SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

X線吸収微細構造測定による表面エッチング処理を施したEu,O共添加GaNのEuイオン周辺局所構造の評価
Local Structures around Eu Ions in Eu,O-codoped GaN with Surface Treatment Studied by X-ray Absorption Fine Structure

DOI:10.18957/rr.3.2.586
2014A1594 / BL14B2

小泉 淳a, 藤原 康文a, 朱 婉新a, 松田 将明a, 稲葉 智宏a, 児島 貴徳a, 大渕 博宣b, 本間 徹生b

Atsushi Koizumia, Yasufumi Fujiwaraa, Wanxin Zhua, Masaaki Matsudaa, Tomohiro Inabaa, Takanori Kojimaa, Hironori Ofuchib, Tetsuo Honmab

a大阪大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aOsaka University, bJASRI/SPring-8


Abstract

 Eu添加GaN(GaN:Eu)による赤色発光ダイオードの高輝度化を目的として、高濃度Eu添加とEuイオン周辺局所構造の制御技術の確立を目指している。新規有機Eu原料EuCppm2を用いてEu,O共添加GaNを作製した場合、表面に明らかな析出物が観察されない場合であっても、O共添加しない場合と同様、XANESスペクトルにEuを含む表面析出物の存在を示す高い強度のホワイトラインピークが現れていた。試料を塩酸エッチングすることで、ホワイトライン強度の減少が観察され、標準試料としているEu(DPM)3により作製したGaN:Euとほぼ同じXANESスペクトルが得られた。また、成長中断を行うことでNH3ガスによるEuを含む析出物の除去を試みたものの、Eu-N-O化合物の形成が促進されることを示唆する結果が得られ、逆効果であることがわかった。


キーワード: ユウロピウム、窒化ガリウム、赤色発光デバイス、XAFS


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背景と研究目的:

 GaN系材料は、青色や緑色発光ダイオード(LED)を構成する半導体材料として実用化され、街頭で見かけるような大画面フルカラーLEDディスプレイなどに応用されている。これまで、赤色LEDには、GaN系材料ではなくGaAs基板上に成長されたAlGaInPが用いられてきた。一方、GaN系材料を用いて赤色LEDが実現すれば、同一材料による光の三原色発光が揃うため、半導体微細加工技術を生かしたモノリシック型高精細LEDディスプレイやLED照明などへの応用が可能となる。このため、GaN系材料を用いた赤色発光デバイスの実現は、産業的に極めて重要な研究課題となっている。

 GaN系材料による赤色LEDの実現に向けた研究は、青色・緑色LEDにおいて活性層として用いられているInGaNの高In組成化を目指してきた。しかしながら、InGaN/GaN間の格子不整合に起因する結晶品質の劣化により発光効率が著しく低下するという問題に直面している。一方、ユウロピウム(Eu)イオンは、三価の状態で赤色領域に光学遷移を有するため、GaNを用いた赤色発光材料の発光中心として注目されている。我々の研究グループでは、Eu添加GaN(GaN:Eu)を活性層としたGaN系LEDの室温動作を世界に先駆けて実現している[1,2]。現状では、GaN系赤色LEDの実現に向けて、サブmWの光出力[3]をmW程度まで増大させることに課題が絞られてきている。

 現在は、更なる発光強度増大を目指して、安定的にEu原料を供給できる液体Eu原料EuCppm2によるEu添加を行っている。作製したGaN:Eu試料のXAFS測定において、EuはGaNに三価のイオンとして添加されることは確認されたものの、Eu(DPM)3を用いて作製したGaN:EuのようなGa置換型で添加されているEuの他、大気に晒したEuNと同様な構造が混在することがわかった。これらの試料を熱リン酸に浸漬して表面層を除去したところ、XAFSスペクトルが大きく変化し、Eu(DPM)3を用いて作製したGaN:Euとよく似たスペクトルが得られた。また、塩酸により表面処理を施しても同様な効果が得られた。このことは、有機金属気相成長法により作製したGaN:Euの表面にEuを含む化合物が析出することを示すものである。さらに、O共添加した場合でも、表面形状からはわからなかったものの、Euを含む析出物のある場合と同様なXANESスペクトルが観察されていた。そこで、発光に寄与するEu 周辺局所構造の評価を表面処理した後の試料により再度評価した。


実験:

 Eu,O共添加GaN(GaN:Eu,O)試料は、有機金属気相エピタキシャル法により作製した。試料構造は、サファイア基板上に低温GaNバッファ層を成長し、続いて無添加GaNバッファ層、さらにGaN:Eu層を300 nm成長した。成長条件は、成長温度を1030°Cとして、成長圧力は100 kPaを用いた。Eu原料には、酸素を含まないEuCppm2を用いた。O原料には、Ar希釈O2ガス(10 ppm)を用いた。成長後に塩酸で10分間の表面処理を施した後に、XAFS測定を行った。また、NH3ガス4 slmと10 ppm O2ガス200 sccmを流して成長中断時間を設けることによって、NH3ガスによるエッチングの効果を調べた。XAFS測定は、BL14B2にてEuのLIII吸収端に対して行い、19素子Ge半導体検出器(19SSD)を用いて蛍光法にて入射X線と試料面の間の角度が3°の条件にて測定した。XAFS解析には、XAFS解析ソフトAthenaを用いた。


結果および考察:

 新規Eu原料のEuCppm2を用いて作製したGaN:Eu,Oの表面は、GaN:Euと異なり、見た目ではEuを含む析出物は観察されなかったものの、XANESスペクトルでは、大気に晒したEuNと同様な特徴であるホワイトライン強度の大きなピークが現れた。塩酸エッチングを10分間行うことによって、GaN:Euと同様に、表面のEuを含む析出物を除去できたと考えられる。図1に塩酸エッチング前後、および、Eu(DPM)3により作製したGaN:Eu標準試料の比較を示す。図1(a),(b)では、共添加した10 ppm O2ガス供給流量がそれぞれ200 sccm、300 sccmと異なる。図1(a)では、塩酸エッチングすることによって、ホワイトライン強度の減少が観察された。しかしながら、XANESスペクトルの形状は、標準試料GaN:Euよりもホワイトライン強度がわずかに大きく、EuCppm2を用いて作製したGaN:Euと同様な形状であった。それに対して、図1(b)に示したように、10 ppm O2ガス流量を300 sccmとすることによって、標準試料とほぼ同じXANESスペクトルが得られた。

 Euを含む析出物を反応管の中でNH3エッチングにより除去する可能性を検討するために、成長中断を行って作製したGaN:Eu,Oの成長中断時間に対するXANESスペクトルの変化を図2に示す。図2より、成長中断時間30秒の場合には、大気に晒したEuNと同様なEu-N-Oを含む析出物の存在を示す強いホワイトライン強度の大きなピークが観察された。このことは、成長中断を行うことによってEu-N-O化合物の形成が促進されることを示唆する結果であり、狙いとは逆の効果が生じていることがわかった。



図1 塩酸エッチング前後におけるEuCppm2を用いて作製したGaN:Eu,OのXANESスペクトル。(a)10 ppm O2ガス流量200 sccm(左図)、(b)10 ppm O2ガス流量300 sccm(右図)。



図2 NH3ガス雰囲気における成長中断時間に対するXANESスペクトルの変化。


今後の課題:

 表面のEuを含む析出物を塩酸により除去することで、XAFS測定によるGaNに添加されたEuイオンの評価が可能となった。また、酸素添加量を増加させた試料において、EuCppm2を用いて作製しても、従来のEu(DPM)3を用いて作製したGaN:Euと同様なXANESスペクトルが得られた。最近、低温成長により新たな発光中心が形成され、発光強度が増加することがわかった。発光強度の増加は、窒素空孔やガリウム空孔とEuの複合欠陥形成によると考えられる。そこで、これらの試料に対してEuイオン周辺局所構造の解析を行い、発光特性との関係を調べる。


謝辞:

 本研究の一部は、JSPS科研費24226009,26820113の助成を受けたものです。


参考文献:

[1] A. Nishikawa et al., Appl. Phys. Exp. 2, 071004 (2009).

[2] A. Nishikawa et al., Appl. Phys. Lett. 97, 051113 (2010).

[3] Y. Fujiwara and V. Dierolf, Jpn. J. Appl. Phys. 53, 05FA13 (2014).



ⒸJASRI


(Received: December 1, 2014; Early edition: March 25, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)