SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

14 keV励起硬X線光電子分光法を用いたナトリウム電池用電極の表面被膜および内部構造の解析
An Analysis on Surface Film and Inner Structure of Carbon-based Electrodes for Rechargeable Sodium Batteries by 14 keV Hard X-ray Photoelectron Spectroscopy

DOI:10.18957/rr.3.2.575
2014A1542 / BL46XU

駒場 慎一a, 久保田 圭a, 山際 清史a, 中野 健志a, 孫 珍永b, 崔 芸涛c, 陰地 宏b,d

Shinichi Komabaa, Kei Kubotaa, Kiyofumi Yamagiwaa, Takeshi Nakanoa, JinYoung Sonb, Yitao Cuic and Hiroshi Ojib,d


a東京理科大学, bスプリングエイトサービス(株), c東京大学, d(公財)高輝度光科学研究センター

aTokyo University of Science, bSPring-8 Service Co., Ltd., cUniversity of Tokyo and dJASRI


Abstract

 我々はこれまで、ナトリウム(Na)イオン電池用ハードカーボン負極において、結着剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC)を用いることにより、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)を使用した場合よりも電池特性が大きく向上することを見出してきた[1]。本研究では、難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)負極上に生成する被膜について、BL46XUにおける硬X線光電子分光(HAXPES)測定でこれまで主に利用されて来た8 keVよりも、更に1.5倍以上高いエネルギーを持つ14 keVの硬X線を励起光として用い、結着剤による被膜成分の違いを表面から更に深い領域にかけて詳細に調査した。今回得られた14 keV励起HAXPESの結果と、別途測定した8 keV励起HAXPESおよび実験室X線源(Mg Kα線:約1.3 keV)を用いた軟X線光電子分光法(SOXPES)の結果を比較することにより、PVdFを結着剤として用いた場合はPVdFや添加剤FECが分解し、CMCを用いることにより電解質NaPF6の分解が顕著に抑制されることが確認できた。


キーワード: ナトリウム(Na)イオン電池、ハードカーボン、硬X線光電子分光法


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背景と研究目的:

 Liイオン二次電池をはじめとする蓄電池は、電気自動車用だけでなく、太陽光や風力などといった自然エネルギーの電気エネルギー貯蔵用等としても飛躍的に需要が増しており、使用用途が急速に広がっている。それに伴い、Liイオン電池の低コスト化、高エネルギー密度化を実現する電極材料の開発および次世代電池の研究開発が活発に行われている。申請者らはこれらの要求に応えるため、将来的に必要とされる大型蓄電デバイスの実現に向けた、レアメタルフリー構成の次世代型Naイオン電池の研究に取り組んでいる。

 これまでに、Naイオン電池用負極材料として難黒鉛化性炭素(ハードカーボン)を用い、適切な電解液と組み合わせることで実用的なレベルでのサイクル特性を示すこと[1]に加えて、電解液添加剤としてフルオロエチレンカーボネート(FEC)を用いることで、サイクル特性が更に向上することを報告している[2]。二次電池の特性向上には、電極活物質だけではなく、その材料の特性を最大限に引き出すための電解液、添加剤、結着剤などの電極・電池構成材料の最適化が重要である。特にこれらの各種電池材料の組み合わせにより、電極表面の数nmから数十nmに渡る表面構造が、充放電サイクル時の容量維持率などに影響する。しかし、実験室系での表面分析手法である軟X線光電子分光法(SOXPES)や飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF-SIMS)では、非破壊の状態で最表面数nmの情報しか得られず、電極表面状態を内部まで明らかにすることができない。これまでに8 keVのX線を励起光として用いた硬X線光電子分光法(HAXPES)により、電極表面から約10 nm程度の被膜最表面と被膜内部の情報が得られることを確認しているが、被膜下の炭素最表面部分および炭素内部までに渡る情報は十分に得られておらず、また充放電過程における劣化状態の被膜構造も捉えられていない。本研究では、電極のより深部までの情報を検出するために、14 keVのX線を励起光としてHAXPES測定を行い、表面から内部に渡ってその電極表面状態を詳細に調べ、結着剤がNaイオン電池用ハードカーボン負極の電気化学特性に与える要因を解明することを目的とした。従来の8 keV励起HAXPES測定で用いるVG-Scienta社製 R4000電子エネルギー分析器では、測定可能な光電子の運動エネルギーは最大10 keVであるため、10 keVより高い励起光を用いたHAXPES測定は実施できない。そこで本研究では、最近BL46XUで利用可能となった最大15 keVの光電子の測定が可能であるFocus社製 HV-CSA 300/15を電子エネルギー分析器として用い、14 keV励起HAXPES測定を実施した。


実験:

試料:

 負極活物質であるハードカーボンと結着剤を90:10の割合で混合し、Nメチルピロリドン(NMP)もしくはイオン交換水を溶剤として加えてスラリーを作製し、アルミ箔に塗布、乾燥することによりハードカーボン電極を得た。結着剤には、ポリフッ化ビニリデン(PVdF)またはカルボキシメチルセルロース(CMC)を用いた。作用極としてハードカーボン電極、対極にナトリウム金属を、電解液には1 mol dm-3 NaPF6 PCに体積比で2%のFECを添加したものを使用したコイン型セルを作製し、1サイクルおよび30サイクル充放電を行った後に、セルを解体しハードカーボン電極を取り出し、PC(プロピレンカーボネート)およびDEC(ジエチルカーボネート)で洗浄後、室温で乾燥させたものをHAXPES測定に供した。申請時に測定予定であった負極活物質がリンである試料、および電解液に添加剤FECを加えずに充放電させた試料については、測定時間の都合上、測定できなかった。


測定条件:

 本HAXPES装置には非大気暴露試料導入機構が実験当時まだ導入されていなかった。そのため、試料導入口をグローブバックで覆いバッグ内をArガスで置換しその中で試料容器を開封し試料を取り付けることにより、大気暴露を極力少なくするよう努めた。励起X線のエネルギーは14 keVとし、光電子検出角度は85度で固定して行った。14 keV励起HAXPES測定にはFocus社製 HV-CSA 300/15電子エネルギー分析器を用いた。また、アナライザーのパスエネルギーは100 eV、スリットサイズは1.5 mm × 12 mmとして測定を行った。HAXPES測定により得られたデータのエネルギー軸は、-C-C-結合の結合エネルギーを284.5 eVとして較正した。強度はsweep回数で規格化した。カーブフィッティング関数として、Pseudo-Voigt関数を用いた。


結果および考察:

 図1に結着剤としてポリフッ化ビニリデン(PVdF)を用いたハードカーボン電極のC 1s, O 1s, F 1sにおける14 keV励起HAXPESスペクトルを示す。また、C 1sスペクトルにおける各ピーク成分の積分強度比を表1に示す。実験室光源(Mg Kα線、励起エネルギー:1.3 keV)によるSOXPES、および2013A期に実施した(課題番号:2013A1399)8 keV励起HAXPES測定結果を図1に併せて示す。C 1sスペクトルにおいては、14 keV励起HAXPESの各スペクトルでは、8 keV励起HAXPESの各スペクトルと比べて、ピーク幅が広い。これは、電子分光器の種類や条件(パスエネルギー、スリット幅)による電子分光器のエネルギー分解能の違いや、励起光エネルギーや単色化の方法による励起光のバンド幅の違いにより、総合エネルギー分解能が異なるからであり、装置由来の相違である。次に、C 1sスペクトルにおいて、ハードカーボン中のsp2炭素の結合(-C-C-)由来のピークに着目すると、1.3 keVから、8 keV、14 keVと励起エネルギーが高くなるにつれて、ピーク積分強度(C 1sスペクトル全体に占める-C-C-ピークの積分強度比)が増加している。これは、より高いエネルギーの励起X線を用いることで表面被膜のより深部まで測定可能であることに由来する。また、SOXPESおよび8 keV励起HAXPESよりも14 keV励起HAXPESの方が、-CH2-や-(C=O)-O-といった有機成分由来のピーク積分強度が低く、無機成分由来の-CO3(Na2CO3など)のピーク積分強度は高いことが分かる。これは、8 keV励起HAXPESで観察可能な領域には有機成分が多いが、一方で14 keV励起HAXPESで観察可能な被膜の深部には無機成分が多く存在していることを示唆している。また、F 1sスペクトルでは、初回サイクル後にNaFのピークが強く検出され、PVdF結着剤やFEC添加剤の分解が示唆された。30サイクル後にはNaFのピーク強度が弱くなっており、NaFが表面堆積物に覆われている可能性がある。

 図2に結着剤としてカルボキシメチルセルロース(CMC)を用いたハードカーボン電極を1サイクルまたは30サイクル充放電した後のC 1s, O 1s, およびF 1s HAXPESスペクトルを示す。また、C 1sスペクトルにおける各ピーク成分の積分強度比を表2に示す。30サイクル後の電極のC 1sスペクトルにおいて、ハードカーボン中のsp2炭素の結合(-C-C-)由来のピーク積分強度の励起光エネルギー依存性を見ると、図1および表1の結果と同様に、14 keV励起HAXPESが最も高いピーク積分強度を示しており、表面被膜の深い部分までの情報を得られていると考えられる。また、図1の結果と同様に、14 keV励起HAXPESにおいて-CH2-や-(C=O)-O-のピーク積分強度が相対的に低く、-CO3由来のピーク積分強度は高いことが分かる。この結果から、用いる結着剤によらず、被膜の表面付近には有機成分、深部には無機成分が多く存在している可能性が考えられる。さらに、CMC電極とPVdF電極のF 1sスペクトルを比較すると、測定手法やサイクル数に因らず、CMC結着剤を用いることにより、NaxPOyFzなどの電解質(NaPF6)分解成分に由来するピーク強度が、PVdF電極と比較して相対的に弱くなっている。これは、CMCを結着剤として用いることにより、電解質塩の分解が抑制されたことを示している。ここで、初回と30サイクル後の-C-C-由来のピーク積分強度を比較すると、堆積物が少ないと予想される初回サイクル後の電極の方が予想に反してわずかに低い。これは、CMC電極の場合は初回充放電サイクルで生成する表面被膜が薄く、大気中では反応性が高いと考えられるため、グローブバックを使用しても大気との反応を避けられず、Na2CO3などが表面に生成したと予想される。この結果は、今後導入される不活性雰囲気で輸送可能なトランスファーベッセルの重要性を示唆している。

 これらの結果より、PVdF結着剤を用いた場合は、初回サイクルでPVdF結着剤やFEC添加剤の分解によって電極表面付近にNaFが生成していることが分かった。一方、CMC結着剤を用いた場合にも、同様にNaFのピークが強く観測されたが、これはCMC結着剤電極の場合はFEC添加剤の分解と考えられ、NaxPOyFzのピーク強度は比較的小さく、電解質塩の分解が顕著に抑制されることが分かった[3]。さらに、どちらの結着剤を用いた場合でも、8 keV励起HAXPESで測定可能な被膜の比較的浅い部分には有機成分が多く、14 keV励起HAXPESで測定可能な被膜深部には無機成分が多く存在することが分かった。これは、電解液分解の過程で、有機成分よりも先に無機成分が生成し、堆積していることを示している。今後は、更に厚い被膜を有すると思われる長期サイクル後の電極を測定して差異をより明確にすることで、充放電反応を長期サイクルに渡って詳細に理解し、電極反応の制御を目指す。さらに、ハードカーボンのみならず他の電極材料表面に形成された被膜についても同様にSOXPES, 8 keV, 14 keV励起HAXPES測定を行うことで、Naイオン電池負極一般の被膜生成メカニズムを理解し、更なる高性能Naイオン電池を実現する。



図1 1または30サイクル後のハードカーボン電極のC 1s, O 1sおよびF 1sスペクトル (PVdF結着剤)


表1 C 1sスペクトルにおける各ピーク成分の積分強度比 (PVdF結着剤)



図2 1または30サイクル後のハードカーボン電極のC 1s, O 1sおよびF 1sスペクトル (CMC結着剤)


表2 C 1sスペクトルにおける各ピーク成分の積分強度比 (CMC結着剤)


参考文献:

[1] S. Komaba et al., Adv. Funct. Mater., 21, 3859-3867 (2011).

[2] S. Komaba et al., ACS Appl. Mater. Interfaces, 3, 4165-4168 (2012).

[3] M. Dahbi, S. Komaba et al., Electrochem. Commun, in press (2014).



ⒸJASRI


(Received: November 4, 2014; Early edition: March 25, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)