SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume3 No.2

SPring-8 Section B: Industrial Application Report

小角X線散乱による末端機能化ゴム材料を用いた配合物中でのシリカの三次元階層構造の解析
Analysis of Three-dimensional Hierarchical Structure of Silica in Formulation with Advanced Rubber Material Having Functionalized Polymer Ends by Small Angle X-ray Scattering

DOI:10.18957/rr.3.2.596
2014B1589 / BL19B2

曽根 卓男, 畠添 拓実, 冨永 哲雄

Takuo Sone, Takumi Hatazoe, Tetsuo Tominaga


JSR株式会社

JSR Corporation


Abstract

 低燃費タイヤに使われる末端機能化スチレン・ブタジエンゴム(末端機能化SBR)の基礎データを得るため、加硫ゴムシートを延伸させて小角X線散乱(SAXS)および超小角X線散乱(USAXS)を測定し、補強剤として使用されるシリカまたはカーボンブラックの凝集状態や階層構造の変形挙動を観察した。SBR末端への官能基導入の有無に係らず、延伸させると異方的な二次元散乱像が得られた。そして、その異方性はSBR種に依存し、重合体末端と補強剤表面との相互作用の強さが、変形時の凝集状態や階層構造に大きく影響を及ぼすことが観察された。


キーワード: 合成ゴム、末端機能化SBR、シリカ、カーボンブラック、小角X線散乱


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背景と研究目的:

 低燃費タイヤの開発では、グリップ力や耐久性、耐摩耗性を維持しながら転がり抵抗を小さくした高機能なゴム材料の開発が必須となる。溶液重合SBR(末端機能化SBR)では、重合体末端に導入した官能基が補強剤の分散を良くすることで、転がり抵抗が低下する。しかし、補強剤の分散性や階層構造がゴム物性にどう影響するのかは研究が開始されたばかりで、不明な点が多い。

 我々はこれまで、末端の官能基構造がシリカの分散状態に影響を及ぼすことを、そして、小さな転がり抵抗を示す材料では、粒径が小さく、均一に分散していたことを放射光小角X線散乱法から明らかにしてきた[1]。末端機能化SBRは、分子末端の官能基の相互作用により、シリカとの間で特異的な階層構造を形成する。この階層構造は、延伸などの局所的に与えられた歪みで変化し、物性に影響を及ぼす。我々が実施した動的粘弾性測定では、弾性率は歪み振幅に依存し、微小な歪み振幅下で一定だが、歪み振幅の増大(歪み率として1~10%の領域)とともに低下する。この結果は、ある変形領域を超えるとシリカ凝集体の階層構造が変化することを示している。

 一方、末端機能化SBRが使用されるタイヤのトレッド部材は、唯一路面と接地する部材として荷重を支えていることから、走行時に圧縮や曲げなどの大きな変形を繰返し受けている。この非線形領域のシリカ凝集体階層構造の変化挙動は不明な点が多く、転がり抵抗に加えて、摩耗や破壊特性などの材料強度の点からも興味が持たれる。このゴム材料の強度を表す試験として一般的なのが、一軸方向に伸長させながら応力を測定する引張試験である。これまでの検討で末端機能化SBRは、末端機能化していないSBRに比べて、高い破断強度を示す。そこで、BL19B2で一軸方向に延伸させた末端機能化SBR試料の小角X線散乱測定を行い、補強剤として使われるシリカまたはカーボンブラック(CB)の凝集状態や階層構造を解析し、材料強度に及ぼす影響を考察することを目的とし、実験を行った。


実験:

 二種類の溶液重合SBRを一般的なアニオン重合により合成した。合成した溶液重合SBRは、重合体の終末端に官能基を持たない未変性SBR(SBR[i])と終末端に二種類の官能基、アミノ基とアルコキシシリル基を導入した末端機能化SBR(SBR[ii])である。これらSBRに、シリカ(またはCB)および硫黄などのゴム配合薬品を配合し、バンバリー型ミキサーで混練り後、160°Cで40分間のプレス成形加硫を行った。得られた2 mm厚の加硫ゴムシートを物性および小角X線散乱(SAXS)、超小角X線散乱(USAXS)の測定に用いた。ビームラインはBL19B2を使用し、X線エネルギーを18 keVに固定してSAXS(露光時間: 10 s, カメラ長: 3.086 m, 0.1 nm−1 < q < 3.4 nm−1)、USAXS(露光時間: 300 s, カメラ長: 41.597 m, 0.004 nm−1 < q < 0.2 nm−1)を測定した。SAXSはベヘン酸銀、USAXSはコラーゲン試料の回折ピークを用いてカメラ長の校正を行った。ビームサイズは約200 μmで、検出器はPILATUS-2Mを用いた。ゴム試料の延伸には専用の固定治具を使用し、歪み印加方向が検出器の赤道方向に対して平行になる位置関係で延伸させた状態で測定した。尚、今回使用治具の仕様から、延伸率は200%までしか実施できなかった。

 今回実験に用いた試料は4点、SBR[i]と[ii]にシリカまたはCBを50部配合した硫黄加硫物である。表1に加硫物性値をまとめた。補強剤種に関係なく、末端機能化したSBR[ii]を用いた試料は破断強度が高かった。また、低燃費タイヤの重要な特性である転がり抵抗はエネルギーロスと相関し、その指標には温度50°Cで行った粘弾性測定から得たtanδを用いた[2]。また、補強剤の分散性の指標としては同じく粘弾性測定から求めたPayne効果を用いた[3]。破断強度と同様、エネルギーロスおよびPayne効果ともSBR[ii]は小さな値を持ち、何れも重合体末端に官能基を導入した効果で良好な結果を示した。これら4点の試料についてSAXSおよびUSAXSを測定し、シリカおよびCBの凝集状態を観察した。二次元散乱像を円環平均により一次元化したq-Iプロット(qは散乱ベクトル、Iは散乱強度を表す)について、文献[1]で実施した解析を行い、一次凝集体の大きさを算出した。

 表1に示すが、粘弾性の結果が示す通り、補強剤に関係なく、官能基を導入したSBR[i]を用いたSample-2、4の一次凝集体の平均半径(Rav)は28.0 nmおよび34.7 nmとSample-1、3の54.7 nmおよび49.6 nmに比べて小さな値となることを確認した。尚、各補強剤の一次粒子が観測されるq > 0.2 nm−1のSAXS領域については、SBR種に関係なく同じq-Iプロットが得られた。これらSample-1~4を用いて延伸状態での散乱測定を実施した。


表1 散乱実験に使用した加硫ゴムシートの物性値および解析結果


結果および考察:

 末端に官能基を持たないSBR[i]およびアミノ基とアルコキシシリル基を導入したSBR[ii]を用いたシリカまたはCBを50部配合した硫黄加硫物は、強度、粘弾性およびUSAXS測定結果が異なる。これら試料、Sample-1と2(シリカ配合)、Sample-3と4(CB配合)を使用し、延伸時における補強剤の凝集構造の変化を調べるため、SAXSおよびUSAXS測定を行った。小角X線散乱測定は、100%および200%延伸させた状態で実施し、延伸前の二次元散乱像と比較した。一次粒子の散乱が現れるSAXSでは延伸後も異方的なパターンは検出されなかった。

 一方、一次凝集体の散乱が観測されるUSAXSの二次元散乱像は各試料で異なり、SBRや補強剤の種類に依存することがわかった。図1はSample-1~4を200%延伸させた状態でのUSAXS二次元散乱像である。



図1 200%延伸時のUSAXS二次元散乱パターン


 シリカを配合したSample-1(SBR[i])および2(SBR[ii])の場合、延伸率の増加に伴い、異方的な二次元散乱像へと変化した。しかし、その像は配合したSBRの種類で異なっていた。同様にCBを配合したSample-3と4でも、SBR末端に導入した官能基の有無で異なる散乱像が観察された。官能基を持たないSBR[i]を用いたSample-3は、200%延伸時でも異方性が小さな二次元散乱像が得られたが、官能基を導入したSBR[ii]を用いたSample-4では異方的な二次元散乱像が観察された。

 次に、図1で得られた二次元散乱像について、延伸軸に対して±15°、および直交軸に対して±15°の範囲について、それぞれ一次元化して比較を行った。図2はシリカを配合したSample-1と2のq-Iプロットである。官能基を持たないSBR[i]を用いたSample-1の場合、200%延伸時の延伸方向と直交方向でプロフィールが異なり、また延伸前のプロフィールとも異なっている。延伸方向では、q = 0.07 nm−1付近に肩をもち、延伸前に比べて広角側にシフトし、小さな一次凝集体が生成していることが示唆された。末端に官能基を導入したSBR[ii]を用いたSample-2でも、延伸させると、延伸、直交の各方向で異なるプロフィールが得られた。しかし、Sample-1と異なり、延伸方向では、肩がq = 0.05 nm−1付近に観測され、延伸前と比べて小角側にシフトした。また、直交方向では肩が広角側にシフトしており、延伸による変形モードがSample-1と大きく異なることが示された。これら結果は、SBR種の違いで延伸時の凝集形態が大きく変わることを示し、SBR末端とシリカ表面との総合作用の強さが原因と推定している。



図2 シリカを配合したSample-1および2のq-Iプロット


 次に、CBを配合したSample-3と4のq-Iプロットを図3に示す。シリカ配合系と同様、延伸方向と直交方向でプロフィールが異なり、また延伸前のプロフィールとも異なっている。延伸前後のプロフィールの変化は、顕著に表れていないが、CBを配合した試料はシリカを配合した試料と類似の傾向を示した。



図3 CBを配合したSample-3および4のq-Iプロット


 以上の結果から、定性的ではあるが、SBR末端に導入した官能基の有無が延伸時のシリカまたはCB凝集体の変形モードに影響を及ぼすことを明らかにした。ゴム物性、特に材料強度との相関を考察するには、異方的な二次元散乱像を定量的に解析できる計算モデルの確立が、そして、ゴム試料の破断に至るまでの延伸領域について、散乱実験を行う必要があると考えている。


今後の課題:

 今回実験で、SBRの末端構造が変形時のシリカまたはCB凝集体の階層構造に大きな影響を及ぼすことを確認した。しかし、今回測定の延伸率は200%と、破断時の延伸率(破断伸び)に比べて小さい。材料強度との関係を考察するには、更に高延伸化させた状態での変形挙動の観察が必要である。今後は、定量的な二次元散乱像の解析手法の確立を行うと同時に、材料が破断に至るまでの延伸領域をその場観察できる装置の作製を2015年度の課題申請に向けて検討する。そして、得られた散乱実験結果を大規模物性シミュレーションに展開することで材料強度との相関を考察する。


参考文献:

[1] 湯淺毅 他、日本ゴム協会誌、86, 249 (2013).

[2] S. Futamura, Rubber Chem. Technol., 64, 57 (1991).

[3] A. R. Payne, J. Appl. Polym. Sci., 9, 2273 (1965).



ⒸJASRI


(Received: January 27, 2015; Early edition: May 28, 2015; Accepted: June 29, 2015; Published: July 21, 2015)