SPring-8 / SACLA Research Report

ISSN 2187-6886

Volume1 No.2

Section B : Industrial Application Report

X線吸収微細構造測定によるEu添加GaNにおけるEuイオンの周辺局所構造(VII)
Local Structures around Eu Ions in GaN Studied by X-ray Absorption Fine Structure (VII)

DOI:10.18957/rr.1.2.67
2011B1966 / BL14B2

藤原 康文a, 李 東建a, 若松 龍太a, 松野 孝則a, 瀬野 裕三a, 大渕 博宣b, 本間 徹生b

Yasufumi Fujiwaraa, Dong-gun Leea, Ryuta Wakamatsua, Takanori Matsunoa, Yuzo Senoa, Hironori Ofuchib, Tetsuo Honmab

a大阪大学, b(公財)高輝度光科学研究センター

aOsaka University, bJASRI

Abstract

 有機金属気相エピタキシャル法により作製したEu,Mg共添加GaNおよびEu,Mg,Si共添加GaNについてX線吸収微細構造(XAFS)測定を行った。Eu,Mg共添加の場合、フォトルミネッセンス測定ではMg共添加により新しいEu発光中心が形成され、Eu発光強度の増大が観測された。XAFS測定ではEuは基本的にGaサイトに置換するが、Eu周辺局所構造の揺らぎが増大することが明らかになった。一方、Eu,Mg,Si共添加の場合、フォトルミネッセンス測定ではSiを共添加することにより新たな発光が観測されるが、Eu-Mg特有の発光中心は減少、消滅する。対応するXAFS測定では、Mgのみ共添加した場合に比べて、より揺らぎの少ないEu周辺局所構造が得られることが明らかになった。


キーワード: ユウロピウム、窒化ガリウム、赤色発光デバイス

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背景と研究目的:

 GaN系材料はワイドギャップを有し、青色や緑色発光ダイオード(LED)を構成する半導体材料として実用化され、街頭で見かけられるような大画面フルカラーLEDディスプレイなどに応用されている。これまで、赤色LEDにはGaN系以外の、GaAs基板上に成長したAlGaInPが用いられてきた。一方、GaN系材料を用いて赤色LEDが実現すれば、同一材料による光の三原色発光が揃うため、半導体微細加工技術を生かしたモノリシック型高精細LEDディスプレイやLED照明などへの応用が可能となる。このため、GaN系材料を用いた赤色発光デバイスの実現は、産業的に極めて重要な研究課題となっている。

 こうした背景から、GaN系材料による赤色LED実現に向けて、青色・緑色LEDで活性層として用いられているInGaN混晶系の高 In組成化を目指した研究が精力的に行われているが、InGaN/GaN間の格子不整合に起因する結晶品質の劣化が深刻な課題である。一方、ユウロピウム(以下、Eu)イオンは3価の状態で赤色領域に光学遷移を有するため、GaNを用いた赤色発光材料の発光中心として注目されている。Eu添加GaN(GaN:Eu)作製方法として、イオン注入法と分子線エピタキシャル法および我々の有機金属気相エピタキシャル法が存在するが、イオン注入法や分子線エピタキシャル法では「デバイス品質のGaN:Eu」を作製することが困難であり、その作製手法自体の実用性にも大きな課題を抱えている。一方、我々は、有機金属気相エピタキシャル法を用いて2インチサイズのサファイア基板上に均一にGaN:Euを作製することに成功し、GaN系赤色LEDの室温動作を世界に先駆けて実現している[1,2]。現状では、GaN系赤色LEDの実用化に向けて、現状の数十μWの光出力をmW程度まで増大させることに最後の課題が絞られてきている。

 Eu発光は、添加されたEuイオンの周辺局所構造による結晶場によって発光効率が変化する。我々は局所構造の制御のために不純物共添加を用いた。GaN:EuにMgを共添加することによりEu発光強度が増大したが、まだそのメカニズムが明らかになっていない[3]。不純物の共添加がEu周辺局所構造を変化させ、Eu発光光度が増大したと考えられる。そのため、Eu発光強度の支配要因の解明には、GaN中におけるEuイオンの周辺局所構造を解析することが不可欠である。本研究では、有機金属気相エピタキシャル法により作製したEu,Mg共添加GaN(GaN:Eu,Mg)およびEu,Mg,Si共添加GaN(GaN:Eu,Mg,Si)についてX線吸収微細構造(XAFS)測定を行った。

 

実験:

 本実験では、有機金属気相エピタキシャル法により作製したEu添加GaN層を測定試料として用いた。試料構造はサファイア基板上に低温GaNバッファ層、無添加GaN層を積層し、Eu添加GaN層を400 nm積層したものである。Euを3 ~ 4 × 1019 cm-3添加したEu添加GaN層(GaN:Eu)と、さらにMgを2.4 × 1019 cm-3共添加した試料(GaN:Eu,Mg)を比較した。また、Mgを2.4 × 1019 cm-3共添加したEu添加GaN試料にさらにSiをその量を変えながら共添加し、局所構造変化を調べた(GaN:Eu,Mg,Si)。それぞれの試料に対してフォトルミネセンス(以下、PL)測定を行った結果、Mg共添加により新しいEu発光中心の形成が観測された。一方、Mgに加えてさらにSiを共添加すると、Si添加量の増加とともに、Mg共添加に起因する新しい発光ピーク強度が減少した。これらのPL測定結果と周辺局所構造の関係を明らかにするためにXAFS測定を行った。尚、XAFS測定にはEuのL吸収端を用い、いずれの試料も蛍光法にて行った。XAFS解析には、XAFS解析ソフトAthena、Artemis[4]、およびFEFF8.4[5]を用いた。

 

結果および考察:

 XAFS測定において、GaN:EuにMgを添加すると、Debye-Waller因子が大きくなり、Euの周辺局所構造の揺らぎが大きくなることは既に明らかにしている[6]。このGaN:Eu,Mgでは、Eu原料を通過するH2キャリア流量を変化させた場合、観測されるEu発光強度がEuのキャリア流量と比例して変化しなかった。各試料について蛍光X線強度によりEu濃度を求めたところ、Eu発光強度はEu濃度と比例することが明らかになった。また、キャリア流量を0.1 slm(standard liter/min)から1.9 slmまで変化させたにも関わらず、Eu濃度は3.7 × 1019 cm-3から1.3 × 1020 cm-3 までの変化であった。一方、図1で示すようにMg共添加によってEuはGaN中に取り込まれやすくなっている。

 

 

図1. Mg共添加によるEu濃度のEu(DPM)3キャリア流量依存性

 

 

 図2にGaN:Eu,MgにおけるEu添加濃度に対するPLスペクトル変化を示す。Eu添加量の増加に対してMg共添加により現れたEu-Mg 発光中心による発光強度(619 nm ~ 620 nm)は変化せず、他の発光が増えることがわかる。このPLスペクトルの変化がEu周辺局所構造にどのように反映されるかを確認するためにEXAFS測定を行った。図3に各試料の規格化EXAFSを示す。各試料のスペクトルを比較すると、EXAFS振動の周期に大きな違いは見られないが、振幅の高波数での減衰がMg無添加試料に比べてMg添加試料の方が大きいことが分かった。次に、図3の規格化EXAFSをフーリエ変換した後に得られる動径構造関数を図4に示す。いずれの試料においても1.7 Å、3.0 Å付近に明瞭なピークが現れている。Mg添加の有無、およびEu濃度の違いに対してピーク位置に変化は見られなかった。しかしながら、Mgの添加、およびGaN:Eu,Mg試料でのEu濃度の増加に対し、ピーク高さが低くなっていることが分かった。

 

 

図2. GaN:Eu,Mgで観測されるPLスペクトルのEu添加濃度依存性

 

 

図3. GaN:EuおよびGaN:Eu,Mg([Eu] = 3.7 × 1019 cm-3,1.3 × 1020 cm-3, [Mg] = 2.4 × 1019 cm-3)で得られた規格化EXAFSのEu添加濃度依存性

 

 

 各試料の構造パラメータを得るために図4の動径構造関数に対しカーブフィッティングを行った。図5にカーブフィッティング結果の一例を示す。カーブフィッティングの結果、今回測定したGaN:Eu試料およびGaN:Eu,Mg試料のいずれに対してもGaサイト置換型モデルが最もよくフィットした。この際、配位数を固定(第一近接N:4、第二近接Ga:12、第三近接N:9)してフィッティングを行った。このため、Eu濃度1.3 × 1020 cm-3のGaN:Eu,Mgの試料でも添加されたEuは基本的にGaサイトを置換していると考えられる。カーブフィッティングで得られたGaN:Eu,Mgの第二近接Ga原子のDebye-Waller因子を比較すると、Eu濃度3.7 × 1019 cm-3 および1.3 × 1020 cm-3の試料ではそれぞれσEu-Ga2 = 0.013 ± 0.002 Å2、0.015 ± 0.002 Å2となった。GaN:Eu 試料の第二近接Ga原子のDebye-Waller因子σEu-Ga2 = 0.009 ± 0.001 Å2より大きい値を示すものの、Eu濃度に対する有意な違いは見られなかった。この結果から、Eu濃度の増加に対してGaN:Eu,Mg試料中のEuの第二近接Gaの位置揺らぎは有意な違いは生じていないと考えられる。

 

 

図 4.GaN:EuおよびGaN:Eu,Mg([Eu] = 3.7 × 1019 cm-3, 1.3 × 1020 cm-3, [Mg] = 2.4 × 1019 cm-3)で得られた動径構造関数のEu添加濃度依存性 (フーリエ変換範囲:k = 2.0〜9.0 Å)

 

 

図 5.GaN:Eu,Mg([Eu] = 3.7 × 1019 cm-3, [Mg] = 2.4 × 1019 cm-3)のカーブフィッティング結果(カーブフィッティング範囲:r = 1.3〜3.6 Å)

 

 

 一方、GaN:Eu,MgにさらにSiを共添加したGaN:Eu,Mg,SiにおいてSi添加量を0から24 sccm(sccm: standard cc/min)まで変化させた時のPLスペクトルを図6に示す。これらのサンプルのEu濃度は1019 cm-3中半から1020 cm-3前半程度であり、Mg濃度は1019 cm-3程度であると考えられる。Si共添加によって、さらに新しい発光が観察され、Si流量の増大に伴いMg共添加により形成されたEu-Mg発光中心に起因する特有のピーク(619 nm ~ 620 nm)が減少し、消失することがわかる。これはEu-Mg複合体がEu-Mg-Si複合体に変わっていくことを意味している。それに伴い、図7で示すようにSi流量12 sccmの場合、第二近接原子に起因するピーク強度が増大する。この振る舞いは第二近接Ga原子のDebye-Waller因子の減少(σEu-Ga2 = 0.011 ± 0.002 Å2 → 0.006 ± 0.001 Å2)に対応しており、GaN:Eu,Mg,SiではMgのみ共添加した場合に比べて、Euイオン周辺構造の揺らぎが減少したことを示唆している。さらにSi流量を24 sccmまで増やすと、発光スペクトルの変化に比べてEu周辺局所構造の顕著な変化が現れなかった。このことはSi添加量の増加に伴い、Eu-Mg-Si複合体を形成しないSiが存在し始めることを意味している。Siのみを共添加したGaN:Eu,SiではEu発光強度が激減することがわかっているため、共添加するMgとSiの割合を制御することが今後の課題である。

 

 

図 6.GaN:Eu,Mg,Siで観測される室温PLスペクトルのSi添加量依存性

 

 

図 7.GaN:Eu,Mg,Siで観測される動径構造関数のSi添加量依存性(フーリエ変換範囲:r = 2.0〜10.5 Å)

 

 

まとめと今後の予定:

 GaN:Eu,Mgにおいて、EuとMgの添加量がEu周辺局所構造に及ぼす影響を調べた。Mg共添加によりEuの取り込みメカニズムが変化し、Eu原料のキャリア流量を変えても添加されるEu濃度は大きく変わらなかった。また、XAFS測定では、Euは基本的にGaサイトに置換し、Euのみの添加に比べ、Euの第二近接原子の位置揺らぎは増大するが、Eu添加濃度の増大に対し有意な違いは見られなかった。一方、GaN:Eu,Mg,Siにおいては、Mgのみ共添加した場合に比べて、より揺らぎの少ないEu周辺局所構造が得られるが、過剰にSiを共添加してもEu周辺局所構造に大きな変化が現れなかったことから、最適なSi濃度を明らかにする必要がある。今後、MgとSiの供給比を最適化すること、FME(flow-rate modulation epitaxy)等を適用して、添加した不純物がEu周辺局所構造制御にのみ機能させることを目指す予定である。

 

参考文献:

[1] A. Nishikawa, T. Kawasaki, N. Furukawa, Y. Terai, and Y. Fujiwara: Appl. Phys. Exp. 2, 071004 (2009).

[2] A. Nishikawa, N. Furukawa, T. Kawasaki, Y. Terai, and Y. Fujiwara: Appl. Phys. Lett. 97, 051113 (2010).

[3] D. Lee, A. Nishikawa, Y. Terai, and Y. Fujiwara: Appl. Phys. Lett. 100, 171904 (2012).

[4] B. Ravel and M. Newville: J. Synchrotron Rad. 12, 537 (2005).

[5] A. L. Ankudinov, B. Ravel, J. J. Rehr, and S. D. Conradson: Phys. Rev. B 58, 7565 (1998).

[6] 藤原康文, 李東建, 川溿昂佑, 松野孝則, 長谷川亮介, 西川敦, 大渕博宣, 本間徹生, 重点産業利用課題実施報告書(課題番号2011B1809).

 

©JASRI

 

(Received: May 8, 2012; Accepted: March 8, 2013; Published: June 28, 2013)