Volume1 No.2
Section B : Industrial Application Report
層状リチウムニッケルマンガン複合酸化物におけるLi 脱離時の結晶構造変化
Crystal Structure Analysis of Layered Lithium-Nickel-Manganese Oxide during Li de-Intercalation/Intercalation Process
a(株)東芝 研究開発センター, b東京理科大学理工
aCorporate Research and Development Center, Toshiba Corp., bFaculty of Science & Technology, Tokyo University of Science
- Abstract
次世代高エネルギー密度リチウムイオン電池正極材料として期待されるLi過剰層状マンガン系酸化物Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及びLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2について、初回充放電過程における粉末X線回折を測定した。初充電過程において、六方晶(003)ピーク及び(018)ピークの半値幅が増大し、また半値幅の増大は充電レートを高めることで抑制されることを見出した。これらの結果は、初回充放電時に生じる層間距離の乱れが、充電レートを高めることで軽減されることを示している。
キーワード: 二次電池、正極、粉末回折
背景と研究目的:
リチウムイオン二次電池の車載用電源をはじめとする大型用途への展開が進むにつれ、正極材料の更なる高エネルギー密度化が求められている。リチウムを過剰に含む層状マンガン系正極材料(Li2MnO3-Li(Ni,Co,Mn)O2)は、4.5 V以上まで充電することにより250 mAh/g以上の放電容量を示すことから、次世代高エネルギー密度正極候補として注目されている[1,2]。我々がこれまでに行ったLi1.2Ni0.2Mn0.6O2の初回充放電後の放射光X線回折測定では、充放電過程で原子再配列が生じていることが示唆された[3]。さらに我々は層状マンガン系酸化物Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及びLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2を合成し、対極(負極)にLi金属またはチタン酸リチウムを用いたセルの充放電特性を評価した。その結果、負極種の違いによる正極の初期充放電特性の差異は小さかったものの、初回充電レートを高くすることで、その後の放電時の容量が増大することが明らかになった。このことから、層状マンガン系酸化物における、充放電時の結晶構造変化と高容量出現の関係を明らかにする上で、結晶構造変化の初回充電レート依存性を調べることは意義深い。そこで本研究では、初回充放電過程における層状酸化物Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及びLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の放射光粉末X線回折を測定し、リートベルト解析を行うことによって、その結晶構造変化の充電レート依存性を明らかにすることを目的とした。
実験:
層状酸化物Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及びLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2は、酢酸塩熱分解法によって合成した。リチウム、ニッケル、マンガン、コバルトの各酢酸塩を化学量論比どおりに水溶液中で混合し、80°Cで乾燥させた。乾燥させた試料は600°Cで仮焼成した後、900°Cで焼成し、室温まで急冷させた。合成した層状酸化物Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及びLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2は、それぞれ導電材及び結着材と混合して電極化し、対極にLi金属を用いたセルを作製した。セルは、充電レート0.08 C及び3 C(1 C = 250 mA/g)で4.8 Vまで充電した後、放電レート0.2 Cで2.0 Vまで放電する過程において、100 mAh/g充電、200 mAh/g充電、4.8 V充電、100 mA/g放電、2.0 V放電の各状態で抜き取り、Ar雰囲気のグローブボックス内で解体し、キャピラリー(0.3 mmφ,リンデマンガラス製)に封管することで測定用試料を得た。Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及びLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の4.8 V充電時の充電容量はそれぞれ335 mAh/g、360 mAh/gであり、2.0 V放電時の放電容量はそれぞれ235 mAh/g、256 mAh/gであった。
粉末X線回折の測定は、SPring-8のBL19B2大型デバイシェラーカメラを用いて行った。波長は0.5 Å、露光時間は15 min、測定温度は300 Kとした。また、リートベルト解析はRietan-2000を用いて行った[4]。
結果および考察:
図1にLi1.2Ni0.2Mn0.6O2未充電試料のXRDパターンとリートベルト解析結果を示す。また、図2及び図3に層状酸化物Li1.2Ni0.2Mn0.6O2とLi1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2における(003)ピーク及び(108),(110)ピークの初回充放電に伴う変化を示す。充電レートは0.08 Cとした。未充電状態のXRDパターンは、2θ = 7°付近の層内超格子構造に伴うピークを除いて、いずれも空間群R-3mでフィッティング可能であった(図1)。しかしながら、Liの脱離に伴い、図2に示すように、(003)ピークは低角側にシフトすると同時に、酸素脱離反応が始まるとされている100 mAh/g以上の充電でピーク幅の増大が確認された。図3に初回充放電過程における(108)ピークと(110)ピークの変化を、図4にこれらのピークの半値幅の変化を示す。ピークの半値幅の増大は、(003)ピークと同様に(108)ピークでも観測されたが、六方晶c軸方向に垂直な層間距離に寄与しない(110)ピークの半値幅は充放電過程でほとんど変化しない。これは、充電過程で酸素脱離反応が生じるとともに層間距離の乱れが生じることを示している。(003)ピークと(108)ピークの半値幅は、放電に伴い減少することから、層間距離の乱れはLiの再挿入により徐々に消失することがわかる。また、Coフリーサンプルに比べて、Co添加サンプルは充電に伴う層間距離の乱れがより顕著であることがわかった。
図1.Li1.2Ni0.2Mn0.6O2未充電試料の粉末X線回折パターンとそのリートベルト解析結果(2θ = 7°付近の超格子ピークを除く)
図2. (a)Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び(b)Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の粉末X線回折パターンにおける(003)ピークの初回充放電に伴う変化
図3. (a)Li1.2Ni0.2Mn0.6O2及び(b)Li1.2Ni0.13Mn0.54Co0.13O2の粉末X線回折パターンにおける(108)及び(110)ピークの初回充放電に伴う変化
図4.Li1.2Ni0.2Mn0.6O2の粉末X線回折パターンにおける(003), (108)及び(110)ピークの半値幅の初回充放電に伴う変化
初回充放電時の半値幅増大への充電レートの寄与を調べるために、充電レート0.08 C及び3 Cで初充電を行った後、0.2 Cで放電した試料の放電過程における回折パターンを測定した。図5と図6に、各条件で充放電した際の回折パターンの変化と(003)ピーク及び(108)ピークの半値幅の変化をそれぞれ示す。4.8 V充電状態における(003)及び(108)ピークの半値幅は、充電レート0.08 Cの時と比べて、3 Cの時の方が狭く、層間距離の乱れが小さいことがわかる。この半値幅の充電レートによる差異は、100 mAh/gだけ放電した試料においても観測されたが、2.0 Vまで放電すると消失した。
以上のように、Li過剰層状マンガン系正極材料における初回充放電過程での粉末X線回折測定から、初回充電時、酸素脱離反応が生じるとともに層間距離の乱れが生じることを確認した。また、この層間距離の乱れは、初回充電レートを高くすることで軽減されることを明らかにした。
図5.Li1.2Ni0.2Mn0.6O2の0.08 Cレート及び3 Cレートで初回充電した後の放電過程における(a)(003) (b)(108), (110)ピークの変化
図6.初回充放電過程におけるLi1.2Ni0.2Mn0.6O2粉末X線回折パターンの充電レートに対する(003)及び(108)ピーク半値幅の変化
今後の課題:
Li過剰層状マンガン系正極材料における高容量出現メカニズムの詳細を明らかにするためには、初回充放電過程における結晶構造変化の更なる理解が不可欠であり、今後、層間距離の乱れを含めた結晶構造モデルを検討し、Li脱離時の結晶構造変化を明らかにする予定である。
参考文献:
[1] M.M.Thackeray et al.,J.Mater.Chem.,17,3112 (2007).
[2] A.Ito et al.,J.Power Source,183,344 (2008).
[3] 原田康宏 他,SPring-8利用報告書2011A2020.
[4] F.Izumi and T.Ikeda,Mater.Sci.Forum,321-324,198 (2000).
©JASRI
(Received: April 2, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)