Volume3 No.2
SPring-8 Section B: Industrial Application Report
ガラスに分散したYAG:Ce蛍光体中のCeのXAFS解析
XAFS Analysis of Chemical State of Ce in YAG-Phosphor Dispersed in Glass
旭硝子㈱ 中央研究所
Research Centre, Asahi Glass Co. Ltd.
- Abstract
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YAG:Ce蛍光体をガラス中に分散する高温プロセスで発光素子の効率が悪化する現象が確認されるため、その原因をCe価数およびCe近傍の局所構造から理解する目的でXAFS測定を行い、XANES評価とEXAFS解析を実施した。蛍光体とガラスを800°Cで焼成した場合にはXANESスペクトルでCe4+のピークが出現し、吸収端エネルギーでも0.3 eVのシフトが見られるなど、一部のCe価数が3価から4価に変化していることが示唆された。また、EXAFS解析において第2配位以降のピークが消失しており、YAG:CeのCe近傍の結晶構造が乱れていた。
キーワード: ガラス、YAG:Ce蛍光体、XANES、EXAFS
背景と研究目的:
近年、白色LED光源の発光効率が従来の蛍光灯と同等以上のレベルに到達し、本格的な普及が進んでいる。さらに、最近ではInGaN等の半導体の理論的な量子収率に近いLED素子が実現し、いよいよ蛍光灯あるいはハロゲンランプに代わる照明の主役になりつつある。しかし、半導体の量子収率が向上して発生光量が増すにつれて、光と熱によって封止材と色変換用蛍光体の劣化が顕在化している。多くの場合、シリコーン樹脂とYAG:Ce蛍光体の混合体が封止&色変換を担っているが、樹脂の透湿による蛍光体の劣化と樹脂自身の変質がこの劣化の原因だと考えられている。(60 W電球相当(12 W出力)のLEDで輝度が70%になるまでの時間がおおよそ4万時間で、そのときに樹脂の着色が確認できる)
そこで、我々は樹脂に代わって本質的に透湿がなく、発光時の熱では変質しないガラス材料に蛍光体を分散することを目指している。しかし、作製プロセスでガラス材料を軟化流動させる必要があるため、蛍光体が高温プロセスを経ることを避けられない[1,2]。この高温プロセスでYAG:Ceとガラス融液の反応の有/無、その反応機構を解明することは、蛍光体分散ガラスを開発する上で重要な要素となる。
Ce価数およびCe近傍の局所構造から蛍光体分散ガラスの特性劣化のメカニズムを理解する目的でXAFS測定を実施したので、以下に報告する。
実験:
ガラス粉末に対して、YAG:Ce蛍光体を5~20体積%の割合で混合し、ガラスが軟化流動する温度で焼成することで蛍光体分散ガラスを得た。XAFS測定を行う前に、蛍光体の量子収率を測定した。
XAFS測定の対象元素はCeであり、LIII吸収端(5.72 keV)近傍のエネルギー吸収はSi:111面で分光し、K吸収端(40.44 keV)近傍のエネルギー吸収はSi:311面で分光し、それぞれを19素子Ge半導体検出器を用いた蛍光法で測定した。Ceイオンの濃度は0.2wt%未満であり、最も素直な測定手法である透過法でのサンプル測定では十分な感度が期待できないため、蛍光法を選択した。価数評価のためのリファレンスサンプルとガラスに希釈していないYAG:蛍光体については透過法と蛍光法の両方で測定を行い、その補正後のスペクトル形状では有意な差異が無いことを確認している。
測定サンプルの詳細(ガラス組成系、焼成温度、量子収率)および測定吸収端について、表1に示す。焼成温度について、例えば(420→550)と記載しているが、これは、420°Cで1次焼成したあと、そのまま550°Cに昇温し2次焼成する、2段階焼成を意味している。LIII吸収端の測定はXANESスペクトルを得る目的で、K吸収端はEXAFS解析のために測定した。一部のサンプルではBaを含み、Ce-LIII吸収端とBa-LII&LI吸収端が重なるため、Ce-K吸収端でのXANESスペクトルも評価を試みた。ただし、測定時間の都合で、一部の測定ではCe-LIIIのみの測定になっている。
表1 測定サンプルの詳細(ガラス組成系、焼成温度、量子収率)および測定吸収端
結果および考察:
リファレンスサンプルの測定から、Ceの存在状態が3価と4価では異なるシグナル形状であることが確認できた。YAG中のCeが3価であることも確認でき、参考文献[3]とも一致していた。吸収端エネルギー(E0)は、Ce3+で5719.46 ± 0.02 eV、Ce4+で5722.01 ± 0.63 eVであった。E0は規格化後のエッジジャンプのところで、吸光度が0.5になるエネルギーを読み取った。
Bi-glass 1~5および参照物質のYAGとCeO2のCe-LIII XANESスペクトルを図1に示す。Bi-glass 5以外の蛍光体分散ガラスはYAGと同様のスペクトル形状であり、Ceはほとんど全て3価であると考える。Bi-glass 5では5735 eV付近にCe3+では見られないショルダーがあり、これはCe4+のピークが僅かに混在しているためだと考えられる。
図1 蛍光体分散ガラスのCe-LIII XANESスペクトル
Si-glass 1, 2、Bi-glass 6, 7にはガラス成分にBaが含まれており、Baの吸収端がCe-LIIIに近い(Ba-LII(5.62keV), LI(5.99 keV))ため 、ピーク形状での評価は難しいが、E0は導出することができた。蛍光体分散ガラスのE0と発光の量子収率の相関を図2に示す。図1でCe4+由来と考えられるショルダーが見えたBi-glass 5のみ量子収率が27%と特異的に低く、Ce3+のE0範囲を外れ、Ce4+側にシフトが見られた。他の蛍光体分散ガラスが大気中または減圧雰囲気で550~570°Cの熱処理していたのに対して、Bi-glass 5は大気中で800°Cの熱処理しており、この高温での熱処理によってCeの一部が酸化されたことを示唆している。
図2 蛍光体分散ガラスのCe-LIII吸収端エネルギーと量子収率
Si-glass 1,2、Bi-glass 5,6,7、YAGおよびCeO2について、Ce-K吸収端のXANESスペクトルを図3に示す。ここでも、高温で焼成したBi-glass 5以外はYAGと同様にXANES領域のピーク形状はほぼ重なっているが、Bi-glass 5では40445 eV付近のピークトップ強度が低く、Ceの一部が4価に変質していることが伺える。このK吸収端のE0でも、図2と同様な傾向であった。
図3 蛍光体分散ガラスのCe-K吸収端のXANESスペクトル
Ce-K吸収端のEXAFSスペクトルは測定時間の都合で十分な時間の積算ができておらず、シグナル/ノイズ比(S/N比)が悪く、厳密なEXAFS解析には適さないが、サンプル間の簡単な相対比較を試みた。k2χ(k)強度に対して導出したEXAFS振動を図4に、さらにkが2~10 Å-1の範囲でフーリエ変換して得た動径構造関数を図5に示す。YAGとBi-glass 5以外の蛍光体分散ガラスでは、1~2.5 Åの第1配位ピークと2.5~3.5 Åの第2配位ピークが明瞭であり、解析には不十分であるが3.5 Å以降でも規則構造由来のピークが確認できる。これは蛍光体分散ガラス中でもYAG蛍光体がその結晶構造を保持した状態にあることが伺える。それに対して、Bi-glass 5では第1配位ピークこそ明瞭だが、第2配位以降のピークが消失している。これは、800°Cの焼成でCe近傍の結晶構造が乱れている、および/またはCe3+イオンがガラス中に溶出していることを示している。800°Cの環境であれば、ガラスは溶融塩状態にあり、YAGの一部または全部がガラス融液に溶けだしている可能性もある。
結晶中とは異なり、多様な配位状態を取りうるガラス中でCeの一部がCe4+として安定に存在することが、図1、2での結果になっていると考えられる。
図4 蛍光体分散ガラスのEXAFS振動
図5 蛍光体分散ガラスの動径構造関数
今後の課題:
今回の測定では、極端に過酷な条件(800°C焼成)でのYAG:Ce結晶の崩れとCe価数変化が確認され、発光の量子収率の大幅な劣化との相関が明確になった。しかし、量子収率の変動とCe局所構造との相関は明確になっていない。次回のチャンスがあれば、Ce-K吸収端の測定を十分な積算時間で測定して、Ce局所構造の詳細な解析を行いたい。
参考文献:
[1] 松本、中村、特開2007-123410.
[2] 松本ら、特開2008-004902.
[3] H. Okura et al., Jpn. J. Appl. Phys. 51 (2012) 062602.
ⒸJASRI
(Received: October 15, 2013; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)