Volume1 No.2
Section B : Industrial Application Report
皮膚洗浄のための界面活性剤による角層構造変化観察
Observation of Structural Change of Stratum Corneum by Applying Cosmetic Surfactants
aクラシエホームプロダクツ(株), b(公財)高輝度光科学研究センター
aKracie Home Products, Ltd., bJASRI
- Abstract
ボディソープや洗顔フォームなどの皮膚洗浄料に汎用されている代表的な界面活性剤を、ヒト皮膚角層に適用し、X線回折測定により構造変化を経時的に追跡した。広角領域に現れる細胞間脂質の充填構造に着目し解析したところ、斜方晶由来のピークでは、一般的に洗浄力が高いことが知られる界面活性剤にピーク位置と半値幅の変化が現れた。このことから、本研究で得た結果は、日常の皮膚洗浄による肌バリア機能へ及ぼす影響の指標に繋がると期待できる。
キーワード: ヒト角層、角層細胞間脂質、皮膚洗浄
背景と研究目的:
入浴や洗顔は生活に欠かせない行為だが、生活習慣の変化により洗浄頻度が増加していることに加え、例えば都心の湿度が年々低下していることや、一般に空調利用による室内の乾燥環境によって、肌の乾燥を感じているという利用者の声は多くなっている。このような背景から、皮膚洗浄料も肌に優しいものが求められている。洗浄料の刺激性を評価する方法としては、これまで肌の水分量や水分蒸散量の変化、あるいは細胞毒性試験などによって評価されてきた。しかし、角層構造に着目し議論した例は少ない。そこで本実験では、皮膚洗浄による肌への影響を、角層構造から考察することを目的とした。
実験:
角層構造観察は、X線回折で広角小角測定を実施し[1]、角層細胞間脂質と角質細胞の構造変化を同時観察した。
角層の剥離・処理:トリプシン処理により皮膚組織より剥離した角層(Biopredic Co.,Ltd, France)を洗浄・乾燥後、予め25%の水分量に調節して溶液セルに充填し、以下に示す種々の化合物をセル内に注入して直ちに測定を開始した。
X線回折測定:SPring-8BL40B2において小角・広角X線回折測定を行った。波長λ = 0.083 nm(15 keV)を用い、露光時間30秒にて経時的に照射した。試料から検出器までの約500 mmを真空引きし、300 mm × 300 mmのイメージングプレートを用いて回折像を取得し解析を行った。
データ解析:散乱ベクトルS = (2/λ)sin(2θ/2)はベヘン酸銀(d = 5.838 nm)を用いて校正を行った。ここでは、2θは散乱角である。得られた回折像を一次元化してから、それぞれの回折ピークをガウス関数にフィッティングして、ピーク位置および半値幅を解析した。
界面活性剤は、陰イオン性界面活性剤のラウリル硫酸ナトリウム、ラウリン酸カリウム、ラウロイルメチルタウリンナトリウムと、非イオン性界面活性剤のアルキルグルコシド、および両性界面活性剤のラウロイルメチルアラニンナトリウムの5種を用いた。それらの略号および分類については表1を参照。また測定濃度は、実際に皮膚洗浄料を使用する場面を考慮すると共に、過去の実験結果を参考に、細胞間脂質の構造変化を観察するのに適する10 重量%に設定した[2]。
表1. 試験に用いた界面活性剤一覧
結果および考察:
細胞間脂質の充填構造である六方晶および斜方晶に由来するd = 0.41 nm付近のピークと、斜方晶に由来するd = 0.37 nm付近のピークを解析した。図1に代表的なプロファイルを示す。3分毎に120 分間測定したが、プロファイルのベースラインは、時間が経つにつれて強度が増加した。図2にAMTとLKの細胞間脂質の斜方晶由来充填構造の変化を示す。AMT、LAB、APGについては、d = 0.41 nmおよびd = 0.37 nm付近の両ピーク共にピーク位置、半値幅に明らかな差があるとは見られなかった。一方、SDS、LKでは、d = 0.41 nm付近のピーク位置には変化が見られなかったが、0.37 nm付近のピークには変化が現れ、更に詳細な解析をするとSDS、LKでは半値幅も変化が見られた。図3にAMTとLKの細胞間脂質の斜方晶由来回折像の半値幅変化を示す。また今回界面活性剤のイオン性の違う3分類から材料を選択しているが、イオン性による違いは見られなかった。
図1.広角領域の代表的な回折プロファイル
図2. 細胞間脂質の斜方晶由来充填構造の変化。
(A)AMT、(B)LK
図3.細胞間脂質の斜方晶由来回折像の半値幅変化。
(A)AMT、(B)LK
今回用いた界面活性剤のうち、SDSやLKは洗浄力が高いことが知られ、AMT、LAB、APGは洗浄力が緩和であり低刺激性であることが知られている。今回の結果と照らしてみると、一般的に洗浄力が高いことが知られている界面活性剤では構造変化が見られ、洗浄力が緩和な界面活性剤では明らかな構造変化は見られなかった。
角層は外部環境による様々な刺激から生体を守るバリアの役割を果たし、健やかなバリアを育むためには角層細胞間脂質が重要な役割を果たしている。洗浄力が高い界面活性剤は、角層細胞間脂質への影響も大きいことが従来の評価手法と同様に構造変化からも確認された。また、皮膚洗浄料の製剤設計をする上で、斜方晶を構成する脂質成分への影響を考慮することで、皮膚洗浄による角層細胞間脂質損傷メカニズムの解明、損傷防止技術の開発可能性が示唆された。
今後の課題:
測定に用いた角層は、生体試料であるため個体差が大きい。再度測定し個体のバラツキを確認する予定である。
今回は、小角側に界面活性剤のミセルに起因するピーク細胞間脂質ラメラ構造によるピークが重畳して現れるために、ラメラ構造の面間隔等についての情報を得ることはできなかった。今後ミセルピークの影響を除いた測定および解析を実施したい。
参考文献:
[1] I. Hatta, et al.,Chem.Phys.Lipids,163 (2010) 381-389.
[2] 課題番号2008A1784 利用報告書
©JASRI
(Received: April 6, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)