SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

金属ナノ粒子塗布膜のXAFS観察
XAFS Analysis of Metal Nano Particle Coat

DOI:10.18957/rr.3.2.552
2013B1574 / BL14B2

福谷(野田)実希, 若林みどり, 首藤 靖幸, 和泉 篤士

Miki Noda Fukuya, Midori Wakabayashi, Yasuyuki Shudo, Atsushi Izumi


住友ベークライト株式会社

SUMITOMO BAKELITE CO., LTD.


Abstract

 金属ナノ粒子はプリンテッドエレクトロニクスにおける微細配線用の材料として注目されているが、ナノ粒子塗布後の焼結条件によって配線の電気抵抗率が顕著に変化することがこれまでの検討で確認されている。本課題では、焼結条件が金属ナノ粒子の化学状態に及ぼす影響についてXAFS測定により評価した。その結果、銅の価数状態が大気雰囲気下焼結では2価,窒素雰囲気下焼結では1価になっていることが明らかとなった。


キーワード: XAF,金属ナノ粒子,銅


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緒言:

 近年、プリンテッドエレクトロニクスが電子デバイス業界において注目を集めている。プリンテッドエレクトロニクスとは、インクジェットやスクリーン印刷といった高速かつ高精度な印刷技術を利用して電子部品を製造する画期的な技術である。現在、電子部品の製造プロセスはほとんどフォトリソグラフィー法で行われている。フォトリソグラフィー法では、フォトレジストの塗布,マスクでのパターン形成,フォトレジストの現像など多数のプロセスを必要とし、さらに多量の廃液や廃棄物が排出される。一方、プリンテッドエレクトロニクスではインクを必要な量だけ吐出するため、製造プロセスの簡略化や製造期間の短縮,低コスト化が可能となり、プリント配線板の配線材料や有機EL照明,有機ELディスプレイ,太陽電池など多岐に渡る応用が期待されている。そのため、プリンテッドエレクトロニクスに利用できる材料として、低温焼結可能な金属ナノ粒子ペーストの開発が精力的に取り組まれている。金属粒子の融点は、粒子径がナノオーダーになると「量子サイズ効果」によって劇的に降下する[1]。数ナノメートルから数十ナノメートルの銀微粒子は、この現象により銀本来の融点(962°C)よりはるかに低温である、100°C〜室温でも融着が進行することが知られている。しかし、銀は、電子との衝突により運動量を持った自由電子が結晶粒界や非金属媒体中を移動する、いわゆるエレクトロマイグレーションが進行しやすい元素である。そのため、銀微粒子で作製された微細配線は回路の断線や短絡が問題となっている。さらに、銀は高価な貴金属であるためコストがかかるというデメリットもある。

 そこで、我々は銀と比較してエレクトロマイグレーションが進行しにくく、より安価な元素である銅に着目し、銅を含有した金属ナノ粒子の開発を行っている。その中で、電気抵抗率が焼成条件によって異なることが分かったが、焼成条件による各元素の化学状態への依存性や材料特性と化学構造の関係は明らかではない。また、一般には、焼結雰囲気は窒素下よりも大気下の方が金属の酸化が進行しやすく、電気抵抗率が上昇すると考えられるが、我々の開発した銅含有ナノ粒子塗布膜は大気雰囲気下焼結よりも窒素雰囲気下焼結の方が電気抵抗率の高い結果が得られるなど、化学状態と電気抵抗率の相関は明らかとなっていない。そこで、金属ナノ粒子ペーストにおける銀および銅の化学状態を明らかにするため、本課題では焼結条件の影響をX線吸収微細構造(XAFS)により解析した。


実験方法:

 焼結前の銅含有ナノ粒子塗布膜(厚み約200 nm)は、有機物保護剤により安定に分散させた銅含有金属ナノ粒子溶液をポリイミドフィルム上にスピンコートすることで作製した。金属ナノ粒子における銀と銅の重量比(Ag/Cu)は、70/30および50/50とした。焼結条件は、大気雰囲気下200°C 1時間および窒素雰囲気下240°C 45分間の2種類とした。XAFS測定はBL14B2で実施し、二結晶モノクロメータはSi(3 1 1)面を用いてAg-K端を、Si(1 1 1)面を用いて Cu-K端を測定した。ナノ薄膜試料のXAFS測定においてS/N比を上げるため、試料は40枚重ねて透過法により測定した。標準サンプルとして、Ag-foil,Cu-foil,およびペレット化したCu2O, CuO, Cu2OとCuOの70/30(w/w)混合物を準備した。


実験結果および考察:

 図1に、Ag-foil,焼結前の銅含有金属ナノ粒子膜(Ag/Cu = 70/30),大気雰囲気下焼結膜,および窒素雰囲気下焼結膜についてAg-K端のXANESスペクトルを示す。全てのスペクトル形状が一致したため、金属ナノ粒子中の銀は焼結後も酸化していないことが分かった。



図1 Ag-foil,銅含有金属ナノ粒子塗布膜の焼結前,大気雰囲気下焼結後,および窒素雰囲気下焼結後におけるAg-K端のXANESスペクトル


 二成分混合物の定量性を確認するためにCu2OとCuOの70/30(w/w)混合物のXAFS測定を実施した。得られた混合物のスペクトルを解析ソフトAthenaのlinear combination fittingによりCu2OおよびCuOの結果を用いてフィッティングした結果を図2に示す。混合物中のCu2OとCuOの重量比(Cu2O/CuO)は72/28となった。この結果は仕込み量とよく一致した。これより、二成分混合物において、Cu-K端のXAFS測定の定量性を確認することができた。



図2 Cu2OとCuOの混合物(Cu2O/CuO = 70/30)について、解析ソフトAthenaのlinear combination fit.を用いて解析したCu-K端のXANESスペクトル


 図3に、焼結前の銅含有金属ナノ粒子膜(Ag/Cu = 70/30),大気雰囲気下焼結膜,および窒素雰囲気下焼結膜についてCu-K端のXANESスペクトルを示す。焼結前はCuOおよびCu2Oのスペクトルに特徴的なプリエッジの位置にピークが観察されたことから、銅の化学状態は2価と1価が混在していると推定される。そこで、図2と同様の解析を行った結果、Cu2O/CuOは13/87であった。フィッティング精度向上のためには二成分系以上の解析が必要であると推定され、今後の課題としたい。



図3 銅含有金属ナノ粒子塗布膜の焼結前,大気および窒素雰囲気下焼結後におけるCu-K端のXANESスペクトル,およびフィッティング曲線(実線)


 次に、大気雰囲気下で焼結した試料のフィッティング結果は、Cu2O/CuO = 5/95であった。組成比の解析のためX線光電子分光(XPS)測定を行った結果、酸素原子と銅原子のモル比(O/Cu)は50/50であることが分かっている。これらの結果より大気雰囲気下で焼結することで、銅はほぼCuOになっていると推定される。

 一方、窒素雰囲気下で焼結した試料のフィッティング結果は、Cu2O/CuO = 86/14であり、窒素雰囲気ながら酸化反応が進行するものの、Cu2Oの状態で銅の酸化反応進行が抑制されていると推定される。

 今回検証した銅含有金属ナノ粒子は、焼結条件により銅の化学状態を制御可能であり、大気雰囲気下焼結では2価,窒素雰囲気下焼結では1価となることが明らかとなった。また結果は示さないが、銀銅組成の異なるサンプル間で銀および銅の価数状態に明確な差は認められなかった。


今後の課題:

 XAFS測定の結果からは、大気雰囲気下焼結膜においては銅の酸化が進行していることから、酸化銅に由来する電気抵抗率の増大が予想される。しかしながら、実際の電気抵抗率は銅の酸化比率の小さい窒素雰囲気下焼結膜に比較して低くなっているという結果が得られている。

 今後はXPS測定およびEXAFSスペクトルにより銅の化学状態を詳細に分析することで上記メカニズムを解明する。さらに銅の化学状態変化の解析のため、それぞれの焼結過程におけるXAFSその場測定を行う予定である。


参考文献:

[1] P. Buffat, Phys. Rev. A, 13, 2287, (1976).



ⒸJASRI


(Received: April 7, 2014; Early edition: April 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)