi磁石の合成を試みている。結晶構造と磁気特性の相関を調べることで高性能なL10型FeNi磁石合成の指針を得ることを目指した。Fe-K吸収端近傍の異常散乱を利用したX線による構造解析の結果から、比較的保磁力が高い試料はL10構造の約3倍に相当する周期の超構造が存在していることが見出された。
キーワード: L10型FeNi、X線回折、異常散乱、3倍周期
背景と研究目的:
自動車用高性能モーターとしてネオジム磁石が用いられているが、自動車環境における耐熱性を確保するためディスプロシウムなど重希土類元素が添加されている。重希土類は地球上で偏在しており、特定の地域から大部分が産出する。そのため、コストや安定供給の面で問題がある。このような問題を解決して磁石の選択肢を広げるために、レアアースを含まない磁石としてL10型FeNiの合成に取り組んでいる。
L10型FeNiは理論的に100°C以上でネオジム磁石に相当する保磁力が期待され、320°Cの相転移温度以上のキュリー点を有する。我々はこれまでに塩化物還元法でFeNi合金としては非常に大きい700 Oe程度の保磁力を有する合金粉末を得ているが、理論的に期待される保磁力に対してはまだ1桁以上の乖離がある。前回の測定において、L10の超格子構造に由来した回折線以外に高保磁力試料ではより長周期の回折線が観測された。そこで合成条件を変えて保磁力の異なる試料を作製して、保磁力と長周期構造の関係を調べた。
実験:
FeNi合金粉はFe-Ni塩化物を水素化カルシウムで不活性雰囲気中300°Cにおいて還元、塩酸で洗浄して磁気分離することで得た[1]。合金粉の磁化測定を行ったところ保磁力は700 Oe程度であった。得られた合金粉の一部は不活性雰囲気中600°Cで12時間熱処理を行った。熱処理後に磁化測定を行ったところ、保持力は200 Oeまで低下していた。計算化学ではL10構造の規則度と異方性磁界には正の相関があることが報告されており、またCo置換によって規則度が向上することが予測されていたため、NiにCoを20%置換した試料についても評価を行った。
これらの試料をφ0.1リンデマンガラス製キャピラリーに封入して、BL19B2に設置しているカメラ長286.5 mmのデバイシェラーカメラを用いてX線回折測定を行った。X線散乱能が近いFeとNiの規則性をより明確にするために、X線のエネルギーはFe-K吸収端近傍の7.00, 7.11, 7.20 keVとした。積算時間は100 minで行った。
結果
図1に熱処理を行っていない試料に関して、X線の波長を変化させた場合のX線回折の結果を示す。L10構造はfcc結晶の(001)方向に2種類の元素が1層ずつ積層した構造をとるため、(002)の回折が現れる。今回評価した試料では(002)に対して3倍程度に相当する超周期構造(以下、3倍周期)が見られ、Fe-K吸収端に近い7.11 keV近傍で回折線が大きくなった。
図2に熱処理の有無による回折線の変化を示す。X線のエネルギーは7.11 keVである。熱処理をした試料では3倍周期が消失しており、代わりにスピネルフェライトと考えられるシャープな回折線が出現した。
図3にNiにCoを20%置換した試料のX線回折パターンのエネルギー依存性を示す。Co置換による明確な違いは認められない。図4にCo置換試料を600°Cで熱処理した後のX線回折パターンのエネルギー依存性を示す。Co置換していない場合に比べて、7.11 keVの測定時の25°付近のブロードなバックグラウンドの盛り上がり(▼)の残存が異なる。
図1.X線回折パターンのエネルギー依存性
7.00, 7.11, 7.20 keVのX線に対して100 minイメージングプレートを露光して測定した回折パターンである。図中の矢印はL10構造に見られない回折を示しており、最も低角のものは(002)回折線に対しておよそ3倍の周期を有する。次に低角の回折線は3倍周期の1/2程度の周期をもつ。
図2.熱処理の有無によるX線回折パターンの変化
300°Cで還元した試料、さらに600°Cの熱処理した試料のX線回折像である。X線のエネルギーは7.11 keVで測定を行った。図中矢印はL10構造に見られない回折で、×で示したのはスピネル型フェライトと考えられる回折線である。
図3.300°Cで還元したCo置換試料のX線回折パターンのエネルギー依存性
7.00, 7.11, 7.20 keVのX線に対して100 minイメージングプレートを露光して測定した回折パターンである。Co置換による明確な差異はない。
図4.600°Cで熱処理したCo置換試料のX線回折パターンのエネルギー依存性
7.00, 7.11, 7.20 keVのX線に対して100 minイメージングプレートを露光して測定した回折パターンである。熱処理後も25°近傍にブロードなバックグラウンドの盛り上がりが見られる(▼)。
考察:
fccの結晶では双晶構造により(111)の3倍周期の構造が観測されることがあるが、今回の場合(002)の3倍周期なのでこれにはあたらない。(002)の3倍周期の可能性としてはC11f構造の存在が考えられる。L10構造はFeとNiがモノレイヤーで積層した構造であるが、C11f構造はFeあるいはNiのいずれか一方がダブルレイヤーで積層した構造をとる。Y. Mishinらの計算結果によると[2]、低温においてはC11f-FeNi2も安定に存在しえる可能性がある。現在得られる比較的高保磁力の合金の平均的な組成はおよそFe:Ni=1:2であり、このような推定を支持する。逆にL10-FeNiの理論値と大きな乖離があるのはC11f-FeNi2もFe-Ni合金としては高い保磁力を有するが、L10-FeNiに比べると小さいためであると考えられる。ただし、これまでにC11f-FeNi2が実在する報告が無く、X線回折パターンも知られていないため、理論的な計算による検証が必要である。
3倍周期の可能性としては他に層状構造を有するオキシ塩化鉄の存在がある。不活性ガス中の熱処理によって3倍周期が消えてスピネルフェライトが出現することから、何らかの酸素含有化合物の存在が疑われる。合金粒子を生成する際に塩酸洗浄を行っており、この際に後の水洗が不十分で表面に塩素イオンが残ると表面にオキシ塩化鉄が生成している可能性がある。また、洗浄前にNi含有量が少ないFeNi合金が存在し溶解するとすれば、よりオキシ塩化鉄が存在しやすいと考えられる。オキシ塩化鉄についてはX線回折パターンが知られているが、今回の結果には完全には一致しない回折線が見られた。したがって現時点ではオキシ塩化物が存在することは断言できない。
Co置換の有無による違いに関しては7.11 keVの測定において、25°近傍の回折がやや異なっている。L10構造が安定化していたとすれば7.11 keVにおいて25°と35°近傍に超格子回折がより明確に観測されるはずである。しかし、今回の結果では25°近傍の回折はパターンが非常にブロードで3/2倍周期の回折と被ること、35°近傍にはスピネル型フェライトの回折が被ることからL10構造が安定化したとは判断できない。さらなる詳細な検討が必要である。
今後の課題:
3倍周期の起源を明らかにすることが必要である。そのためには第一原理計算によるC11f-FeNi2構造の最適化ならびに回折パターンの計算でその存在の確認を行う必要がある。また、TEM(透過型電子顕微鏡)レベルでのオキシ塩化物の存在の有無を明らかにする必要がある。
さらにそれらの生成過程を明らかにすることで、L10-FeNi合成のための指針を得ることが今後の課題である。
謝辞:
本研究は経産省未来開拓研究プロジェクト「次世代自動車向け高効率モーター用磁性材料技術開発」事業の支援を受けております。
参考文献:
[1] Y. Hayashi et al., J. Magn. Soc. Jpn., 37, (2013), p198.
[2] Y. Mishin et al., Acta Materialia, 53, (2005), p4029.
ⒸJASRI
(Received: October 17, 2013; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)